その③

 あーもうイラつく。まだ胸がムシャクシャするわ。

 あの後、アカリが来たので一緒に昼食にしようということになった。お弁当をつつきながら、さっきの腹立たしい出来事の顛末を散々グチる。

「あはは……大変だったね……」

「ホントよ‼ 全く、空手部ってブッ飛んでるって聞いてたけどここまでとは思わなかったわ」

 玉子焼きをパクついていたら、大事なことを思い出した。

「あっ、旧校舎にテント採りに行かなくちゃ! 忘れてた!」

 テントとはあのテントである。運動会などで使用する白い天幕のついたアレである。

 文化祭では実行委員会本部を設営するときに使うのだが、歴代の実行委員会が使用してきたものが古くなったので、買い換えようという話になったのだ。

 しかし残念ながらその予算が下りなかったので、旧校舎に置きっぱなしになっているものを使おうということになったのである。

「ごめ~んアカリ、この後テント取りに行ってきてくれない?」

「えっ‼ テントってメチャ重いじゃん‼ 一人じゃ無理だよ‼」

「今日は上の天幕だけでいいから、それに私も手伝うからさ」

「う~分かった」

 お預けをくらった柴犬のような顔で頷くアカリ。

 結局お昼を食べ終わった後に旧校舎に行くことになった。でも正直旧校舎には行きたくない。周りが森に囲まれてるせいで昼間でも薄暗くて気味が悪いし、幽霊がでるって噂もある。正直気が重いな……。

 そうだ‼ その前に、アイツの顔見に行っといてやろ‼

「アカリ、悪いけど先行っといてくれない?」

「いいけど、どうしたの?」

「いいから、ふふっ」

 相棒はリスのように小首を傾げた。


 一年生の校舎に来るのは久しぶりだ。

 二年の校舎と同じように、模擬店の看板を作ったりと、文化祭の準備に忙しそうだ。高校最初の文化祭、慣れないことばかりで大変だろうな、一年前の自分と重ね合わせてしまう。

 それにしても自分が一年の時と比べて廊下が若干狭くなったように感じるのは気のせいだろうか。

「フンフンフンフン~♪」

 思わずベートーベンの第九を口ずさんでしまう。それほど今の私は上機嫌だ。足取りは自然と軽やかになる、軽やか過ぎてついついスキップしてしまう。いけない、いけない、私は文化祭実行委員長なのだ。もっと凛とした振る舞いを心がけないと。

 アイツ、確か一年六組だから、この階段を上ってすぐ左の教室のはずだ。……っていたいた。

 私の視界に、ジャージ姿で看板を描いてる男子生徒の姿が映った。

 後ろから、そろりそろりとその寂しい背中に近づき……

「やあ少年‼ 精進しとるかね‼」

 と、ありったけの力で背中を叩いてやった。

「痛てっ‼ って何してんだお前⁉」

「いやぁ、急にあんたの顔を見たくなってね、わざわざ来てやったんじゃないのよ」

「来なくていいのに……」

「えっ何⁉ 聞えなかったんだけど⁉」

「実行委員長ってヒマなんだな‼」

「あのねぇ、それが実行委員長、もとい実の姉に対する言葉? あなた達一般生徒が安心して活動できるように日々血の出るような努力を……」

「はいはい、アリガトウゴザイマス」

「棒読みになってる」

「どうも有難うございました‼」

「よーし」

 私は我が弟、有沢カケルの手元に視線を落とした。看板に大きなフランクフルトの絵。その横にゴシック体で『一年六組 フランクフルト屋』の文字。 ここで私は首を傾げる。

「ねぇカケル。あんたのクラスって演劇やるんじゃなかったっけ? 確かロミオとジュリエット」

「あーそれ中止になったんだよ。ほら演劇ってさ、セットやら衣装やらで金かかるじゃん? 予算的に厳しいってことで、ヤメにしたんだよ」

 うちの学校では、文化祭において、各学年ごとに予算が割り振られる。それがどういうわけか、一年生に割り当てられる額が一番少ないのだ。

 初めての文化祭で、慣れていない一年に多くの予算を回すのは危険だから、という話をどこかで聞いたことがある。

 私は一年前の自分を思い出す。予算が少ないということを知り、憤慨した去年。あのときの悔しい思いを弟に味あわせてはならない。そう思った私は胸をドンと叩いた。

「そういうことなら大丈夫‼ お姉ちゃんに任せて‼」

「任せてって、一体何すんだよ」

「決まってんじゃん、帳簿いじくって予算をアンタのクラスに……」

「アホか‼ なに考えてんだよバカアネキ‼」

「バカとは何よ、人がせっかくアンタのためを想って言ってあげてんのに」

「実の姉を横領犯にしてまで予算ほしくねぇよ」

「優しいんだねぇカケル君は……実の姉として嬉しいよ」

 目元を袖で押さえる。

「ウソ泣きしてんじゃねえよ」

「ウソ泣きなんかじゃないよぉー。ナナミお姉さんはねぇ、さっきヒジョーに嫌な目にあってさぁ、かなり凹んでんだよね」

「あっそ」

「何よ、つれないわね。ちょっとは慰めてよぉ」

 と、我が弟の腕にしな垂れかかる。

「お、おい‼ くっつくんじゃねぇよ‼」

「いいじゃないの」

「よくねぇよ‼ 誰かに見られたらって、あのー腕にですね、む、胸が……」

「え、何? 聞えなーい」

 ふっふっふ、いつまでたってもからかい甲斐のある弟ね。全くカワイイやつよ、もう、チューしちゃえ。抵抗を続けるカケルの頬に唇を近づけようとしたそのとき、

「おーい、カケルーチケットの枚数って何枚だっけ?」

 と、気だるそうな少女の声が聞えてきた。

 その声の主は私とカケルのあられもない様子を見て「うぉう」と声をあげた。

 しまった、私としたことが調子に乗りすぎた、弟の事となったらいつもこうだ。

 ……その女子生徒に私は見覚えがあった。スカートの裾から細くて長い足が伸びている。少し猫っ毛気味の短髪の女の子だ。

 って、あーーーーーーーーーーーッ‼

 そう、その少女こそが、さっき生徒会室で私の怒りメーターを振り切らせた、例の空手部員の相馬さんだったのだ。

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