08/19/21:00――古巣の同僚

 おう、なんてけっぱなしにしてあった部屋へや出入でいぐちからこえをかけられ、おれはノートがた端末たんまつからかるらし、かたしに北上きたかみ姿すがた確認かくにんした。

風呂ふろがったぞー、あと土産みやげってきた」

「そうか。すまんがはなせない、しばらくて」

「あいよ。なにしてんだ?」

「サーバの構築こうちく作業さぎょう

 術式じゅつしき作動さどうすれば、おれには無数むすう数字すうじかびがる。それを限定的げんていてきに、端末たんまつ内部ないぶのみの視界しかいにしてやれば、プログラムの〝うごき〟なんてのがえるので、そこにたいしてキーをたたいて干渉かんしょうしてやると、のぞんだ〝カタチ〟になっていく。これがおれりゅうのプログラムのつくかただ。

 一応いちおうっておくが、プログラム言語げんごがわからない、なんてことはだんじてない。いそ仕事しごとでなければたりまえのようにやるし――電子戦でんしせんでの〝対応たいおう〟は、タイミングがすべてだ。サーバのプロテクトをかためるさいに、状況じょうきょう推移すいいからはな馬鹿ばかはいない。

「へえ……いや、おれはこのベッドにころがってる桜庭さくらばのことをったんだけどな?」

置物おきものだとおもえばにならん」

「ふうん。ちなみに、土産みやげみずだ。美味うまみず

「それはまためずらしいな――と、よし、ひと区切くぎりだ」

「プロテクトの展開てんかい終了しゅうりょうか?」

「まだしばらくは様子見ようすみ必要ひつようになる。警告けいこくはやめに設定せっていしてあるから、画面がめんにらんでいなくてもみそうだ。おちゃでいいか?」

「その趣味しゅみわってねえのか」

「まあな」

 おちゃれてもどれば、北上きたかみゆか胡坐あぐらすわっていた。どういうわけか、作務衣さむえている。いわゆる寝間着ねまきにでもしているのだろう。

「しかしルゥイ、いところにんでんなあ。プライベイトな個室こしつもありゃ、なんだあのデカイ風呂ふろは。掃除そうじ大変たいへんだぜ、あれ。便所べんじょはてめえが綺麗きれい使つかえばいいけどさ」

「ここへときおれたようなことをうなよ……」

「しょうがねえだろ、古巣ふるすのよしみだ。なんだかんだで、上手うまくやってるようでなによりだ。もっとも? てめえの〝のろい〟は健在けんざいみたいだが?」

「これがなくてはきてけん」

「そりゃそうか」

「そっちはどうなんだ?」

「ああ、まあ――おもうところはあるけど、そこそこだよ。シシリッテもこっちいるし、安堂あんどうともたまにはツラをわせる」

「らしいな、軍曹殿ぐんそうどのからいた」

「グレッグの野郎やろうは、フリーになったからって、G・Bガーヴさがすって世界中せかいじゅうあるまわってるぜ」

「なんだあいつ……もう一年いちねん以上いじょうになるのに、あきらめてないのか」

 ゴーストバレットとは、かつて戦場せんじょうにぎわせた子供こども暗殺者あんさつしゃである。

 本来ほんらいは、ちいさな組織そしきや、あるはおおきな組織そしきもそうだが、身寄みよりのない子供こども使つかての兵器へいきとして購入こうにゅうして使つかう、そのなか一人ひとりだったらしい。日本にっぽんではめずらしいが、国外こくがいではこういうはなしもそれなりにころがっている。そだてるがわにしてみれば、それなりにかねになるし、つかがわとしては、支払しはらってでも使つか価値かちはあった。

 どうして使つかてかとわれれば、そもそも使つかほう無茶むちゃうからだ。退路たいろ最初さいしょから確保かくほせず、一人ひとり暗殺あんさつして終了しゅうりょう。それだけで勢力図せいりょくずおおきくかたむくことにもなる。

 けれど、G・Bガーヴちがった。

 幽霊の弾丸ゴーストバレットは、もどってきたのだ。っても、もどって弾丸だんがんは、四度目よんどめ仕事しごと組織そしきとのえんられた。何故なぜならば、有名ゆうめいになった暗殺者あんさつしゃなど、使つかものにならないからだ。

 だから、戦場せんじょうでは仲間内なかまうちう。

 G・Bガーヴけろ。

 意味合いみあいとしては、めろとか、警戒けいかいおこたるな、背後はいごけろ、そういうのをすべてふくめた物言ものいいだ。

「まだつからねえってあたまかかえてたぜ、あいつ。わらってやったけど、G・Bガーヴ戦場せんじょうてたの何年前なんねんまえだっつーのな、はははは!」

「……わらうのは理解りかいできるが、そうか、ケイミィもらんか」

「あ?」

 当人とうにんかくしていないし、べつにはなしてもかまわないとわれているから、いいんだが……。

「なんだよ」

兎仔とこ軍曹殿ぐんそうどの

「おう、兎仔とこさんがどうしたよ」

「だから、G・Bガーヴ軍曹殿ぐんそうどののことだ」

 沈黙ちんもくはゆうに三十秒さんじゅうびょうあったので、おれ一応いちおう端末たんまつ画面がめん確認かくにん問題もんだいなしだ。ちなみにおれらされたときには、そのくらい沈黙ちんもくした。

「――はあああ⁉」

「グレッグの間抜まぬけぶりが、さらわらえるだろ」

「いや、そりゃそうだが……おいマジか冗談じょうだんだろ」

残念ざんねんながらマジだ。おれがどれだけ軍曹殿ぐんそうどのあたまがらないか、その一旦いったん理解りかいできただろう?」

今度こんどったときいてみるわ……ここんとこかんじたことのねえおどろきだぜ」

「――にわたずみの、魔術師まじゅつし?」

いていたのか、桜庭さくらば

「いやおまえね、ベッドでごろごろしてたらいてるだろ……」

「ではすか」

「えー」

「ところでケイミィ、これはあまり関係かんけいのないはなしなんだが」

「どうした?」

 にやにやとわらいながら、頬杖ほおづえをつくようにして北上きたかみ桜庭さくらばから視線しせんる。さすがに同僚どうりょうだけあって、さっしがい。

「もしかして〝血の魔術師ブラッドリィ〟についてか?」

「そうだ。媒介ばいかいとした魔術師まじゅつしで、大前提だいぜんていとして使つかうが、どうもたいした拘束こうそくがないらしい。選択肢せんたくし――あるいは、術式じゅつしきはばそのものがひろいようだ」

「だったらまずは、ストックしている使つかわせるか? ――馬鹿ばかはなしだ。うで一本いっぽんでもとして、自由じゆう使つかわせりゃいい」

いたみにえながらどこまでの術式じゅつしき行使こうし可能かのうかをたしかめたいのか、おまえ。どうせすぐ治療ちりょう術式じゅつしきけい痛覚つうかく遮断しゃだんでどうとでもする。――だとして? 術式じゅつしき自由じゆう使つかえるという前提ぜんていならば?」

百足むかでってるあしおしえてやりゃいい」

選択せんたくはばがあればこそ、どの状況じょうきょうにおいてなに選択せんたくするかは重要じゅうようだ。こと戦闘せんとうにおいては、一秒いちびょうですら〝ながい〟ものだからな」

戦闘せんとうにおいては? はは、わらわせるなよルゥイ。――おれらはつねに、戦闘せんとう状態じょうたいだろうが」

「まったくだな。おっと、すまないな桜庭さくらば、あまり関係かんけいのないはなしだとったとおりだ、にするな」

「ルイの意地悪いじわる!」

 いきおいよくがった桜庭さくらばは、そんな台詞ぜりふ半泣はんなきになりながらうと、部屋へやった。

「……あれでかくしてるつもりかねえ、おい」

本人ほんにんは、そのようだな。だからこうやって、ってるぞとさりげなくおしえてやるのもやさしさだ」

いままでは、だまっているのがやさしさだったんだろ。ま、ここにはアイスもいるわけだ、物騒ぶっそうはなしにゃならねえよ」

「どうだかな。天来てんらいだとて、桜庭さくらばだとて、独自どくじの〝問題もんだい〟はかかえている。相談そうだんされればもあるが、そうでないのならばさっしてやるしかない。おかげでこうして? おれ自分じぶんのサーバを構築こうちくして、情報じょうほうあつめておこうとおもったわけだ」

先手せんてつのがおそくねえか?」

馬鹿ばかえ、そもそもおれ介入かいにゅうするほうが〝問題もんだい〟なんだろうが。これは仕事しごとじゃない」

「まあそうだなあ、このりょう前崎まえざき管轄内かんかつないとはいえ、正面しょうめん玄関げんかん役目やくめになっている以上いじょうとどかない位置いちでもあるしな」

 どうして、まちのはずれにこのりょうがあるのか? その特異性とくいせいについては、かんがえるまでもない。

 住人じゅうにんが、そもそも、問題もんだいかかえた、ひとつの戦力せんりょくになっているからだ。

承知しょうちうえだろ、全員ぜんいんがってことじゃねえだろうが――とどくところにいてやる、だがふところにははいれない」

妥当だとう判断はんだんだろう、そんなことはてすぐに理解りかいできた」

 りょうへきて、天来てんらいのツラをて、おれ自身じしんのことをかんがえながらまちあるき、学校がっこうかった時点じてんで、だ。

「そうでなければ〝いぬ〟が、呑気のんきらせるものか」

「だろうよ。野雨のざめみてえに、いぬなんか相手あいてにもならんってものそろってる場所ばしょなら、ともかくもな……ほれ、土産みやげふただ」

 ボトルのみずはキジェッチ・ファクトリーの名前なまえがついている。たしさけしているメーカーのものだったはずだが、あと調しらべておこう。ふた煙草たばこだったので、おれ灰皿はいざらした。

「こっちでトラブルあったろ」

みみはいったか」

「でけえ仕事しごとじゃねえのは、調しらべてわかったし、それ自体じたいはいいんだが……兎仔とこさんと朝霧あさぎりさんの〝足取あしどり〟をにしてたから、ひやひやしたぜ」

一応いちおう朝霧あさぎりさんの〝仕事しごと〟だったからな。おれ手伝てつだいをしたにぎないし、なにもしなくても前崎まえざきたぬきがどうにかしたはずだ」

「――ここが」

 失笑しっしょうみとともに、煙草たばこけて。

前崎まえざき管轄かんかつじゃなけりゃ、どの時点じてんでやってた?」

りょうまえくるまとおった時点じてんって、くるまりるタイミングでやっていただろうな」

「ま、おれらなら当然とうぜん反応はんのう速度そくどだよな。もっとも、配属はいぞくされてすぐじゃ、こときは見守みまもるか……」

「なんだ? なにいたい?」

「いんや、文句もんくじゃねえよ。ただすこし、おまえ戦場せんじょう一緒いっしょにしたときのことをおもした」

「ああ……」

 あろうことか。

 いぬ二匹にひき投入とうにゅうされた現場げんば――過去かこさかのぼれば、そこそこのかずがある。

 そのなかひとつ、えらばれたのがおれ北上きたかみ

 おたがいに、いままでで一度いちどだけ、いぬとして背中せなかならべた。

おもせるほど、おぼえているのか?」

「――どうだろ」

 苦笑くしょうかえってきたので、おれ煙草たばこばしてけた。

 いぬ二人ふたり投入とうにゅうされた現場げんばを、さて、おれはどう説明せつめいすべきかなやむところだ。

 〝過酷かこく〟と――その二文字ふたもじに、すべてが凝縮ぎょうしゅくされているかんじもするし、第三者だいさんしゃがいたのならば凄惨せいさん表現ひょうげんするかもしれない。敵対てきたいした連中れんちゅうにとっては悪夢あくむなのかもしれなかった。

 おれたちにとっては、そうだな、蹂躙じゅうりんというか殺戮さつりくというか。

「なんつーか、まあ、つらかったよな、あれ」

「そうだな。大変たいへんだとか、きびしいとか、そういう以前いぜんつらかったな……」

 なにしろ、指令めいれいひどかった。現場げんばってヘリからとされ、についた連中れんちゅうなにをしてもかまわないから、撤退てったい指示しじがあるまでのこれ――なんて無茶むちゃ注文ちゅうもんだったからだ。

 一日いちにち一度いちどだけ、物資ぶっし補給ほきゅうがあったけれど、それだって適当てきとう位置いちにコンテナを落下らっかするだけの空輸くうゆだ。おれたちにはなにらされていなかったので、ただただまえ邪魔者じゃまもの排除はいじょするだけの毎日まいにちだった。

「ただやっぱ、おまえちがうよ、ルゥイ。間違まちがってるとはわないし、それがいともわるいともわねえけど、そこまでして過去かこきるってのは、共感きょうかんできねえ」

「してしいともおもわんし、共感きょうかんするな、ケイミィ。――しては、ならんのだ」

「わかってるよ。おまえ徹底てっていして〝〟なのは理解りかいしてるさ。けど、だからこそ心配しんぱいにもなる。――いぬ以外いがいかたを、したっていいじゃねえか」

「そうってくれるな……」

「わかってるさ。けど、土屋つちや姿すがたてりゃいたくもなる」


 すず――か。


「どうしてだ?」

「さあな。おれはただ、ながれにまかせただけだ。えらんだわけじゃないし――おれみたいなのが、えらんではいかんだろう」

「まあ相手あいて一般人いっぱんじんじゃそうなるわなー」

「おまえとハコはどうなんだ」

「あ? てのとおり、いつもどおり――反吐へどるような同類どうるいのクソいぬさ」

 後半こうはん共通言語イングリッシュてる。おれもそうだが、そっちの言語げんご使つかったほう言葉ことばきたなくなるものだ。

「わからねえでもないさ。おれだって一般人いっぱんじんとのいなんてのは、極力きょくりょくける。わらってる最中さいちゅうに、ふととしたさきにある両手りょうてが、まってるのを幻視げんししてわれかえったときの、背骨せぼねしんえるかんじは、最悪さいあくだ。ちょっと便所べんじょだ、なんてってなかをひっくりかえす」


 そうだ。

 おれたちは――おれたちだって、人間にんげんなんだ。


「さんざんいたあとかおあらってかがみると〝おれ〟がいる――ギラついたひとみで、獲物えものいぬかおだ」

「それを安心あんしんする、だろう? おれだってそうだ……安心あんしんしたあとに、自己嫌悪じこけんおじりで苦笑くしょうする」

「こんなこと、理解りかいようなんておもわないし、つーからずにいたほういだろっておもうよな。なにしろ、おれらのよわさだ。はは、おわらぐさだぜ、なるほどたしかに、――えらべるかよ、こんなクソみたいな人間ヤツが」


 卑下ひげしているわけではないのだ。

 ただ、ただ、純然じゅんぜんたる事実じじつとして、それをれ、む。


「おいルゥイ、そうしてかんがえてみりゃ、ここでの生活せいかつ結構けっこうつらいだろ」

にしなければ、そうでもない。なにしろ、すずはともかくとして、このりょうにいる連中れんちゅうたような人種じんしゅだ。――ああ、まあ、すずも影響えいきょうけているだろうがな。前任者ぜんにんしゃはなしいたか?」

「ああ、二年前にねんまえはじめたみせ前任者ぜんにんしゃがいたってことはな」

名前なまえは〝キサラギ〟だそうだ」

「かっこうかよ……」

確認かくにんはしていないが、その可能性かのうせいたかいだろう」

「うちの組織そしきなにかしら介入かいにゅうしてるとはおもったが、そこか。前崎まえざきらないようだったからなあ……ESPエスパー相手あいてにしてかくとおせる連中れんちゅうなんて、いぬとかっこうくらいなもんか」

「といっても、おれたちの訓練くんれんたい術式じゅつしきようだろう」

「そうだけどな」

 あたまのぞくような術式じゅつしきなかにはあるし、精神せいしん汚染おせんけいなど術式じゅつしきかぎらず、拷問ごうもんでもよく使つかだ。くすり併用へいようなどもふくめて、おれたちは訓練くんれんしている。


 まったく――。

 一般人いっぱんじんとはちがうのだと、そんなことは明確めいかくではないか。


「さて、そろそろいいだろう?」

「あー?」

「もう一度いちどこう、ケイミィ。――どうしてここへた」

「はは、……ま、わかるよな」

「だからこそ追及ついきゅうしなかった。まあ、ここだとて〝みみ〟はあるが」

前回ぜんかいけんで、おまえがこっちにばされたってんで下調したしらべしたときにな――」

 ようやく、どこか面白おもしろそうにわらいながら、北上きたかみはそのことをはなして。

 それをいたおれは、まったくとあきれの吐息といきとしながら、苦笑くしょうした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る