16 封印解除

 軽く散らかった蔵を可能な限り元に戻し、三人は十和田邸からの脱出に成功した。高校生二人を抱えたまま屋根をぶち抜き飛び跳ね、シャケは再び学校へ向かった。

「これで罪は更に重なっちゃったね」

「なぁに、用が済めばとっとと消えるさ。生徒たちについての誤解だけは解いておきたいところだがな」

「それはこっちも引き受けるよ。ところでさ、どうして戻るの? 探しに行かなくていいの?」

 桐沢の問いに答えるために、シャケは人目のつかない場所を選んだ。残る人間も少ない、近くの小学校の屋上である。色違いのタイルを渡るような気楽さで次々と屋根を移り、足場に使えそうなものがあればそれがバルコニーの手すりでも、街灯でも、構わず踏み台にして空を飛んだ。抱えられているふたりはまたしても人間離れしているとしか思えない光景を猛スピードで次々と体感し、白目を剥きかけた。それでも慣れとはすさまじいもので、桐沢などは「ネコ科みたいだね君は!」と叫ぶ余裕さえあった。

「さて、二人に問題だ」資料を並べながら、シャケは言った。「猫塚の黒猫が遠く北の国からやってきてこの地に眠ったとして、その理由は何だろうか?」

「寿命?」東雲が手を挙げてから言う。

「正解。超能力に覚醒した猫とはいえ、生命はいずれ終わりがくる。どんなに長かろうとな。ところがどっこい、この猫は賢すぎたわけだ。自分が他の生命にどんな影響を及ぼすか、また、人間たちが自分という存在にどの程度の理解があるかまでしっかり把握していやがったのさ。その証左がコレよ」

 シャケは芳孝翁が集めた資料の一部、猫塚周辺の虫や動物の様子の記録と、四足怪異の黒猫の行動を提示して見せた。

「黒猫の行動は他者への施しに基づくものであることが多いように思われる。まっ、野生動物らしくはねぇよな。そんな奴だ。死んで埋まる際も考えたんだろうな。神様っぽい自分が土に還ったらその土地にどんな影響があるか分からない。そこで、黒猫は自分の肉体を封印したんだろう。そのために使ったのが猫塚だったってわけだ。猫塚とはすなわち、黒猫が自分の肉体と精神の残滓を外へ漏らさないように作り上げた簡易な神体みてぇなもんだ」

「だけどシャケ、封印、破られてるよ? 十和田達は猫を食べたんでしょ? 箱も取り出したんでしょ?」

「そう。破られちまったんだよ。これは俺の推測にすぎんが、あの猫塚は戦中、あるいは戦後の猫の慰めになってたんだろ? 信仰は時に強い影響を与える。そこがそうであると思えば実際にそうなっちまうこともあるんだ。まして、あそこにいたのは超能力猫だ。超能力にも色々あるが、基本的には頭の力だ。精神が大きく作用する力なんだ。実際にそこで眠っていった猫もいただろう。少しずつ、少しずつあの場に別の意味が加えられていったんだ。猫塚の意味が変わり、黒猫の封印はほころびが出た。あとはズルズルよ。十和田は猫塚周辺の様子の変遷からそれを読み取った。おそらく、当人もうまいことになるとは思わなかっただろう。ところが、猫の遺骸は出てきちまった。十和田は追い詰められたか、それとも道を拓けたのか?」

 最後に、これで当たりだろうと締めて、シャケは資料をしまった。

「不老不死云々は四足怪異から得られると断定したんだろう。どこから何の情報を仕入れてきたか分からんが――」

「オカルト好きですもんね、女子は」自嘲気味に東雲は言った。

「最悪なことに、それが現実になっちまったわけだ。それで、十和田達がどこへ逃げたかだが……これはこっちな」新たに資料を出し、「猫塚周辺の地図と、全国にある同様の動物伝承だ。芳孝翁はよくまとめてくれたもんだぜ。この中で同じ超能力を持ったと思われる奴には、共通の特徴として異空間を歩けるエピソードが備わっている。黒猫の竹藪のようにな。俺は十和田の力は静かな学校を作り出すだけだと思っていたが、ちょっと違ったらしい。異なる空間を作り出し、通るのが本命だ。菊田の能力と分かれたんじゃないかと思うんだが……」

「じゃあ、十和田達は!」

「黒猫の力の中心地は猫塚だった。それが限界だろう。奴らはそこ、猫塚の小道だ」

 そこまで話し、シャケは拍手して注目を集めた。ギラついた中に燃えるものがあった。全身の筋肉が熱を放出しているのではないかと勘違いするほどの圧力に周囲が歪んで見える。パキパキと鳴らされる指にも、ふたりは否応なしに気持ちを盛り上げられた。

 ニッと笑い、シャケは二人を抱えて再び飛び跳ねた。

「行くぜ! 封印を完全にぶっ壊す! 奴らは全部暴いてやる!」


 * * *


「おらぁ!」

 夕方も近くなってきた頃、見られる危険も顧みずにシャケは猫塚に突撃し、それが並ぶ小道を凝視しながら狙いをつけ、力のつなぎ目を見つけ出すとそこに力の限り回し蹴りを放った。ごう、という音と共に風が切れ、そこにあるはずもない層が皮を剥がすように取り払われた。極薄の幕に映っていた現実の先に、同じような小道が続いていた。しかし、そこでは舞い散る葉が空中で留まっており、影がまばらに向いていた。暖簾をくぐるようにその先へ走った三人は、そこでたむろしている十和田達を見つけた。

「「会長!」」

 声を揃えて桐沢と東雲が今回の首魁を呼び慣れた役職名で指した。十和田以下、十数名のグループが一斉に驚きの表情を浮かべる。全員、この止まった小道が見つかるとは思っていなかったに違いなかった。山野辺が逃げようと先に動くが、馬場がそれを制した。

「もなみん、ここは他の連中に任せて」古賀が立ち塞がり、力強い凶暴さを湛えた眼をシャケに向けた。しかし、十和田はそれでも一歩前に出て、

「坊主頭の犯罪者さん、よくここまで来ましたね。執念深いったらありゃしないわ……!」怒りの形相を一瞬に、冷静の仮面を被り続けた。「だけど、もう終わりなの。私たち、もうすぐ死ななくなるの。悔しいでしょう?」

「悔しくねぇし、お前らは死ぬ。もう終わりってとこだけ同意してやらぁ。ここにいる全員、どうやら一味らしいな。叩きのめされたって文句は言うまい。言っても聞かんがな」

 桐沢と東雲を庇うように前に出たシャケは、右拳をかざして威嚇した。

 そして次の瞬間、同じように威嚇行為に及ぼうとした男子生徒に向かって突進し、その腹に掌をぶつけて吐瀉させた。誰一人、その間の行動を目撃したものはいない。時の止まった小道にあって、シャケの速度は動ける人間たちまでをも停止同然に追い込むような域にあった。先に食べたものを吐き出した生徒は、そこで初めて自分が何かされたと気づいたが、彼が考えられたのはそこまでだった。内容物と胃液をまき散らしながら生徒は胴を掴まれると空を向けられ、あっさりと投げ捨てられてしまった。そこで彼は認識の処理速度が限界に達すると同時に、衝撃から視界がちらつきだした。他の生徒たちにぶつかり、ごろごろと人、土、様々な感触を全身に受けながら転がると最後には並木にぶつかりうずくまった。あばら骨を折ったことには気づかなかっただろう。一瞬の乱暴に慌てふためきながらも、この危険な男を排除しなければと会長の仲間と配下は一斉に悟った。

 最初に力を使ったのは菊田だった。自分を含む、計画を実行してきた五人のいる場所を引き伸ばし、少しでもシャケを遠ざけようとした。同時に、山野辺が手当たり次第に物を浮かせて障害物を作った。これにはシャケも舌打ちせざるを得なかった。うまい具合に力のつなぎ目を隠している。追い打ちをかけるように、馬場が炎を走らせた。空中に留まった葉や、道を塞いだ木々に着火し、燃え上がり、シャケの視界を更に塞いだ。

「舐めんな!」

 シャケは先程の生徒の周囲に倒れている人間から比較的背が高く、身体の大きい者を選ぶと、制服の背中を掴んで持ち上げ、槍投げのように加速をつけて十和田達に放った! 弧を描きながら生徒は顔を風圧で歪めながら五人に迫る。呆れと恐怖と衝撃が彼らを包み込んだ。生徒は結局、前に出ていた古賀の目前に墜落した。

「正気かあいつは!?」

 既に遠い山野辺の驚きを知ってか知らずか、シャケは残った生徒たち――売人と思われた――を次々と蹴り、殴り、屠り続けると第二射を打ち込んだ。やがて全員を倒したシャケは、その始末を桐沢と東雲に任せ、道を塞いだ燃える木々をジャンプからのチョップで真っ二つに割った。邪魔だからというのもあったが、こちらの方がシャケには投げやすかった。肘で先を削りあっという間に尖らせると、何度もそれを遠く離れた敵に投げつけた。

「さぁ、当たりやがれ!」

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