第2問
以下の意味を持つことわざを答えなさい。
『(1)得意なことでも失敗すること』
『(2)悪いことがあった上に、さらに悪いことが起きる喩え』
『(1)弘法も筆の誤り
(2)泣きっ面に蜂』
教師のコメント
『正解です。他にも(1)の答えは河童の川流れや猿も木から落ちる、などがあります』
『(1)ドンマイ!』
教師のコメント
『そうですね、励ましてあげる気持ちは大切だと思います』
『(2)そんな時は寝るに限る』
教師のコメント
『あなたたちは問題を読めていますか?』
――――
『わざわざ俺の部屋に来て、何か用か?』
そう問いかけると、幼なじみはモジモジとしながら口を開いた。
『急にごめんね、ユウキくん……私、あなたのことが……』
俺はハッとする。
待ちに待ったイベントがついに訪れたのだ。
生唾を呑み、深呼吸。そしてじっとりと濡れた手汗を拭う。
心臓の音がバクバクと喧しく鳴り響く。
幼なじみは、小さな体をさらに縮ませていた。
桜色の唇が動く。
『――好き』
なんという魔法の言葉なのだろう。
たった一言で、俺の心は幼なじみに奪われた。
『ど、どうなの?』
まるでリンゴのように頬を赤く染める幼なじみ。
断るわけがない。初めから俺の気持ちは決まっていた。
『お、俺も好きだ』
『ほんとっ!?』
幼なじみの顔に一輪の花が咲く。
『嘘じゃない。俺もおまえのことが、好きだ』
ウルウルと涙目になる幼なじみは、口元を押さえながら声を絞り出す。
『いいの? ほんとうに? だって、私――』
幼なじみは告げた。
『男だよ?』
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
俺は、思わずコントローラーから手を離す。
テレビ画面の向こう側では、女の子にしか見えない幼なじみ(♂)が恥じらいながらも愛くるしい笑顔で、喜んでいる。
「ふははははは! ざまぁない! 俺様の宣言通り、駄目であったな!!」
他人の不幸を喜ぶクズ野郎は、俺の親友である
「ちくしょう! ホノカちゃんも、付いてやがった! 俺と同じものが付いてた! くそぅ! このゲームに、救い(♀)はないのかよ!」
俺たちがやっているのは、恋愛シミュレーションゲーム『付いてるアノ子♂』。可愛いヒロインたち(?)の中に、一人だけ本物の女の子が居るということで、一郎が面白がって買ってきたのだが、結局最後まで救い(♀)はなかった。
「詐欺もいいところだ、一郎! 本命のホノカちゃんさえも落ちて、もう攻略する子がいないぞ!」
二〇時間以上も耐久でゲームをやっていたせいで、テンションがおかしくなっている。
憂さ晴らしに、一郎のアバラ一本をへし折ってやろうかと思っていると、
「待て、裕貴よ。これは……まさか……?」
テレビ画面に流れていたエンドロールが終わり、一枚絵が出てきた。
『かまわないぜ、ホノカ! 実は俺……女だったんだ!』
「「誰向けだぁあああああ!?」」
俺と一郎の声がハモる。
「こんなゲーム買ってきやがって! 俺の時間を返せ、クズ!」
「喧しい! 貴様も楽しんでいただろう! 阿呆が!」
「ゴミ一郎!」
「間抜け裕貴!」
「このシスコン!」
「なっ!? 貴様、俺様を褒めるなどと……気でも狂ったか!?」
「シスコンが褒め言葉になるてめぇの方が狂ってんだろ!」
こんな醜い罵り合いが十分も続いた後、互いの腹の虫が口論終了のゴングとなった。
「裕貴よ、夕飯時だぞ……」
「そうだな」
疲労感と空腹感が怒りを削ぐ。
次いで沸いてくるのは、虚無感だった。
「あーあ、高校二年にもなって、浮いた話の一つもないって致命的だよな」
「ふん! 浮いた話が出て来るだけでも有り難いと思え。俺様は、迷子の女児に声をかけただけで、近所の主婦集団からロリコンの称号を与えられたのだぞ? 俺様はシスコンであるのに、なんという屈辱だ!!」
哀れな男だ。謹んで軽蔑してやろう。
妹に恋愛感情を抱く変態を横目に、ひとまずテレビとゲームの電源を落とす。
「飯でも作るか……。一郎、
一郎の家は真向かいにある。
互いに親が多忙な身のため、晩飯は自分たちで作ることが多い。中学校あたりからは晩飯は俺の家で行われている――らしい。
「裕貴、それは無理だ。最近、なぜかゴミを見るような目を向けられておってな……。話どころか挨拶さえしてくれん……」
「なにやったんだよ、シスコン野郎」
「それが、おかしいのだ。最近は何もバレていないはず……」
その基準がおかしい。
「仕方ない。俺が行ってくるか」
「なら、俺様が準備しておこう。確か、今日はトマト鍋であったな」
一郎が腕まくりをして張り切り出す。普段は料理の手伝いなどしないグータラのくせに、今日は珍しい。
「じゃあ、任せたぞ」
「ああ、俺様特製トマト鍋を振る舞ってやろう」
一抹の不安を抱きながらも、俺は家を出た。
外はすっかり夜に様変わりしている。
住宅街の一本道、真向かいに位置する一軒家が一郎の家だ。そこに、一郎に愛されている悲劇の妹、
俺は玄関を通って、二階を目指す。
目的地は紫緒里の部屋。
部屋の扉は半開きで、薄暗い廊下に光が漏れていた。
「おい、紫緒里。飯作るぞー?」
「……」
部屋の中心、黒い長髪の少女がちょこんと座っている。
小学校で発育が停止してしまったかのような低身長でありながら、胸にはグラドルもビックリなメロンが二つ。このロリ巨乳娘が篠崎紫緒里だったりする。
紫緒里の瞳はテレビに釘付けだった。
テレビには、日曜の朝に放送されている特撮ヒーロー番組が流れている。録画したものを何度も観るのが、紫緒里の日課だ。
「紫緒里? 晩飯だぞ?」
「……」
番組に集中しているため、当然無反応。
「おーい、紫緒里? 無視か?」
「……」
「おっぱい触っても良い? ちなみに、無言は肯定とする」
「……死ねです」
強力な右ストレートが俺の股間を穿った。
「あがっ……!」
俺の世界が白く染まっていく……。
「……しおりの神聖なる時間を邪魔するな、です」
「ごめ……んなさ……い」
出来れば、俺の神聖な場所を殴らないでください。
しばらく痛みが引くまで横たわる。
結局、番組が終わるまで紫緒里が動くことはなかった。
「……? ゆうき、どうして股間を押さえて倒れてるです?」
紫緒里がトボケたように言う。無意識に俺の股間を抉ったわけではなく、彼女は記憶力が病的に悪いだけだ。
「気にするな。禁断の果実に手を伸ばそうとした俺が悪い」
「……??」
小動物のように小首を傾げる紫緒里。狙ってやっているわけではないのだろうが、その仕草はあざと可愛い。
「晩飯の時間だ。一郎が鍋を作ってるから手伝いに行くぞ」
「……いちろうって誰です?」
「せめて兄貴の名前くらい覚えておいてやってくれ」
いつか、一郎は悲しみで死んでしまうかもしれない。
「……ああ、そんなゴミもいたです」
紫緒里は不愉快そうに顔を歪める。
「……そんなことより、なに鍋です?」
「トマト鍋って言ってたな」
「とまと……!? なべ……!? 最強のコンビです……!」
覇気のなかった紫緒里の瞳が輝き出す。
「……ゆうき、急ぐです!」
紫緒里はそそくさと部屋から出ていく。
俺は置いて行かれないように、紫緒里の後を追った。
篠崎家から東城家へ。
その間、紫緒里は無邪気にハシャいでいた。
大好物のトマトが待ち遠しいのだろう。
「……とまとっ! とまとっ!」
キッチンの扉を開く紫緒里。
「……とまとっ!」
そこには、トマト鍋にイナゴをぶち込もうとするクズの姿があった。
「ふむ、遅かったな。このスパイスを投入すれば完成するぞ」
「……死にたくなければ、いますぐその手を下ろせです、クズ」
ドスの利いた紫緒里の声。超怖い。
「むむっ? 紫緒里ちゃん、鬼のような顔をしてどうした?」
「……トマト鍋への冒涜をいますぐ止めるです、ゴミクズ」
「冒涜だと? まさかイナゴのことか? ふっ、舐めてもらっては困るぞ、紫緒里ちゃん。イナゴは食べられ――」
「……死ねDEATH」
一つの命が散った。
フローリングの床に血塗れで倒れる一郎だったモノ。
ひとまず邪魔だから蹴っ飛ばして、隅に追いやっておく。
トマト鍋の安全を確認。どうやら、サプライズゲストはイナゴさんだけのようだ。イナゴさんのご入浴を回避できたのは、幸運としか言えない。
「紫緒里、一郎を蹴ってる最中で悪いが、敷物引いといてくれ」
「……任せるです」
しこたま一郎の死体を蹴った後、紫緒里はリビングのテーブルに鍋用の敷物を引く。
夕食の準備が終える頃には、一郎は勝手に蘇生していた。
「さあ! 一郎特製愛情たっぷりトマト鍋を、たんと召し上がるが良い!」
「……食事が不味くなるから十年間くらい息を止めるべきです」
遠回しに死ねと言われているが、一郎の心は傷つけるどころか罵倒されて愉悦に浸っている。変態すぎて、友人を辞めたい。
「紫緒里ちゃん、味はどうだ?」
「……どちら様です?」
辛辣なやりとりを目の前に、俺は黙々と食事を進める。
これが、俺たちの日常の風景――らしい。
小さい頃から、ずっと続いている――らしい。
そう、らしい。
本当に不思議な話なのだが、俺の人生はまだ半年も経っていなかった。
去年のクリスマス・イヴのことだ。その日俺は、女子便所でぶっ倒れて記憶を全損した状態で見つかった。
記憶を失った経緯が気になるものの、『女子便所で昏倒した男』の過去なんて正直知りたくない。
いやはや、記憶前の俺は一体どんな変態野郎だったのか。社会的に、記憶を失って正解だったのかも知れない。
ばりっ!
「ん?」
歯ごたえに違和感が。
…………こんにちは、頭の欠けたイナゴさん。
「一郎ぉおおおおお!!」
――――
「裕貴よ、今晩も鍋にすべきだ」
春も終わりの兆しを見せる朝。登校中に、クズが性懲りもなく提案してきた。
「どうやら死にたいらしいな」
「むむっ!? 紫緒里ちゃん、なぜこやつは殺気立っておるのだ?」
「……」
紫緒里は、ゴミを見るかのような視線を送るだけ。口も交わしたくないらしい。
「鍋でもいいが、イナゴを入れたら殺すぞ」
「む? 何を馬鹿なことを。そのような下手物で鍋を愚弄することはせん」
よかった。昨日はトマト鍋を闇鍋にされて大変だった。さすがにこいつも学習して――
「次のゲストはナマコだ。泣いて喜ぶが良い」
この馬鹿には学習機能が未搭載であることを、すっかり忘れていた。
「……クズにはシュールストレミング鍋を食わせてやるです」
「おお! さすがは紫緒里ちゃん! そこに目を付けるとはな! 凡人とはスケールが違う!」
「紫緒里、臭すぎて飛行機の中に持ち込めない危険物を鍋に持ち込むなよ」
「……鍋は、全てを受け入れてくれるです」
俺たちの胃が受け入れらんねぇよ。
「あのさ……昨日の鍋は、俺が涙をこらえながら食いきったんですが。あなたがた、イナゴのグロさに引いてカップラーメン食べてましたよね?」
下手物料理を作られても、結局俺が処理をする羽目になる。食べ物は残しちゃ駄目なんですよ?
篠崎兄妹は視線を外して、口笛を吹き始めた。こういうところだけは兄妹らしい。
「……もうすぐ学校に着くです」
ああ、話を逸らされた。
俺たちの学校、
文月学園は、他の学校とは大きく異なる特色がある。
オカルトと科学の結晶――試験召喚システム。
文月学園の生徒たちは、テストの点数で強弱が決まる『召喚獣』を呼び出し、テストの数字だけでなく
「あら。一般庶民の皆様方、ごきげんよう」
校門を抜けたところで、一人の女子生徒が挨拶をしてきた。
「……れいか、おはようです」
「む?
「よっ、宮野。今日も凄い髪型とペッタンコだな」
乏しい胸とは対照的に、ボリュームのある髪型をした美少女――
「宮野家の長女足るもの、身だしなみに気を付けることは当然ですわ」
喋り口調もテンプレートなお嬢様だ。ただし――
「ちなみに今日の朝食は?」
「もちろん、ごま塩ご飯ですわ」
父親の会社が潰れて、超貧乏生活を送ってます。
「いつでも、うちに来いよ……。うん、たらふく食わしてやるから……」
いけない、目頭が熱くなる。泣いちゃ、駄目だぞ俺。
「……ごま塩ご飯よりも、豪華なご飯を食べさせてあげるです」
紫緒里も目元を押さえていた。
「べ、別に一般庶民に恵んでもらうほど落ちぶれていませんわよ! そこ! 慈悲に満ちた目で、こちらを見ない!」
没落貴族となった宮野だが、家庭事情で気品あふれる振る舞いをしなければいけないらしい。しかし、こう意地を張るのも大変だな……。
「今日も鍋やるから、タッパー持ってきて良いぞ……って、こらこら、腕はそっちに曲がらなぎゃにゃああああ!」
元お嬢様のくせに、なぜこうも綺麗に関節技を決められるのだろうか。
――――
外れた関節を戻しながら校内に入る。
二年生になった俺たちには、三階の教室が与えられた。
ここで、文月学園の特色その2。
学力向上を常に掲げる文月学園は、進級前に『振り分け試験』という
ここまでは他の学校でも見られる仕組みだが、ここから文月学園の特色が色濃くなる。
学力の高い者には高水準の学習環境を、低い者にはその逆の環境を与える。
たとえば、教室の椅子を例に挙げてみよう。
最上位であるAクラスの椅子は、リクライニング付きのフカフカな椅子が一人ずつに提供されるが、底辺のFクラスには湿ったボロ座布団が渡されるだけ。しかも、机は使い古されたちゃぶ台ときたもんだ。
劣悪な設備の中、Fクラスはハングリー精神を培う。逆にAクラスは最高級の待遇の中で学力を伸ばしていく。そのような構図を学校側は狙っているらしい。
以上が、文月学園の特色その2だ。
文月学園・三階。教室は旧校舎と新校舎に別けられている。
「一般庶民の皆様方とは、ここでお別れですわね」
階段を上がり、宮野が言う。
一つの集団は二手に別れた。
E、Fクラスのある旧校舎には、紫緒里と一郎。
A~Dクラスのある新校舎には、宮尾と――俺だ。
「ふんっ、バカと天才は紙一重だな」
一郎の言葉は何度も言われた。
親友である一郎から聞く話では、記憶を失う前の俺はどうしようもないほどのバカだったらしい。
勉強なんてせず、遊び放題。テストは零点上等。教師の説教は逃げまくる始末。勉強なんて出来なくても人生は何とかなるさ、なんて言ってたらしい。
そんな話を聞かされた俺は過去と決別するために、貧乏だけど頭の良い宮野に勉強を教えてもらった。
その結果、振り分け試験でAクラスに入ることが出来た。
一年のときの俺を鑑みれば、オリンピックで金メダルを勝ち取るほどの功績だったらしく、担任がマジ泣きしていたのは記憶に新しい。
しかし、だ。
Aクラスに入ってから、俺は心の奥底で一つの不安を抱いている。
――本当にこれで良かったのか?
漠然とした不安が、どこから来るのか。それは――
「……またね」
紫緒里が寂しそうな顔をする。
その顔を見る度に、胸がチクリと痛む。
紫緒里に手を振った後、その後ろ姿を目で追った。
「東城さん、行きますわよ」
「あ、あぁ」
宮野に促され、自分のクラスに向かう。
Fクラスよりも六倍も広いAクラスの教室。
扉を開けば、その豪華絢爛な内装が出迎えてくる。
先ほどの例でも挙げたように豪華な椅子から始まり、冷暖房の完備、一人一人にPCが提供。教室の隅には、高級のお菓子に紅茶が常備されており、よく宮野がお世話になっている。
「東城さん? いま、わたくしに対して失礼なことを考えてませんか?」
きさま、超能力者か。
「いや? ペッタンコのことしか考えて…………暴力はよそう」
治したばかりの右腕を再びオシャカにするつもりだ、この元お嬢様。
殺気立った宮野を宥めていると、一人の男子生徒が近寄ってくる。
「宮野さん、東城くん。おはよう」
「うるさい、イケメン。爆発四散して世界の不細工へ貢献しろ」
「あっはっはっはっ。今日も君の悪態は一段とキツイね」
挨拶をしてきたのは、ブサイクの宿敵であるイケメン宗像誠(むなかたまこと)だ。
サラサラの髪に、綺麗な鼻筋、泣きボクロが妙に艶やかなイメージを植え付けてくる。誰に対しても優しく、誠実な性格のため、だいたいの女子はこいつに惚れている。はやく転校しろ。
「それにしても朝から一緒に登校なんて、もしや?」
「ち、違いますわよ! 東城さんとは、たまたまでして……あの……その……!」
おそらく宮野もイケメンに惚れている。ちくしょう、羨ましすぎて吐血しそうだ!
「東城くん、どうしたんだい? そんなブサイクな顔をして……僕を笑わそうとしているのかい?」
「ようし、その喧嘩買った! いくらだ!?」
「君の笑顔で良いよ」
「キモいわ、この野郎!」
ホモか。ホモなのか、こいつ。
「違いますの。そう、偶然ですのよ……」
「……おまえはいつまでやってるんだよ」
「はっ! どっせい!」
「あぎゃああああ!」
理不尽な暴力により、俺の右腕は昼休みまで、いけない方向に曲がったままだった。
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