7 聞き込み

 教室を出てすぐには、シャケは見つからなかった。あの様子だと、その辺をうろついていることだろうと考え、桐沢は彼が隠れそうなところを検討する。真っ先に、トイレが目に入った。

 案の定というべきか、近づいた瞬間トイレに引きずり込まれた。覚えのある腕だった。

「どうだった?」個室の壁に寄りかかりながら、シャケは聞いた。

「東雲、普通だったよ。シャケの言う通り僕を襲った記憶はないみたい。本人の中では早退した、ということになってるよ。立浪に会ったあたりからもう意識ないんじゃないかな」

「様子がおかしくなったのはそのあたりだろうしな……。しかし、立浪君に接触しても旨みのある話は聞けないだろうな」

 シャケは写真を思い出しながら、そこに写っていた生徒たちの特徴と立浪を桐沢に比較させた。返答はあっさりとしたものだった。

「それは……そこには立浪はいないよ。多分、その写真は文化祭だね。今の生徒会長と、その友達だよ」思い出し思い出し、桐沢は話した。

 全員が三年であり、ロンゲは山野辺東矢、背の小さい少女が古賀卯月、野球帽の目つきの悪い男が馬場透、知的な雰囲気の少女が生徒会長の十和田萌奈美らしい。

「その中の誰かと、立浪君に関わりはあるか?」

「古賀さんと立浪は中学からの友人同士だったかな。詳しくは知らないけど、仲はいいよ」ふと、桐沢は気付いた。「まさか、シャケ。その中に関係者がいるって言うの?」

「写真で並んでりゃ共犯者なんて言っちまったら集合写真なんざ無理だな。しかしよ、学校ってのは限られた空間だ。横の繋がりはそこまで複雑怪奇にはならんだろう。短い、いずれは終わる日々を共に過ごすからこそ学生の仲間意識ってのは強くなるもんさ」

 坊主頭の巨漢は、最後の方になるとはにかみながら語った。遠い昔を思い返しているようにも見える。

 気がつくと現役男子高校生は、聞こう聞こうと思っていた質問をぶつけていた。

「シャケって何歳なの?」

 プイと、屈強な肉体を持つ巨人は顔をそむけ、しばし間をおいた。

「今年で二十歳になる」苦慮しながら、渋々といったていでシャケは答えた。間をおかずに桐沢が「意外と若い」と呟くと、すかさず反応しその頭を軽く小突いた。

「痛っ……なにするんだよ」

「話を戻そう」手をぶらぶらと振り、仕切り直しを宣告してからシャケはキリリと表情筋を引き締めた。「可能性はあると思う。とりあえずは菊田君にあたろう。さっき出てきた名前を喋ってくれたら、大当たりだ。ぶつかるぞ」

 とんとん拍子にすぎる発言に、心配になって桐沢はストップをかけた。

「そんなにうまくいく?」

「いくとも」畏れを知らずに男は即答した。「菊田君は目に涙を浮かべ、是非とも話させてくださいと言ってくれることだろう。他の連中も同じ末路だ」

 一回、二回、腕をぐるりと回しながら、来客用スリッパを履いた大男は生徒一人を連れてトイレを出た。


 * * *


 生徒がまばらに昼食をとっている中庭で菊田の姿を認めた時、シャケは一瞬口笛を吹いた。

「度胸あるね。痛めつけ方が足りなかったか」

「シャケ、どうする? どこかに呼び出す?」

 答えずに、シャケは小走りで食事中の菊田の下に向かった。動揺しながらもなるべく平然を装い、桐沢がつづく。

「菊田君よ、昨日はごめんよ」

 唖然とした表情を振り返りながら見せた菊田は、食べていた菓子パンをその場に落とすと何度も瞬きを繰り返した。状況を把握し立ち上がろうとした瞬間を狙い、シャケはその肩を押さえて動きを封じた。

「元気だったかい?」

 言いながら、巨漢は菊田の襟を掴んで持ち上げると、そのまま人目のつかない校舎裏まで連れて行った。菊田は何度も抵抗したが、遂にシャケを止めることはできなかった。

 そこから先は、桐沢も思わず目を覆いたくなるものだった。

 壁面に叩きつけられた菊田は、それだけで既に顔を歪め、嗚咽を漏らしていた。その苦悶が止む前に、シャケは一度、二度、と顔を殴りつけ、頭突きで締めた。菊田は哀れなもので、唇が切れ、鼻血が出ている。

「菊田君、昨日はよく狙ってくれたな。まずはそちらの桐沢君に謝ってもらおうか? 命を狙ってごめんなさいってな」

 顎から頬にいたるまでを掴んでいるので、菊田の顔の下半分にかかる力は相当のものである。クイ、と顔を桐沢に向けさせられるが、彼はまだ何もしようとはしなかった。目だけを自分に襲い掛かっている巨漢に向け、敵意をぶつけている。

「ほう。まだ元気みてぇだな」洗濯物を広げるように人間ひとりをグルンと空中で回し、そのまま背中を地面に叩きつけた。地に伏した形の菊田の上に乗っかり、シャケは再び両腕で下敷きにされている男の顎を掴んで引っ張った。

「おら、おら、謝れってんだ」

 唸り続けた菊田は、自由になった腕を伸ばし、シャケの身体に何度かタッチした。タップ――ギブアップである。シャケも格闘気分だったので、これにはすぐに応じた。飛び跳ねて脇に立つと、慇懃に桐沢への謝罪を促した。

「ご、ご、ごめんなさい」涙声は言うのがやっとというていである。胸と顔を押さえ、膝立ちになった姿はあまりにも惨めであり恐ろしいものであった。

 夕方の校舎を走り抜けた挙句に暴力に晒された桐沢には分かっていた。シャケは手加減したのだと。自分が受けたものと同等以上のものを、おそらくシャケはできるだろう。しかし、あくまで謝らせるために優しく痛めつけたのである。それは、圧倒的な暴力を持つ者だけに許された拷問であった。

「桐沢君、こう言っていることだし、昨日の事はちょっと置いといてくれ。こいつにはまだ聞きたいことがある。このまま二度と口をきけないようにしてやるのは簡単だが、それじゃあ手がかりがなくなっちまうんでな」

 少年は、ただうなずくしかなかった。

 シャケの顔は常に真面目だった。ここに来て一切笑っていない。休まずに怒っているようにさえ見える。

 いや、怒っているのか――? 桐沢はそう読み取った。

 坊主頭は再び菊田の――既にズタボロになった――襟を掴み上げ、壁に押し付けた。

「さぁ、菊田君。洗いざらい話してもらおうか?

 まずは、君とお仲間が今、何をやっているかだ。

 次に、重間司津子の行方不明が君たちの仕業か、そうだとしたら誰が主犯か。

 最後に! いつからいつまでこんなことをしているのか」

 聞くことを挙げる度に壁面が叩かれた。必ず答えよと念を押すように成されたそれは、最後にはとうとう壁を打ち砕き穴となった。破片がパラパラと菊田の肩に落ちる。

「怖いか?」表情一つ変えず、尚且つ目の前の敵に対する威圧感を強めながらシャケは迫る。「もっと怖くなるぞ。俺は怖いことをしに来たんだからな」

 グイグイと、菊田の顔が壁に押し付けられる。精一杯の抵抗で手足を動かしているが、シャケは全く動じなかった。

「一応言っておくが、話してくれてもお前を無事に帰すつもりは毛頭ない。ただ、最後に一発ぶん殴って終わらせるつもりだ。そのあとどうなろうと知ったことじゃない。その一発まで身体を傷つけるも何も全てお前の返事次第よ。さぁ、どうする菊田君」

 菊田は昨日、既に知っていた。この男のおかしさを。取れる選択など一つしかない。

「は、話す! 話すから!」

 精一杯を絞り、菊田は叫んだ。その叫びも、既に弱々しいものだった。

 しかし、なおもシャケは続けた。

「俺の望む話かい?」

「分からない! だけど、俺の知っていることは全部――」

「俺の望む話をしやがれ」それを承諾するまでは、この手は緩めんぞ――そう言外ににおわせ、巨漢は手の力を更に強めた。

「わ、分かった!」

 菊田は必死に応じた。焦りで呂律は回り切っていなかったが、ようやく巨漢の手から解放された。

 突っ伏す菊田の前に腰を下ろしたシャケは、桐沢を手招きする。少しの間躊躇しながらも、桐沢は菊田の目の前まで歩み寄った。

 やがて、彫刻のような顔をした少年は、その面影を全くなくし、弱々しく話し始めた。

「お、俺たちは今、不老不死の秘法を求めている。猫塚ってあっただろう? あそこに埋まっていたものを掘り出したんだ。猫の死骸と、黒塗りの箱に入っていた妙な道具だ。俺たちは猫の死骸を食べて、力を手に入れたんだ。あんたらも見た、誰もいない校舎という空間を作り出す力や、俺の持つ、場所を歪めて巨大鼠を解き放つ力だ」

「なるほどな」一つ一つに頷きながら、シャケはつづきを催促した。その横では桐沢が青い顔をしている。

「仲間は、昔からの友達だ。山野辺、古賀、馬場、それから十和田……」

「箱の中に入っていた遺物をばら撒く売人もいるだろ。そいつらも全員教えろ」

 あっさりと言いのけるシャケに驚いたのは、菊田だけではない。桐沢もまたこれは聞いていなかったことである。

「売人って?」桐沢は聞いた。

「刑事ドラマとかで見るだろ? 危ないお薬を売る人。あれのこの一件特別バージョン。さぁ、教えな」

「全員は無理だ……」泣きながら菊田は答える。「俺たちがそれぞれ勝手に選んでいる。俺が選んだ奴だけなら教えられる」

 シャケは桐沢にメモを頼み、菊田から聞き出した名前を全て押さえた。

 メモをとりながら、桐沢は、書いている名前がこれからシャケに、同じように殴られる人たちなのだと思うと、無性に哀れに思えた。同時に、やはり恐ろしくもある。

「し、重間司津子は……俺たちがやった。あいつ、俺たちの動きに感づいて、妙な真似をしていたから。猫塚が調べられて、まずいって思って……。やったのは十和田だ! いや、重間司津子の件だけじゃない! 全部十和田の指示なんだ!」

 ギリ、と歯ぎしりの音が響いた。ますます剣幕になるシャケに、菊田は更に怯える。

「こ、これは、最近になってだ。去年の暮れに、十和田が、猫塚を使って凄いことをやろうって……やり終えれば、もうじき、みんな不老不死になれるって……」

「なるほど、なるほど……ありがとうよ、菊田君。よーく分かったよ」ようやく顔を柔らげ、シャケは既に涙と汗と血でボロボロの男を解放した。

 やりすぎだと、桐沢は感じた。しかし――

「ところで菊田君。実は最後にもう一つ聞きたいことがあるんだ」

 もうなんでも聞いてくれ――そう言わんばかりに、菊田は顔を上げた。

「お前ら、重間司津子以外に何人殺した?」

 しばしの沈黙が流れたが、その間にも菊田の顔はますます生気を失っていった。

 それで十分だった。

 これまでよりも手加減を緩めた巨漢の大砲のような拳骨が、菊田を正確に捉えた。ゴロゴロと転がりながら吹き飛ばされ、菊田は小刻みに震えながらうずくまった。

「行こう、桐沢君」

 桐沢は、静かに頷きついていった。

 やりすぎではない。シャケは、真っ当に怒っていた。

「シャケ、怖いね」ストレートに感想を飛ばし、

「ああ、怖いことをしに来たからな」ストレートに返答し、二人は去って行った。

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