第5問

 以下の文章の( )に正しい答えを入れなさい。

『光は波であって、( )である』



 宗像誠むなかたまことの答え

『光は波であって、(粒子)である』


 教師のコメント

『正解です。あなたにとっては簡単すぎましたね』



 篠崎紫緒里しのざきしおりの答え

『光は波であって、(光)である』


 教師のコメント

『哲学の話でしょうか? 先生も少し考えてしまいました』



 篠崎一郎しのざきいちろうの答え

『光は波であって、(まぶしいの)である』


 教師のコメント

『今は作文の時間ではありません』



――――



「あら? 東城さん、Fクラスに行きませんの?」

 昼休み、Aクラスのデータを編集しながら弁当を食べていると、宮野が不思議そうに話しかけてきた。

「今行ったら八つ裂きにされて豚の餌にされる」

「Fクラスって、犯罪者集団ですの?」

 ある意味、犯罪者予備軍ではある。

 ちなみに、弁当は紫緒里の分だけ渡してあった。一郎の分? 餓死すればいい。

「こ、こほん! そ、それなら……一緒にお昼にしませんこと?」

「ん? あぁ、別に良いぞ」

 何が目的かは分からないが、一般庶民には理解できないお嬢様の気まぐれだろう。好きさせてやろう。

 やけにニコニコとする宮野。

 宮野が、猫のイラストが散りばめられた包みを解くと、小さな弁当が姿を現した。


 ぱかっ →日の丸弁当


 おかしい、俺ってこんなに涙もろかったっけ?

 彼女の笑顔が眩しすぎて、涙が止まらない。

「おかず、やるよ……」

「なっ!? 一般庶民に恵まれるほど、わたくしは落ちぶれてませんことよ!? ほらっ! わたくしには、ごま塩がありますの! 貴族のごま塩ですのよ!?」

「いいから! 貰ってくれよ、俺の涙腺が崩壊しないうちに!」

 宮野が主張する度に心が締め付けられる。食事で、こんな悲しい気持ちになるなんて初めてだ。

 卵焼きを半ば無理矢理、宮野の弁当に押し込む。

 人から何かを恵まれることは宮野のプライドが許さないだろうが、ここだけは譲れなかった。

「むーっ。いりませんのに……」

 むくれている宮野を無視して、再びデータ編集の作業に意識を集中させる。

「はむっ……ん!?」

「どうした?」

 塩が効き過ぎたのか?

「東城さんの卵焼き……すごく、おいしいですわ」

「ああ、そんなことか」

「そんなことではありませんわ! なんですの、この美味しさ! うちのシェフに作り方をご教授していただけませんこと!?」

 シェフなんていないだろ……やだ、また涙が出ちゃう。

 今日の宮野は、関節じゃなくて涙腺を攻めてくるなぁ。

「食いたかったら、今度晩飯でも食いに来いよ。そんな卵焼きよりも美味しいもん食わせてやるからさ」

「いえ、でも……」

 口ごもる宮野。プライドが邪魔しているのだろう。

「おまえには、勉強を教えて貰った礼がまだ出来てないんだ。義理を返すって意味で、俺の飯を食ってくれ」

「…………優しすぎますわよ」

「ん? なんだって?」

「いいえ。気が向いたら食べて差し上げますわ」

 駄目か。お嬢様のATフィー○ドは厚すぎるな。別の方法を見つけるしかない。

 宮野を誘うのは後日にして、今はテストの点数把握を優先する。

 個人の能力を意識して、得意分野と不得意分野を熟知しなければならない。

 気の遠くなるような情報量だが、戦争に勝つためには敵よりもまず己の戦力を知るべきだ。

「試召試験は、篠崎さんの発案ですの?」

「いや、あいつらは何も関係ない」

「そうですの。それなら……なぜ突然?」

 やけに食い下がるな……。

 俺は一度ペンを置く。

 宮野には勉強を教えてもらった義理がある。学園長には、他言無用とは一度も言われなかったし、宮野に話しておいても支障はないだろう。

「俺とおまえの秘密にしとくなら言ってもいいぞ」

「な、なんですの?」

「試召戦争はババア長からの命令でさ。これが上手くいったら記憶が戻るかも知れないんだ」

「なんですってっ!?」

 宮野は目を剥いて驚く。

「そのババ・アチョーって何者ですの!?」

 そんな外国人、俺も知りません。

「学園長のことだよ」

「まあ! 目の上の人に、なんて失礼な人ですの!?」

 ぷりぷりと怒り出す宮野は、ちょっと可愛かった。

 宮野に声のボリュームを落とすように頼みつつ、ことの発端を話す。

 事情を理解した宮野は、手を口元において思案し始めた。

「そうでしたの……そうしますと、記憶が………………ハッ!」

 急に宮野の顔が青冷める。

「どうした?」

「あ、いえ……そのっ!! えっと……!」

 ぱくぱくと金魚のように口を開閉させる。

「東城くん、ちょっといいかな?」

「ちょっとでも嫌です」

 突如乱入してきたイケメンを全力で拒絶する。

 ……ああ、なるほど。イケメンの接近に気付いていたから、宮野は動揺したのか。

「それなら一瞬で良いよ。これからFクラスに行ってくることを伝えに来ただけさ」

「おまえも飽きないな。またボロボロにされるぞ」

「Fクラスには用事があってね」

 イケメンがブサイク集団に用事なんてあるのだろうか。うむ、全く以て皆目見当がつかない。

「なら、宮野を連れて行けよ」

「ひゃい!?」

「東城くん……狼の群に羊を投げ込む気かい?」

「いや、大丈夫だ。あの馬鹿共はノミの心臓の持ち主だからな。可愛い女子を前にするとノミの戦闘力になるぞ」

「きゃ、きゃわいい!?」

 いつの間にか、宮野の顔は青色から赤色に変わっていた。

「宮野さん、いいかな?」

「ひゃ、ひゃい!」

 俺の前では凶暴なお嬢様が、イケメンの前ではタジタジになっている。許すまじ、イケメン。いつか俺が崖から突き落としてやるからな。

「それじゃあ、行ってきます」

「いっ、いってきましゅ!」

 爽やかなイケメンと端麗なお嬢様のツーショットは、悔しいが様になっている。お嬢様の動きがロボットダンスでなければ最高の絵になっていただろうに。

 再び、一人になった俺の前には宮野の弁当がある。

 白米を半分ほど頂き、代わりにおかずをタンマリと敷き詰めた。

「だから、胸が膨らまないんだよ」

 本人が目の前にいたら、俺の心臓は止まっていただろう――物理的に。

 データをノートに書き留める作業が終わった頃に、イケメンと宮野が帰ってきた。

 宮野は何か悩んでいるように見える。おそらく、Fクラスのセクハラまがいのイヤラシイ視線に気分を害したのだろう。

「東城くん、少し面白いことが分かったよ」

 イケメンはボロボロにされていなかった。くそっ、あの無能どもが。

「なんだ? 一郎が裸踊りでもしてたか?」

「いや、Fクラスの代表篠崎くんが、妹の紫緒里ちゃんを代表代理とするらしいよ」

 一郎め、自分を身軽にするつもりか。まあ、純粋な戦闘力ならF組では紫緒里がダントツだから、ある意味では堅実な手とも言える。

 もともとFクラスの成績を鑑みれば、紫緒里が代表となる。だが、あの破滅的な記憶力の悪さから、兄である一郎に代表の座が回ってきたのだ。

「あっ。宮野さん、例の件は東城くんにも秘密にしておいてくれるかな?」

「……あ、はい」

 沈んだ宮野の声も気になるが、それよりもイケメンの秘密とやらが何であるのか知りたい。なんだ、我らがアイドルに告白なんてしてやがったら、Fクラスと徒党を組んで八つ裂きにしてやる。

「なんだよ、秘密って」

「知りたいかい?」

 なぜか嬉しそうなイケメン。相手の掌の上で転がされているような感じが実に不愉快だ。

『宗像くぅん! そんなブサイクと話しているより、私たちと一緒に勉強しましょ!』

 イケメンが女子に連れて行かれる。秘密は知りたかったが、イケメンに踊らされるよりかはマシだった。

「あっ……」

 どこか気の抜けている様子で、宮野が声を漏らす。

 弁当が色とりどりになって驚いているのだろう。

 しかし、宮野に先ほどの元気は戻ってこない。まるで枯れた花のようだった。

「おかずの返却は受け付けてないぞ」

「……っ」

 何かをこちらに言おうとして、再び口を閉じる。

 そしておかずに手をつけることなく、宮野は弁当を片づけた。

 なんだか宮野の様子がおかしい。Fクラスの腐臭に中てられ、気分でも優れないのだろうか。

「東城さん、わたくしに作戦参謀を任せてもらえませんこと?」

 宮野が何を思って、参謀役を名乗り出たのかは分からないが、俺よりも記憶力の良い宮野が参謀になってくれるのは大いに助かる。

「俺からすればありがたいな。だけど、相手は一郎だ。気をつけろよ」

 篠崎一郎という男は悪巧みに関して、誰よりも知恵の働くクズだ。油断していると痛い目に遭う。

 相手の企みが見えない以上、気を引き締めなければならない。

 向こうが代表の代理を立てるなら、俺も宗像を代表代理にして一郎を迎え撃とう。

「今日は一夜漬けだな」



――――



 決戦前夜、明日のための勉強をしていると、自室の扉がノックもされずに開いた。

「一郎か? 飯はまだだぞ――」

 ふにっ

「ふわぁ!?」

 背中に天使のキッスが!?

「……ゆうき、お腹空いたです」

 頭に何かが乗る。これは紫緒里の顎だ。

 ということは、背中に当たっている天使の唇は――心頭を滅却すれば火もまた涼し。

 わき腹がねじ切れるほど強く抓って、理性を保つ。

 いかんいかん、思わず意識が天国に飛んでいってしまうところだった。

 後ろから寄りかかるようにして顎を乗せてくる紫緒里。その胸で他の男にも不用意なスキンシップをしていないか不安になってしまう。

「このページが終わったら作るから、ゲームでもしててくれ」

 くっつかれたままでは、身も心も勉強どころじゃない。

「……分かったです」

 離れてくれたか……。良かった。

 紫緒里はベッドにちょこんと座る。

 携帯ゲーム機で遊び始めるかと思ったが、こちらを観察するようにジッと眺めていた。

「紫緒里? 何か言いたいことでもあるのか?」

「……別に」

 時折、紫緒里の考えていることが分からない。

 しばらく放置しておこう。

「……(じーっ)」

「…………」

「……(じーーっ)」

「…………紫緒里サン、ゲームをしててもらえませんか?」

 こうも見つめられては勉強に集中できない。

「……ゆうきはワガママです」

 あれ? 俺が悪いんだっけ?

「まあ、いいか」

 散り散りになった集中力をかき集めながら、教科書との睨めっこを再開させた。

 紫緒里は据え置きのゲーム機の電源を付ける。中身を確認しないところが、紫緒里らしい。

 あれ? そういえば、何のゲームが入ってるんだっけ?

 切ないメロディのOP曲が流れる。何度も聞いた記憶があるのだが、どうも思い出せない。

 気になって、テレビ画面に視線を移す。


『付いてるアノ子♂』


 こらこら、俺のうっかり屋さんめ。紫緒里が悪鬼羅刹のごとき幻影を浮かべてるじゃないか。

 電源を、ポチっとな。

「紫緒里、格ゲーをしようぜ」

「……賛成です」

「うん。……うん? なんで一郎をシバく用の金属バットを持ち出しているのかな、紫緒里サン?」

「……リアル格ゲー」

 俺の命がデンジャー!

 ぶおん!

 咄嗟に飛び退いたおかげで、頭がかち割られずに済んだ。

「そのゲームは俺のじゃない! 一郎のだ!」

 半分は金を出したが、とりあえずあいつのせいにしておく。

「……なんで、ゆうきの部屋にあるです?」

「あいつが置いていったんだ! 信じてくれ!」

「……18歳未満はやっちゃいけないです」

「そ、そうですね」

 15歳以上対象だけど、そこは触れないでおこう。

「……やった?」

「やってない。やるつもりはないし、生涯やらないことはないだろうよ」

「……面白かった?」

「んにゃ、クソつまらなかったな」

「……ゆうきは単純です」

「しまったぁ!!」

 さらば現世。こんにちは来世。

「……やっぱり、ゆうきは男が好き?」

 この問答が俺の遺言になるのだろうか。

「断じて違う! 俺は女が好きです! おっぱい大好き! というか、やっぱりってなんだ!?」

「……ふぅむ」

 金属バットを肩に乗せる姿は、レディース番長のような貫禄があった。

 右手に金属バット。左手は……んん?

 なぜ、紫緒里サンは左手でOPPAIを揉んでいるのでしょうか?

 むにむにむにむにむに。

 何とも柔らかいお胸様が自由自在に変形する。

 OH! AMAJING! GANPUKU! YEAH!

 ここは天国ですか? いや、絶対に天国だ!(確信)

 何の奇跡かは分からないが、紫緒里も満足そうだった。

 そして紫緒里は、満面の笑みで『付いてるアノ子♂』のディスクを取り出す。


 ぽとり……バキンッッ!!


「ひっ!?」

「……ウソだったら、泣いちゃうです」

 先ほどまでの笑顔が吹き飛んだ。

「は、はい」

 ディスクの顛末が自分の行く先を示唆しているようにしか思えず、俺は頷くことしかできなかった。

「そ、それでは夕飯は腕によりをかけて――って、紫緒里? ゲームしたいのか?」

 晩飯の準備しにいこうと思ったが、紫緒里はゲーム機に別のディスクを入れていた。

「……格ゲーやるです」

 ああ、本気にしてたのか。

「……やるです……」

 切なそうな顔をされては断れない。

 晩飯の時間は遅くなってしまうが、仕方がないことだろう。

「よし、久しぶりにやるか」

 紫緒里は嬉しそうに唇を緩い弧を描く。可愛いなぁ、ちくしょうめ。

 部屋の隅に追いやっていたアーケードスティック(ゲーセンにあるレバーが付いたコントローラー)を二人分用意して、紫緒里と肩を並べる。

 紫緒里の選択キャラは主人公キャラ。

 対して俺は、手数の多いトリッキー女キャラ(おっぱい大きい)。

 ラウンド1のかけ声と共に、レバーをガチャガチャと揺さぶる音とボタンを叩く音が部屋に響く。

「あっ! くそっ! なんで、この攻撃がガードできるんだよ!」

「……これくらいは反応できるです」

 バグ技使った10フレーム(0.3秒)の攻撃を咄嗟にガードするとか、人類を止めているとしか思えない。

 単純に、俺の攻めが下手なだけかも知れないけど……。

「……ゆうきの癖は全部知ってる」

「ほほぅ、言ってくれるな」

 強がってみせるが、対戦ゲームで紫緒里に勝てた試しがない。

「そういえば、一郎は?」

「……敵の作る飯は食わない、とか言ってたです」

「おまえはいいのか?」

「……あのゴミクズはどうでもいいです」

「ふーん……」

 しばしの沈黙。

 けたたましいレバーの操作音とゲーム音だけが、個室を支配する。

 記憶を失う前までは、これが東城裕貴という男の日常だったらしい。

 毎日、篠崎兄妹と遊び、騒ぎ、笑い合った後で夕食を囲む。

 Aクラスになってからは、一郎と紫緒里が揃って遊ぶことはほとんどなくなった。

 俺は――あいつらの日常を奪い去ってしまったのだ。

 ああ、モヤモヤする。

 記憶を失う前の東城裕貴は、何を考えていたのだろうか。

 もしかして何も考えていなかったのだろうか?

 果たして――篠崎紫緒里のことをどう思っていたのだろうか?

 それが知りたい。

「なぁ……」

 聞いてみようか。


 ――記憶を失う前の俺は、おまえのことを好きだったのか?


「おまえは勉強しなくてもいいのか?」

 口から出た言葉は違った。チキンで、ごめんなさい。

「……?」

「明日から、試召戦争だろ」

 明日の午前中は戦争に向けての準備テストをやると思うのだが、紫緒里には関係ないことなのかもしれない。

「……そうだったのです。すっかり忘れてたのです」

 大丈夫か、こいつ。

 本当に忘れていたようで、紫緒里が操作するキャラクターの動きが悪くなる。

「……ゆうき、しおりは絶対に負けないです」

「悪いな、俺も負ける気はない」

 この気持ちを解決しなければ、俺は前に進めない。

 紫緒里がリズムを崩したことで、体力差が大きく傾いた。

 ――勝てるな。

 牽制で削り殺そうと、リーチの長い飛び道具を投げる。

「……甘いです」

 飛び道具が読まれていた。

 攻撃をくぐって、紫緒里のキャラが急接近してくる。

『カウンタッ!』

 ゲームのアナウンスが、攻撃を受けたことを告げた。

 抉るような一撃が、俺のキャラクターを打ち据える。

 そこから最大ダメージを取る連続攻撃を繋げられ、俺の体力ゲージが一瞬にして溶けた。

「そ、即死!? 9割が一瞬で持っていかれたんだけど!?」

「……格ゲーでは日常です。むしろ、死ななければ安い」

「なんだよ、安いって!?」

 言い合っている間にも第二ラウンドが始まる。

 だが紫緒里は、アーケードスティックを床に置いて立ち上がった。

「……帰るです」

「え? 飯は?」

「……敵の飯はいらないです」

「はぁ」

 山の天気のような心変わりに、俺は生返事で答える。

「……明日は絶対に負けないです」

 帰る間際、ギラギラとした彼女の目つきは、背筋を凍らせるほど鋭かった。

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