ナマケモノ

二兎追二獲男

ナマケモノ

いつからかは分からないが、少年は動物と会話することができた。


その少年は、現在、動物園のナマケモノの檻の前に立って、ナマケモノを見つめていた。 檻の中で、木にぶらさがっているナマケモノも、少年を見つめていた。


少年は、ナマケモノが毎日、木にぶら下がって、何を考えているのか、疑問に思っていた。


よく考えたが、全く解らない。


少年は、ナマケモノに尋ねる。


「ナマケモノさん、あなた方は、毎日、木にぶら下がって、何を考えているの」


ナマケモノは、ゆっくりとまばたきして、答えた。


「どうすれば、進化することができるのか、考えているんだよ。ところでナマケモノとは僕のことかい」


少年は頷く。


 ナマケモノは顔をしかめた。


 「なぜ、人間は僕たちのことナマケモノと呼ぶんだい。それに、僕には『まけ郎』という名前があるんだ。ほら、君にだって名前があるだろう」


 少年は檻の前に立ててある看板を見て、申しわけなさそうに言った。


「そうだった。僕にも名前があるように、君にも名前があるんだよね。ごめんなさい」


「解ればそれでいいさ。いま聞いたばかりけど、人間はなぜ、僕たちのことナマケモノと呼ぶんだい。とても不思議だ」


 「それは、あなた方が、一日中、木にぶら下がっているからだよ。動くのは、ご飯を食べる時と、排泄する時だけじゃないか。ぼくらには、その姿が怠け者にしか見えないからだよ」


 それを聞いたナマケモノは、鼻を鳴らして答えた。


 「君たち人間には、僕たちの姿は怠け者にしか見えないのだろうけど、ずっとこの体勢をしているのには意味があるんだよ。さっきも言ったように、僕たちは、常に進化について考えているんだよ。考えることに、この体勢は一番、適しているんだ。動くと無駄にエネルギーを消費するからね。無駄に消費するよりは、考えることに、そのエネルギーを使うほうが効率がいい」


 「そうなんだ。君たちがいつも、その体勢をしているのには、理由があったんだね。でも、なぜ、進化について考える必要があるの。別に進化なんかしなくてもいきてゆけるでしょう」


 それを聞いたナマケモノは大きく目を見開き、言った。


 「それは、本気で言っているのかい。だとしたら君たちは愚かだ。絶えず変ってゆく、この星に適応できるように進化しなければ、種が滅んでしまうじゃないか。」


「ぼくたちは、進化なんてしなくても大丈夫だよ。発展し続けている科学の力で、自分たちに合った環境を造りだすことができるからね。」


少年は、得意げに言った。


しかし、ナマケモノは嘲笑して、言う。


「本当にそうなのかい。君がまだ、この世界に存在していない頃に起こったことだから、知らないんだろうけどもね。何百年も前に、とてつもなく、大きな地震が起こり、その影響で、君たち自慢の科学の力で造り上げた、大きな建物が被害を受けて、爆発を起こしたんだ。その建物の中でどのような事を行っていたのか分らないけど、爆発が起きたせいで危険な物質が空気中に漏れたんだよ。その物質は目には見えない臭いもしない。えらい人たちは表面上で『直ちに影響はない』とか言っていたけれども、君たちはその危険な物質の対処の仕方が全く解らなかったんだ。だから、その物質は放置されたままだった。こんな無責任な事があるかい。おかげで僕たちまで被害を受けた。だけど、進化をしたおかげで、僕らには、今では何も後遺症はのっこていない。しかし、人間はどうだ」


ナマケモノは鼻息を荒くしていた。


 「進化をしなかったから、後遺症が残ったんだ。大地震が起きる前の君たちは、約八十年生きることができると言われていた。しかし大地震の後、危険な物質が漏れてからは、四十年し生きることができなくなったんだ。偉い人たちが言っていた通りになったねぇ。『直ちに影響はない』ってさ。傑作だよ! この発言をした人たちは年寄だからすぐに死ぬけれど、その後の人たちはどうなったんだろうねぇ。そう! それまでの半分の時間しか生きることができなくなった! 可哀そうだよ、君たちが。あまりにも愚か過ぎて! 自分たちがこの星で一番優れている生き物だと思っている。自身の行為に責任感は皆無。自分たちの種族で殺しあう。これが食物連鎖のためだったらまだ分るけれども、その理由が『憎い』とか『特に理由はない』とか『領土を奪うため』とかのくだらない理由だもんね。全くあきれる! おっと、二番目は理由になってなかったねぇ。こんな愚かな種族に捕えられていたなんて思うと情けなくて涙がでる! 」


 少年は、自分たちのことを好き放題に言われて腹が立ったのか、ムキになって言いかえした。


 「さっきから君は人間は進化しないからって好き放題、ぼくらのことを貶していたけれども、人間は、その危険な物質に対処して、宇宙へと移民しているじゃないか。宇宙へと移った人たちは危険な物質の影響を受けないで済む。これも立派な進化だよ。君たちみたいな、木にぶら下がっているだけの生き物には到底無理だろうけどね」


 ナマケモノはため息をついて言った。


 「それは、進化ではなく、進歩と言うんだ。この区別がつかないなんて、本当愚かだよ。だから、こんなことが起こるんだ。」


 「いや、ぼくら人間は間違いなく進化しているよ。なぜなら、こうして君と会話することができるようになったじゃないか」 


 少年は、得意げに言うが、ナマケモノは嘲笑し、呆れ、見下して言う。


 「残念ながら、君が僕と会話することができるようになったのは、君たちが進化したからではなくて、僕らが進化したからなんだよ。残念だったね」


 ナマケモノの、人を見下した態度に少年は激怒した。


 「さっきから、調子に乗って好き放題言いやがって。人間より知能の低い君たち動物なんて、ぼくらが銃をかまえて引き金を引けばすぐにお前たちは死ぬんだよ! 」


 そう言って、顔を真っ赤にした少年はポケットから銃を取出し、引き金に指をかけ、ナマケモノ目がけて銃弾を放った。


 その瞬間、大きな音を立てて、檻の一部が斜めに大きく裂けていた。


 「いやぁ、その兵器はとても便利だよねぇ。離れていても、一発で敵を殺せるもんね。でも、当たらなければ全く意味がない」


 さっきまで木にぶら下がっていたナマケモノは、木から降り、大きく裂けた檻から出て、少年にゆっくりと近づきながら話す。


 「君たちは、その兵器で、どのくらいの命を奪ってきたのだろうか」


 少年は、ゆっくりと近づいてくるナマケモノを恐れて、闇雲に銃を放つが、その銃弾はナマケモノに当たることはなかった。


 「言っただろう。当たらなければ意味がないと」


 少年は引き金を何度も引いたが、銃弾は出ることは無かった。無駄な事だとわかっていても、少年は引き金を引き続けていた。


 「その姿、とても滑稽だね。君たち人間によくお似合いだよ」


 少年は恐怖で掠れた声しか出すことができなかった。


 「一つ、いいことを教えてあげよう。君たちは僕たちのことをナマケモノと呼ぶが、僕らはナマケモノではないんだ。自分たちがこの星の支配者だと勘違いをして、地球をこわし、環境に適応するために進化せずに、自堕落に生きている。僕たちから見たら、君たち人間の方が、ナマケモノと呼ばれるに相応しい存在だ。そうだ。とてもいいことを思いついた。君たち人間を、さっきのぼくたちと同じく檻の中に閉じ込めて、ナマケモノと書かれた看板を立てておこう」


 少年は、抵抗できずに、捕えられ、檻の中に閉じ込められた。


 数年たったある日、一人の少年が、ナマケモノの檻の前に立ち、ナマケモノに話しかけた。


 「ねぇ、ナマケモノさんはいつも地面に寝そべって、何をしているの? 」


 ナマケモノは虚ろな目を少年に向けて、答えた。


 「進化について、考えているんだ・・・」

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ナマケモノ 二兎追二獲男 @nitoo_nitoo

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