序論

誰が予想したか、序文の次は序論である。

別に賢明なる読者諸兄を誑かし、虚仮にしようとしているわけではない。

私がある重大な事実に気づき、そして思案を重ねた結果について、皆様に周知せねばならぬと考えた故の行動である。

どうかご理解を頂きたい。


さてはて、こうして今まで日記というものは夏休みの一行日記くらいしか仕上げたことの無き大馬鹿者が、日記を書こうと心を奮い立たせたのであった。


しかしながら情報は瞬く間に宇宙空間にまで打ち上げられ、また海の底を這いつくばって全世界に遍く広がり、個人の身までが危険に晒される時代。

大馬鹿者は思案した。


私がここに書こうとしているのは日記である。日記というものはその日にあった厳然たる事実を書き連ねたものであるが故、そのようなものを公表すれば我が身が、また貴重な友の身が危ない。脚色を交えて危険を躱そうにも、物語を作る才能など持ち合わせている道理がない。

我が啓蒙の機会は永遠に潰えたかに見えた。


しかしながら昔から転ぶことには慣れたこの身、転んでもただでは起き上がらない。

その時私に電流走る。


つまり、日記を一週遅れで書けば良いのである。

所詮人間如きの脳味噌は三日前の夕食すら思い出せぬ欠陥品、一週間前の出来事など、丁度いい塩梅に漬け込まれて熟成しているに違いない。

荒々しかったウイスキーの原酒が香りを増して指数関数的に値段を上げていくように、また珪藻がいつの間にかただの珪素へと成り下がっていくように。

荒唐無稽な我が人生も元の姿とは掛け離れていくのだろう。


この完璧な隠蔽工作が完成するを以って、大馬鹿者は動き出す。


あとは野となれ山となれ。


成れの果てなど知る由もない。


以上の事情により、読者諸兄におかれてはこの日記がおよそ一週遅れで世に解き放たれる点、また必ずしも真実を描写せず、必ずしも虚構を構築している訳ではない事をお断りしておこう。

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黒谷日記 詠み人知らず @kita-shrakawa

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