第3話 冒険者ギルドにて




「で、宿屋か冒険者ギルド、どっちから行くんだ?」

「うーん……時間的にも夜が近いだろうけど、ギルドに登録料とかあったら払えなくなるし、先にギルドかな」

「オーケーオーケー」


 2枚目の銀貨を取り出して裕斗くんに渡す。

 門番の言葉を信じるなら破格の条件であろう宿屋だが、まさか埋まっているところを紹介はしないだろう。

 ギルドカードがあれば銀貨1枚が帰ってくるのだし、確かに料金不明のギルドを優先した方がよさそうだ。


「で、これがギルド……と」


 ギルドの入口上には、大きく『冒険者ギルド──オランディ支部──』とこの世界の文字で書かれた看板がある。

 その冒険者ギルドは、乱暴な例えをするならば西部劇の酒場だが、明らかに冒険者とは思えない作業着を着た……おそらくは土方の男性たちも入っていったので、一般開放もされているようだ。


「……よし、ここで予言をしよう」

「予想?」

「まず俺が中に入る。そうして裕斗くんが中に入ると、奥の方にいたガラの悪い連中が因縁をつけてくるんだ」

「テンプレだね!?」


 カッピー知ってるよ。テンプレはどこにでもあるってこと。


「で、裕斗くんはバッタバッタとガラの悪い連中をなぎ倒し、ギルドから一目置かれるようになるんだ」

「う、うーん……確かに小説とかだとテンプレだけど、僕はそんなチート能力とか持ってないよ?」

「いやあないない」


 君は絶対にイカれた能力だから。


 いつまでも眺めていたって始まらないので、ギルドの中へ。


「おい、ガキだぜ……」

「少しボロボロの服着てるが仕立てがいい。大方商人のボンボンだろうよ。実入りのよさそうな依頼が出るだろうし、今日はいい日だな」


 ギルドの中にはそこそこの人がいたからか、振り返る者はあまりいなかった。

 が、少し離れた席で交わされたその会話にちょっぴりカッチーン。


 しかし、大人な俺は無視して窓口らしき場所へ歩く。

 おそらく依頼受付の場であろうそこは3つあり、それぞれピンク髪巨乳の女性、金髪の女性、そしてガチムチのハゲた中年が座っていた。

 不人気なのか、前者2人のブースへは列が形成されているのに対し、中年のブースは誰も並んでいない。

 待つのは面倒なので迷いなく中年を選択した。


「いらっしゃい。依頼の申請かい?」

 

 ニコリ。とほほ笑んで俺と目線を合わせようとする中年だが、彼の顔は左目を通る様に縦に傷跡が走り、右頬にもナイフで裂かれたような傷跡が走っている。子供は泣くぞ、それ。


「あ、ええっと。ギルドの登録に来ました」


 チラリと裕斗くんに目配せし、察した裕斗くんがそう言った。


「ああ、坊主の登録か……なるほどな、身分証か」

「ええ、命からがらここまで来まして……」

「そうか。なら登録の前に言っておくことがある」


 中年は指を3本立てた。


「1つ。冒険者ってのは危険が付き物だ。最低ランクのFランクでも、多少は戦う術を持っておくといい。『冒険者』というだけで戦える者だと思われてるし、街中の依頼でも悪漢と遭遇して依頼主の盾に場合があるからな。それとは関係ないが、冒険者ギルドは依頼申請と同時に報酬とするものも受け取っている。もしも期限までに受けられなければ返却されるシステムだ」


 される……ということは、本来の仕事内容しか守らなくていいってことか。護衛が依頼に含まれるならともかく、例えば引越しの手伝いで依頼人を守る必要はありません、と。

 とはいえ、そうすると報酬が受け取れない。だからこそ、依頼料は先払いシステムなのだろう。依頼人が死んでいようと、報酬は支払われるのだし。


 人間なんざ自分の理になるうちはともかく叩ける時はイキイキと叩く。実際依頼人を見捨てたりして誰かにそれを見られたら面倒だろうが、冒険者なんてやっているならその街にこだわるほどじゃない。

 住民がほかの町に動くこともまずないし、商人も自らの利が最優先。冒険者たちに自分の不評を流されちゃ困るからこそ、新天地では過去をなかったことに出来るのだろう。

 そもそも、昔っからある冒険者ギルドなんだから世論は冒険者ギルドの味方なんだろうがね。ブログよりもミシュランのが信憑性があるのと同じだ。


 中年は指を1つ下げた。


「2つ。冒険者は一定期間に1度は依頼を成功させなければならない。その期間内に依頼を成功できなかったら冒険者ギルドカードははく奪、再登録も出来ないと思ってくれ」

「期間はどのくらいですか?」

「Fランクだとひと月に1度だ。以降Eランク3ヶ月、Dランク5ヶ月、Cランク1年、Bランク3年、Aランクからは無しになる」

「2か月ごとに増えていたのに、Cランクだと1年になるのは?」

「おっと計算早えな。Cランクからは本格的に魔物との戦闘依頼となる。依頼に失敗して怪我でもして、しかも治癒魔法やポーションのための金がなければ最悪だろう? 1年もありゃ自然回復でも基本的に全快できるし、もう1つはCランクにもなれば依頼をサボる奴もほとんどいなくなるしな」


  中年は再び指を1つ下げた。


「最後に3つめ。基本的に身分ってのは働いてるとこの店主が保障してくれる。よその町に行くとかならともかく、オランディで生きていくのなら銀貨1枚だけ回収して解約するといい。紛失時の再発行には金がかかるが、登録時はタダだからな……このことは、あまり他の奴らには言うなよ?」


 要は、遠回しな忠告だろう。なるほど確かに、俺ほどではないとはいえ裕斗くんもこの世界基準でいえば成人するかしないかの子供に見える。

 確か15歳から成人だったはずだし。

 ましてや鹿住と言う妹っぽい幼女もいることだし、裕斗くんの語り口から中年の頭の中でも『両親を亡くし、幼い妹と共に命からがらオランディにたどり着いた少年』というストーリーが出来上がっているのだろう。

 なんだ、ハゲって優しいじゃん!


「ハゲじゃねえ、剃ってるんだッ!!」

「ど、どうしました!?」


 すまねえ。と謝るハ……中年の鋭さに冷や汗を流した。

 おっと、それはそれで俺もギルドカードを貰っとかないと。


「私にもギルドカード貰えますか?」


 俺が言うと、中年は驚いたように目を丸くした。


「嬢ちゃんが? ……さっきも言ったように、冒険者は危険もあるぞ?」

「いえ、裕斗くんと同い年なので大丈夫です」


 これには中年も絶句。

 俺を見て、裕斗くんを見て、また俺を見て、裕斗くんを見て。

 都合2セットの繰り返した末に目を閉じて上を向き、「フー」と息を吐いてからこちらを向いた。

 いくら鹿住ちゃんがロリボディだとはいえその反応は腹パン入れたくなるぞ。


「すまねぇな嬢ちゃん。そういうことなら構わねえ」


 言って、中年は下から薄い銀の板を取り出した。面には何も書かれていない。


「そいつはギルドカードの元になる素材でな。血を垂らすとソイツ個人の物となるし、ステータスと連動して表示設定もいじれるようになる。だがしかるべき魔道具を使えば全部確認できるようになっているし、犯罪行為──例えば強盗などを犯した場合は称号も隠せないし、どのギルドカード持ちにでも近づけば警報が鳴る。ま、基本的に冒険者は町中にいるんだ。街に入ることは出来ないってこったな」


 なるほど、そして街道に潜んでいたとしても警報が鳴るから警戒されると。

 ……ところでステータスって何ですかねぇ? ウィンドウ開けちゃう感じです?

 まあ、いい。自分で上達が確認できるのなら、日本とかよりも上達も早いだろうし、そうすれば強者も増えていく……中々いい世界としたな。イカれた戦闘能力持ちとかチート能力とか持った現地人もきっといるだろう。


「勝ったぞ裕斗……この戦い、我々の勝利だ!」


 指を噛んで冒険者ギルドカードに血を垂らしてみると、ステータスが表示された。

 と言っても簡略版なのか詳しい数値はない。この世界の文字での表示……冒険者ギルドのランクと同じくアルファベットに相当するランク分けだと思ってくれればいい。

 尚ステータスオールEの模様。たぶんこっちは下限がEだね。

 こんな奴隷じゃ勝ち抜けないね、せやね。


 裕斗くんは……殆どがDで耐久だけ……F。鹿住よりも打たれ弱いイメージはないが、いったい?

 まさか逆異世界補正とかはないだろうし、唯一の最低ランク故にダメージ判定が正しく行われず、ダメージがゼロになる──はないか。素人の作ったゲームじゃあるまいし。


 ……すると、おっと。裕斗くんのチート能力が分かったかもしれない。悪辣が過ぎるこの感じ、非常に覚えがある。


「ねえおじさん」

「おじっ……いや、そうか。俺ももうそうなんだなあ……なんだ、嬢ちゃん」

?」

「あん? そりゃあどこでも、普通の月との2つだろ」

「だよねー! いろいろありがとう、また明日来るよ!」


 中年に手を振って出口へ向かう。

 慌てて「あ、ありがとうございました!」と言った裕斗くんが駆け寄ってくる音を聞きながら、先ほどの会話を思い出す。


 少し前ダンジョンで言ったように、赤い月は悪辣なる神の住み家。本来の創造神がいないことをいいことに、ずいぶんと大きな顔をしているようだ。

 神を殺すことはまずできない。正確に言えば殺してもいつかは復活する存在だ。完全に滅ぼすには、特殊な武器を使うしかない。

 つまりは。今度こそ殺しきるためには、かつて俺たち魔神を殺せた滅ぼせた勇者の武器が必要になりそうだということだ。




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