第14話 全貌

 ――

 まるで時刻でも告げるかのような無機的な声がスピーカーから響いた。

 薄闇を蒼い光が貫き、鎖に繋がれた怪物の奇怪な相貌を浮かび上がらせる。

 それはまるで、鶏の胎児のようだった。頭が異様に大きく、口の尖った、生まれたての赤ん坊のような体格の生き物。原発ピグミー――顔じゅうに血管が浮かび上がり、その両眼は灰色に濁っている。

 ――

 実験者の冷淡な声が響き、またも画面が蒼い光で染まる。鎖に繋がれた原発ピグミーが、興奮したように声を上げた。

 ――

 禍々しいほどの蒼い光が、歯を喰いしばる小鬼の表情を照らし出す。

 ――

 画面は激しく蒼く点滅し、原発ピグミーがさらに痛ましい金切り声で叫んだ。


「こ、この映像は――」

 大型ディスプレイに流れる凄惨な映像に、東副社長は慄然と立ちすくむ。

「極秘裏に捕獲した原発ピグミーの耐放射線能力を調べるための実験映像だよ」

 阿藤社長は、なんでもないように答える。

「五〇〇グレイ? それを浴びて、なお生きているというのですか? 意識を失うこともなく?」

「そのとおり」阿藤社長は葉巻をくわえて火をつける。「ふつうの人間なら、六から七グレイの放射線を短時間のうちに浴びれば致死量に達する。手始めに照射した二〇グレイでさえ、核爆弾の爆心地に匹敵する放射線量だ。かつて東海村JCO臨界事故が起きた際、作業員がこれと同等の放射線――二〇グレイを浴びたが――どうなったかは、きみもよく知っているだろう?」

 東副社長の額に、脂汗が滲む。

 東海村JCO臨界事故――思い出しただけでも慄然とする悪夢である。一九九九年、茨城県の核燃料加工工場でウラン溶液が臨界状態に達し、三名の作業員が大量の放射線に被曝した。戦慄すべきことに被曝当初、作業員たちのようすは健常者とまったく変わるところがなかったという。医療者の雑談にも応じ、外傷もない。外見上は、まったく健康そのものにみえた。しかし、もっとも高線量を被曝した作業員O氏の染色体を調べた医師団は固唾を呑んだという――放射線を浴びたことで、染色体が黒いケシズミのように変わり果てていたからである。

 これはもはや、生きながらにして細胞分裂が正常に行われない、細胞が再生しないことを意味する。生体としては生きているが、細胞はすでに死んでいるのである。

 これほど無惨な死に方は、恐らく人類史上、ほかにない。

 O氏が死を迎えるまでのようすは、つぶさに記録されている。ゆっくりと、何日もかけて、皮膚や肉や骨が溶けるように焼け爛れていったという。全身から下血が続き、けっして止まることはない。意識ははっきりとある。死んだ躰が朽ちていく痛みと苦しみだけは、容赦なく全身に突き刺さる。生還不能とわかりながら治療を続けた医師団に対し、悲痛な声で「おれはモルモットじゃない」と叫んだともいわれる。血の涙を流しながら、大量の輸血と鎮痛剤を投与されながら、O氏は八十三日後に亡くなった。

 しかし、大画面ディスプレイに映しだされた原発ピグミーは、それを上回る五〇〇グレイの放射線にも、昏倒することもなく耐えているというのだ。まったく、ありえないことだった。

「しかしそれ以上に」東副社長はゴクリと唾をのむ。「いったいこの実験映像はどういうことです? いったいなぜ原発ピグミーを捕獲しているのです? われわれがみつけたものは、原発ピグミーらしき死体だけだったはず――」

「実験の果てに、ついに死なせてしまってね。きみや絹木くんにみせた写真は、じつはその死体だ。しかし、有意義な実験ではあった。耐放射線能力があるとはいえ、当然ながら彼らも不死身ではないということがわかったのだから。まあ、彼らがどの程度の放射線に耐えるかも、その耐性能力の正体も、データはすでにとりつくしたから死のうがたいしたことはないが――。ついでに彼らの運動能力も調べたが、なかなかのものだったよ。実験用に二メートル五〇センチの塀のなかに閉じこめてみたら、驚くべきことに垂直跳びで二メートル二〇センチまでは手が届いたのだ。この記録はニホンザルのそれに比肩する。まあ無駄だと学習できずに一日延々ジャンプをくり返して脱走を試みていたから、知能はさほどではないのかもしれないが。ピット・ブルに追いまわさせる実験も行ったが、なかなかどうしてイヌたちも捕まえるのに骨を折っていたよ。直線距離での最高速度ではイヌに劣るが、なかなかトリッキーな動きをする。もしこの原発ピグミーが群れにでもなったら――なかなか厄介なことになるだろうな」

「阿藤社長。話が――話がちがいます」東副社長の声はふるえている。「絹木社員は、原発ピグミーの実在をたしかめるためにあの廃墟の町、黒草町へ向かった――だというのに大東亜電力は極秘裏にすでに原発ピグミーを捕獲していた、ですって? だとしたら――」

 ゴクリ、と東副社長は唾をのむ。

「いったい――彼女、絹木カレンは、――」

 阿藤社長はゆったりとソファーに背を預け、アロマにまみれる紫煙を吐いた。

「それを説明するためにきみを此処に呼んだのだ――今回の計画、暗号名『トリニティ』、その全貌を明かすためにね――」

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