土ノ章

08/11/10:00――浜辺での指導

 インストラクターをやってみないか、とすずから打診だしんされたおれが、最初さいしょことわろうとおもっていたのだが、くわしく事情じじょうけば、どうやら人手ひとでりないらしい。夏休なつやすみということもあって、まちそとからボード目当めあてでやってくる人間にんげんが、その十人じゅうにん一人ひとりでも十分じゅうぶんだろうとおもっていたら、経験者けいけんしゃ六人ろくにん初心者しょしんしゃ四人よにんとのことで、さすがに一緒いっしょにはできず、できればすずは初心者しょしんしゃおしえたいとのことで、まあいいだろうとおれすことにした。

 いざ当日とうじつになってみれば、快晴かいせい夏日なつびひろ場所ばしょ比較的ひかくてき安全あんぜん海辺うみべ砂浜すなはまでやることになったのだが、おれまえならんだ六人ろくにんはどうてもガキ――いや、これでも大学生だいがくせいくらいの年齢ねんれいなので、ガキということはないけれど、しかし、おれからればどいつもこいつもしりあおいガキにしかえなかった。

 しかし、しかしだ。一時期いちじき古巣ふるすもどされて訓練くんれん教官きょうかんをやっていたおれだ、この程度ていど若造わかぞう相手あいてひるみなどしない。

六人ろくにん全員ぜんいんそろっているようなので、はじめよう。本日ほんじつ貴様きさまらにボードのなんたるかをおしえるルイだ。きにんでかまわん。だが貴様きさまらにとっておれ情報じょうほうなんぞ、必要ひつようないだろう。必要ひつようなのはボードのあつかかただ。いいか、まずは貴様きさまらが経験者けいけんしゃだとむねって証拠しょうこせてもらおう!」

 うでんだまま、おれ背後はいごあごしめす。

「あちらにフラッグがひとつある! 今日きょう、あちらには四名よんめい初心者しょしんしゃがいるわけだが、貴様きさま経験者けいけんしゃが、ボードがどんなものかを、まずせてやれ! 直線ちょくせんのスピード勝負しょうぶだ、いちキロほどの距離きょりはあるが、たったそれだけでしかない! わかったら、とっとと一定いってい間隔かんかくをあけてならべ!」

 やや高圧的こうあつてき物言ものいいは理解りかいしているし、だらだらとうごくのも、わかる。なにしろ、あちらかられば、インストラクターとおもわし相手あいてがガキなのだ、本当ほんとうにこいつがおしえられるのかと、疑問ぎもんおもうだろう。

 だから――おれは、海側うみがわ位置いちして、ボードにった。

合図あいずおれす、スイッチをれろ! 貴様きさまらには三秒さんびょうのハンデをくれてやる! おれよりはやくゴールにたどりいたやつは、もうおれおしえることはない! 準備じゅんびはいいな⁉ では――ゲットレディ、GO!」

 三秒さんびょう

 ここで五秒ごびょうわなかったのは、さすがに初見しょけんではなにもわからず、おくれを可能性かのうせいがあったからだが、三秒後さんびょうご加速かそくしたおれは、五秒ごびょうでも十分じゅうぶんったことをった。

「――貴様きさまらそれでも経験者けいけんしゃか! ドンがめでも、もっとマシなうごきをするぞ!」

 スリップストリームにはいらずとも、スタート十秒じゅうびょう一気いっき先頭せんとうおどおれは、きながら六人ろくにんかおつつ、スクリューの大回転だいかいてん反対側はんたいがわにまで移動いどうする。

「どうした間抜まぬけども! まえおれけもしないのか! こっちはあそ余裕よゆうもあるぞ! くやしかったらいてみろ! 経験者けいけんしゃったのはくちだけか!」

 さらにスクリューでもと位置いちもどり、トップ通過つうか。そのまま上空じょうくうへの大回転だいかいてんをしつつ、かれらの着順ちゃくじゅん確認かくにんしながら停止ていし。ぱちぱちと拍手はくしゅをする、すずたちへかるげておいた。

 ぞろぞろと、六人ろくにんもどってくる。

おそい! おそすぎる! 貴様きさまらがりこなしたいとうたからおれがここにいるんじゃないのか⁉ おしえてしいなら、移動いどう迅速じんそくおこなえ! 時間じかん有限ゆうげんだ! もう無理むりだと弱音よわねいて、ついてけないとあきらめ、いますぐやめたいのなら、自分じぶん軟弱なんじゃくものですとプラカードをつけてから、とっととおれまえからえろ! そうじゃないなら、ボードのなんたるかをおしえてやる!」

 さすがにあしなかったのが証明しょうめいされたからか、文句もんくはなかった。ないが、くやしそうな表情ひょうじょうや、好戦的こうせんてきにらみもはいってきた。だが、それでいい。それは意欲いよくにつながるからだ。

「どうして貴様きさまらがおそいのか? それは貴様きさまらがあたまなかなにかんがえていないからだ! いいか! 貴様きさまらのなかに、スタート直後ちょくご三十さんじゅうキロまでせないやつはいるか⁉」

 一拍いっぱくけば、否定ひていはない。

「そうだ、そのくらいの芸当げいとう経験者けいけんしゃだとうからには、できるはずだ! だが! だったらどうして、貴様きさまらは三十さんじゅうキロから六十ろくじゅうキロの加速かそくができない⁉ まずはそこからだ! いまのように直線ちょくせん移動いどうし、往復おうふく五度ごどしろ! そしてためせ! どうやればいい、どうすればいい、そうやってかんがえてかんがえて、おもいついたことをかたぱしからためしてコツをつかめ! そうじゃなきゃおれくなんて真似まねぬまでできん! ――よし、はじめろ!」

 と、いはしたが、すぐにはできんだろう――とおもっていたら、たりだった。まったく間抜まぬけばかりだ。

 うでんでていたが、錯誤さくご範囲はんいせますぎる。なので、五本ごほんえてから、もう一度いちど全員ぜんいんあつめた。

「なんだ貴様きさまら、あたまなかはやくなれとおもっていれば、念力ねんりき速度そくどると勘違かんちがいしているんじゃないだろうな。まったく、いやいや仕方しかたないが、やさしいおれ貴様きさま間抜まぬけにアドバイスをしてやろう。短距離走たんきょりそう陸上りくじょう選手せんしゅがスタート足元あしもとにブロックをいて、それを使つかっているだろう。どうしてかわかるか? ――そこのにくたらしいかおをしている貴様きさまこたえてみろ!」

「そりゃ……両足りょうあしるためだ」

「そのとおりだ! わかっているのならば、どうしてそこを発想はっそうしない? いま貴様きさまらは、足場あしばもない状態じょうたいで、空気くうき一生懸命いっしょうけんめいっているだけの間抜まぬけにぎん! 加速かそくをしたいのなら、ブロックをつくってらなければまえへはすすまん! それがわかったのなら、どうやればブロックをつくれるのかかんがえながらためせ! 間抜まぬけとわれたくなければ成果せいかせろ! かかれ!」

 さあて、ここでつまずくようなら、おれ対応たいおうえなくてはならんが……しばらくやらせてからの判断はんだんだな。可能かのうなら、ひるまでにスプリントの技術ぎじゅつくらいはおしえてやりたい。とはいえ二時間にじかんだ、これはさすがにみじかいか……。

 うでみながらていたが、おとこ一人ひとりしりからちるようにしてころんだ。

遠藤えんどう!」

 おれは、こえげる。

「それでいい! つぎはタイミングをわせてからだせろ! 両手りょうてでボードにさわるくらいだ!」

 おこられるかとおもって、あわてて姿勢しせいもどした遠藤えんどうは、おれほうちいさくうなずき、はしす。そうだ、いつもの姿勢しせいのままではころぶ。急加速きゅうかそく風圧ふうあつからだのバランスがくずれ、バランサーが作動さどうして速度そくどとしてしまうから、安定あんてい瞬間的しゅんかんてきえるのだ。

 二度にど三度目さんどめ成功せいこうして、四度目よんどめ失敗しっぱいしなかったので、おれまねいてんだ。

「コツはつかんだようだな」

「は、はい、なんとか……」

急加速きゅうかそく疲労ひろうもするが、必須ひっす技能ぎのうだ。いまから貴様きさまは、反復はんぷく練習れんしゅうをしつつも、ほかの連中れんちゅうつかんだコツをおしえてやれ」

「……」

「どうした?」

おれよりも、ルイさんはおしえないんですか」

おれおしえるのと、おな立場たちばにある貴様きさまおしえるのとでは、結果けっかわる。おしえをけてできるのは当然とうぜんだ。だが、自分じぶんたちでかんがえてできた結果けっかは、裏切うらぎることがない。こんなことは貴様きさまかんがえずともいことだ。おまえおしえて、おな立場たちばまでってやれ!」

「はい!」

 教官きょうかんなんぞ悪役あくやくでいい。あいつはえらそうな態度たいどだけでやくたないとわれるくらいがちょうどいのである。

 一時間いちじかんもすれば、全員ぜんいん加速かそくができるようになった。おれはその時点じてん全員ぜんいんあつめ、みずのボトルをわたしてから、ふんとはならす。

くちだけの経験者けいけんしゃが、ようやく名実めいじつともに経験者けいけんしゃになったようだな。いいか、よくおぼえておけ。ボードとは、加速かそく減速げんそくしかできないものだ。そういうふうにできている。基本きほんさえきっちりできれば、応用おうようもできるからな」

「ルイさんがやった、あの、回転かいてんとかもっスか」

「そうだ、あれも応用おうようだ。だが貴様きさまらにはまだはやい。まずは直線ちょくせん勝負しょうぶ、いわゆるスプリントとばれる勝負しょうぶのテクニックをおしえてやろう。最初さいしょ貴様きさまらをならばせてはしらせたとき貴様きさまらがやったのは、ただただ速度そくど維持いじするだけのことだ。いわゆる巡航じゅんこう速度そくどまもうごきだな。ボードの巡航じゅんこう速度そくど五十ごじゅうさだめられている。加速かそくれるからこそ、一時的いちじてきにそれをえることもできるが、あくまでも一時的いちじてきなものだ。だとして? だったら、どうすれば勝敗しょうはいがつく? それを貴様きさまらに体験たいけんさせてやる。休憩きゅうけいわったやつ、一人ひとりずつい! ほかの連中れんちゅうもきっちりておけ! きはおれうしろについて、あっさりいてやる! かれないよう努力どりょくしろ! かえりはおれまえについて、貴様きさまらを翻弄ほんろうするから、いてみせろ!」

 ようやく、スプリントの基本きほんおしえることができる。これは以前いぜん、すずにもせておしえたものだ。うしろではスリップストリームを有効ゆうこう利用りようし、まえではシザースでうごきながら、相手あいて加速かそくわせて、まえつづける。

 六人ろくにん全員ぜんいんが、やはり、おれうごきには対応たいおうできなかった。初見しょけん対応たいおうされたら、それはそれでおれおしえることがなくなるが。

「ようやく経験者けいけんしゃになった貴様きさまらが、どれだけへたくそか理解りかいできたら、適当てきとう二人ふたり一組ひとくみになって練習れんしゅうしろ! どうやればできるか、どうすればけるか、りないあたま使つかってせいぜいかんがえてやれ! 適当てきとうなタイミングで、ペアになる相手あいて交換こうかんするのもわすれるな! わかったらはじめろ!」

 それぞれがはない、ペアになって練習れんしゅうはじめた。おたがいにはない、ああでもないこうでもないと、試行しこう錯誤さくごかえ様子ようすは、最初さいしょときよりずっとマシだ。これならば、そこそこ上達じょうたつはするだろう。おれ気楽きらくにやれる。みずめるしな。

 さてと。

 成果せいかがどうであれ、時間じかん時間じかんだと、おれ集合しゅうごうをかけた。

現在げんざい時刻じこく一一五○ヒトヒトゴーマル! これより一三三○ヒトサンサンマルまでは昼休ひるやすみとする! つらくてもうできない腑抜ふぬけ、ママのおっぱいがこいしいガキ、事情じじょうがあるやつらはかえってもかまわんぞ! では解散かいさん! ゆっくりやすめ!」

 ばらばらとボードをりてっていく連中れんちゅう見送みおくり、スーツ姿すがたおれはぐるりと周囲しゅうい見渡みわたし、すぐにすずを発見はっけんした。どうやら、あちらも一段落いちだんらくして昼休憩ひるきゅうけいはいったらしい。とく問題もんだいはなさそうなので、まあいいだろう。

 肘置ひじおきにしていたボードをろし、両足りょうあしそろえてる。ひとおおくは露店ろてん――うみいえというらしい――へとかっているので、こちらがわすくなく、勝手かって移動いどうができる。どうやらおれていたガキどもも、すで食料しょくりょう用意よういしておいたのか、それとも手早てばやってきたのか、防波堤ぼうはてい付近ふきんかたまって歓談かんだんしながらの食事しょくじをしていた。

 おれは、基本的きほんてきにはすずが使つかよう天幕てんまくまで移動いどうし、よこいてあったポールを、とりあえず四本よんほんわきかかえて、砂浜すなはまへの配置はいちはじめた。適当てきとう間隔かんかく設置せっちするが、やわらかいタイプで、れるとれるようなうごきをしてもとにもどる。障害物しょうがいぶつとしては、怪我けがもしにくいもので、練習れんしゅうにはもってこいだろう。

 のこ四本よんほんにしながら、おれはシャツのむねポケットにはいっている固形食こけいしょくし、もそもそとべる。栄養えいよう補給ほきゅうはこれがらくだが、たよりすぎるといけないので、まあ夕食ゆうしょくりょうべるからいいだろうと、そうおもう。

「おつかれっス、おにいさん」

「ああ」

 みずわたされたのでり、水着みずぎにパーカーを羽織はおったすずと、ならぶようにしてはしる。まあたぶん、おれおなじく、配置はいちしたフラッグの位置いち記憶きおくして、把握はあくするためのものだろう。

「なんか鬼教官おにきょうかんみたいなやりかたですねえ」

一般人いっぱんじん相手あいてに、ともおもったが、まあやりかた次第しだいだな。ろ、まとまってめしうだけなかくなっているではないか。上達じょうたつは……み、といったところか」

「ちらちらてましたけど、午後ごごからはどうするんすか?」

障害物しょうがいぶつれながらの移動いどう、それからおにごっこだな。おれ目的もくてきは、もう二度にどとやらんと連中れんちゅうおもわせることだ」

「それ、あたしの商売しょうばいあがったりなんですけど……」

「そのうえで、なにくそとおもえる連中れんちゅう確実かくじつ固定客こていきゃくになる」

ってつけたようなわけっスね!」

「ははは」

 歓談かんだんをしながら、適当てきとうにコースをえても、ぴったりとよこについてくる。ひじせばれる距離きょり。どうやらすずも、随分ずいぶん上達じょうたつしているようだ。速度そくどをそうしていないとはいえ、この距離きょりをマークするのはむずかしい。バランサーが邪魔じゃまをするし、ボードの安全あんぜん装置そうち可動域かどういきぎりぎりだ。

「そっちは問題もんだいないか?」

「おにいさんが最初さいしょわざせるから、そっちに意識いしきいちゃったのをのぞけば、大丈夫だいじょうぶですよ」

「ああ……もうくせになっているからな、あれは。一応いちおう全員ぜんいん視界しかいれておきたかったのも理由りゆうひとつだ。だがおもったよりも、連中れんちゅう根性こんじょうがあるな。習得しゅうとく時間じかん想定そうていよりみじかい」

一応いちおう経験者けいけんしゃですから。おにいさん、ごはんは?」

「これでませたつもりだが?」

「あー、それはおやつですよ、おにいさん。天幕てんまくのクーラーボックスにお弁当べんとうあるんで、一緒いっしょべましょう」

「なんだ、準備じゅんびしてあったのか」

料理りょうり、そんなに得意とくいじゃないんですけどね」

「どんなに不味まずくてもおんな手料理てりょうりなら、全部ぜんぶうのが礼儀れいぎだ。いらん心配しんぱいはするな」

「それはそれで、ちょっと義務感ぎむかんつよいような……」

「だったら保険ほけんをかけるな」

不安ふあんだからしょうがないっスよ。――じゃあ」

「ああ」

 ま、わかりきっていたことだ。

「ごはんまえに、やりましょう」

「フラッグのナンバーじゅんれて、反対側はんたいがわから逆順ぎゃくじゅんでゴールでどうだ」

距離きょりながいっスねえ――」

「ハンデは?」

「いらないです」

 ならばと、停止ていしれて横並よこならびになってから、おれていた連中れんちゅうがこっちにづいたのを確認かくにんして、ちいさくわらって。

「やるか」

「はいっス!」

 合図あいずもないし、ほぼ同時どうじした。

 先行せんこうしたすずが、ひとのフラッグにれるため、バンクをおこなう。ふたへすんなり移動いどうしようとおもっての判断はんだんだろう。おれ低速ていそくからフラッグにれ、回転かいてん動作どうさからの加速かそくふたく。

 みっ位置いちは、そのまま直線ちょくせんれられるが、よっ対角たいかくだ。どうするかとおもっていれば、速度そくどとしてバンクの距離きょりみじかくしての行動こうどうをとる。おれはそれをいながら、減速げんそくから加速かそくれるようにして、コーナーをがった。

 よっれたすずと、おれとの三秒さんびょうといったところか――。

 結局けっきょくやっれたすずとおれ六秒ろくびょうができた。

 さてと、挽回ばんかい開始かいしだ。

 六秒ろくびょう

 やっれたおれは、そのまま真横まよこにボードをたたきつけるように〝停止ていし〟して、もう一度いちどやっさわった。逆順ぎゃくじゅんななかって加速かそくれ、それを維持いじする――海側うみがわななれた瞬間しゅんかんつぎ対角たいかくであることをっていたおれは、そのまま上空じょうくう宙返ちゅうがえりをするように移動いどうしつつ、その途中とちゅう一秒いちびょうの〝停止ていし〟をれつつ、ボードのきをくるりとえ、重力じゅうりょく利用りようして一気いっき加速かそくするとむっれた。

 この時点じてん三秒さんびょう、といったところか。

 ヘキサの応用おうよう、Vターンの加圧かあつえ、スキー選手せんしゅのよういつよっれた時点じてんで、秒差びょうさえていた。

 わらいながら、スリップにつくのでも、先行せんこうするのでもなく、横並よこならびで移動いどうする。

「く――」

 みっ陸側りくがわ、この状態じょうたいれるには、おたがいにはなれるしか選択せんたくはない。

 だから必然的ひつぜんてきに、おたがいにスクリューを選択せんたくする。おれ外側そとがわ、すずは内側うちがわ――つまり、おれれられない。

 だが。

 おれはスクリューの頂点ちょうてんわざをキャンセルし、バンクにはいるすずを横目よこめにボードのうしあしたたくようにして安全あんぜん装置そうち作動さどうあたまからの落下らっかふせぐためにボードが自然しぜん落下らっか姿勢しせいたもなか、あえてこの状況じょうきょう誘発ゆうはつさせ、ボードに誤認ごにんさせたおれは、空中くうちゅうから直線ちょくせん一気いっき加速かそくできる。

 ふたれれば、二秒にびょうついた。最後さいごおれもバンクを使つかい、一番目いちばんめれて急加速きゅうかそくさきにゴールしたおれ宙返ちゅうがえりでいきおいをころせば、そのうしろにぴたりとついてすずも、減速げんそくをして、そして。

 ならんで、いた。

「はあ、はあ、……んぐっ、はあー、けたっスよー」

「いやなかなか、かくれて練習れんしゅうしたようだが、どちらかといえば、おれのトレースがおおいな。だからてんのだ。おれっているわざなら、おれもできるしな」

「というか、はあ、おにいさん、なんで、またそんなあたらしいわざとか、開発かいはつ、してるんすか」

気分きぶん転換てんかんにな。さて、天幕てんまくもどって休憩きゅうけいするぞ、パフォーマンスとしては充分じゅうぶんだろう――む? おい貴様きさまら! 休憩きゅうけいあたえたのにもううごすとは、そんなにおれ指導しどうきらしいな! どうせころぶだけでなにもできない貴様きさまらは、せいぜいバランサーをって、つむりながら直立ちょくりつできるよう訓練くんれんでもしておけ! それができなければ、わざなどできん! それでもとおもうのなら、きなだけやってころべ! それをおれ間抜まぬけだと大声おおごえわらってやる!」

 天幕てんまくまえについてから、スイッチをってこしろし、すぐにみずをすずにわたしてやれば、だいぶいたようだった。

 ボードはあれで、体力たいりょく使つかう。小柄こがらなすずは、余計よけいにそうかんじるかもしれない。

「ふいー、どもっス。あ、弁当べんとうあるんで、してください」

「ん、ああ……これか。重箱じゅうばこなんかよくっているものだな?」

天来てんらいさんにりたんですよ。はい、べてください」

「いただこう」

 どちらかといえば、つまみがおおい。メインはサンドイッチ、といったところか。

「うむ、美味うまいな。いいぞすず」

「どもっス。でも本当ほんとう、バランス感覚かんかくきたえると、結構けっこうできるもんですね」

「だろう? 理屈りくつでわかっているから、あとはそれに反応はんのうするだけでいい」

「でも、さっきのうごきはちょっと、むずかしいっスよ……」

「ん? ああ、ボードの性能せいのうにもたすけられているからな。わざのキャンセルが面白おもしろいな、上手うまつなぐと複雑化ふくざつかする。さすがに上空じょうくうでの急停止きゅうていしは、からだへの負荷ふかおおきい。真似まねをしてもかまわんが、覚悟かくごだけはしておけよ」

「はあい。というかおにいさん、水着みずぎじゃないんすね」

「おまえ水玉みずたま模様もよう似合にあっているな」

「はい。…………はい⁉」

「なんだ、どうした」

「え、おにいさんがめてくれたんで、え? あれ? ちょっとびっくりなんだけど」

おれがそういうことのわからん朴念仁ぼくねんじんだとおもっていたら大間違おおまちがいだ。ちゃんとあとで、けいいたら、どうえばいいのかレクチャーされたとも」

「あ、そっちなんすね……」

「まあ正直しょうじき、わかっていてからかっていたんだがな」

「おにいさん……」

おれめられたところで、うれしくはないだろう?」

「そうでもないっスよ。なんだかんだで、おにいさんとのいは、そこそこつづいてるじゃないっスか。最初さいしょきゃくとしての対応たいおう充分じゅうぶんだー、とかおもってたんですけどね」

「なんだ、いまちがうようなかただな?」

「いやもうちがいますって。じゃなかったら、こんなことたのみませんよ、もう。あたしこれでもガードかたいんすから」

「なんの自慢じまんにもならんな、それは。だが、わるくはないめしだ――……ん、そうか」

「どうしました?」

「すず、十四日じゅうよっか十五日じゅうごにち、できれば十六日じゅうろくにちふくめた三日間みっかかんみせめておれえ」

「――はい? えっと、どういうことですか?」

「このまえ仕事しごと報酬ほうしゅうとして、温泉おんせん旅行りょこうをプレゼントされたんだが、二人ふたりい、とのことを厳命げんめいされてな。最悪さいあくけいれてけばいともおもっていたんだが、それが原因げんいんわらわれるのはしゃくだ」

「はあ……いや、事情じじょうはわかったんですけど、なんであたし?」

不満ふまんか?」

「えっと……どうこたえれば正解せいかいなんですか、これ」

 ぶつぶつといながらなにかんがえているようだが、たぶんそこに正解せいかいはない。

温泉おんせんはいったことは?」

「あたしはないです」

「そうか、おれもない。おとこ二人ふたり旅行りょこう経験けいけんはあるか?」

「ないですよ!」

奇遇きぐうだな、おれもない」

「……ないんすか?」

「そもそも、おれ仕事上しごとじょう気軽きがる旅行りょこうなんてできなかった。日本にっぽんえば、となりけん移動いどうするだけでも許可きょかがいるし、居場所いばしょ報告ほうこく義務ぎむがある。下手へた連絡れんらくおこたれば、逃亡とうぼうとみなされて拘束こうそくされるような状況じょうきょうだったからな」

「はあ、ちょっと想像そうぞうできないですけど、そんなもんですか」

「そんなものだ。――で、おまえさそ理由りゆうだが、きたいか? いや、おれはどちらでもかまわないし、めない。どうしてもというのなら、おしえてやるが……どうする? それとも、まえに、ことわるか一緒いっしょくか、そちらをさきこたえるか?」

「ぬ、うぬ、ぬぐぐぐぐ……!」

「いやいいんだ、無理むりめることはない。このはなしはなか――」

「いやって! ってください!」

 ほら、かかった。チョロいおんなだとわれたことはないのか、こいつ。たぶんやさしい言葉ことばにはだまされないんだろうなあ。

「り、理由りゆうおしえてしいっス」

「そうか」

 もっともらしくうなずいたおれは、みずんでから、一息ひといき

温泉おんせんのある場所ばしょ野雨のざめでな、芹沢せりざわ開発課かいはつかがある。ヒトシもそこにいるから、ボード関連かんれんはなしもできるだろうと、そうおもったからだ」

「はい。……? えっと……え?」

現場げんばておくのも、大事だいじだぞ。技術屋ぎじゅつやというのがどういう人物じんぶつか、間近まぢかられる」

「そっちの理由りゆうなんすか⁉」

「なんだ、どんな理由りゆうだとおもったんだ?」

「うぐっ……おにいさぁん」

「はは、すまん、ついな。だが冗談じょうだんでもなく、きらいな相手あいてなら最初さいしょからリストにはいっていない。安心あんしんしろ、きそうなかおをするな」

「はい……え? えーっと?」

「で、どうする。くかいなかだ」

きます!」

「だったら、ボードのデータは外部がいぶ記録きろくメディアにうつしておけよ。それか、ネットワークじょうのサーバにでもほうんでおけ、どうせせろとわれる。十四日じゅうよっかあさ、ナナネりょうい。時間じかんは――そうだな、○八○○マルハチマルマルでいいだろう」

一泊いっぱくですか?」

基本きほんはな。もしかしたら二泊にはくになるかもしれないから、三日間みっかかんやすみだ。着替きがえなどの荷物にもつ一切いっさいいらんからな」

「へ? 必要ひつようですよね」

現地げんち調達ちょうたつすればいい。おれさそったんだから、かねおれちだ。さそわれたおまえは、なににすることはない。たのしみにしていろ。――ご馳走様ちそうさま美味うまかった」

「あ、はい、お粗末様そまつさまです。……現地げんち調達ちょうたつなんですか」

かえりに荷物にもつえたほうが、らくだろう? といっても、野雨のざめおれったことがないが」

「あたしは、……ありますけど、そとたことはないですねえ」

「そうか」

「はい。あたしもふくめて、ここのたちの大半たいはんは、前崎まえざき校長こうちょう経営けいえいする孤児院こじいんからているんです。いいところでして、野雨のざめにもあるんですよ。あたしは半年はんとしだけ、そこにいたことがあったんですが――まあ、人数にんずう問題もんだいで、他所よそうつることになりまして。それ以来いらいですね」

きたいか?」

「――いえ。ちゃんと自分じぶん生活せいかつできるようになってからにするっス」

「わかった、そうしておこう」

「……先輩せんぱいは、一人前いちにんまえ条件じょうけんって、なんだとおもいます?」

「おまえはどうおもっている」

「そうですね。ちゃんと自分じぶんかせいで、自分じぶんまわりのことができて、心配しんぱいかけずにんで――他人たにんのことを、おも余裕よゆうができるってくらいですか」

「なんだ、おもったよりも随分ずいぶんとハードルをたか設定せっていしているんだな。それはいことだが、とらわれるなよ、すず」

「はい」

おれ見解けんかいだが――まず、一人前いちにんまえになろうとおもっている時点じてんで、一人前いちにんまえにはなれない。大人おとななんてものは、時間じかんてばだれでもなれるものだ。ってしまえば、それこそ大差たいさがない。おれたちも、天来てんらいも、金代かなしろもな」

「そう……ですか?」

孤児こじはそういった意識いしきつよいからな、ぎゃくにわからなくなるものだ。しかし、まあ、一人前いちにんまえ条件じょうけんか……朝霧あさぎりさんにもわれたことがあったな、それは」

 おもせば、苦笑くしょうかぶ。おれ一人ひとりじゃないんだとおしえようとして、そのことをくちにしたのだから、まあ、さすがというか。当時とうじはなんでそんな話題わだいだったのか、まったくこれっぽっちも疑問ぎもんおもわなかったのだから、すごい。

朝霧あさぎりさん、ですか?」

「ああ、おれのいた部隊ぶたいの、いわゆるエースだ。先陣せんじんる、という意味合いみあいもあった。そのひとうには、一人前いちにんまえ条件じょうけんとは、だれかを一人前いちにんまえだとみとめられるようになったときらしい」

だれかを……?」

子供こどもそだてられる母親ははおやなら、一人前いちにんまえということだ。孤児こじかせられるたとえじゃないがな」

「いや、うちの両親りょうしんはや段階だんかいくなっただけなんで、いいんですけど……じゃあ、一人前いちにんまえだとわれたほうは?」

「だからつまり、それは、一人前いちにんまえわれたのならば、そこがようやく、スタートラインだと、そういうはなしだ。……おれはまだ、そのラインにもっていない」

「え、おにいさんもまだなんですか?」

おれをなんだとおもっている。年齢ねんれいもそうわらんガキだ……と、いかんな、にするな。この、へんに自虐じぎゃくへとはしるのはおれくせだな。よわさの証明しょうめいだ、わすれてくれ」

「まあ……はい、わかりました」

「ともかく、承諾しょうだくということでいいんだな?」

「あ、はい、たのしみにしてます」

「それでいい。さあて、おれはあのガキどもをいじめてくる。まだまだ基礎きそがなってない」

「あははは――なんだかんだって、おにいさんって面倒見めんどうみいですよね。そういうとこ、きですよ」

「そうか? ならばせいぜい、愛想あいそうかされんようにでもするか」

 そういえば。

 おれは、だれかにてられた、なんて経験けいけんはないのだとづく。

 まったく、めぐまれてるじゃないか。


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