第9話 ダンジョン攻略開始だって

「…………うーん」

 

 悩む


「うーん…………………………」


 超悩む。


「悩むのならやったらどうですか? 気持ちいいですよ。あんまり長く続きすぎると飽きますけど。いや、数年くらいは楽しいんですけどね数十数百年と経つと脆弱性に飽きが来てとかやるようになったりしてあんまりやってるとめんどくさくなったり途中でまた殺意が芽生えたり相手が弱すぎてつまんなかったりそのうち殺し屋呼びたくなったりするんですけどとりあえず最初は楽しいですよ!」

「ちょっとなにいってるかわからない」


 俺としたことがヒートアップしすぎた。

 夏美が悩み始めて早10分。あれほどの重症でいったい何を悩む必要があるのか疑問に思っていたが、考えてみれば俺もこっちに来た頃はそんな感じだった。

 現代日本の価値観だとやっぱ復讐ってダブーな感じがするんですよね。わかるわかる。

 異世界暮らしが長いとそういうのどうでもよくなるけど。


「そりゃね、私もダンジョンから脱出するときはそんなこと考えてたんだけど……いざベッドで寝たきりになっているとその辺りもどうでもよくなっちゃって。それが急に治ったものだから正直理解が追い付いてないんだ」

「でしたらまあ、ゆっくりでも。そのうち絡まれそうな予感がするのでその時に答えを出していただければ」


 優男2人とロリと美女のグループは否が応でも目立つ。特に再起不能なまでのボロボロだったAランクが五体満足で復活したとなれば……そもそもアレンビー様のご子息様はヒュドラ系統っぽい毒を使ったみたいだしな。


「……あれ? そういえば鹿住ちゃんはどうして助けてくれたの?」

「ああ、一緒に来た私の友人が冒険者をやるのですが、それをサポートしてくれる奴隷がいないかとここにきていまして。幸いにも私は治療系の魔法を授かっていましたので、ここの店長に話して夏美さんを買わせていただいたのです」

「あー、なるほど。そっか、そういえば店長さんに買ってもらったんだっけ……その友人ちゃんは?」

「流石に女性の部屋に男性を入れるわけにはいかないでしょう。私だったら嫌ですので、外に残しています」


 おまいう。


「あ、その子男の子なんだ……」

「ええ、正義感の強いいい人ですよ。……出来ることなら彼を裏切らないであげると。なにしろ強制転移されてまだ2日目ですからね」

「わー懐かしい。私も最初のころは不安でしょうがなかったなあ」

 

 アイツら人の都合は考えないもんねー


「それじゃ、入れていいですかね?」

「うん、いいよ」


 了承を得て、来兎へ連絡を取る。


『カズ:入っていいって』

『ライ;ウィッス』


 神属性第十階級魔法『チャット』。如何に魔法が使えない雑魚でも、神でさえあれば使用できる最も簡単な魔法である。

 その効果はその名の通りチャット行うことだ。アクセス権は神であることと属性が一致していること。俺たちでいえば魔神──悪なる神とされる者全員に見えるが、善なる神は見ることができない。

 ちなみに俺が使える唯一の神属性魔法である。もちろん戦闘向きではない。


  入ってきた3人があいさつを交わす間に唖然としている顔をした中年に目を向ける。

 うんうん。そういう驚きの顔大好き。気持ちいい。


 少しして、「後は若い二人に……」とかいうジジイ(1万年と1千歳)がこっちにやってきた。


「……で、こっからどうすんだカズちゃん」

「別に切羽詰まってるわけじゃないし、とりあえず夏美は休ませるな。本人の希望にもよるが、今日はこのまま終わりでいいんじゃね?」

「即座に復讐とかならなかったのか?」

「どうでもよくなったらしい。まあこの世界で生きて来たんならどうでもよくなったからって殺意がないわけじゃないだろうけどな」

「……その口ぶりだと聞いたのかお前? 善玉で生きるとか言ってなかった?」

「復讐煽りしたからって悪なんですか!?」

「後ろから刺される系悪党だろ」


 鹿住涙が出ちゃう。女の子だもん。


「どのみち釣れるさ。自信がなさそげな少年、鼻につくイケメン、超可愛らしい超美少女、そして殺そうとしたAランク冒険者の4人組だぞ。殺しに来るないし絡んでくることは確定だ」

「なるほどな。確かにその時俺も和馬も止めないだろう──だが裕斗アイツが許すかな!」

「正義側にいる限りは大丈夫だろ。正義であると思えば悪を討つことくらい簡単だし」

「言葉攻めで負けそうだなオイ」


 ありがちな相手の主張を聞いたりするとヤバそうだ。

 そう言うときに舵取りしてもらうために有能冒険者の奴隷だけどね。まして夏美は転移者。正義が何ちゃらなんて乗り越えた人物だろう。

 

「ところで、なんでお前そんなに裕斗を気にかけてんだ?」

「向こうで絡んできたクソボケをぶん殴ってくれたからな。鹿住ちゃんなら惚れてた」

「思ったよりピンクな理由だったー!?」




 ■□■□■



「さて、今日からはダンジョン攻略を開始します」

『はーい』


 翌日。奴隷商店前で夏美と合流してダンジョン前までやってきた。

 

「ダンジョン1階層は知っての通りゴブリンだから、2階層からだな」

「一応常駐依頼として『チリ―ウルフの毛皮』とかもあるからはぎ取りしながら進むことになるね」

「えー、あれ安くね?」

「ブルジョア黙れ」

「えっ」

「こいつ男勝りなんだよ」


 さて、やってきました忌まわしきダンジョン。


「初手紅い槍ブラッディランス


 哀れにも出て来たゴブリンへ清算の餞として紅き槍を放つ。


「ヒュー! 初手最強魔法とかソラゴト並べそうな強さだ」

「起きてればこんなもんですよ。不意打ち受けなければね」

 

 跡形もなくなったゴブリンに失敗したと感想を抱きつつ来兎と軽口を叩く。

 

「……言ってから気づいたけど不意打ち受けたトリオ結成できたな」


「え?」←勇者の不意打ちで死んだ人

「トリオ?」←バカボンボンに不意打ち食らった人

「誰それ?」←『勇者』

「すいません勘違いでした」←勇者の不意打ちで死んだ人


 遠距離確殺攻撃は恐ろしいぞ。みんなも気を付けような。


「さて、2階層についたけど……ここの魔物は何なんだ?」

「ゴブリンの中にたまにチリ―ウルフは混ざってる感じ」


 言ってるそばから一匹の魔物が現れた。

 それはオレンジをさらに薄くしたような体の色をしていた。

 荒々しく生えた牙からは涎が滴り、鋭く尖った爪は人をたやすく切り裂けそうに見える。


「じゃ、裕斗くんどうぞ」

「あ、うん」


 前に出た裕斗くんが剣を構え、踏み込んで切りかかる。

 以前とは比べ物にならない速度で振るわれた剣は容易く魔物を切り裂いた。


 どうやらゴブリンから強さが大きく変わったわけではないらしい。

 それとも裕斗くんが強くなっているからなのか? 


「……まだ来て2日目とか言ってなかったっけ?」

「成長補正ってすごいよねって例」


 困惑する夏美に俺は笑った。

 

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