第25話 救助隊
「東副社長」
ふり返ると、賀来隊員が立っていた。
「すまないが急いでいる」東は微笑みながら、うかない表情の若者にいう。エレベータに乗りこみ、一階のボタンを押す。「それにわたしは、もう副社長ではない」
「東さん――まさか、絹木カレンの救出に向かわれるおつもりでは?」
追いすがるようにエレベータに乗りこんできた賀来隊員は問う。
東はそっ、と頷いた。
「状況は絶望的です。黒草町一帯にはいま、放射性物質を多量に含んだ黒い雨が降っている。それにあの黒草病院には――」賀来隊員は言葉を濁す。「いま、あの黒草病院に向かうのは、あなたの身のほうが危険です。自殺行為だ」
「だからこそだ、賀来くん。もはや一刻の猶予もない。彼女の被曝線量は限界に近づいているし――あの建物には、得体のしれない怪物もいる。大の男でも危険だろう――そんなことは、わかっている。だからこそ助けに行くのだよ。彼女を、放ってはおけない」
賀来隊員はうつむき、咽喉につかえる言葉を吐きだそうとした。
「間に合わんでしょう。それに失礼ながら、あなたが行ったところで状況はなにも――」
「そうかもしれない」東はそれを認め、しかし、力強くかぶりを振った。「そうじゃないかもしれない」
恐れはなかった。だけど、それは勇気ではないだろう。ただ、老い先短いじぶんの寿命が多少縮んだところで、大した問題ではないという、老人特有の諦念だったのかもしれない。
「ご一緒します」
エレベータの扉が開く。賀来隊員は決然と歩き出した。
「帰還不可能区域検問前に、
その頼もしい背なかをしばし見入り、東は頬の筋肉を弛ませた。
「勘違いしないでいただきたいが、いまさら感傷にほだされたわけではありません」
賀来隊員は背を向けたままいった。
「あなたを失うことが、国家の損失だと判断してのことです。それにじぶんも――」言葉を選びながら、賀来隊員は声を搾りだす。「――せめて、誇り高い警察官でありたいのです」
賀来隊員の背中を追いながら、東は晴れやかにいった。
「この国も、若い世代も、捨てたものではない――わたしの思ったとおりだったよ、賀来隊員」
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