第2話 ダンジョンを抜けて

 さて、応用性極まりない俺の魔法は、名を『紅の閃槍』(命名、仲下和馬)。

 その恐るべき能力は血液操作。

 俺の身体に流れる血、またはそれが混ざった物を意のままに操るという物だ。副次効果で失血死しなくなったりもする。


 かつて一緒に異世界に召喚された他の仲間たちとは違って、これは異世界に召喚された時に得た能力ではない。

 生まれた時から持っていた能力で、先の自己紹介にあったように正しくは超能力だ。ロマンがないから魔法って言ってるけど。

 おかげさまで俺に魔法は使えないのだが、でも今は、そんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。


 前世でのとあることから人類との大戦争を繰り広げ、魔王と呼ばれる集団になった。復讐とはいえ1人一国破壊した外道集団だ。

 その後、その元凶となった赤い月に住むクソ神をぶっ殺し、続いてとある目的から俺たちを転移させた創造神を殺し、神殺しによって魔神となった。

 魔神へと至る条件は位の高い神を殺すこと。赤い月の神は悪辣ではあったが神としての格はしょぼかったので条件を満たさなかったらしい。

 まあ赤い月の神はどうでもいい。……そうして、勇者に殺されて転生。転生した理由はわからないが、いずれは異世界に渡ることを目指していたらこの状況になったのだ。


「前世の記憶……男だったころの記憶がある。口調については気にするな」


 前置きは重要だ。一々口調とかでツッコミを入れられたくはないし、何より説明が面倒くさい。

 ポカンとした顔を晒す裕斗くんを見て、再度口を開く。


「俺は魔法を持っている。さっきのは魔法で『糸』と『気配を込めた下半身』を使ってこっちの気配を目立たなく、同時に消失したと思わせたんだ」


 正面から見れば、下半身がドタドタ動く気色の悪い光景が見えただろうな。

 当然、言葉で言うほど簡単なことではないんだけど……まあ一万年ほど魔王やってたし、経験だけはあるのだ。


「最悪戦闘になったら面倒事になりそうな相手だったからな。安心していい、見つかってはいない」


 中々強そうだったが、超越者には程遠い。自慢じゃないが超越者の俺の相手ではないが、制限プレイの今だと裕斗くんが殺されかねなかったので隠れたんだ。俺の相手じゃないけど。

 ……別に裕斗くんと親しいわけじゃないんだけどね。ただクラスメイトだったりその性格は好みだったから死んでほしくないなーって。


「……魔法」

「そう、魔法。ただ索敵とかには使えないから、気を付けてくれ」


 今回は俺個人として守れる範囲しか対応する気はない。全力で紅の閃槍を使えば裕斗くんが死ぬことはまずないが、一生付き合うわけでもないし。

 元より気が向かない限りは身体強化だけに留める予定だ。せっかくのロリボディ。あっさり終わらせたらもったいないし、小さいのが大きいのをぶっ飛ばす爽快感を味わいたい。


「……どうした?」


 おや、裕斗くんは何か思い悩んだ表情をしている。流石に色々と言い過ぎたか?

 


「いや……魔法が使えるなら、僕と一緒に行く意味がないじゃないか?」

「なんだ、そんなことか。少なくとも、俺を助けてくれた裕斗くんを見捨てるつもりはない。君が望まないっていうのなら別だが、多少の力を手に入れるまでは付き合うさ」


 裕斗くんが『勇者』として召喚されているのなら、成長も早いかもしれないけど。と口の中で呟く。

 いきなり告げた前世の記憶と魔法ではなく『共に行く』という部分に反応したのは……まあ山奥故に全寮制だった糸転学園生徒なら少なくはない。あそこは親子間の仲がよくない生徒も多いからな。

 前いた頃と同じならば、この世界は奴隷があるはず。1万年見てきたが奴隷制がなくなることはなかったし、今が何年後かは知らないが残っていることだろう。

 そもそも以前は初見殺しのオンパレードな魔王軍なんて連中がいたから、肉壁になれる奴隷はなくならなかったからな。なんて野郎共だ。

 

 どうやら裕斗くんにとって人との繋がりはかなり重要な様子。先ほどまでの彼の行動から見るに、彼は友人、もしくは仲間を求める心と、自己犠牲願望が存在する。

 そんな裕斗くんの性格ならば、裏切らない(裏切れない)奴隷はこの世界で生きるために必須の存在だと思う。決めるのは彼だが、個人的にも彼にはストッパーがいると思うし。

 根が深そうな問題だが、それを乗り越えた人間も俺は結構見たことがある。いつだってそういうのを解決するのは『愛』だ。


「まあ、同行者がちょっぴり強くなったと思ってくれ。ゴブリン程度なら問題ないし、レベル制なら経験値も特にいらない」


 そういえば俺のレベルっていくつなんだろうか。

 鹿住この身体ならば0ないし1だと思うが……まあ、ギルドにそういう魔道具があったら確認すればいいか。


「っと、もういいだろ。じゃあ、改めてよろしくな。鹿住でいいぞ、裕斗くん」

「うん。改めてよろしく、鹿住さん」


 立ち上がり、裕斗くんと握手を交わす。

 ……完全に素で話していたが、鹿住は同年代の中でも格段に小さい少女だ。絵面的には今のすごく変だったんじゃあ……


「まあ、いいか。行こうか」


 俺っ娘もそれはそれで好みだし。




 ■□■□■ 




「仲間?」

「そう。この世界のどこかに一番便利な魔法を持った奴がいるはずだ」


 おそらく出口付近であろうところまで歩いたところで、裕斗くんへ1人の仲間の話をした。


「名前は雪崎来兎。顔は上の中、身長は2メートル弱。転生してるだろうけど多分黒髪だ。あとはまあ……少女とか見るとにちゃっとした笑顔になる」

「にちゃっと」

「にちゃっと」


 にちゃっとかあ……と呟く裕斗くんがどんな笑顔を想像したのかはともかく、来兎が一番便利な魔法を持っていることは確かだ。

 ダンジョンの先に裕斗くんの異世界転移のヒントがあるのかはともかく、素性不明の異世界人俺たちが金を稼ぐにはまず間違いなく冒険者にならなきゃならない。

 どうあれ必要な道具の用意は、アイツの魔法があるだけで格段に便利になる。


「お、見えて来たな」


 不意に、外の光が見えてきた。

 目覚めた場所から真反対──裕斗くんが進んだ方向が逆だったら、少なくとも鹿住は死んでたからゾッとする。

 今世は上仲鹿住として生きて来た。男の顔が近ければ赤面するし、一端の羞恥心もある。身体に意志があるとでもいうのか、中身が変でも女性的反応はするんだ。

 和馬ではなく鹿住として。その人生がこんな洞窟ごときで終わらなかったことに安堵のため息を吐いた。


「わぁ…………」


 外に出た裕斗くんは、その光景を見て感嘆の声を漏らす。その横に並んで俺も見てみると、なるほど美しい景色だった。

 今の日本ではまず目にすることのない緑のカーペットのような草原。そして先に見える街。それを夕日がオレンジに照らし、半ば絵画のような風景となっている。

 

 どうやらこのダンジョンの入口は坂の上にあったらしい。見下ろす先にある街の全容が見えるほどだ。

 王族の住む王宮がないあたり、王都とかではないようだが……大きな街だ、うん。遠くからでもわかるのは大きな風車くらいか。

 どことなくオランダを思い出すその街では、いったいどんな出会いがあるのか。記念すべき今世最初の街が当たりであることを祈りながら、一歩踏み出した。


「おおう!!?」


 滑って落ちた。

 中で見た傭兵(仮)たちがここで獲物の解体でもしたのか、血やら油やらが草に付着して滑りやすくなっていたようだ。

 さながら滑り台のように、草原の斜面を滑っていく。


「鹿住さん!!?」


 流石に街中では解体できないんだろうなぁと思っていると、上から裕斗くんの焦ったような声が聞こえた。

 凄まじい勢いで斜面を滑り降りる俺の姿は、彼から見ると緊急事態に見えるのだろう。

 そして摩擦熱で尻がめちゃくちゃ痛い。緊急事態だ。


「いっったったー……油断したなあ」


 まさか滑る羽目になるとは予想外過ぎて笑いたいやら何やらだ。魔法を使うのすら忘れてしまった。


「大丈夫!? 鹿住さん!」


 少しして、裕斗くんが駆け下りて来た。すごく心配そうなその顔は、俺がドジだっただけに心に刺さる。


「大丈夫、ほら」


 無事を見せるためにくるりと回る。

 普通なら尻が焼き切れてもおかしくないだろう(実際えらいことになった)が、治癒もお手の物だ。最早傷1つない。


「い、いやいやいや。スカートが!」


 顔を真っ赤にして怒鳴る裕斗くんに言われて気づいた。

 擦り切れたが辛うじて残っていたスカートが、尻を見えるか見えないかくらいまでにしていたらしい。

 俺も男だからよくわかる。モロよりチラチラ見えた方が興奮するよね。


「……よし、これで大丈夫。行きましょう、裕斗くん」


 鹿住的反応で顔を赤くしつつスカートを魔法で直し、近くになった街を指差す。いまどき純情な裕斗くんも顔を赤らめつつ、何でもないことのように頷いた。

 

「む、見ない顔だな。旅人か? 親はどうした?」


 すぐに見えてきた門の前に立っていた男が、俺たちへ問いかける。

 ダンジョンを抜けてきた汚い格好と、見た目からそう判断されたのだろう。日本人は若く見える上にただでさえ裕斗くんは童顔だし、俺は言わずもがな。

 門番の彼は子供の兄妹がなぜこんなところにと言う顔だ。


「おとーさんはどこかいっちゃったの。すぐにおかーさんとおいつくっていってた」


 舌足らずな喋り方をして小首を傾げる。


「ね、おにーちゃん」


 裕斗くんを微笑むように見て、彼の行動を促す。


「……ああ、そうだな。すいません、そういうことでして……」


 裕斗くんはしばらく黙ってから気を取り直したように俺の頭をなでる。

 

「……すまないな。そうか、お前たちサイテ村の……」


 おっとー? 滅亡した村が近くに在った感じ?


「ええ、すいません……あの、僕たち街へは初めてなのですが、どうすれば?」

「ああ、ここまで来れた君たちのために入れてあげたくはあるんだが……申し訳ない。そこのお嬢ちゃんはまだいいが、ある程度の子供からは身分証代わりに銀貨1枚必要なんだ」

 

 いつの世も金が必要とは世知辛い世の中だなあ。


「おにーしゃん、ぎんかってどーいうの?」


 しかし俺何歳くらいに見えてるんだろうか。こっちの人間は全体的に大きいから、このくらいで5、6歳くらいか? 6歳ってこんな舌っ足らずだっけ?

 そんな俺の疑問を他所に、門番は銀貨を1枚取り出した。


「ほら、これだよお嬢ちゃん」


 見せられた銀貨は特に変哲がない。何かしらの魔法陣が刻印されているくらいだった。


「あー! おとーさんからもらったよこれ!」

『えっ?』


 いそいそとスカートのポケットをあさる俺に門番と裕斗くんの二人から驚きの声がする。いや、お前は驚いちゃダメだろ。


「はいこれ!」


 ポケットから取り出したるはまさしく先ほどと同様の銀貨。


「でもね、あともういちまいしかないの……」


 それを門番に渡してから、悲しげな声でそう呟く。


「あー! よし、おすすめの宿を教えてやる。銀貨1枚もあれば1週間は泊まれるし、治安もいい宿だ!」


 計画通り。

 その宿への行き方を裕斗くんへ説明する門番から見えないようにほくそ笑む。

 いつの世も子供、それも幼女は愛でたくなるもの。無茶かと思ったが、どうやら正解だったようだ。

 

「……よし。ありがとうございました。助かりました」

「おう。兄ちゃんも頑張れよ、冒険者ギルドでも採取依頼なら安全だろうからな。それに、ギルドカードを持ってこれを返しに来たら銀貨1枚返却だ」


 門番からクレジットカードのような大きさの板を受け取る。 

 この世界の言葉で中央にでかでかと『身分証明カード』と書かれたそれは、俺のにだけ(小)と入っている。子供用と言うことだろうか?


「『ようこそオランディへ』……応援してるぜ」


 決まり文句的に言ってから不器用に笑った門番に見送られて、俺たちはこの街──オランディに入る。

 つーかここオランダと名前似過ぎてない?


「……そういえば、なんで鹿住さんお金なんて持ってたの?」

「魔法で作った」

「えっそれって偽──」

「何も問題はない。いいね?」


 バレなきゃ犯罪じゃないんですよ、バレなきゃ!

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