08/19/22:00――忠犬の生き方

 土屋つちやすずは頻繁ひんぱんにナナネりょうとまる。おな学年がくねん友達ともだちである沙樹さきがいることも要因よういんひとつだが、そもそも孤児こじあつまるナナネでは、学校がっこうかよ生徒せいとたちのなかで、寮生りょうせいのように共同きょうどう生活せいかつおくらない人間にんげんは、かならずこうして定期的ていきてきに、りょうなどでだれかとともにしなくてはならないルールがある。

 必要ひつよう措置そちだと、すずはおもっていた。というか、すずのような人間にんげんほうめずらしいし、だれかがそばにいないと安心あんしんできないのも、孤児こじゆえだ。それでも仕事しごとがある以上いじょう一人ひとり寝泊ねとまりにもれてはいるのだが、きそうになってよるきるだとてある――が、それはたぶん、だれだとておなじだろう。

 よるきる、と。


 そうおもえば、旅行りょこうよる、うなされていたルイの様子ようすを、すずはわすれられないでいた。


 沙樹さき一緒いっしょるつもりだったのだが、風呂ふろからあがって寝間着ねまき着替きがえた二人ふたりだったが、しかし、沙樹さきはすぐにベッドへとたおんだ。もうるのかとえば、かなり身体的しんたいてききびしいらしく、返事へんじ曖昧あいまいだったので、これはどうなんだろうともおもったが、まだねむれそうにないすずは、隣室りんしつ穂乃花ほのか部屋へやたずねた。

「いらっしゃい、すずさん。どうしました?」

「ちょっとはなしでもしようかと。沙樹さきちゃんはもうるって」

「はいはい、いいですよー。ホットミルクでもつくりましょうか?」

「そこまではわるいです――ん?」

「どうぞー」

 ノックのおとがあり、とりあえずすわろうすずがこしければ、かおせたのはハコだった。

「お風呂ふろ、ありがとう。いい?」

「どうぞどうぞ、すずさんもいますけどね。なにみますか、七草ななくささん」

「お土産みやげみずってきたから、カップだけ用意よういして」

「……おみずですか?」

「そう、キジェッチ・ファクトリーのみず

「あれ? あそこはフリーランスっておさけが……あ、準備じゅんびしますねー」

 日本酒にほんしゅびんのようなものをテーブルにき、うえからシャツを羽織はおっただけのハコは、そのままこしろすと、あし胡坐あぐらにした。

今頃いまごろはルゥイのところに、北上きたかみってってるでしょうね」

「はあ、そうなんですか。あの、へんなこといてもいいですか?」

「なに?」

「その、ハコさんと北上きたかみさんって……」

関係かんけいはなし? そうねえ、同僚どうりょうよ。たこともあるし、いはながい。いま一緒いっしょらしてもいるけれど――まあ、やっぱり同僚どうりょうなのよねえ」

「そういうものですか?」

「そういうものよ。どうしたって、わたしたちはいぬだもの」

「おたせしましたー。はいどうぞ」

 グラスをけば、片手かたて大瓶おおびんって、ハコがそそぐ。いただきますとって一口ひとくちめば――。

「……あれ?」

 なんかへんだった。

美味おいしい……んですかね、これ」

「すずはどうかんじたの?」

くちなかで、ふわっとけたみたいになくなったかんじです。のどしはあるんですけど、なんか――へんですね、これ」

「すごいですよーこれ。常温じょうおんでこれだけ違和いわがないみずなんて、普通ふつうないですから。やすならこおりですかね?」

こおりそのものも、このみずつくらないと駄目だめよ」

「そうですね、うん……ありがとうございます、七草ななくささん」

「お土産みやげってったでしょう? アイスがにすることはないわ」

「えっと、できれば天来てんらいとか、穂乃花ほのかとか、そっちでんでしいんですけど……」

「あらそう? わたしかたとかにしないから、わるいわね。なにしろわたし名前なまえがそうだし」

「ハコさんの名前なまえっスか?」

「そうよ。あっちじゃハコでとおしてたけど、こっちの名前なまえ七草ななくさヘイキュリー。七草ななくさも、NoNameKiddyを適当てきとうにしただけで、ヘイキュリーなんてこっちでうところの苗字みょうじよ、苗字みょうじ

「ちょっとってください、七草ななくささん。あのう、もしかしてですけど、海軍かいぐんのヘイキュリー少将しょうしょう殿どのとの関係かんけいはありますか……?」

一応いちおうは、父親ちちおやってことになるわね。いまうし、はなしもするけれど、北上きたかみをえらく敵視てきししてるわ。紹介しょうかいしろってうかられてけば、なぐいがはじまって、北上きたかみ余裕よゆうってたから、心配しんぱいしてないけれど」

「うわー、よくわかんないすけど、すごいっスね」

「うう……がきりきりしますよう」

軍人ぐんじんくと、こういうかおになるのよ、すず。面白おもしろいわよね」

「うーん、これもいていいかどうかわかんないですけど、そもそもおにいさんたちって、なんなんすか?」

穂乃花ほのか、あんたにはいぬがどうえてる?」

こわいです」

「まったく的外まとはずれな感想かんそうをありがとう。そうね、ただの軍人ぐんじんとはちがうだろうし――どうかしら。すくなくともわたしや、北上きたかみや、ルゥイは……――はは、クソッタレね」

「へ?」

ぐんけても、組織そしきがなくなっても、わたしたちはいぬとしてしかきてけない。学校がっこうって、わらって、勝手かってして、いわゆる普通ふつう生活せいかつおくっていても」


 ただ一言ひとこと


「――仕事しごとだ」


 たったそれだけで。


「その言葉ことばけば、わたしたちは戦場せんじょうあしける。当然とうぜんのようにって、仕事しごとえて、そうしたらまた生活せいかつおくる」

予備役よびえきですねえ、かたちとしては」

「そうね。けれど勘違かんちがいしないで。わたしたちいぬがクソッタレで、それこそクズなのはね、間違まちがいなく、それこそ絶対ぜったいに、わたしたちは――その言葉ことばを、〝って〟いるのよ」

「――」

 穂乃花ほのかいきみ、すずはかお複雑ふくざつゆがませる。


 だって。

 それがどういうことか、戦場せんじょうらないすずにだって、わかる。


っているの。仕事しごとだとわれるのを、それこそがれるように。われれば、仏頂面ぶっちょうづら面倒めんどう片付かたづけるかとうごはじめるわたしたちは――とっとと片付かたづけたいのと同時どうじに、歓喜かんきいだく。ようやくばれた、わたし仕事しごとだ、結果けっかそう……ってね」


 であればこそ。


わたしたちはいぬなの。――〝忠犬ちゅうけん〟とは、そういうことだから」


 それをほこっている。


「お兄さんも……ですか?」

厳密げんみつには、らないわよ? だってわたしはルゥイじゃないもの。けれど、きっと正解せいかいなんでしょうね……わたしたちは馬鹿ばかだから。よくわれたわ、こんなバカはたこともないってね。だからいつもかえしたわ。まえにいる上官じょうかん手本てほんにしたの、かがみはあったかしらって」

朝霧あさぎりさんを相手あいてにですかー……?」

「ええそうよ? そうすればうでんでわらったあと、訓練くんれんをしてくれるもの」

「それ、訓練くんれんじゃなくて意趣返いしゅがえしというか、そういうやつなんじゃないっスか……?」

おなじことよ」

「いろいろやってたんですねえ」

面白おもしろはなしもあるわよ? たとえばストリッパー撲殺ぼくさつ未遂みすい事件じけんとか」

「え、なんすかそれ」

「バースデイにストリッパーぶのが流行りゅうこうになってて、わたしときには意表いひょういて三日後みっかごにやられたんだけれどね? あろうことか室内しつないにポールまで用意よういして、三人さんにんくらいおんながいたわけ。わたしさけみながらおんなてたのよ」

てたんすか⁉」

「だって勿体もったいないじゃない。そしたらおとこ連中れんちゅう様子ようすに、五人ごにんくらい部屋へやたから、なんでおんなのストリッパーなんだとおこってなぐ開始スタートおとこ連中れんちゅう撤退てったいするのに十五分じゅうごふん……で、たらおんな三人さんにんたおれてんの」

「ど、どうしたんすか、それ」

おとこ連中れんちゅうをもう一回いっかいつかまえにって、処理しょりさせたわ。――なんでわたし罰掃除ばつそうじけたのかしら、よくわからないのだけれど」

「あのう、ちなみにそのとき上官じょうかんはどうしてました?」

「え? 朝霧あさぎりさんは大笑おおわらいしてたわよ? 兎仔とこさんは反応はんのうわるかったから、そのとき写真しゃしん何枚なんまいせたら、やっぱりわらってた」

こころひろいですね……」

ったでしょう? 平時へいじなら勝手かってできるもの。――仕事しごと結果けっかせば、それでいいだけ。だからごろの鍛錬たんれんかさないけれど。あとはそうね、北上きたかみ狙撃そげき事件じけんとか」

「そろそろくのがこわくなったっス……」

「はい、わたしもです」

「そんなおおげさなはなしじゃないのよ。ルゥイの狙撃そげきうでは――まあ実際じっさいてはいないでしょうね。あのは、にくらしいけれど朝霧あさぎりさんとかたならべられるくらいだし、相当そうとうなものなのよ。で、北上きたかみいたわけ。おまえ一体いったいどういう訓練くんれんをしたんだと。そのにはわたしもいたのだけれどね、もちろん興味きょうみはあった」

「……? おにいさんがそれをおしえたんですよね?」

「そうよ。――実践じっせんしてくれたの。千五百せんごひゃくヤード前後ぜんごから実弾じつだん一時間いちじかんねらわれるっていう内容ないよう訓練くんれんをね」

「げ……マジっスか」

げてた北上きたかみ一番いちばんなが狙撃そげきされつづけて、一時間いちじかんわりってところに朝霧あさぎりさんがて、自分じぶん放置ほうちしてたのしいあそびをするのは何事なにごとだって追加ついか一時間いちじかんがあって――北上きたかみ土下座どげざしてマジ勘弁かんべんしてくれってってわったんだけれどね」

「ひいー……!」

「なにふるえてんの、この

「それをあそびってっちゃえるからこわいんですよもう!」

穂乃花ほのかさんは、ちょっとは共感きょうかんできるんですね」

「これでもかつては〝アイス〟なんてばれていたのよ、この当時とうじかおたら、あの間抜まぬけ――カゴメだってふるがって直立ちょくりつするわよ」

「あの……いえ、そんな穂乃花ほのかさんが想像そうぞうできないのもそうなんですけど、ハコさんたちにたいしては、そんな穂乃花ほのかさんがこわがってるんですけど……?」

「……そういえばそうね。ちょっとあんた、どういうことなのよ」

「どうしてわたしめられるながれに⁉」

あしあらって腑抜ふぬけになったわけじゃないんでしょう? そんなだからホテルをまえにして、やっぱりいやだなんてうクソおんなになるのよ」

いませんっ! 不知火しらぬいくんとおなじことわないでください!」

「いいすず、こうなっては駄目だめよ」

「はあ……」

「それも不知火しらぬいくんがってましたからっ!」

くわね、ルゥイ……」

 本気ほんきうなずいているこのひとは、ちょっと本当ほんとう大丈夫だいじょうぶなんだろうか。

「ただまあ……すず」

「あ、はい?」

「ルゥイは厄介やっかいよ? あれはおんなあまいから、せばどうにでもなるけれど――ただ、それだけしからない」

「あの……ハコさん」

「ん?」

「ハコさんはよる、うなされることって、ありますか?」

「そうねえ……わたし北上きたかみも、そっちはあまりないわね」

「そうなんすか?」

「ええそうよ。――鮮明せんめいおもせるほどのことはないし、痛烈つうれつおももないの。でも幻視げんし頻度ひんどはきっと、ルゥイよりおおいわ」

幻視げんし? 七草ななくささんはなにるんですか?」

両手りょうてまっている自分じぶん……何気なにげないときに、ひょっこりと姿すがたせて、気持きもわるくなって大抵たいていくわ。ったあと、かがっみれば、好戦的こうせんてきをした自分じぶんがいる。みょううれしそうに微笑ほほえみながら――忠犬ちゅうけんであるわたし自身じしんうつっていて、それをこのましくおもう。だからそれだけね。毎日まいにちのように〝過去かこ〟にめられてうなされるほどじゃないの」

 それはすずにとって、わからないはなしだ。共感きょうかんもまったくできないし、想像そうぞうもできない。

 だから、それが正解せいかいなのだ。

「あたしは、おにいさんを〝理解りかい〟なんて、できないんですね」

「そうよ。わるいけれど、そのとおり。そしてそれは、――わたしたちもおなじ。わたしだって理解りかいできないし、わかってやれない。北上きたかみもそう。できているのは、兎仔とこさんくらいなものかしらね」

「だったら、あたしにできることって、あるんでしょうか……」

「あるわよ。けれどこれは一般論いっぱんろんとしてであって、一度いちどでも軍役ぐんえきしているなら、だれだっておなじことをうわ。――自分じぶんよりもさきぬな、よ」

「はい、そうですね、それはわたしおもいます。それにすずさん、不知火しらぬいくんにとっては、それが一番いちばん駄目だめ〟です。たぶんあのひとは、そば見過みすぎました。いがさきぬことを、だくとはしていません」

けなさい? だれかひとりでも喪失そうしつしたら、ルゥイなんかすぐこわれるわよ」

 って、ハコは苦笑くしょうした。

 馬鹿ばかなことをっている。


 ――そんなのは、北上きたかみやハコだっておなじなのに。


「まあでも、あれね、カゴメの馬鹿ばかはどうなの? あのクソおんな、よくもまあ元軍人もとぐんじんなんてむねれるわね。くびうえについているのを人形にんぎょう交換こうかんでもしたのかしら」

「え、なんでおにいさんだけじゃなく、ハコさんもおねえさんへのたりがつよいんすか……?」

「あんなクソッタレがうちの組織そしきだなんておもわれたくないのよ。あんなのはただの空軍エアフォースじゃない。むかし零戦ゼロセンりがたら激怒げきどするわよ……」

「や、それはらないっス」

「まあそう――」

 ばたんと、いきなりとびらひらいた。

穂乃花ほのかぁ、ルイがいじめるー」

ひと言葉ことばさえぎらないの、高血圧ブラッドリィおんな。それともなに、すこしはいてしいっていうわたしへの催促さいそくかしら? でも無理むりね、あんたがまえわたしふうじるほうはやいわ」

「もうヤだ……!」

「あらまわみぎね? 根性こんじょうのないだこと」

七草ななくささん……」

「なあに? あのくらいの軽口かるくち対応たいおうできないようなら、布団ふとんなかまるくなってしりだけせてればいいのよ」

きびしいっスね、なんか」

「ん、ああ、そう? 上官じょうかん流儀りゅうぎうつってるのよ。まずは徹底てっていして、どんだけ間抜まぬけかをさんざんわれて、それを自分じぶん把握はあく納得なっとくしたうえ解決策かいけつさく模索もさくするっていうながれを、自分じぶんなかつくるようにしているの。でもこれ、すずにとってはたりまえでしょう? 経営的けいえいてき意味合いみあいで」

「あー、はい、そうっスね。作業さぎょうたい時間じかん効率こうりつ採算さいさん関連かんれんつねかんがえて、解決かいけつしないとあかかたむきますし」

今顔いまかおせた馬鹿ばかや、クソッタレ空軍エアフォースおんなとのちがいはわかってる?」

「えっと……」

「――失敗しっぱい前提ぜんていにしているところ、ですよ、すずさん」

「そう、ですかね?」

戦場せんじょうのこるコツはね、すず。どれだけ上手じょうず失敗しっぱいできるか、という一点いってんなの。成功せいこう連続れんぞくしない、それは安定あんていしないのとおなじ。かならずどこかで失敗しっぱいおとずれるけれど、成功せいこう前提ぜんていにしている間抜まぬけは、その時点じてんぬ。わたしたちはつねに、失敗しっぱいかさねなのよ」

 それは、だからつぎ失敗しっぱいする――のではなく。

 失敗しっぱいかさねているから、いまは、失敗しっぱいしていないのだ。

 成功せいこうつづけるのではなく、失敗しっぱいしないたりまえ享受きょうじゅする。

「だから、それをわかってない間抜まぬけは、自覚じかくさせてやるしかないでしょ? 半分はんぶん趣味しゅみだけれどね」

たのしんでるじゃないっスか」

「もちろん」

「それにしても、不知火しらぬいくんも七草ななくささんも、なにかをおしえることに、なんというか啓蒙けいもうがありますねー」

「そうかしら。わたしたちは――」


 そうだ。

 軍人ぐんじんなんて、だれだっておなじだ。


「――上官じょうかんおそわったことを、そのままだれかにかえしているだけよ」


 だって、上官じょうかんなにかをかえすなんてことは、ほぼ無理むりだから。


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