08/19/09:00――二人の距離

 今日きょうはヒトシからボードがとどいたと、あさからうれしそうなすずのこえいた。なのでおれとしては、様子見ようすみをしにってやろうかとおもいつつも、おちゃんでいる時間じかんである。もしかしたらすずはおれっているのかもしれないが、おんななんてのは、すこしくらいたせたほうがいい。というかおちゃみたいのだ、ゆるせ。

「おう、ルイ」

「どうしたけい

 自室じしつとびらけっぱなしにして、広間ひろま窓際まどぎわにておちゃ片手かたて休憩きゅうけいひざにはほんひろげられており、まあなんというか、リラックスタイムとういったところだったが、自室じしつからけいかおせた。かとおもえば、うで時計どけい一瞥いちべつして。

「なんかおまえ食後しょくごのティータイムがながくなってんなあ」

「どうした、部屋へやにストリッパーをんでいて、いつかえすかこまっているのなら、さきえ」

んでねえよ! つーかこのまちにストリッパーいねえからな!」

「そうだったな。だから安心あんしんしろ、おまえ誕生日バースデイにはちゃんとそとからんでやる。部屋へやはいってストリッパーがいたらたのしめ。そのあとに、おれへの感謝かんしゃわすれるなよ?」

「まるでおれたのんだみたいなながれができそうだから、絶対ぜったいにやめてくれ!」

危機きき管理かんり能力のうりょくたかくなったな……」

「ああ、ああそうだよ、ルイのおかげでなアリガトウゴザイマス!」

 まったくもうコイツは、なんていながら、ボードをしてから部屋へやとびらめた。

今日きょうもか?」

「おう。用事ようじがあるってってた津乗つのり確認かくにんしたら、今日きょう運動場うんどうじょういてるってことで、おれらが使つかうことにした。風祭かざまつりさそっておいたし、あとはルイだけ。今日きょうはどうすんだ?」

「おまえたちとざってもなあ……」

実力じつりょくらずで相手あいてにもならんくてわるかったなあ!」

自覚じかくできているようでなにより――ん?」

「どうした?」

天来てんらいんでいる」

 ややめたおちゃ一気いっきしたおれは、ほん湯呑ゆのみ椅子いすいて、そのまま階下かいかくと、うしろからけいもついてきた。

「どうした?」

「あ、不知火しらぬいくん。おきゃくさんがそとってますよー」

「ほう、そうか」

 リビングをれば、ボードをかべてかけた状態じょうたいでカゴメもやすんでいた。けいかるげれば、そろそろくかとこしげようとする頃合ころあいだ。

 まあいいとおもっておれそとると、わかおとこっていた。っているかおだ――なにしろ、インストラクターをやったときてやった一人ひとりだから、わすれてはいない。

「あ、ルイさん。おはようございます!」

「ああ」

 周囲しゅういれば、ほかにも三人さんにんおとこがばらばらにいたが。

「おい――整列せいれつ!」

 こえをかければ、四人よにんそろっておれまえならんだかとおもえば、うしろにまわして。

「バランサーなしでもうごけるようになりました! またルイさんにご指導しどういただきたく、そろってまいりました! いかがでしょうか!」

「ほう」

 なるほどなとうなずいたおれ玄関げんかんとびらめて、一息ひといき

両手りょうてうしろでむな! こぶしにしてひじるよう、ケツのうえそろえろ!」

「はい!」

 四人よにんか。のこ二人ふたりなにかしらの事情じじょうがあって――なのだろうが。

貴様きさまらはマゾか?」

 ゆっくりとあるきながら、おれのぞむようにして、一人ひとりずつかおをじっくりてやる。

「もう駄目だめだ、うごけない、つかれた、そんな言葉ことばくちにしてわったおれ指導しどうを、またけたいだと? とんだ悪趣味あくしゅみだな貴様きさまらは!」

 まり、全員ぜんいんえる位置いちにまでいてから、うでむ。

「だがおれひまではない! 貴様きさまらの面倒めんどうるくらいなら、酒場さかばにいるおんな無駄むだだとわかっていても口説くどいていたほうがよっぽどマシだ! どういう意味いみかわかるか? それだけ貴様きさまらの技術ぎじゅつ未熟みじゅくであり、おれ満足まんぞくさせるにはほどとおく、優先ゆうせん順位じゅんいひくいままだということだ! ――しかし」

 そこでまた、一息ひといきらすようないてやる。

「こうして根性こんじょうせる貴様きさまらの心意気こころいきってやる。すこて――おい! けいとカゴメ! 外出がいしゅつ準備じゅんびととのったのなら、てきたらどうだ!」

 と、りょう内部ないぶってやると、しばらくして二人ふたりかおせたので、おれひとうなずいた。

「いいか間抜まぬけけども! ここにいる二人ふたりは、ボードのあつかいが下手へたくそだ! それでもひよっこの貴様きさまらよりも上手じょうず下手へたくそである!」

ひどわれようだぜ……」

「なにか文句もんくがあるのかけい!」

「ねえよ」

「だったらぶつくさと愚痴ぐちうな馬鹿者ばかもの! 貴様きさまはいつから天来てんらいになった⁉」

 りょうなかからへんこえこえたが、当然とうぜんのように無視むしである。

いまからこの二人ふたりがボードの練習れんしゅうに、学校がっこうへとかける! クソッタレなくせ手配てはいだけは上手うまいこいつらは、学校がっこう運動場うんどうじょうった! 貴様きさまらはそれに参加さんかさせてやる! そのうえで、この下手へたくそ連中れんちゅうからはまなぶことはもうないと、勝負しょうぶをしたところでちはるがないと、それを証明しょうめいしたのならば、おれ面倒めんどうてやろう! 文句もんくはあるか⁉」

「ありません!」

「よし。ではここでふたつ、貴様きさまらにつたえておくことがある! ひとつ! 学校がっこうにはおれいもおおい! ここにいる下手へたくそもそうだ! 迷惑めいわくをかけるな、問題もんだいこすな、そこは徹底てっていしろ! 貴様きさま間抜まぬけがひとつでも問題もんだいこすようならば、おれ権限けんげん貴様きさまらは一年間いちねんかん、この土地とちることをきんずる! ――冗談じょうだんだとおもったのならばやってみろ! ふたつ! たおれるまでやるのはかまわんが、医者いしゃ必要ひつようになることはけろ! 適度てきど水分すいぶん栄養えいよう補給ほきゅうしつつ、万全ばんぜんしておこなえ! ――理解りかいできたか間抜まぬけども!」

「はい!」

「だったら課題かだいふたす! ひとつ! ボードにはってるものだ! つねに、自分じぶんがボードにっていることを意識いしきしろ! ふたつ! ボードは地面じめんからくものだ! つまり地面じめん認識にんしきしている! ――いいか間抜まぬけども! そんな至極しごく当然とうぜんのことも理解りかいできてないから、貴様きさまらは間抜まぬけなままだ! よくよくかんがえてやれ!」

「はい!」

「よし。……ということだ、けいたのむ」

「ちゃんと校長こうちょうとかにっとけよ?」

「ああ」

 そのくらいはすぐむとおもいながら、ポケットにれていた財布さいふから二万円にまんえんして、けいわたした。

「なんだよこれ」

全員分ぜんいんぶんもの、それと手軽てがるべられるものを、ついでにってけ。午後ごごもやるようなら、そのとき追加ついかするくらいの分量ぶんりょうでな。あまったら昼飯ひるめしにでも使つかえばいい――おい間抜まぬけども! まさか荷物にもつちもできない、なんてクソッタレなことはわんだろうな⁉」

問題もんだいありません、そのくらいはやります! ご厚意こうい、ありがとうございます!」

「うむ。――カゴメ」

「なんだ? 元気げんきがあっていとおもっていたところだぞ、わたしは」

あつかいくらいできるんだろうな?」

「これでも部下ぶかっていたんだ、大丈夫だいじょうぶだろう」

あそびながらでいい、適当てきとうていてくれ。時間じかんいたらおれかうが、おそらくは午後ごごになるだろう」

諒解りょうかいした。――よし貴様きさまら、移動いどう開始かいしするぞ! わたしはカゴメだ、おぼえておけ! けい、どうした先導せんどうしろ!」

「へいへい……おぼえてろ、ルイ」

「ふん、報酬ほうしゅうはずんでやる」

 見送みおくるまでもないと、おれりょうなかもどってすぐ、校長こうちょう連絡れんらくれておく。金代かなしろ学校がっこうているようなので、おれ責任せきにんるむねを一緒いっしょつたえておいた。

元気げんきですねえ」

「――なんだ」

 天来てんらいがおちゃをテーブルにいたので、おれはそれをにする。さすがに椅子いすすわるほど、時間じかん余裕よゆうはなさそうだ。

自分じぶん年齢ねんれい確認かくにんして憂鬱ゆううつになったか? まだざれる年齢ねんれいだろうが」

士官しかん学校がっこう時代じだいおもしそうでいやですよう」

「ふん。ひとつのものに熱中ねっちゅうできる時期じきというのは、大切たいせつだ。それは無駄むだにならんし、おれ無駄むだにはさせん。そうした物事ものごと要領ようりょうというやつをおぼえれば、かならずほかのなにかにつながる。つながらずとも、おもになればそれでいい」

「そうですねえ。つらおもだって、なにくそと、えられるちからがつきますし」


 そうだ。

 こころが――れなければ、だが。


面倒見めんどうみがいいですね、不知火しらぬいくんは」

おれおなみちあゆんでしいとおもったことはないからな。さて、おれかけよう。まさか貴様きさま夏休なつやすみの宿題しゅくだいわったのか、なんて母親ははおやみたいなことはわんだろうな?」

一応いちおう寮母りょうぼですけど、母親ははおやってえるほどの年齢ねんれいじゃないですよー」

「ははは、――面白おもしろ冗談じょうだんだ」

「……あのう、冗談じょうだんじゃないんですけど」

こえんな。すまんが、おれのぶんの昼食ちゅうしょくもいらない。あの二人ふたりも、おそらくそうなるだろう。今日きょう一人ひとりでもそもそとべろ」

「そういうときわたしだってそとべますから!」

「そうか、腹回はらまわりにはけるんだな」

 たまには、こういうがあってもいかとおもいつつ、一度いちど部屋へやもどってかたづけをませたあと、ボードをにしておれ外出がいしゅつした。時刻じこくれば、いつのにか一○○○ヒトマルマルマルだ、丁度ちょうどいくらいだろう。

 いそぐこともなかったので、のんびりとあるいてまちまでき、土屋つちやボードてんぐちをくぐる。

「き――、……そういえばりんるとかっていたな」

「あ、おにいさん! いらっしゃい」

「おいすず、おれのことをあの間抜まぬけどもにったのは貴様きさまだろう?」

「あー、あはは、やっぱりそちらにきましたか?」

「さっき襲撃しゅうげきがあって、仕方しかたないのでカゴメとけいたのんでれてかせた」

「そうだったんですね。うちでボードってくれましたし、またおにいさんにおしえてしいってことを、毎日まいにちのようにわれてたので、こっちもれまして」

「まあいい、不満ふまんがあるわけではない。新規しんき購入こうにゅう四名よんめいか? もうけになったんだろうな」

「いえいえ、学生がくせい割引わりびきふくめて、とんとんですよ。一応いちおう、ボードの市外しがいはこ禁止きんしってことで、うちでの保管料ほかんりょうでちょっと黒字くろじってところですか。整備せいび手間てまふくめてってことなんで、人件費じんけんひ――この場合ばあいはあたしの労力ろうりょくかんがえると、やっぱり、とんとんです」

 さすがにかね計算けいさん手早てばやいな。商売人しょうばいにんならば、採算さいさんつねかんがえるのは当然とうぜんか。

「それで、ヒトシからボードがとどいたそうだな?」

「そうです! これ、これなんですけど!」

「ほう」

「はい」

「……ねこだな」

ねこっス」

 おれのはおおきな肉球にくきゅう上下じょうげについていたが、すずのものは黒色くろいろ肉球にくきゅうがスタンプのように、大小だいしょうふくめて二十個にじゅっこほどか、ぽんぽんとついている。になって裏側うらがわれば、灰色はいいろっぽいがらねこが、両手りょうてまえすようにしてびをしている姿すがたえがかれていた。

「すず」

「はい……」

おれ水着姿みずぎすたがじゃなかっただけ、かったとおもえ」

「……そうですね。ええ、まあ、あたしもねこきらいじゃないんで、いいんですけど、一緒いっしょとどいたストラップとか、いります?」

「いらん!」

「ですよねー」

 在庫ざいこがあるとかってたが、一緒いっしょおくけたのか、あの野郎やろう

試乗しじょうは?」

「これからっス。おにいさん、ってくれますか?」

「ああ、かまわん。おな制作せいさくラインで、べつ設定せっていだ。多少たしょうのアドバイスは可能かのうだろう」

「おねがいします」

 以前いぜん同様どうように、おれたちはそろってりょう方向ほうこうへ。どこか、そわそわとしながらも、すずはボードにってから、スイッチをれた。

「お、おお、おおお……!」

 直立ちょくりつしたまま、ふらふらとうご様子ようすれば、おもわずささえてやりたくなるが、それこそがバランサーとばれるものの役目やくめである。

反応はんのうが、ちょっと、おそい……?」

さき加速かそくれるな。まずは姿勢しせいえて体重たいじゅう移動いどうおこない、ややおそれてみろ。バランサーの反応はんのうおそいから急加速きゅうかそくはコツをつかむのに時間じかんはかかるがな」

「おおー! ちょっとんできます!」

ってこい」

 あたらしいおもちゃというのは、だれにとってもたのしいものだ。それを邪魔じゃましたり、みずをかけるほど、おれ無粋ぶすいではない。

 なんだかんだで、おれわざせていたし、技量ぎりょうがっていたすずは、りこなし自体じたい不備ふびはない。ないが。

「すず、最初さいしょはバンクもおおきく距離きょりれ。けいちいさくすると、コツをつかみにくい」

「はいっス! まずはケイヴァのくせきですね!」

 そういえば、ケイヴァの製品せいひん使つかっていたんだっけな。

 自分じぶんかんがえることをおぼえれば、おれのアドバイスにたいして、それがどういう意味いみつのかをかんがえるようになる。すずにはそれをおしえていないが、自然しぜんおこなっていて、おれとしてはがかからなくてい。うなれば、一言ひとことじゅう理解りかいする、というやつだ。

 しばらく様子ようすていたが、おれ時間じかん一度いちどまちくと、学校がっこうへの配達はいたつっているみせで、昼食ちゅうしょく手配てはいしておく。ああはったが、たぶんあそびに夢中むちゅうで、ひるまちればいい、なんて気楽きらくかんがえているとおもっての判断はんだんだ。部外者ぶがいしゃって、またもどってくるというのは、学校側がっこうがわとしても遠慮えんりょしたいながれだろう。

 もどれば、練習れんしゅうはじめてだいたい一時間いちじかんくらいは経過けいかしたのだろう。時刻じこく一一三○ヒトヒトサンマルまわったころで、すずも一段落いちだんらくついた。

「どうだ、コツはつかめたか」

「まだなんとなくですねー。そろそろ学校がっこうきますか?」

「ああ、そうしよう。用事ようじがあるとはっておいたが、さすがにあの間抜まぬけどもを放置ほうちしておくことはできん」

「あはは」

 わらいごとではないんだがなと、ボードで町中まちなか移動いどうして、学校がっこうまえりる。基本的きほんてきに、学校がっこう敷地内しきちないでは禁止きんしになっているからだ。

 そのまま運動場うんどうじょうけば、フラッグがいくつもてられており、まだ練習中れんしゅうちゅうだった。ちなみに砂浜すなはま使つかったのとおなじものだが、めるのではなくてるため、やや重量じゅうりょうがあるものだ。

「あ――ルイさん! すずさん! おつかれさまです!」

 一人ひとりづいてこえげると、あちこちから挨拶あいさつげられる。おれ片手かたてかるげ、つづけるように指示しじをした。普段ふだんから校庭こうていにある仮設かせつテントへけば、金代かなしろまらなそうに煙草たばこっている。

「――金代かなしろ、ご苦労くろうだったな。もういいぞ」

「うるせえ馬鹿ばか。おまえ教師きょうしじゃないだろうが……」

責任せきにんおれつと連絡れんらくしただろう。昼飯ひるめし手配てはいもしたから、一緒いっしょってかまわんぞ」

「ふん」

 どちらでもかまわないがと苦笑くしょうすれば、けいとカゴメがこちらへた。

「よう、なんだたのかよ」

「さすがに放置ほうちはできんだろう? 予定よていげてたのだ。ありがたくおもえ」

「それは連中れんちゅうったらどうだ。しかしルイ、貴様きさま、よく連中れんちゅうしつけてあるな。年齢ねんれいあきらかにわたしたちのほうしただというのに、丁寧ていねい態度たいどくずそうとせん」

ほおたたいたおぼえも、しりったおぼえもないんだがな……」

「それいたんだけど、なんかこわがってたぜ? 文句もんくひとえないってさ」

「……そうなのか?」

「あ、それあたしもいたっス。おにいさんは態度たいどこわいし、指導しどうこわい。でも間違まちがってないし、それをおぼえてもとどかないから、すごいって」

「ふん。フラッグは十本じゅっぽん最初さいしょがスクリュー、左右さゆうのバンクが二度にど、それからシザースをはさんで最後さいごにもスクリューか」

「おう。スペースがあるから、それにかぎらず練習れんしゅうできるしな。つっても、あいつらすげーよ。熱意ねついっていうのか? すぐ背中せなかにまでいついててるかんじがするぜ。成功率せいこうりつひくいけどな」

「それでも、たまに成功せいこうはする、と?」

「そんくらいだ。なあ風祭かざまつり

「ああ、わたしもそうている。っておくが、わたし六割ろくわり成功せいこうするぞ」

めてしいなら完全かんぜんにモノにしてから馬鹿ばか

「なんだと⁉ だいたい貴様きさまになんぞめてもらいたくない!」

「だったらえらそうにうな。それともなにか、四割よんわり失敗しっぱいするんだとんでいるのか? ならば、いやいや仕方しかたないが、けいがベッドのうえなぐさめてくれることだろう」

「なんでおれが⁉」

貴様きさまなんかきらいだ!」

「もうきたな……」

 相手あいてにしているのも面倒めんどうだ。

 くるま裏口側うらぐちがわ、つまり校庭こうていめんした駐車場ちゅうしゃじょうおとさっしたおれは、テントからややはなれて、こえげた。

「よーし、集合しゅうごうしろ!」

 こえ反応はんのうして、あちこちからあつまってくる。四人よにんはやかったし、津乗つのりふくめたほかの生徒せいとたちも三人さんにんほどいて、どうすべきかまよったけれど、おれまえならんだ。

「ふん」

 おれは、全員ぜんいんにらみつけるようにして、かおる。

「――貴様きさまら、それで一人前いちにんまえにでもなったつもりか?」

 ゆっくりと、まえあるきながら、呼吸こきゅうととの時間じかんつくるつもりで、う。

「バンクはどうにかできるが、スクリューはいまだに成功率せいこうりつひくい? おれわせれば当然とうぜんのことだ。貴様きさま未熟者みじゅくものがない知恵ちえしぼったところで、まえにぽつんとちている正解せいかいすらひろうことができないなんぞ、最初さいしょからおれっている。何故なぜなら、貴様きさまらが間抜まぬけだからだ」

 ちらりと時計とけい一瞥いちべつすれば、一一四五ヒトヒトヨンゴー午前中ごぜんちゅうはここらでわりだろう。

「よく間抜まぬけども! 貴様きさまらはようやく加速かそくおぼえ、バランス感覚かんかくをどうにかつかんだところで、イノシシ同然どうぜんのクソ間抜まぬけだ! まえすすむばかりでちっともあたま使つかおうとせん! いいか! 貴様きさまらが間抜まぬけなのは、ボードの基本きほん機能きのうである〝減速げんそく〟が使つかえないからだ! はしるだけはしって、まるまでつような初心者しょしんしゃ卒業そつぎょうしたんじゃなかったのか⁉」

 うでおおげさにみ、あしめ、左右さゆうへとかおうごかすようにして、全員ぜんいん確認かくにん。そろそろ呼吸こきゅういたか。

「いつまでおれかすんだ貴様きさまらは! そんなだから、いやいや仕方しかたないが、こうしておれがやってて、午後ごごからも指導しどうせねばならん! おれ苦労くろうひとつでもらそうとおもうのならば、もうすこあたま使つかってかんがえろ! 午後ごごからは減速げんそくおしえてやる! それがなんであるか、めしでもいながらかんがえ、あとで実践じっせんしろ! ――めし手配てはいはしておいた、各自かくじりにけ! 一人ひとりにつきふたつはってかまわん! 午後ごごからのことをかんがえ、エネルギーは充分じゅうぶん補給ほきゅうしておけよ! わかったのならば行動こうどうだ! 学校がっこう敷地内しきちないからず、いてやすめ! 以上いじょうだ――わかれ!」

 駐車場ちゅうしゃじょうからはこぼうとしている人物じんぶつし、そちらへかうよう誘導ゆうどうしてやる。おれ指導しどう成果せいか、というわけでもなさそうだが、外部がいぶ四人よにんは、全部ぜんぶ食料しょくりょうをこちらの仮説かせつテントへはこぼうとしていた。まあいことだろう。

「さて」

「あ、おにいさん、あたしも」

「ああ」

 荷運にはこびを確認かくにんしてから、おれとすずはそろってスタート位置いちき、横並よこならびの状態じょうたいでスタートした。わざ使つかわずにのんびり並走へいそうしつつ、フラッグを順番じゅんばんれていく。

午後ごごからどうするんすか?」

「フラッグの位置いちえて、加速かそく減速げんそく使つかわせ、最終的さいしゅうてきにはヘキサをおしえる」

「なるほど、かんがえてますね、おにいさん」

「その苦労くろうせないのが教官きょうかんというやつだ。えらそうな態度たいどわんとおもってくれたほうがいい」

「そんなもんですか……」

以前いぜんっただろう。いやだ、もうめる――そういだすのをたのしみにっている」

「おにいさんって、Sですよね、ってましたけど」

ってろ。そっちはもうれたのか?」

「そこそこっスね」

 最後さいしゅうのフラッグをければ、おれたちは左右さゆうわかれてグラウンドの外周がいしゅうまわり、ふたたびスタート地点ちてん合流ごうりゅうする。

かるながすぞ」

「はあい」

 位置いち確認かくにんわれば、おれたちはぶ。基本的きほんてきに、スクリューからのバンクは、すずを外側そとがわかんじでうごかせば、速度そくどがほぼおなじならば並走へいそうするかたちで、すずは無理むりをせずともうごきにシンクロできる。ちなみに、技量ぎりょうのないやつがこれをやると、はじかれるようにしてころび、しりからちるはずだ。

「うーん」

 シザースにはいれば、すずがくびかしげた。

「どうした」

「なんというか、やっぱりちょっと〝おそい〟ってかんじがしますね」

「そのぶん、負担ふたんっているだろう?」

「――あ、そういえば、からだつかれというか、いたみというか、そういうのはないです」

「それも安全面あんぜんめんでの考慮こうりょだ。ヒトシもかんがえているだろう――さて、昼飯ひるめしにするか」

「そうっスね」

 そのまま天幕てんまくちかくまでき、スイッチをってボードからりれば、あきれたようなかおけいっていた。

「なんだ?」

「おまえらさ、なんなんだ? あんな自然しぜん並走へいそうとか、ありえねえだろ。なんではじかれねえんだ?」

「あ、それはあれですよ、あたしがおにいさんのこときだからっス」

「だ、そうだが?」

関係かんけいあんのかよ、それ……」

したすずにけ。実際じっさいには、ゆだねることをおぼえれば、そうむずかしいことじゃない。おれ気遣きづかいだ」

「あ、そんなかんじっス。あたしはゆだねてるだけなんで。でもきですよ?」

「そうか」


 ――と、おれこたえてやるしかない。


 本気ほんきだろうが冗談じょうだんだろうが、おれ以上いじょうもとめられてもこまる。


 こたえられるわけがない。


「まあいい。津乗つのりふくめて、けいもカゴメも、午後ごごからはおれてやる。覚悟かくごだけはしておくんだな」

「へいへい」

「ふん、期待きたいはしないでおく」

 もっとも、これ以上いじょうえるようなら、さすがのおれ面倒めんどうになるが――ま、そうなったら、そのときかんがえればいか。

 たのしみの時間じかんみずびせるほど、おれきびしくはない。何故なぜならば、これは生死せいし連中れんちゅうへの指導しどうではないのだ。たのしむことが第一だいいちである。

 といっても、おれわせれば、こいつらはたのしむまでにいたみちを、いままさにすすんでいる最中さいしゅうなのだが。


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