08/14/10:00――芹沢企業開発課

 到着とうちゃくしたのは、どこぞの屋敷やしきだった。いずれにせよおれそばにはすずがいるわけで、内情ないじょうくわしくくのは面倒めんどうでもあり、あとでひまとき調しらべればいと、すぐにあとにしたわけだが――この、野雨のざめという土地とちはなかなか、みょう空気くうきかんじられる。

 区切くぎりだ。そう、区切くぎりがある。

 安全あんぜん危険きけんの、明確めいかく境界線ボーダーラインだ。なんというか、ごしやすいのだろうけれど、おれみたいな人種じんしゅにとっては、やや面倒めんどうだ。もちろん、それは仕事しごとはなしで、いま関係かんけいないが。

「ところですず、つかれていないか?」

「へ? はい、大丈夫だいじょうぶですよ」

「そうか。つかれたら遠慮えんりょなくってくれ、おれ気遣きづかうなよ。相手あいてわせるほうおれらくだ。ともあれ、まずは芹沢せりざわかおう。そうとおくないとっていたしな」

「はあい。どんなところなんでしょう」

いたかぎり、でかいビルだ、とっていたな」

「なるほど。……え? それだけっスか?」

充分じゅうぶんだろう、あとは実際じっさいあしはこべばいい。そういえば、こうして街中まちなかあるくなんてのも、おまえにとってはひさしぶりになるのか?」

「あ、はい、そうです。というか、ほとんどなかったんで、はじめてってくらいですよ」

おれからはなれて迷子まいごになるなよ」

 まあ、はなれた瞬間しゅんかんにどこをどう移動いどうしてなにをしようとしているのか、把握はあくできるが。ひとさらいが日常的にちじょうてき区画くかくでの護衛ごえいもやったことがある。ま、そんなこともないだろう。

「さりげなく、車道側しゃどうがわなんすね、おにいさん」

「そういう配慮はいりょ気付きづかないりをしろ」

「なんだかんだで、おにいさんはやさしいですよね」

やさしい? おれが? はは、わらえる冗談じょうだんだ。おんなあまいとはわれる。だが、そのあまさが命取いのちとりになるとわれたことはない。その程度ていどのものだ」

「あたしはうれしいからいいんです」

「――そんなものか」

「はい。あ、ここらじゃないですか?」

「やはりちかいな。企業街きぎょうがい、といったところか」

 ビルがあちこちっており、そのなかひとつに芹沢せりざわ文字もじかけ、まよわず正面しょうめんから二人ふたりなかはいった。おれはアイウェアをはずし、胸元むなもとれながら、ひろいロビーをって、正面しょうめんにある受付うけつけあしめる。なかには女性じょせい二人ふたりだ。

予約よやくれていないが、二村にむらヒトシはいるか?」

「はい、出勤しゅっきんしております。こちらにお名前なまえ住所じゅうしょをおねがいできますか」

「ああ」

 手元てもとされたかみに、左手ひだりてでアルファベットでく――が。

「……そういえば、住所じゅうしょらんな。おいすず、ナナネりょう住所じゅうしょっているか?」

「え、あたしんでないですって」

「ならば、おまえ住所じゅうしょいておいてくれ。そうはなれてはいないし、問題もんだいないだろう」

「まあいいですけど」

 おれよこにずれて、すずに場所ばしょゆずった。

「ということだが、かまわないか?」

「ええ。ナナネというと、もしかして以前いぜん、フライングボードを二村にむら依頼いらいしたかたですか?」

「そうだが、っているのか」

「はい。現行げんこうのプロジェクトを放置ほうちして、参加者さんかしゃ全員ぜんいんがどういうわけか、ボードの設計せっけいねつはじめたので、よくおぼえています」

「はは、そうか。それをはじめたのはそちらの勝手かってだろうが、まあ、娯楽ごらく提供ていきょうできたとおもえばそれでいいのかもしれんな。苦労話くろうばなしがあるのなら、仕事しごとわってからさけでもみながらくが?」

「……なんでナチュラルにナンパしてるんですか、おにいさん」

「このおんなかおろ、営業用えいぎょうよう笑顔えがおことわ文句もんくさがしているではないか。それをわかったうえでの対応たいおうだ。くな」

営業用えいぎょうようのトークだとおもっておくっス」

「そうしておけ」

確認かくにんれました。二村にむら四階よんかいにいますので、そちらのエレベータからどうぞ」

諒解りょうかいした。ではな」

失礼しつれいします」

 二人ふたりしてエレベータにって四階よんかいくが、部屋へやがいくつもあった。

「どこでしょう」

らんな」

 適当てきとうとびらけてもさそうだが、についたおく部屋へやとびらひらいていたので、そちらへあしければビンゴだ。つなぎで、がらくたのドーナツをつくり、その中央ちゅうおうこしろした少年しょうねんともえる野郎やろうが、作業さぎょうをしていた。

「ヒトシ」

「おーう。どうした、このまえやった携帯端末けいたいたんまつ不調ふちょうにでもなったか? っとくが、ベースになってるプログラムはそっちが勝手かってつくるってってたから、不具合ふぐあい報告ほうこく自分じぶんにしてくれ。アタッチメントが必要ひつようなら、まずは設計図せっけいずだな」

「なんのはなしをしているかはらないが、おれだ」

「あー? だれだよー?」

「ルイだ」

「ああ、ルイね、今朝けさのニュースでやってたよ。冷房室れいぼうしつかせたはな出荷しゅっかしてんのに、冷房代れいぼうだい上乗うわのせできるほど景気けいきくないってな。需要じゅようがあるはななんだろ? たしか、一定いってい需要じゅようとかいてあったしな。地道じみちにやるしかないってところか、つらいよな。つっても、どうにか生活せいかつできるレベルなんだろ、ニュースにもなるんだし」

「これ……まえってたような……」

 ちなみに前回ぜんかいはびわがどうの、とっていたようながする。

残念ざんねんながらうちははな作成さくせいはしてねえよ。遺伝子いでんし操作そうさべつ部署ぶしょたたとびら間違まちがえたんならまわみぎだ、挨拶あいさつはいらない。それとも、冷房機れいぼうき作成さくせいたのみにきたのか? ――ああ? コンマさんってったのに、コンマよんのダイヤじゃねえか、これじゃディスプレイにませられねえ。ったく、再加工さいかこうたのむか。おいルイ、そこらにある内線ないせんでエラーラをしてくれ。エラーラだよ、間違まちがえんな。そうだいてくれよルイ、あのクソおんな――……ん? ルイ?」

 そこで、ようやく気付きづいたというか、配線はいせんつながったのか、手元てもとからおれほうへとかおげる。それをて、おれひらいたとびら二回にかいほどノックしてやった。

挨拶あいさつはしたぞ、ヒトシ」

「なんだネインじゃねえか! おう、おたがいにでっかくなったが、やっぱわらねえなあ! そっちの、ちびっこいのはなんだ? デートか? 彼女かのじょ紹介しょうかいならおれ以外いがいにやってくれ。それともいか? うちの新人しんじん?」

「あ、ども。お世話せわになってます、土屋つちやボードてん店長てんちょうをやってます、すずです。はじめまして」

「おお、そうか、あんたが土屋つちやか! ――はは、おもってたより随分ずいぶんおさないのに、よくやってんじゃねえか」

「そうってやるな。おまえおれもそうわらん年齢ねんれいだし、ここの技術屋ぎじゅつやだってたようなものだろう?」

「ま、そりゃそうか。二村にむらひとしだ、よろしくな。ちょっとってろ……ああ、そこのデスクの椅子いす土屋つちや使つかってくれ。野郎やろうってろ。めし時間じかんらないが、あれなら食堂しょくどうにでも案内あんないするけどな」

手厚てあつ歓迎かんげいなみだるな」

ってろ」

 そうして、室内しつないかべ付属ふぞくしている内線ないせんると、どこかへと連絡れんらくはじめた。

「――おう、おれだ。なんだフラーケン、あんたまだいたのか。おれのおふくろよりも年上としうえくせに、いまだによごしてっから、後進こうしんがなかなか成長せいちょうしねえんだよ。ああ、うるせえ、うるせえ、きたくねえよ、老人ろうじん小言こごと意味いみ理解りかいできるのは、あんたとおな年齢ねんれいになってからだ。おまえのクソッタレな弟子でしに、コンマさんのダイヤばん寄越よこせってつたえてくれ。エラーラがコンマよん寄越よこしやがった。在庫ざいこがねえなら、サファイアをますとつたえろ。いいな? ――うるせえ、採算さいさんかんがえるのはおれ仕事しごとじゃないっての。たのんだぞ、いそがなくてもいいからな」

 そうして通話つうわるまでのあいだに、おれ椅子いすりだしてすずをすわらせ、そのうしろにった。位置いちなんてのは、こんなものだろう。

「ネイン、もう一個いっこ仕事しごとだ。窓際まどぎわにあるサーバーから珈琲コーヒーれてくれ、まだあるから。三人分さんにんぶんな」

きゃくとしてきたわけじゃない、そのくらいのことはしてやる」

上手うま皮肉ひにくだなあ、相変あいかわらず。んで、どうしたよ? トラブルか?」

「あ、いえ、おにいさんがれててくれたんですよ。温泉おんせん旅行りょこうだって」

「だからって、おれんとこることはねえだろ……おいネイン、おんなれなら場所ばしょえらんだらどうなんだ?」

えらんだだろ。その結果けっかがここだ」

「こんなガラクタ倉庫そうこになんのようがあるってんだ……まあいい。土屋つちや営業えいぎょう専門せんもんなのか?」

一応いちおう、ボード専門店せんもんてんです。あたしなりに、知識ちしきふかめてたんですが、さすがにおにいさんのりこなしにはショックでした」

「こいつ、軍属ぐんぞく時代じだいのテスターやってたときは、ちっともたのしそうなツラしてなくてなあ。やることはやってたが、つくったこっちとしちゃ複雑ふくざつだ。もっとたのしめってったのをいまでもおぼえてる」

いデータをわたしたから文句もんくうな」

文句もんくじゃねえさ。つーことは、土屋つちやもボードるのか?」

「はい。ナナネのインストラクターなんかも仕事しごとうちなので、れますよ。おにいさんにもいろいろおそわったので」

「へえ? データせろ――って、ないか」

「あ、一応いちおうあります。事前じぜんにおにいさんが、かたぱしからデータだけはあつめておけってってたんで」

「ふん、ここでネインをめるのはなんかしゃくだなあ」

おれたちのあいだに、ボード以外いがいつながりがあるんなら、さきにそれをならべておくんだな」

「まったくだ」

 おれ珈琲コーヒーをテーブルにくと、それぞれがる。ただすずは、そのまえかたひもでこしげたポーチから、ちいさなスティックがた記録レコード媒体メディアし、ヒトシに手渡てわたしている。それを稼働中かどうちゅうの、テーブルにあるノートがた端末たんまつきさし、ぐるりときをえてやすい位置いちえた。

「テーブルのうえには端末たんまつひとつか。綺麗きれいなもんだな?」

「この部屋へや惨状さんじょうおもえばってか? はは、おれにとっちゃなにひとつとして、この部屋へやにあるもんで無駄むだなものはねえよ。っと、結構けっこうなデータれてあるなあ」

「……あれ? あたし、たしかパスコード……」

「ん? あー、セキュリティコードな? うちの商品しょうひんならまだしも、ほかの企業きぎょうのはかみくず同然どうぜんだから、けたほうがいいぜ? で、うちの商品しょうひんなら解除かいじょコードもってるというか、勝手かって解除かいじょするよう設定せっていしてあるから、問題もんだいなし。さすがにおれ専門せんもんじゃないから、内部ないぶのぞいて、内側うちがわからちがかぎかけて、本人ほんにん使用しようできなくなる――なんてことは、面倒めんどうだからしねえし、にするな」

「そうなんすかあ……」

技術屋ぎじゅつやだからな」

「そこまでできないと、技術屋ぎじゅつやじゃないんですか?」

「んー? どうだろ。おれらは自負じふはするけど、相手あいて評価ひょうかはあんましねえし。できないならおぼえろ、やれないならたのまない。つくりたいなら勉強べんきょうしろ――ってかんじか? よっと、これでいいか。遮光しゃこうれてくらくするから、珈琲コーヒーをこぼすなよ」

「はい」

 まど遮光しゃこうがかかり、室内しつないかりレベルががれば、部屋へや薄暗うすくらくなる。


 ――そこに、映像えいぞう投影とうえいされた。


 げられたボードが、ふわりと室内しつないうごく。いくつかのデータがリアルタイムで表示ひょうじされ、疾走感しっそうかんかべ模様もよう演出えんしゅつする。

「なんだ、立体映像ホログラフ投影とうえいシステムか」

「おう」

「って、おにいさんはなんで平然へいぜんとしてるんすか! こんなのたことないっスよ!」

開発かいはつはもう、随分ずいぶんまえわってるんだけど、世間せけん一般いっぱん流通りゅうつうさせるには、ちょいと面倒めんどうがあってなー。非公開ひこうかいだから、まあだまっててくれ」

諒解りょうかいっス」

 おれ場合ばあいは、開発かいはつされていて当然とうぜんだとおもっていただけだ。るのはもちろんはじめてである。

「へえ、ざっとかんじでもおもったが、随分ずいぶんうごけるようになったのか?」

「このあたりは、おれあそんだときのだ」

「おい、ネインのデータ寄越よこせよ」

「どうせおれがサボるからと、自動じどう送信そうしん設定せっていにしたのはおまえだろう。記録きろくサーバからデータをってこい」

「そういやそうだった」

 ぱたぱたとキーをいくつかてば、すぐに時間じかん同期どうきおこなわれたらしく、ボードはふたつになり、ちゅうった。さすがに速度そくど設定せっていは、おれたちがリアルタイムでかんじるよりも、おそい。

「あー、ネインはボードスペック八割はちわりまでせてるなあ」

残念ざんねんながら、まだおれ制御下せいぎょかれたとむねってはえん」

想定そうていされるスペックだと、もうちょい〝しん〟がはいるはずなんだけどなあ」

しん、ですか?」

模型もけいひとじゃちがう。どれほど精密せいみつつくってもな。でもそれはぎゃくに、ひとなら模型もけいおなうごきは可能かのうってことなんだよ。つってもまあ、おれらのう〝模型もけい〟なんてのは、電子でんしじょうげたものだから、しんせまってるんだけどな」

 しかしと、がらくたのやまけながら、珈琲コーヒー片手かたてあるきつつヒトシはう。

土屋つちや、なかなかやるなあ。相当そうとう練習れんしゅうしただろ、これ。バランサー開発かいはつのテスターくらいのうごきはできてるぜ。ネインもその一人ひとりだったが、こいつの場合ばあいからだ基本きほんができてたから、ちょっと特殊とくしゅなんだけど」

「ありがとうございます。でも、おにいさんにはとどかなかったんすよね」

「ボード使用しよう時間じかんそのものよりも、身体しんたい感覚かんかくそのもののおおきすぎるんだよ。ネインの場合ばあいからだをどううごかせば、どうこたえるのかを熟知じゅくちしてる。そのうえで、ボードの限界げんかい使つかかたふかってるから、発想はっそうかべば〝できる〟かいなかの判断はんだんもできるってわけ。わかるか?」

「はい。なんというか、把握はあく掌握しょうあく、というかんじですよね」

「そこらはむずかしいんだよ、なかなか。いわゆる制作せいさく理念りねんってもんにもつうじるし――あ、ここのバンクでそとながされてるだろ。土屋つちや立体りったい把握はあく苦手にがてだな。知覚ちかく範囲はんいせまいからか? まあしょうがねえんだけどな、ここら」

「というか、ヒトシさんはよくわかりますねー」

「ん――ボードにかんしては一通ひととおたずさわってるからな。おれけた最初さいしょのプロジェクトだったし。けたっつーか、げたんだけど。……ん、おう、ここまでれるならいいだろ。土屋つちや、ケイヴァからうちのにえろよ」

「へ?」

「そういうこともあるかと、そうおもってれてた」

「だろうよ」

「え、なに、どういうはなしっスか?」

受付うけつけいただろう、現行げんこうのプロジェクトそっちのけでボードの開発かいはつまわしたってな。こいつら技術屋ぎじゅつや連中れんちゅうは、仕事しごとよりもあそびのほうきだ。もちろん、工期こうきやらなにやらはまもるさ、制限せいげんがあればな」

「ま、そういうことだ。んで、ひとつの製品せいひん完成かんせいさせるだけで、わるようなおれらじゃない。試作型プロトタイプもあれば? ――副産物ふくさんぶつだってある」

「それって……!」

け、げはしない」

「あ、はい。どうもおにいさん」

「はは、反応はんのうじゃねえか」

「ところで、スペックのはなしやらなにやらをするまえに、ひとついいか?」

「なんだネイン。珈琲コーヒーあじについての文句もんくおれうなよ」

「――どうしてがらねこだったんだ?」

「あーそれ、うん、あたしもすげー疑問ぎもんだったんすけど」

「あれな。うちにいるガーガーっていう通称つうしょうおとこがいてな? 外部がいぶ装甲そうこうげはまかせたんだが、そいつにデザインも一任いちにんしたら、どういうわけか発注先はっちゅうさきねこきでなあ。付属品ふぞくひんとしてねこストラップやねこスタンプが十個じゅっこくらいついてきたんだけど、いるか? たぶんまだあるぞ、あれ」

「おまえ趣味しゅみじゃないようでなによりだ」

水着みずぎのねーちゃんがプリントされてなくてかったろ」

水着みずぎのすずがプリントされていたら面白おもしろそうだが?」

「ちょっ、あたしがいやっスよそれ! なんかせびらかしてるみたいじゃないすか!」

「そうじゃなかった事実じじつをありがたくみしめろ」

無茶むちゃうぜ……まあいい。んでな、土屋つちや

「あ、はい」

形状けいじょうはネインのってんのとおなじタイプだが、一回ひとまわちいさい。そのぶんかるい。最大さいだいちがいは――バランサーの反応はんのう速度そくどが、おそ設定せっていされてる」

「……速度そくどおそく? それはつまり、たとえば左右さゆうからの補正ほせいのタイミングがおくれるってことですよね?」

「すず、メリットはなんだ」

「え、っと……」

 ヒトシが説明せつめいをするまえに、おれさきくちしてかんがえさせる。その対応たいおうづいたヒトシは苦笑くしょうしつつも、ノートがた端末たんまつのキーをかるたたいた。

自分じぶんうごかせる範囲はんいひろくなるってことですよね」

「ヒトシ」

「おう。土屋つちや映像えいぞうてくれ。これはおまえおこなったスクリューだが、まあてのとおりだ。自分じぶんでやったんだから、わかるよな」

「はい」

 映像えいぞう一度いちどして、もう一度いちどうつせば、今度こんどせんえがかれた模型もけいっているボードが出現しゅつげんする。わかりやすい、図解ずかいりの説明せつめいだ。

「バランサーの速度そくどおそくなると、極論きょくろん、こういううごきができるようになる」

 左右さゆうからの補正ほせいがない、からだささえる速度そくどおそい――ということは、つまり、おれ極力きょくりょくボードにたいして直立ちょくりつたもつように行動こうどうし、それをズラすことでバランサーそのもののうごきを使つかうのとはちがって、それは。

 あしでボードをげても、安全装置あんぜんそうちさえはいらなければ、そのままだということで。

 立体映像ホログラフは、まるで背面はいめんびでバーをすような、背中せなからした姿勢しせいうごいていた。

「さすがに安全装置セイフティはいじれないから、あたま地面じめんにぶつかることはないけど、ボードだけをさきうごかせる範囲はんいひろいから、これだけちいさな範囲はんいでの回転かいてん可能かのうだ」

 本来ほんらいならば、ここまでボードを外側そとがわ、あるいはうえげてしまえば、バランサーが発動はつどうして直立ちょくりつへとさそうため、もっとおおきな曲線きょくせんえがくことになる。もちろん速度そくどっていなくてはならないし、最低限さいていげん技量ぎりょう必要ひつようになるが、身体しんたいへの負荷ふかがあるにしたって、たしかに可能かのうだ。

 わざ途中とちゅうでのキャンセルも、簡単かんたんになる。なるが、バランサーにたよったほうが〝はやい〟ことは明確めいかくだ。おれはそちらを重視じゅうししている。

「あのう、ひと質問しつもんがあります」

「いいぜ」

はじめておにいさんがせてくれたときみたいに、バランサーをって、あのときたしかバンクをやろうとしたら、失敗しっぱいしたんですよ。たぶんいまもできません」

「――ああ、そりゃ身体しんたいへの負荷ふかおおきいからだよ。一口ひとくちにバランサーってってるけどな、これ、風圧ふうあつ軽減けいげんなんかもふくまれてるんだ。遠心力えんしんりょく重力じゅうりょく、そういった加圧かあつそのものの発生はっせいたいしては、安全装置セイフティ敏感びんかんだ。バランサーなしでわざ使つかうってんなら、それこそからだをネインくらいはきたえてないとむずかしいよ」

「だから、バランサーをおそくしたんすか?」

「そういうことだ。つっても、バランサー内部ないぶにおける、言葉ことばどおりのバランス保持ほじ部分ぶぶんをってことだけどな。ちなみに、個人的こじんてきにいじれるバランサーの設定せっていなんてのは、こういう反応はんのう速度そくどじゃなく、対応たいおうそのものの部分ぶぶんになる――つってもまあ、わかりにくいかもしれんが」

「なんとなくは。おにいさんのはとにかく、拘束こうそくつよくて、これは拘束こうそくゆるいってかんじですよね」

「そうなるな。以前いぜん住所じゅうしょおくけてやるから、れよ土屋つちや料金りょうきん請求せいきゅうはルイにまわすから」

「ん? ああ、かまわんぞ。おんなへのプレゼントにこまるほど貧窮ひんきゅうしてはいないし、そのつもりでたからな」

「ありがとうございます、おにいさん!」

かまうな。処分しょぶんこまっていたボードを使つかってやるとっているんだ、なあ?」

おれ商人しょうにんじゃねえから、交渉こうしょう他所よそでやってくれ」

 といっても、おれのボードだとて、それほど法外ほうがい値段ねだんではなかったので、かまわないのだが。

 結局けっきょく、ボードの話題わだいだけで、昼食ちゅうしょくをはさんで午後ごごまでつづいた。すずとしては本業ほんぎょうなのだ、そのくらいの意気いきみがあったほうい。

 すずがたのしそうで、かった。

 それはきっと、おれ退屈たいくつではなかった証左しょうさなのだろう。


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