12 三人
怒涛の説明を交互に受ければ、そして、その差が激しければ激しいほどに東雲は混乱と疑念に囚われざるを得なかった。小さな顔が偏見に満ちたとしても、それはシャケと桐沢がものの捉え方を統一しなかったことに原因がある。
保健室に誰かが来る前にと急かして現状を、事細かに――東雲に話を聞くため、彼女に全てを理解してもらう必要があったため――である。
「だからね、東雲さん。生徒会長が変なことをしていて、東雲さんはこう、ゾンビみたいにうぼーって……言ってないけど、僕に襲い掛かってきたんだ」
「君が襲い掛かったのは、猫塚に埋められていた遺物のせいでな。遺物というものを説明しよう。それは猫の死骸と――」
「シャケ、女子高生に猫の死骸とか言わないで」
「年頃の女子のオカルト好き率は大したもんだぞ」
「中学で卒業したけど」参加できるところだけ会話に突っ込み、東雲は保健室のドアをちらちら見ていた。
会話の脱線を知り、巨漢と少年は一旦話を戻すことにした。重間司津子がシャケの師に連絡をよこしたことから、桐沢が体験した恐怖、シャケの到着とその後の戦いと謎についてを順に話していく。東雲はやはり警戒心を持ち続けていたが、話される内容が程度の差はあれど一貫性を持っていたことから、あながち嘘ではないかもしれない、とも思えていた。
「君の身体にこれが入っていた」
シャケはポケットから、うねろうとしている遺物を取り出し見せた。ビクビクとする謎のミミズのような線は、少女の目にはただの虫に見え、少し気持ちが悪いという程度の認識を抱いたが、「それっ」と手渡されると、感触がまるでない異様さに驚嘆の声を上げて放った。鋭い音と共にシャケは一瞬でそれを手に収める。それとほぼ同時に、再び桐沢が東雲の口を押さえ込んでいた。
「危ないなぁ。また東雲が操られたらどうするつもりなの?」
蒼白に流れる汗はここまでの運動量だけではなかった。いたってまともな心配が表に出ていた。
「すまん。怖がらせた」神妙な顔に素直が宿る瞳を浮かべてシャケは頭を下げた。東雲にも同様に、向き合い謝罪すると遺物をポケットに戻した。
「ふご、ふご!」
呻き共に手を叩かれ、ハッと気づき桐沢は東雲を解放した。
しばらく何が起きたか分からないといったていで荒い呼吸を続けていた東雲は、備え付けられた洗面台に走りうがいを始めた。
「ほら、ショックが大きかったみたいだね」
「気持ちは分かる。俺だってこんなのが身体に入っていると知ったら驚く」
繰り返し口を洗い、東雲はうんざりした表情で二人を見た。受け入れたという意思が伝わる、生の顔だった。
「東雲さん、話してくれないかな? どうして立浪から、あんなものを――」
「さっき呼び捨てだった」
「え?」
「話すから、ちょっと落ち着かせて。お願い……」
ふてくされた様子を僅かに見せたあと、東雲は深呼吸した。胸が上下するたびに力が抜けていくのが見て分かる。ひとしきりそれが続き、東雲はゆっくりと口を開いた。桐沢はまだ心配そうに見ている。
「えっと、あれはね――」
タイミング悪く、ガラリと保健室のドアが開かれた。生徒が数名入ってくる。
次の瞬間、シャケは二人を両脇に抱えて保健室を飛び出していた。またこれかと自分自身呆れながらも、桐沢だけを抱えた時と変わらない――むしろ、ずっと速く、重厚な筋肉を抱く巨漢は一気に敷地を駆け抜け、外に出た。
シャケは、このまま学校に戻って、自分たちについて対策を練っているだろう十和田達を追い詰めたい気持ちに駆られた。しかし、また同じように例の空間と現実とを入れ替えられては面倒だし、不利を悟られていれば次々と遺物を与えた生徒をけしかけてくる可能性もある。幸いにも、遺物の排除は、わずかな邪魔さえなければ可能であったが、あの光景を見られていたら、次はうまくいかせてもらえないだろう。
相手は子供である。
しかし、力を得た子供である。
追い詰められれば鼠とて猫を殺す。では、異常な猫を食らうことでその力を得た鼠ならどうだろう? 殺される予感こそなかったものの、シャケはしっかりトドメを刺しておけなかったことを悔やんだ。若いがゆえに、彼らは歯止めが利かなくなると危険である。いや、既にブレーキは壊れつつあるのだ。何人も殺したと認めているのだから。一旦ラインを越えてしまえば、そこより以前に位置するものはすべて等しく思えてしまうものである。それが彼らにとって愉悦であろうことは明白であった。
今は、まだしばらくは、少なくともシャケ自身が生徒を倒したと思われた学校から離れ、東雲に話を聞く時間は確実にとれるだろうと踏んでいた。何より、学生は日々を一日単位で区切るものだと認識している。まったくもって正しい。仕事では不規則な生活も送らなければならないことがあるシャケは、少しばかり学生たちが羨ましくなった。
踏まえれば、今日一日、長くて三日は猶予があるだろう。その間は、十和田達がシャケを目の敵にして大それた行動に出ないと予測できた。散々怒らせたのである。今や、尋常ならざる力を持ち周囲の上に立った少年少女にとって、自分はなんとしても排除しなければならない存在に変わっているはずだ。
願わくば――そう、願わくばシャケは、彼女たちがやろうとしていることについて焦ってくれますようにと期待していた。それを潰さなければこの仕事はきっと終わらないだろう。
走り抜けたシャケは、途中途中で桐沢に近場の図書館への案内を頼んでいた。落ち着ける場所であると同時に、情報が欲しかったのである。野生動物や最新の機械でもそんな動きはしないだろうという直線的な動きは、入り組んだ道さえもあっという間に通り抜け、ぐるぐる変わる桐沢と東雲の景色の最後に市立図書館を出現させていた。
「ここで話してもらおうか」
二人を降ろすと、ぐったりとしていた。半ば慣れてきた桐沢はまだましな方だったが、東雲はぐるぐると目を回しながらうわごとを言っている。
「お父さん、お父さん、誕生日パーティーはクリスマスに正月で……」
「東雲さん、しっかり。クリスマスは正月じゃないよ」
桐沢が揺さぶると、東雲は我に返り、安心して少しの涙を浮かべながら弱々しい笑みを浮かべた。それもすぐに変わり、ひどく嫌なものを見たかのように呆れ顔を作った。またころころ変わるなぁと率直な思いを抱きながら、桐沢は手を貸し、少女と共に立ち上がった。彼女の足はまだ少し震えている。
一方で、シャケは腕組をしたまま図書館から目を離し、学校の方角を睨んでいた。
(当たりはつけている。答え合わせをしたらすぐにでもやってる)
二人を促し、シャケは図書館へと入っていった。あんまりと言えばあんまりな格好だったので、突き刺さる視線は怯えを含んでいた。
空調が働き、程よい静寂に響くのは本を捲る、紙が擦れ合う音と、カツ、カツと誰しもが上品になってしまう足音である。ちょうど良い空席を見つけ、三人はようやく落ち着けた。
「さて、早速だが、話してもらおうか? 立浪君と接触したのは、どういう事情があってなんだ?」
「それは――」改めて意を決し、東雲は語りだした。「立浪先輩とは特に関係らしい関係はないんです。ただ、友達が立浪先輩と同じ学校で、いい先輩だって言われて。本当に、それだけだったんです。だけど……いつだったかな、その友達と一緒にいるところに、立浪先輩が来たんです。何か話があるようで、私は友達に待ってるって言ったんですけど、立浪先輩はせっかくだからって、私を……?」
話が止まり、東雲はしばし考えた。何かにぶち当たったらしい。
「多分、何かに誘ったんだと思います。手招きしてて、せっかくって」
「何がせっかくなんだ? 立浪君は東雲ちゃんのお友達に話があって来たんだろう?」
「そうです。それは間違いありません。だけど、それが何だったのか……よく思い出せないんです」
心底申し訳なさそうに、東雲は両の指を組んだり離したりを繰り返し、縮こまった。
桐沢には既に、何が起きたか分かっているのだろう。慈しむように彼女を見守っていた。
「シャケ、多分、その時に?」
「最初のやつを入れられたんだろうな。お友達が先だ。東雲ちゃんは運がないよ。多分、ノルマでも課せられていたんだろう」
「あれって、いったい何なんだろうね」
「見当はついているよ。東雲ちゃん、少しショッキングだが、俺の推測聞いてみてくれるかい?」
少女は、それが少しでも自分の持てなかった時間を知る術ならばと、頷いた。
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