20 魂の還るところ
行方不明になっていた重間司津子並びに、消息不明だった何人かの遺体は学校裏にある木の近くに埋められているのが見つかった。十和田の静寂に満ちた学校の方に廃棄されていたものが、現実に戻ってきたのである。
犯人は十和田ら五人が自首する運びとなった。彼女たちには、もはや逆らう気力もなかった。全裸の巨漢がまた殺しに来ると思うと、一気に老け込んでしまう。警察の前に現れた時の彼女たちは、十も年を重ねたように思えた。
この事件は連日報道される運びとなり、学校や家にも致命的なダメージを与えることとなった。しばらくの間、この凶悪なニュースは教育界の現状や子供たちの現実についてを交えながら場所を問わずに論ぜられることになる。もっとも、真相を知るものは、その中にはいない。
操られていた生徒たちには、この混乱に乗じたシャケが東雲と同様の処置を施した。不思議なことに、シャケが危惧した依存性はすっかり消えていた。
「猫のお礼ってやつかねぇ」
屋上でシャケが最後に行ったのは、吐き出された猫の遺骸を集めることだった。吐瀉の中に手を突っ込み、溶けかけたそれらをしっかりとひとまとめにし、こぼさないように地上へと持ち帰り、猫塚へと戻した。
桐沢に頼み、線香を一本持ってこさせると、シャケは猫塚に捧げて拝んだ。
「ごめんよぉ。つらかったろう。もう休んでおくれな」
桐沢と東雲も同様に拝む。かつては不可思議として世にあった黒猫に祈りを捧げ、神妙な気持ちで猫塚をずっと見つめた。
「黒猫、死んだんですか?」
東雲は、スーツ姿のシャケを見上げて聞いた。
「元から死んでるよ。もう力もないだろう……。だが、こうやってここに返すのは俺たちの役目だろう。こいつは何も悪いことはしていなかったんだからな。たまに祈ってやってくんな。今後は安静に眠れるようにってさ」
朝の穏やかな木漏れ日に、巨漢は静かに説いた。
その後、シャケは重間司津子たちが眠っていた木へと赴いた。遺体は一旦司法の手に回されたため、葬儀は少し遅れることになった。それまで留まる理由もなかったので、ここで拝んでおこうと考えたのである。
しかし、これは果たせなかった。既に警察が立ち入りを禁止していたし、大勢が押しかけていたからである。
仕方なく、シャケは遠くから合掌して拝んだ。
「重間司津子さんよ、ありがとう。あんたが気づいたおかげで、被害が広がらずに済んだ。この地を救ったのはあんただ。ありがとう、ありがとう……。安らかにってわけにはいかないかもしれんが、それもしばしの辛抱だ。どうか、眠っておくれ」
* * *
ある昼。十和田一味の財布から拝借した金で安いスーツを買ったシャケは、街を後に師匠への報告へと向かうことになっていた。見送りは桐沢と東雲である。
「シャケ、スーツ似合わないね」
「俺もそう思う。だがなぁ、ちゃんとしないと師匠に怒られるんだよ。そういう仕事関係ではきっちりしろってな」
笑いながら、シャケは背伸びをした。
「シャケさん、シャケさん、本当は名前、なんて言うんですか? シャケって、桐沢君から貰った弁当から名乗ったんですよね?」
東雲がその話題を出すまで、桐沢はすっかり忘れていた。この男は結局、何だったのだろう?
巨漢は、困ったように笑い、静かに語りだした。
「師匠が名付けてくれたんだけどな、妙に立派そうで、名乗るのが恥ずかしいんだよ。
――祓い師見習い、北原赤州ってんだ」
赤州は照れを隠すように走り去っていった。帰りの駄賃などなかった。大男は、その身に恥じぬ大股で彼方へと消えていった。
炎の突撃野郎 伊達隼雄 @hayao_ito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます