14 十和田家へ
散々郷土史をあらっていた桐沢と東雲はようやく猫塚の出現時期を特定した。大正にその原型と思われる黒岩が確認されており、猫塚として扱われるようになったのは昭和に入ってからであった。
「よう、首尾はどうだい?」四足怪異を抱えながらシャケが聞いた。
「黒岩については成立が古いみたい。猫がやけに寄りつくから、戦中にはもう猫塚として扱われていたっぽいね」
「猫が寄りつく、か。やっぱり徳を積んだ奴のところには集まるもんなんだなぁ」
「シャケは?」
「桐沢君よ、親しくなってくれるのはありがたいが毒を含めたりするとちょっとダメージあるぞ。一応、徳は積んでいる。善行に励むことから人生は始まるのだ」
やけに嘘っぽかったのが、悲しかった。
それぞれの成果を報告しあい、三人は猫塚の成立に大体のあたりをつけた。
「どう考えてもその黒猫が猫塚に埋まってたやつだよね」
「確証はねぇよ。俺もそうだとは思ってるんだがな。これ以上を知っているのは十和田だろうな。奴の住所分かるか?」
「シャケ、忍び込むつもり?」
「どうしよっかなー……。あいつら全員ぶちのめせれば一番楽なんだが。今日にでも夜襲かけてみてもいいな。ぶちのめしてぶちのめして泣いて謝らせればそれもいい。桐沢君と東雲ちゃんはどう思うよ?」
急に振られ、ふたりは動揺した。
「僕は早めに解決すればいいと思うけど。東雲さんだって、早くなんとかしたいでしょ?」
「それはそうだけど……。シャケさん、できるの?」
「できる。やる。あいつらはただじゃおかん。思いっきりぶん殴ってやる」
握り拳を振りかざす巨漢は、暗に首を飛ばしてやると宣誓しているようなものだった。流石に慣れてきた桐沢は、大袈裟な反応こそしなかったが少し青くなり引いた。
「とはいえ」拳を降ろしながら、「学校行った瞬間、警察沙汰になったら面倒なんだよな。夜襲ってのは冗談じゃなくて本気なんだぜ。俺は目立つし、今度は来客用のスリッパだけじゃごまかせねぇ」
「元からごまかせていたとも思えないけど」
「バレないように気をつければ……あっ、ごめん、今のなし! 私バカなこと言った!」ブンブン手を振りながら、東雲は軽率な発言を打ち消そうと必死になった。丸い顔が青くなる。今しがた目立つと大男が言ったばかりである。それが少し抑え目の表現であったことに気づけたのは東雲の手柄であった。シャケは苦笑しっ放しである。
「学校でぶちのめすのは諦めよう。帰るところを狙って一人一人さらってぶちのめす」
「犯罪くさいなぁ」
桐沢の率直な感想はシャケにも重々承知であった。
そして、結果的にこの犯罪は未然に防がれた。
学校に戻りその後の様子を見た桐沢と東雲は、十和田達が立浪ら含め学校から姿を消したことを知った。見解では、突如として現れ生徒を倒した謎の坊主頭の巨漢が関わっているのではないかというのが有力視されており、挙句の果てに重間司津子の行方不明事件もこの坊主頭の仕業だったのではないか、という噂が流れていた。
平然を装いながらも悔しさと絶望を隠しきれない十和田達の様子を期待していたシャケは、この情報にがっくりと肩を落とした。
「してやられた。あそこでとっとと逃げ出したのはまずかったな。誠心誠意をこめて誤解を解くべきだった」
「解けなかったと思うよ。シャケがやったのは事実なんだし」
「会長たちが話を流したのかな?」
「だろうな」東雲に肯定し、シャケは苦虫を噛み潰したような顔をした。「やりやがるぜ。伊達にこんな事件起こしちゃいねぇってことか。姿をくらましやがったんじゃこっちには情報が少なすぎる」
次の瞬間、シャケは突風を残して走り出し、校舎へと突撃すると一瞬で戻ってきた。
「ダメだ。空間もできちゃいねぇ。こうなりゃ手は一つしかない」
「夜襲ですか?」
少しばかり気合を込めた東雲を制し、シャケは風呂敷包みを背負うジェスチャーを見せた。
「待って、シャケ。僕らもじゃないよね? 泥棒の真似事なんて無理だよ」
「なるべく一緒にいてくれ。夜襲されたくなきゃな」
* * *
十和田の家は流石は名士というべきか、すぐに探し当てることができた。消えたという話は既に伝わっており、家の周囲も巻き込んでの騒ぎになっていた。警察の姿も見かける。シャケはそれを知るや否や身を縮めてそそくさと遠ざかった。
「シャケさん、警察ダメなの?」
「警察は嫌いだ。彼らは職務に忠実でとてもよく頑張っていて尊敬すべきだが、俺を逮捕する危険性があるからな。今はなおさらだ」
すっかり公務員を敵に回したことに頭を抱え、シャケは桐沢と東雲に十和田の家の写真を撮らせた。自分がやれれば良かったのだが、一発通報もありうる身ではそれもできない。提出された画像から侵入するのに最も適した場所を割り出し、シャケは近くの路地裏で作戦を発表した。
「夜まで待とうと思ったが、先手を打たれてもまずい。古典的な手でいくぞ」
それは覚悟を決めた男の目だった。学校に姿を現した時からシャケの目は常に力強く生命力にあふれ、義を重んじる意志が宿っていた。それは会ったばかりの桐沢にも分かったことだし、東雲にもかつて見たことのない男としてただならぬ人物と刻まれていた。しかし、今のシャケの目はそれともまた違う。それは全てを敵に回してしまった、追い詰められた男の意地と使命感からくるものなのか。めらめらと燃え出した目には逆境でなおも輝く、人間本来の底力さえ感じられた。こんな目をされては、桐沢も思わず燃えざるを得ない。腹の底から笑みさえ浮かぶ震えが全身に回り桐沢大吾という男を一回り大きくさせていた。東雲もまた同じく――桐沢につられたのもあるが――ふるふると身体を小刻みに震わせながら何かを叫びたくなる衝動に耐えていた。
ふたりの様子に満足したのか、シャケはニヤリと笑った。
「いいぞ。で、作戦とはな――」
* * *
「オラぁ! てめぇら寄るんじゃねぇやい! 俺の力を甘く見るなよ! こうだ、こうだ!」
方脇に高校生二人を抱えた巨漢は野次馬、警察、そしてその家の住人全ての波を除けながら押し入った。十和田家の門を無造作に振った拳でバラバラに破壊すると、周囲が一歩、二歩と引いていく。
シャケは醜く歪み、この世のすべてを呪わんと言わんばかりの形相で人々を威嚇しつづけた。もっとも、ビニール袋を被っているので見えるのは目と口元だけではあったが。抱えられたふたりにとっては冷や汗を通り越して軽い吐き気さえ感じる。よく意識すれば、この巨漢がどこかしら臭かったのもまた気分を盛り下げていた。
「極悪人を舐めるなよ! 俺を止めたきゃ軍隊でもよこせや! おい、そこのババアがつまづきそうだぞ! 誰か助けろや!」
自分でも何を言っているか分かっていないだろう。こればかりはノリと勢いが全てと判断し、シャケは思うがままに喋りつづけた。段々と楽しくなってくる。十和田家には悪いと思いながらも、シャケはとうとう十和田邸へ侵入を果たした。
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