13 箱

「まず、経験を踏まえたうえで、十和田達が何を見つけ、何をしようとしているかを話そうと思う。

 あの猫塚に埋まっていたという猫の死骸は、ただの猫じゃあない。おそらくは特殊な個体だ。十和田達の能力が猫からもたらされたとして、超能力に目覚めた猫だろうと思っている。いつ、なぜあそこに埋められたかはまだ分からんがな」

「あのさ、シャケ。猫って超能力を持ったりするの? そもそも、超能力ってあるの?」

「超能力ぐらいその辺に転がってるレベルであるぞ。俺の友達にも何人かいる。猫が持てる持てないに関しては……動物の方がそういう力に目覚めやすいな。人間ほど長生きじゃない種は個体の回転が速い。特殊な奴が生まれる確率がずっと高いんだ。出たとしても、ほとんど大した力は出せないし、力の使い方が分からないまま生涯を全うするパターンが多いんだが。まれに本能でそれを解し使いこなす頭のいい奴がいる。猫塚に埋まってた死骸は、それだろうな」

「つまり、猫又ですか?」頬杖をつきながら、東雲はよく有名な猫の妖怪の名を出した。

「いや、違う」二度、三度手を振って否定し、シャケは身振り手振りを交えた。「猫又の能力じゃない。別の空間を作り、鼠を出し、サイコキネシスを使い、炎を操り、傷を治す虫を使役する。猫又とはやりあったことがあるが、こういう力は持っていなかった。むしろ火車の方が近いが……妖怪変化の類じゃないだろうな」

「シャケ、色々やってるんだね」

「詳しいことは猫塚の成立を調べなきゃならんが、その特殊な個体については十和田を調べていけば分かると思う。いま一番、猫塚について詳しいのは十和田だろうからな。でなけりゃ首謀者にはなりえない」

 最優先は倒すことであると付け加え、シャケは椅子にもたれた。

「で、次は遺物についてだ。これはいくつか、黒い箱の中にあるだろう。その中の一つが、桐沢君と東雲ちゃんに災難を与えたあのミミズのような餌のはずだ。桐沢君が体験した回復感から察するに、宿主の痛みや苦痛を糧に大きくなるんだろう。意識を失って操られていた時の東雲ちゃんがキスして送り込んだのはある程度大きくなった餌だ。追いかけっこの中で身体に負担をかけさせて成長したと見た。それで、桐沢君の中にある苦痛で更に餌らしく肥え太って――どうしたのよ?」

 可能な限りのユーモアをもたせたジェスチャーに熱が入っていたシャケは、目の前の二人が顔を赤くしているのに気がついた。少しジェスチャーが子供っぽかったから恥ずかしかったのかもしれないと考えるが、自分の発言におけるデリカシーについて検討した結果、咳払いをして謝罪を決めた。

「失礼。キスはノーカン、いや、違う、それはキスだなんて呼べるものじゃないだろうから」

「シャケ、続きいって。いいから」

「ごめんね桐沢君。喜んでもらえればまだ互いに救われたんだけどね……」東雲は机に突っ伏し、肘から上だけはしっかり組んで祈りをささげていた。

「嬉しいといえば、そりゃ嬉しいよ」

「ありがとう。ちょっと楽になった」

 互いにしなだれる様を目の前に、シャケは自分の不用心を責めた。発言する時は相手の事を考えなければいけない。相手は思春期なのだ――自分も少し前までそうだったが。

(師匠に話したら学生服着せられてもういっぺん学校行って来いって言われそうだな……。いや、あのジジイのことだ。女子の制服渡すかもしれん)

 最悪の未来だけは回避せねばならなかった。この一件が終わるまでには言い訳を考えておかなければと、シャケは更なる戦いを覚悟する。

「二人とも、交際前の口づけについての議論をここでするつもりはねぇんだ。話を続けさせてくれ。頼む。お願いだ。俺は色恋については単純を好むんだ……。

 続けるぞ。立浪君たちが配っているのは、あくまで餌だ。成長した餌はあとで回収されるんだろう。それを食うのが十和田達かどうかはまだ分からない。俺の推測通りなら、餌は力を維持するために必要か、不老不死の材料かのどちらかなんだが。いずれにせよ厄介なのは、これの宿主は、おそらく……リーダーの十和田か、虫使いの古賀に操られてしまう。その上、依存性もあると見たね。東雲ちゃんが立浪に会ったのは無意識で餌を求めていたからだ」

 突っ伏していた二人は同時に顔を上げた。不安と恐怖と衝撃が混ざり合い口が半開きになっている。

「シャケさん、わたし大丈夫なんですか?」

「今はな。だが、依存ってのは簡単に抜けきれないから依存って言うんだ。抜け出す方法が奴らの言う黒塗りの箱にあるかもしれないが、もしなかったらこういうことに詳しい友人を頼って薬を作ってもらおうと思う。サンプルが俺のポケットに入っているからすぐ作ってもらえるぞ。大丈夫、安心しろ」

 あらゆる心配を吹き飛ばす、力強い笑みで安堵を促すと、シャケは続けた。

「不老不死については、奴らが遺物をばらまいていることから考えて、いま言った通りそれを材料にしている可能性がある。猫に九生ありなんてことわざを持ち出すつもりはないが、それを使って猫塚に埋められていた猫の力を完全に引き出し、別の生命を得るつもりというのが可能性としては高い。ここまでで分からないところは沢山あったな?」

「多すぎるけど、とりあえず会長たちが不老不死になろうとしてて、餌をばらまいていることは分かったよ」全てを理解するつもりは最初からなかったらしく、桐沢はさらっと要点をまとめた。

 答えとしてはそれで十分だったのだろう。シャケはその通りと頷き、あたり一面に並ぶ本棚の列を指した。

 桐沢は勉強が苦手な方ではないし、本はそこそこ読む。しかし、シャケが言わんとしていることを理解すると、今すぐに頭を抱えて本棚を押し倒し、これでは読めない、図書館にいる資格もないと宣言したくなる気持ちになった。せめてもの抵抗か、しきり眼鏡の位置を調整している。一方、東雲は……桐沢の反応から巨漢の意図をようやく知り、あなたは体内に虫を入れられておりその虫は猫塚から発掘されたものです――と言われた時は鼻で笑いそうだったものを事実と認識したとき以上の絶望と憎悪と悲哀を感じ、表情筋を上下に伸ばしていた。

「シャケ、本気で調べるの? もう少し何か、ヒントないの?」

「ない。猫。不老不死。猫塚。これで調べるぞ」

 ふんぞり返っているあたり、シャケも気が進まないらしい。

「私もやらなきゃならないんだよね……」

「やられっ放しは気分も悪かろう。ぶん殴って謝らせるために頑張ろうぜ」

 かくして、図書館から猫塚を中心とした情報収集が始まった。

 桐沢は郷土史を中心に調べていったが、猫塚に関する情報は中々ヒットしない。戦中、戦後は資料もあまり多くなく、気がつけば猫塚は出現していた。山積みになった郷土史に関する資料を棚に戻していく途中、東雲の調査状況が伺えた。そちらも進展らしい進展はなかった。猫塚については、自分たちが知っている以上の情報が中々出てこない――溜息をつく東雲を見ながら、桐沢はふと互いの資料が戦中以降に偏っていることに気がついた。成立としてその時代をインプットしてあるから、そこを調べるのは当然である。しかし、この前提さえ曖昧だったということがすっかり抜け落ちていた。もう少し時代を遡って調べてみようと、少年は棚をなぞった。

 ふたりが悪戦苦闘しているなか、シャケはある棚を適当にチェックしたあとで、新聞に目を通していた。猫塚に関する情報は勿論のこと、重間司津子行方不明前後、また、十和田という家についての情報が出ていないかをつぶさに調べていく。

 重間司津子の行方不明は、敵ながら天晴れといったところで、大した情報は新聞に出ておらず、姿が消えた以上の事は分からなかった。猫塚も等しい。

 十和田については、地元の新聞に何度もその名を確認できた。それなりに名士ということらしい。戦後二十年ほどしてから管内において事業が当たり、じわじわとその力を伸ばしている。よくある家の一つといえばそれまでである。しかし、シャケはある名前に目をつけていた。現在の家主の祖父にあたる人物である。新聞片手に先程チェックした棚に歩き、新聞から見つけた名前と比較しながらある作者を探すと、鷹義永久なる名前にぶつかった。新聞にあった名は、十和田芳孝である。本名をもじった筆名なのだろうと判断できるが、確証はない。著者についての情報も、たった一冊あった本からは知れなかった。念のためと、シャケは桐沢に頼み、図書館のインターネットサービスの利用にこぎつけた。図書館で確認できた著書は一冊だけ、それもかなり古い本である。案の定、十和田芳孝と鷹義永久が同一人物であるという確証は得られなかった。

 シャケは、その本――『四足怪異』を開いてみた。明治から昭和にかけての動物に関する伝承のさらいである。犬猫は勿論、古典ともいえる狐などについても簡素ではあるが記されていた。この程度ならば、シャケは師の下で何度も学んでいるし、より詳細な書物を多く見ている。しばらくページをめくっていくと、突如として本の題名に似つかわしくない章が飛び込んできた。「箱」とだけついたその章は、猫鬼などの伝承を交えながら呪いと動物の神格化について考察を行っており、同時に、ある箱についての解説があった。考察そのものはさして面白いものではなかったが、箱については偏執的に記されており、シャケの興味をそそった。

 曰く、ここでいう箱とは宝を意味し、宝とは神域へと至る動物が高い知性を持って封じた自身の呪具であり、また、崇める人への褒美として己が一部を詰めたものであるとも言う。この起こりは遠く北国と推測され、元は動物の供養についての作法が変化し、妖怪譚と混ざり合うことで成立した伝承であるとされていた。

 箱とはすなわち、埋葬・納骨を象徴するものなのだろう。それは著者である鷹義永久にも推測できたことで、実際に青森まで出向いて東北を回り、箱についての調査をまとめていた。

 そこで動物を祀った塚などを調べているうちに、彼は箱を見つけている。片手に収まる経箱風であり、関わる塚と共に神社が管理していた。中を拝見させてほしいと尋ねたらすんなりと見せてもらったという。なんのことはない、中身は動物の骨――それも、数種の――と、小さな置物であった。ひどい落胆が彼を支配するが、神主はこれについての面白い話を聞かせてくれたとあり、次に簡単に記している。

 曰く、この箱は古くからあるにはあるが、元より模造品であったと伝えられている。昔、塚のあたりに大きな黒猫がいつからか住んでおり、これが真実不可思議なことをしたという。黒猫が塚を離れて現れると決まって他の動物が無惨な遺骸で見つかるが、これは全て田畑へ被害を与える害獣であったという。また、子供が道に迷い心細さに泣いていると黒猫が現れ、しばらく妙に静かな竹藪を歩き、気がつけば子供は住む村へと戻っていたという。また、黒猫は火事が起きる前にこれを伝えるかのごとく吠えだし、小火であっても見つけ出せばたちまち食らいつくしたという。これらの伝えは、当時の口伝が大袈裟とおかしさを求めて象徴――即ち、黒猫に無理矢理繋げての話であると著者は考えており、神主も同じ意見であったらしい。

 さて、黒猫の話はそこから更に進み、件の箱についての話となった。明治になると黒猫は塚に姿を見せなくなり、せっせと山で何かを集めだしていた。やがて、塚には一つの箱が鎮座するようになる。開けようとするものはなかったが、ある日のこと、黒猫が久々に塚に姿を見せると、どうやったのか箱を黒くしたという。当時の管理者がこれを知らず、いつもと違う箱があると勘違いし開けると、中には鼠やミミズが死んでおり、他にも不思議な形に組まれた小さな枝、数珠繋ぎとなった石があったという……。驚いた管理者は急いで蓋を閉めるが、そこに黒猫が現れ、箱を奪い返すと足を炎に包み、空へ走り去ったという。あまりの事に衝撃を受けた管理者は、塚に何もなくなってしまったことに気づき、せめてもと印象に残った箱を作り、そこに置き代々管理したという。

 神主の話を聞きおえた著者は、無論これを信じたわけではなかった。おそらく、泥棒が入ったことを面白おかしく変えたのだろうと推測し、これをまとめている。しかし、箱に関しては奇妙な言い伝えが各地に存在することを付け加え、神格化された動物を当時にしては珍しく火葬・納骨を連想させる箱に象徴させているとしていた。

 ここまで読み、シャケは十和田の家に忍び込んでみたい気持ちに駆られた。

 黒い箱といい、この著者が聞いた話はあまりにも現在の事件について酷似している。鷹義永久が十和田芳孝ならば、彼が残した研究資料はまだ彼の家にあるかもしれない。もし、十和田萌奈美がそれを読み、黒猫の実在と末路についての結論をこの地と断定したのならどうか?

 ――鷹義永久はなぜこの本を書いたのか? 箱に目を付けた理由はいかに。シャケの推測では、猫塚はとうの昔に存在し、鷹義永久はそれを調べる過程でこの本に至ったのではないだろうか?

「哀れなもんだな。超能力に覚醒した黒猫さんがいたとして、末路は人様の胃の中か」

 シャケは、叡智を得たであろう猫に静かな祈りを捧げた。

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