その②
生徒会室についた私を迎えたのは、静寂に包まれた空間だった。
アカリ達は、まだ来ていないみたいだ。
自分達のクラスの出し物の準備をしているのだろうか。そういえば私のクラスは焼きソバ屋をやるのだった。いくら実行委員会の仕事があるとはいえ、そっちの方に全く顔を出さないというわけには行くまい。皆ちゃんと準備できているだろうか。
電気をつけてから長机に鞄を置く。それと同時にゴンゴンとドアがノックされた。誰か来たらしい、実行委員の誰かではない。委員だったらノックなしに入ってくるはずだからだ。
「はぁい、開いてますよ」
言うが早いか、ガラリと扉が開き、一人の女生徒が入ってきた。
「あっスンマセン、生徒会室ってここっすか?」
ブレザーのポケットに手を突っ込みながら、その少女は尋ねた。
背の高い子だった。おそらく百七十センチ近くある。ショートカットの猫っ毛、浅黒く日焼けした肌が印象的だ。スカートを履いていなかったら男子と間違えたかも知れない。
だらしなく首から下げられたネクタイ、スカートの裾から外に出されたシャツ。校則違反の見本みたいな着崩し方だ。ここまでされたら、逆に清々しいくらいだわ。
色々と突っ込みたいところだけど、とりあえず相手の要望を聞くことにする。
「そうだけど……何か御用かしら」
「あーアタシ空手部のソウマっていいます。クラブボックスに呼び出しのプリントが入ってたんで来たんすけど」
生徒会室という場所が余程珍しいのか、チンパンジーのようにキョロキョロと周りを見渡しながらその少女は言った。ソウマ……相馬、確か申請書に書いてあったのと同じ名前だ。
空手部……そのキーワードを聞いた私の表情はどんなだっただろうか。おそらく相当引きつっていたのではないかと想像する。
「あの……オネーサン? 聞いてます?」
私の顔を覗き込んで女生徒、もといソウマさんは言った。
悪戯好きの猫を思わせる目はどこかやんちゃそうな印象を与える、またスカートから伸びるしなやか且つ無駄な肉のない足は、格闘技者といった感じだ。ってかオネーサンて何だよ。
あー、あのふざけた企画書思い出したら、段々腹が立ってきた。
「えーとソウマさんだったかしら?」
「ええ、そうっす。相談の相に馬で、相馬っす」
と、彼女はさらりと答えた。
「貴方達が前に出した企画書、あれボツにしたから」
わざとつっけんどんに言ってやる。
それを聞いた相馬さんは「え」と目を丸くした後、
「何でなんでナンデ! どうしてボツになったんだよ!」
口角泡を飛ばしながら詰め寄ってくる。デカイ図体で寄ってこないでよ。ビックリするじゃない。
「どうしてもこうしてもないでしょ! 普通に考えたら分かるじゃない! 何なのよ人間対ドーベルマンって!」
非常識にも程があるわ。
「いや、ドーベルマンっつっても、ちゃんと飼いならされたやつだぜ? 大丈夫だって」
「飼い犬だとか、大丈夫だとか、そんな問題じゃないの! 犬を殴る蹴るするなんて可哀想だと思わないの?」
「いや素手で殴るんだったら、そりゃマズイけどさ、ちゃんとグローブつけて試合するからさぁ」
と、手を擦り合わせてくる。
「駄目ったら駄目よ」
「そんなこと言わないでさぁ~」
おねだりするかのように私の右肩を揺すってくる。ええいうっとおしい。ゴリラみたいな大きな手で掴むなっての。
手を軽く振り払う、その時、彼女のブレザーの袖口から何かがこぼれ出てきた。小さな紙の束みたいだ、丁度トランプみたいなの。それが足下にバラ撒かれてしまった。
「あっ御免なさい」
一言詫びて、散らばった紙片を拾おうとしたとき、
「拾わなくていい!」
と、私を押しのけて(ていうかほぼタックルだ)亀のように丸くなった。
「いいわよ、私も手伝うわよ」
「いや、ホントにいいって! 自分で拾うからさ! 天下の実行委員長さんにそんな事させられないって」
と頑なに固辞する。
怪しい……。何か後ろ暗いものがあるのかしら。そこでふと、私の足下に一枚の紙が落ちているのが目に入ってきた。拾い上げて、それをまじまじと見つめる。
……って何よコレ……。
一番上に大きなフォントで『BED TIKET 一口百円 一人最大十口迄!』
それを見て私は頭の中に火がついたような感覚になった。
「あ……あなた、文化祭の出し物を餌に、賭けをしようとしていたの?」
「い、いやぁ~賭けっていっても、仲間内でちょろっとだよ?」
と、右頬をポリポリと掻く相馬さん。
私の心臓がドクンと跳ね上がる。目の前の景色が真っ赤に染まっていくようだ。
あぁーまずい、これはここ数年で、一番の怒りだわ。
『TICKET』の綴りが間違えてることにはあえて突っ込まないようにする。
「あなたねぇ! 文化祭、しかも創立八十周年記念だというのに、一体何を考えてるの!?」
「だ、だからさぁ、退屈な学生生活にですね、ちょっとした刺激を提供しようとですね……そ、そんなに怒らないでよ、あと、顔が近いよってイテテ」
言い訳が終わるか終わらないかの内に、私はこの無頼漢の右袖を掴むと、生徒会室からたたき出してやった。
「そんなに固く考えんなよ! ほんのお遊びじゃん!」
「ダーメ!」
「……はっはーん」
腕組みしてる相馬さんの眼がキラリと光る。なによそのドヤ顔、イラつくわね。
「おねーさん、名前何ていうの?」
私の名前なんて聞いてどうしようというのだろう。悪代官に賄賂を贈る越後屋のような目を不審に思ったものの、ここは正直に名乗っておいた方がいいような気がした。
「有沢よ、有沢ナナミ。有る無しの有るに、さんずいの沢」
「有沢さんさぁ。じゃあこうしようぜ。私は売り上げのうち、何割かを生徒会に上納するからさ……」
ブチブチブチ。
その言葉で怒りのバロメーターがさらに上がった。要求が通らないとなったら、今度は袖の下かよ。
「ダメッたらダメ!!」
そう叫ぶと私はぴしゃりとドアを閉めた。
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