第一話 安全な動機 1-2

 静まり返る教室に僕一人。静まらせたのはもちろん僕の存在だ。

 そして当然のように、始業の時間になっても教師は現れず、僕はその日のこれからのすべての授業の参加を取りやめた。教室を出て校舎を出る。そこにはたくさんの人がいる。いつも通りに、今まで通りに、以前と変わらず、依然変わらず。さっきの教室での瞬間がまるで嘘みたいに、悪い夢みたいだった。

 五月の陽気は響きこそ良いもののすでに気温は夏日を記録し、地球の悲鳴は僕の悲鳴と共振し、どこで間違えたのかどうすればよかったのか、そんなところまで僕の心と一緒に揺れ続けた。この状況の僕に選べる選択肢はなかった。ただ方法は二種類ある。教室での彼を思い出し彼の挙動を思い出し彼の口調を思い出し彼の言葉を思い出し、そこから何かをもう一度つかみなおす方法が一つ。あるいは、僕自身をもう一度考え直して、思い当たる節をひたすらに確認する方法が一つ。しかしどれでも良かった。どれでも答えは一緒だから。ただ一つの、たったひとつの事実、僕はのだ。

 校門までの勤めて普通に歩く。周りの学生はいつも通り。でも、どうしていつも通り?あの場、あの時、あの教室、あの人、あの瞬間。全てを疑う僕すら疑う。

 そして僕はもう彼女に頼るしかなくなっていた。

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安全な殺人 Safe marder 美綴 @Shikiy

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