第7問

 以下の問いに答えなさい。

『goodおよびbadの比較級と最上級をそれぞれ書きなさい』



 宮野麗華みやのれいかの答え

『good - better - best

bad - worse - worst』


 教師のコメント

『正解です』



 篠崎一郎しのざきいちろうの答え

『グッド! グッド!! グッドォ!!!』


 教師のコメント

『その勢いは、先生嫌いじゃありません』



 東城裕貴とうじょうゆうきの答え

『bad - bid - bed』


 教師のコメント

『悪い ー 提案 ー ベッド。英語を舐めてませんか?』



――――



 一階の保健室の中からでも、三階で行われている戦争の音はよく聞こえた。

「東城さんには、余計な心配をかけてしまいましたわ」

 ベッドで横になる宮野は、弱々しい口調で言う。

「余計じゃないぞ。俺は本気で心配してんだからな」

「…………ありがとうございます」

 シーツを握りしめ、視線を落とす宮野。

「争うことって怖いものですわね。私の指示一つで、狩野さんたちを酷い目に遭わせてしまいましたわ」

「いや、それは……」

「情けないですわ……。自分から参謀役を買って出て、この体たらく。お父様に笑われてしまいますわ」

 跳ねっ返りな性格からは考えられないほど、しおれた言葉。

 俺は、なんて声をかけてやればいいのだろうか。

 そういうときこそ、イケメン来いよ! イケメン回答、よこせよ!

『彼女のことを想いながら本心で語ればいいのさ。――君の中にいるイケメンより』

 俺の中のイケメンが反応した!?

 しかし貴重な助言だ。宮野のことを考えながら、本音を言えばいいのか。

「東城さん、どうしましたの? そ、そんなに見つめられると恥ずかしいのですけど……?」

「俺は、おまえの小さなおっぱいがいい」

「は?」

 尋常じゃない殺意が向けられた。

「ごめんなさい。言い間違えました」

 言いたいことと考えてることが、混じってしまっただけです。

 いまにも右肩の関節を外しにかかろうとする宮野を宥める。

「俺はお前の味方だってことを伝えたかったんだ」

 今更『おまえが居てくれるだけでいい』なんて台詞は言えない。

「あのさ……、どんな結果になっても俺はおまえの味方でいる。だから、この戦争の間だけでも良い。俺を信じて戦ってくれないか?」

 気持ちだけが先走り、言葉はまとめ切れなかった。それでも言いたいことは言った。

 宮野の反応を見る。

 始めはキョトンとしていたものの、何かに気付いた宮野はジト目でこちらを睨んできた。

「それ……わたくしを利用して、記憶を取り戻そうとするダメ男の台詞にしか聞こえませんわね」

「はうあっ! すまん! そういうわけじゃ……!」

 指摘されて気付いたが、宮野の言う通りだ。

「分かっていますわ。東城さんは、天然の人たらしですもの」

 褒められているのか、貶されているのか分からないが、今後は言動に注意しようと思う。

「でもまあ、わたくしを利用するのは構いませんわ。その分、わたくしも東城さんを利用させてもらうだけですの」

 割り切ったような言い方ではあるが、声に張りが戻っている。

 どうやら少しは元気を取り戻してくれたようだ。

「ああ、大いに俺を利用してくれ。……じゃあ、そろそろ俺は戦線に戻らないと。宮野は保健室で寝てろよ」

「東城さん、行く前にひとつよろしいですか?」

「ん? なんだ?」

「わたくし、東城さんのことで知りたいことがありますの。それにあたって、『もしも』の話をさせていただいてもよろしいかしら?」

 改まって、何なのだろうか。

 いや、待てよ? まさか、この流れは……こ、告白!? 『付いてるアノ子♂』で似たようなシチュエーションがあった気がする!

 もしあのゲームと同じ展開なら……!

「宮野、おまえまさか――男なのか!?」


 両肩が脱臼した。


「いったい、どうしたらそんな考えになりますの!? バカですの!? ああ、バカでしたわね!」

「俺の肩がぁあああああ!!」

 保健室で怪我するって、本来あってはならないことだろうに!

 あまりの激痛に悲鳴を上げていたが、しばらくすると宮野が両肩を元の位置に戻してくれた。

「まったく脱臼も自分で治せないなんて、世話の焼ける人ですわっ!」

「待て……! さも当然のような口ぶりだが、普通の人は脱臼なんて治せないぞ! しかも、おまえは俺の両肩を外しただろ!!」

「さて、本題に戻りますわよ」

 都合が悪くなると無視するのは良くないと思います。

「あくまで仮定の話なので、本気にしないで下さいね? これは東城さんがどのような選択をするのかを知りたいだけですの」

 そう前置きをして、宮野は言った。


「もしも……Aクラスが勝利した場合、『Fクラスとの一切の交流を禁止される』としたら、どうします?」


「はぁ? なんだそれ?」

 Aクラスが勝ったらFクラスと交流禁止?

「ええっと? つまり、『俺が記憶を取り戻したら、紫緒里たちとは会えなくなる』ってことか?」

「そうですわ。ただし……Aクラスのが、そういう条件をFクラスに突き出していたら……という、わたくしの妄想ですわ。して、東城さんは――勝ちますの?」

「その質問、無理だ。答えるの無理」

 俺は即答する。

 宮野は知らないだろうが、俺は紫緒里のために記憶を取り戻す。だから、Aクラスが勝って記憶を取り戻したとしても、『Fクラスとの接触禁止』で紫緒里と会えないのでは本末転倒だ。

 ならAクラスが負けて記憶を諦める? それこそ試召戦争をする意味がない。

 俺は、紫緒里のために、記憶を取り戻す。そこに一点の曇りもない。

 だから宮野の質問は、俺にとって袋小路でしかなかった。

「東城さん、選んでください」

「嫌なもんは嫌だ。というか、もしもの話だろ? そこまで真剣にならなくて良くね?」

 やけに食い入ってくる宮野だったが、仮定の話でどうしてそこまで知りたがるのだろうか。

「そう、ですわね。……東城さん、この話は忘れてくださいまし」

 宮野は視線を外す。

「…………宗像さんは、どうしてこのような条件を……」

「ん? イケメンが何だって?」

「い、いえ! なんでもありませんわ!」

「宮野、俺に何か隠し事を――ん? なんか、外が騒がしくね?」


 どたどたどたどたっ!


 激しい足音が廊下から聞こえてきたと思いきや、保健室の扉が乱暴に開かれた。

「なっ!? 紫緒里!? どうし――(ゴキッ)」

 あれ? 世界が90度曲がって見える?

「……嫌がる女子を保健室に連れ込んだゴミを掃除しにきたのです。れいか、大丈夫です?」

「え、ええ。でも、紫緒里? いまは戦争中ですのよ? 敵のわたくしが言うのもなんですが、一人で出歩くのは無謀すぎません?」

 俺が驚いた理由が、それだった。

 今は戦争中。クラス代表代理である紫緒里が一人歩きしている状況は、Aクラスにとってボーナスチャンスでしかない。

「……安心するです。ついさっきクズの提案で、戦争は明日に持ち越しになったです」

 一郎が何を企んでいるか不安になるが、このタイミングでの一時休戦は願ったり叶ったりだ。

「……ところで、ゆうき。足か手、どちらか選ぶです」

「かなりの課程をすっ飛ばしているようだが、何をするつもりだ?」

「……指の関節を一つずつ砕いていく遊びです」

 人は、それを拷問という。

「やめろ、紫緒里! おまえは誤解している! 宮野からも言ってくれ!」

「押し倒してでも寝かせてやる、と申していましたわね」

 宮野、その冗談は笑えないゾ☆

「紫緒里、止めてくれ! 指が無かったら俺はこれからどうすれば!」

「……大丈夫です。一生面倒を見てあげるです」

 やだ、男らしい。これから受ける拷問を考えると、涙が止まらない。

「……」

 快楽殺人鬼のごとき笑みを浮かべていた紫緒里だったが、突如として無表情となり、宮野を一瞥する。

「どうしましたの?」

「……何でもないです。――あと、ゆうき。逃げてはダメです」

 畜生! 一瞬の隙をついて保健室から逃げ出そうと考えていたのに!

「宮野ぉ! 助けてぇえええええ!」

 助けを求めたが、宮野は微笑を浮かべて手を振った。

「……れいか。また明日、です」

「ええ、さようなら」

 襟首を掴まれ、保健室の外に連れ出される。

「どこに連れて行くつもりだ!?」

「……天国です」

「うわぁああああああああああ!」

 聞きたくもない答えだった。

 俺が暴れても紫緒里はびくともせず、三階まで俺を引っ張る。

 向かうは――旧校舎。

「待て待て! まさかおまえ……俺の指を砕くどころか、Fクラスの奴らに殺させるつもりか!?」

 休戦中だろうが、Fクラスの連中には関係ない。敵だったらルール無用で、リンチする。それがFクラスというクズどもだ。

 紫緒里の嘘つき! 天国どころか生き地獄じゃないか!

「……違うです」

「え……?」

 Fクラス――の隣にある空き教室に、俺は放り込まれた。

 一時的に解放されたものの、紫緒里は無表情で迫ってくる。

 紫緒里から逃げようとしたものの、すぐに壁まで追い詰められてしまった。

 逃げ場はない。足と手……どちらかの指が壊滅する前に、誰かが助けに来てくれることを祈るしかなかった。

 紫緒里は拷問の準備を始めている。使用されていない椅子を俺の前に置き、台座代わりとしてその上に立つ。

 身長の低い紫緒里の視線が、少しだけ高くなった。

 しかし椅子の置き場所を見誤ったのか、顔の距離が妙に近い。吐息がかかるほどだ。

「あの……紫緒里? 出来れば、左足の小指から――」

 どんっ!

 まさか女子から壁ドンされるとは思わなかった。男よりかは遙かにマシだが。

「……ゆうき、ドキドキするです?」

「凄くドキドキする」

 いつ指が砕かれるのかと思うと、心拍数は上昇するばかりだ。

「……しおりも凄くドキドキするです」

 俺の指を砕くことに興奮を覚えているのか、こいつは。

 今度、紫緒里にはサイコパスのテストをしてみよう。指が健在していればの話だが。

「……れいかのこと、どう思ってるです?」

 宮野のこと? どうしたんだ、藪から棒に。

「どうって……今回の戦争に協力的で感謝してるけど……?」

「……そういうことじゃないです。日頃、れいかのことをどういう風に見てるです?」

「胸が薄くて可哀想だ」

「……しっかりと伝えておくです」

 いかん。俺の未来が途絶えた。

「……なら、しおりのことはどう思うです?」

 正直どきりとした。

 紫緒里について、どう思っているのか――それが原因で俺はこの試召戦争を始めたのだ。

 昔の俺にとって紫緒里は一体何なのか?

 その答えは、今はない。これから手に入れるものだ。

 だから、今の俺の答えは――


「海賊みたいな存在だと思っている」


 どうやったら『家族』と『海賊』を言い間違えられるんだ、俺。

「……ごむごむの――」

「やめて! 俺の腕は、伸びないから!」

 腕を引っ張っても関節が外れるだけだ。

「……むぅ。ゆうきは、しおりのことなんてどうでもいいです?」

「そんなわけないだろ。おまえのことは(家族として)大切に思ってる」

「…………ほんとに?」

 ずいっと顔を近づけさせてくる。

 眉をハの字にさせ、表情に陰りが見えた。

 またも、あの痛みが胸を突く。

 彼女を安心させるには、大きい嘘よりも小さな真実が必要だった。

「あのさ……実はな。この試召戦争は、おまえのために始めたんだ」

「……どういうことです?」

 紫緒里が心底不思議そうにしている。

「それは言えない。絶対にな」

「……正直に言ったら、おっぱい触らせてあげるです」

「Pardon?」

 女性の最強武器アルテマウェポンを、軽々と交渉材料にするなんて卑怯な……! だが! ハニートラップには屈指ないぞ!

「紫緒里、本当のことを話すとな、試召戦争で勝った暁にババア長が記憶を取り戻すようにしてくれるらしくてさ、それでおまえのぬわぁあああああ! 負けるな、俺!」

 危ない危ない。理性と本能が別行動を起こしていた。

「それよりも! だめだぞ、おっぱい! そんなビッチみたいなことを言っちゃダメぱい! 一郎が泣き叫んで死ぬぱいよ!?」

 今は理性と本能が融合している。泣きたい。

「……誰にも触らせないです。触っていいのは――ゆうきだけです」

 紫緒里は少しだけ身を退き、自分の体をギュッと抱き締めた。

「え……?」

「……しおりは、ゆうきのこと……」

 紫緒里は頬を赤らめさせて黙り込む。

 静かな空き教室。遠くからは部活動に励む声が聞こえる。

 傾く太陽が、教室にいる俺たちを照らす。

 そして、禍々しい殺気を放つ者たちを明るみにさせた。

「……好『こんにちは、異端審問会の者です』」

 突如、十名ほどの集団が教室の前に現れた。

 どこぞの秘密結社のような真っ黒な被り物。手には拷問器具。呟くは呪詛。

 嫉妬心を原動力とするモテない男たちが、他人の恋愛を叩き潰すだけに存在する集団――文月学園治安維持生徒会の暗部、異端審問会。

 まさか、本当に実在するとは……!

『このたび、幸せそうな男女がいるとの通報があり、居ても立ってもいられず幸福を破壊しに来ました』

「待ってください、異端審問会の皆様方! 俺は、これからこの女に指の関節を一つずつ砕かれるんです! それの、どこが幸せなんですか!?」

『『『美少女からの拷問なんて、最高のご褒美じゃないか!!』』』

 この人たち、頭おかしい。

『さて、神聖なる校内で不純異性交遊とは良い度胸だな、二年坊主! 校則違反により、男は殺処分! 女は即時帰宅とする!』

「露骨な差別だ!」

『『『モテる男に粛正を!! モテない男に祝福を!!』』』

 異端審問会のメンバーが、なだれ込んでくる。

 訓練を受けた特殊部隊も顔負けの統率力に、背筋が凍った。

 逃げなくては……! 俺の指どころか、命が危ない!

 視界の隅に、外に通じる窓ガラスが映る。

 残された逃走経路は、窓だけ。

「サラバだっ!」

『二年坊主が窓ガラスを割って、外に逃げるぞ!? 須川、どうする!』

『ちっ! 二年だからと甘く見たようだ! 早急に一階にいる横溝と連携を取るぞ!』

 窓から乗り出す最中、三年生の会話から彼らの本気度合いを思い知らされる。恐ろしすぎるぞ、異端審問会……!

 しかし着地は成功できるだろうか。一回目が大丈夫だから、何とかなるだろう。……なってくれよ、俺の体!


「……明日は絶対に負けられないです」


 宙に跳んだ体が落下を始めた瞬間、紫緒里の呟いた言葉だけがクリアに聞こえた。

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