Re:最強でやり直す異世界旅行
鳴海凪
第1話 目が覚めるとそこは異世界で
剣戟の音がする。
現代日本ではまず生で耳にすることのないその音は、しかし俺にとっては耳慣れた音だった。
寝起きでおぼろげな頭を持ち上げてみれば、そこにいたのは1人の少年と明らかに人間ではない異形の生物──醜悪な顔を持つ緑の小人、ゴブリン。
粗悪な剣を持つそのゴブリンと戦っている存在に目を向ける。
これと言った特徴のない茶色の学生服──『糸転学園』の男子用制服に身を包む中肉中背の少年だ。おそらく歳は今の俺と同じくらいの17歳だろう。
ゴブリンの持っている者よりもボロボロな剣をバットのように振り回し、決死の表情でゴブリンと戦っている。
技術なんてないようなその動きは通用する相手は少ないだろうが、本能で動くゴブリンには通じるようだ。
2、3分ほどには決着も付き、ゴブリンは首を半分ほど切り裂かれて崩れ落ちた。それを確認し、荒い息を吐いて座り込む少年に声を掛けようとして、気づく。
──どこだここは?
最後の記憶は、学校から寮に帰る途中に発生した大地震だ。地面に亀裂の入るほどの強い揺れで、誰もが立っていられなかったものだった。
まさかそのまま死んで
周りを見渡してもわかるのはここがどこかの洞窟の横穴らしいということだけ。……いや、先ほどのゴブリンから考えれば、ここは──
「あの、助けていただいてありがとうございます。私は糸転学園2年A組の
「ああ、無事ならよかったよ。僕は……上仲さんと同じ2年A組の
困ったように笑う少年の優しげな瞳に思い出した。高林裕斗……例えるならそう、彼はいわゆる『良い人』だ。
彼は以前クラスの不良にいじめられていた同級生を助けた結果、目をつけられた。学年内ヒエラルキーは最下層に落ちたといってもいいだろう。以前、彼が助けた少年もいじめに加担しているのを見かけたことがある。
勇気を出した結果がこれでは報われない……が、彼は虐げられるのではなく抵抗することを選んだ。
不良が怖いクラスメイト達は話しかけることはないのでクラス内で浮き気味になってしまっているが、報復活動に出ないというのは中々できることではない。
ちょっぴり過激なことをしたこともある俺としては耳に痛い話である。
「ええと……裕斗くんはここがどこだかわかりますか?」
彼がいじめられてる時の俺はまあ……彼氏面するリーダーに小さな嫌がらせしかしなかったよ。
裕斗くんを好ましく思っていたとはいえ、鹿住ちゃんの生活を破壊するほど好きだったわけでもないし。
「実はわからないんだ。3時間くらい前に目が覚めたんだけど、いきなりさっきのとは別のゴブリンに襲われてね。なんとか倒して剣を奪って歩いていたら、気絶している上仲さんに襲い掛かろうとしている
……どうやら本気で危なかったようだ。裕斗くんには感謝してもしきれない。
「……なるほど。それではここはやはりダンジョンかもしれませんね」
「『ダンジョン』って……あのゲームとかにある?」
俺の言葉に、裕斗くんは首を傾げる。
「ええ。得体のしれない洞窟と、スライムの方が出現率は高いとはいえファンタジーの王道ゴブリン。そんな存在が出てくるところなんてダンジョンくらいしか浮かばないでしょう?」
「……確かに。ここがどこだかわからないけど、そう考えた方が納得できるかも」
「ということで、この洞窟は仮称『ダンジョン』としましょう。ここを出た先が果たして学園につながっているのか、異世界に出るのかはわかりませんけど」
これがゴブリンと接敵前なら笑っていたかもしれないが、裕斗くんの話ではすでに2匹のゴブリンを屠っている。
それに……よく見れば彼の腕や足もボロボロだ。
ゴブリンの技術なんてないようなものだから剣道三倍段とはならないだろうが、それでも武器を持った相手に素手で戦っている。どれだけの恐怖だったのだろうか。
死の恐怖もあっただろうに、たかだかロクに接触もしていないクラスメイトを助けるために戦うなど、本当に心が強い。いっそ異常なほどに。
まあ、そんなわけで少なくともここが現代日本ではないということだけは察しているだろう。少なくとも、普通に考えて楽観できる状況ではない。
「……よし、それで、上仲さんは……どう?」
「ゴブリン程度ならステゴロで倒せる」
「え?」
「えっ?」
「……僕じゃあ頼りないかもしれないけど、僕と一緒に来てくれると心強いんだけど……」
あらやだ!
「え、ええ。一緒に行きましょう。不謹慎かもしれないけど、私こういうのに憧れていたの」
立ち上がり、ゴブリンの剣を持って歩き出す。「聞き間違いかなぁ」と言う声を意識的に
■□■□■
運動神経、普通。成績、中の中。身長、低い。家族構成、母、父、兄、弟。
クラス内では影の薄い部類に入る。これと言った自己主張もしない、常にどこにでもいるような少女だ。
しかし、まともに着飾れば絶世の美女とも呼べる。
家では鏡の前で自分を着せ替え人形にする危ない趣味を持っていた。
運動神経、良。成績、上の中。身長、高い。家族構成、母、父、姉。備考、超能力者。
天才の姉と比べれば劣るが、そこそこ優秀な少年だ。
とあるきっかけで友人たちと共に異世界へ転移し、とあるきっかけで万を超える人々を虐殺したお茶目さん☆
勇者に討たれた後元の世界へTS転生。上仲家が長女鹿住となった男。
「それこそが俺」
「どうかした?」
こちらを振り返った裕斗くんに「なんでもない」と返す。
今先頭を歩くのは裕斗くんだ。横穴を出るときこそ俺が先頭だったが、女子に先頭を歩かせるのは危険ということで裕斗くんが先頭となっている。
ついでに剣も俺が拾ったのと交換した。そもそも手入れをしていないのかなまくらもいいとこだったが、裕斗くんが持ってた方は骨に叩きつけたからかボロボロだったのだ。
「横穴にいた時は気になりませんでしたが、思ってたより明るいですね」
通路内の光源を見ながら裕斗くんに話しかける。
どうやらそれはヒカリゴケの類らしく、エメラルド色に発光して洞窟内を照らしていた。
「うん、ええと……ライトロウっていって、大気中のマナを取り込んで発光してるんだって」
へぇ、マナを取り込んで発光するのか。前はありそうでなかった植物だな。
「……いやいやいや、なんですかそれ。なんで知ってるんですか」
「ああごめん、言ってなかったね。どうやら僕は鑑定が使えるみたいなんだ。上仲さんも使えるんじゃないかな?」
……典型的な異世界転移物というか、『勇者』っぽいというか。
「……ステータスも開けたりするんですか?」
「うん。まだレベル2だから弱いけどね」
レベル制でもあるのか……
それじゃあ普通に考えてここが異世界ないしよくわからない場所だとは気づいてたんじゃ? ……いや、普通そんなこと言っても混乱するだけか。
追々言っていくか、俺が自分で鑑定に気付くとかを期待したのかもしれない。
「うーん、どうやら私には鑑定なんて使えないみたいですね。ステータスも開けないですし」
そもそもをして、元の世界では魔法がない。つまり魔法は使えない。
『勇者』召喚などの異世界召喚魔法であれば、加護によってその世界の常識に合わせた状態になる──つまり魔法のある世界では『魔力』が体に備わる。
それは異世界召喚魔法では絶対であり、『ステータス』なんてものが増えようとそれは変わっていないはずだ。
早い話が、裕斗くんは何者かに召喚され、俺はそれにただ乗りしたか単純に補正がかからなかったか、ということ。
魔法以外で世界を超えれば身体がミンチになるけど、
……しかし、『勇者』を呼ぶなら王城とかそこらで、間違ってもダンジョン内に何て呼ばないと思うが……ミスとか昔も多々あったけど、おかしな話だ。
「まあ、それよりも脱出に集中しましょう。他のことを考えるのは脱出してからでも遅くはありませんし」
ステータスは気にならなくもないが、もしも化け物染みたのが出ると裕斗くんも安心できないかもしれないし。せめて命を救われた恩くらいは返さないとだ。
異世界召喚魔法はつぎ込んだ魔力で『勇者』が強くなるけど、俺がそれに便乗してたのならその消費魔力分裕斗くんは弱くなるし。ちょっぴり責任感じちゃう。
「……あれ?」
「どうしました?」
数分歩き続け、不意に裕斗くんが立ち止まった。
こちらを振り返る彼の顔を見上げると、困ったような顔で先を指さす。
「……階段、ですね」
「階段だねぇ」
視線の先には下へと続く階段があった。
石造りの階段は埃がかぶっていないので、頻繁に人が通っている可能性がある……すなわち、このダンジョンが浅い階層であるということが考えられる。
とはいえ、物理法則が日本と同じとも限らない。そもそもダンジョンなんて常識外の場所に埃が溜まるのかもわからないんだ。断定はできない。
というかそもそも、昔ダンジョンの床をぶち抜いて移動したアホを知っている。
レベル制だとかいろいろ変わっていようと、俺が昔居た世界と同じではあるはずだから基本的に下がるはずだ。
……しかし、数は少なかったが上に登っていくタイプのダンジョンもあった。もっと言うなら下に行って上に行ってを繰り返すダンジョンだって。
まあそんなことは考えてもキリがないし、高々1階層。更に下に続くようなら道を引き返せばいい……のだが、俺はともかく裕斗くんは危ない気もする。何といっても突発的な異世界転移から休みなしだ。
とりあえず引き返して反対側を見ようと裕斗くんへ声を掛けかけ──
「────何か来るな」
ガチャリガチャリと装備の擦れる音が階段から聞こえた。
手に持っていた剣の刃に指を滑らせてから放り投げ、呆けた顔をする裕斗くんの手を引いて投げた方とは反対側の巨大な岩の陰に隠れる。
幸い、裕斗くんは背が高すぎるわけでもないし、俺は超小さいロリ娘。身を寄せ合えば大岩の陰に隠れるくらいは簡単だ。
「う、上仲さん……!?」
「静かに。相手が友好的とは限りませんし、なによりこんな剣でまともに戦える相手ではないでしょう」
顔を真っ赤にして動揺する裕斗くんの口を手で塞ぎながら諭す。
いくら鹿住が美少女とはいえ、こんなに小さい子が好きなのは病気だね。
隠れて階段を見ていると、やがて4人の鎧を来た男たちが現れた。
おそらく美しかっただろうボロボロで薄汚れた銀色の全身鎧を身に纏った男たちは、それぞれ革袋を背負っている。どうやらその中に下で倒した魔物の素材を入れているらしい。
かなりの素材を得ただろうに満足感を出していないのは、もしかすると目当ての物を取るには実力が足らなかったということだろうか。
どうやら無難に下に行くほど強くなっていくダンジョンらしい。少なくとも彼らの実力がゴブリンやコボルドに劣るとは考え難いし、異世界初心者の裕斗くんはマジで危なかったようだ。
『──そこに隠れている者よ、私には見えているぞ』
不意に、集団の先頭にいた男が革袋を地面に捨ててそう言った。
いつでも剣が抜けるように柄に手を伸ばしながら、凄む。
『今すぐ出てこなければ──』
おそらく隊長格だろうその男が言外に『殺す』と念を込めた殺気を放つ。
意外にも中々強力な殺気だった。
このファンタジー世界、強者の
もちろん俺には関係ない。しかし、裕斗くんには影響があるんじゃないか──そう思ったが、裕斗くんに怯えの色はない。心が強いとプレッシャーとか効かないんだろうか。
「──
まあそれならそれでいいかと疑問を投げ捨て、指先と繋がった薄く細長い真紅の線を動かす。
次いで、カランカランという剣を投げ捨てた音と成人男性が走り去るような音が聞こえた。
『む……』
男が不愉快そうな声を出す。
おそらくは、逃げ去った者の姿が見えなかったのが不愉快だったのだろう。
ボロボロすぎる剣は証拠品としての価値すらないと思ったのか、床に落ちた剣を一瞥したあと隊長は仲間たちを促して移動していった。
「上仲さん、今のって……」
「私の魔法を使いました。……どのみちあれに追いついちゃまずい、少し話をしようか」
去っていく男たちを呆然と見送った後でこちらを見る裕斗くんに、俺は微笑みかけた。
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