09/08/11:00――いつもの光景

 ながあいだ、タクシーの後部こうぶ座席ざせきやすんでいたおれは、停止ていしする雰囲気ふんいきさっしてかおげる。到着とうちゃくしたとの言葉ことばに、提示ていじされた金額きんがく携帯端末けいたいたんまつ支払しはらい、ポケットからした日本円にほんえんさつわたせば、すこしの戸惑とまどいはあったものの、けるようにしてわたすと、タクシーをりる。それから、迂回うかいするようにして逆側ぎゃくがわとびらひらき、小柄こがら女性じょせいせば、運転手うんてんしゅ帽子ぼうしって一礼いちれいし、ってく。

 おおきく、深呼吸しんこきゅうひとつ。

「――どうした」

「いやあ」

 舗装ほそうもない農道のうどうのようなみちさき視線しせんげ、周囲しゅうい家屋かおく見当みあたらないことを確認かくにんしてから、そんな田舎いなか風景ふうけいには似合にあわない巨大きょだいともおもわれる建造物けんぞうぶつ見上みあげる。外観がいかんだければログハウスのようにもえるし、いまおれは、内部ないぶがどうなっているかもっていた。

「なんか感慨かんがいぶかいですねえ」

「たかが数日すうじつなにっている」

「なんだかんだで、かえれませんでしたから、旅行りょこうとはちがいましたし」

 右手みぎてには補助用ほじょよう松葉杖まつばづえいたみはほとんどないらしいが、最低さいていでも七日なのかくらいはつえ使つかわせなくてはならない。そのあいだはもちろん、調理場ちょうりばつこともきんじたが、移動いどうすほどではないだろう。

「ん、きましょう」

覚悟かくごなんぞいらんだろうが……」

 ややあきれたが、まあいいとおれ玄関げんかんひらく――そして。

「ほう」

「ただいまもどりま……へ?」

 リビングからダイニングにかけて。

 死屍しし累累るいるいといった表現ひょうげん似合にあうような惨状さんじょうが、そこにはあった。

 ただ一人ひとり椅子いすすわった桜庭さくらばだけが、料理りょうり時間じかんをおいて。

「あ、おかえりー、穂乃花ほのか、ルイ」

 笑顔えがおで、そう言葉ことばかえす。

「あ、はい、ただいまです。あのう……なんですこれ」

「る、ルイ……油断ゆだん……した……」

 からだうごかないのか、だけをおれけて、たおれたけい言葉ことばをどうにかつないでう。おれうなずき、えるようにして移動いどうしたあと、こちらからはえない位置いちかおけている金代かなしろそばき、かおのぞんだ。

「ほほう、どんな間抜まぬがおられるかと期待きたいしたが、なんだそのツラは。苦渋くじゅうちた? 不満ふまんげな? いや――どちらかといえば、おとこかれているさいおもわず可愛かわいこえしてしまったときまずいかおだ」

「くっ……そ……」

不知火しらぬいくん」

「なんだ天来てんらい

不知火しらぬいくんにかれれば、わたし結構けっこう可愛かわいこえるとおもいますよ?」

「そんなことはいていないしこたえなくてもいい。ん、なんだすずもいるのか。津乗つのり救助きゅうじょもとめたかのような姿勢しせいだな……ところで天来てんらい白色しろいろのテープの在庫ざいこはあったか?」

殺人さつじん現場げんばみたいになるので、ありませんってこたえておきますねー」

 というか。

犯人はんにんだれだ……?」

わたし!」

っている。むねってうれしそうにげるな桜庭さくらば。まったく……どれだ?」

「このにくだんごー」

「どれ」

「あ、わたしべます」

 でつまんでくちれれば、あじわるくない。だが、嚥下えんかするとすぐに、周辺しゅうへんただよ自然界しぜんかい魔力マナ内部ないぶむような活性化かっせいかせた。ある意味いみでは補給食ほきゅうしょくわりにはなるかと、うなずきをひとつ。

 つまり――連中れんちゅう魔力まりょくいをしたのだ。普段ふだん安定あんていしているところ、意識いしきもしていない部分ぶぶんでの補給ほきゅうはいり、それがえ、からだがそれに馴染なじもうとするものの、それもまた意識いしきそと魔術師まじゅつしあいだでは魔力まりょく容器ようきを、あたらしい感覚かんかく器官きかん、なんてぶのだが、その器官きかん活性化かっせいかしようものなら、こうしてからだ自由じゆうかなくなる、というものだ。

 まあ、おれ桜庭さくらば天来てんらいのように、術式じゅつしき使つかえる人間にんげnにとっては、ごくごく自然しぜんな、魔力まりょく回復かいふくたすけるうごきなので、なんの問題もんだいもないのだが。

瑞江みずえちゃん、なかなか上手じょうずですねー」

「ありがと」

「おい天来てんらい、この惨状さんじょうについてなにもなしか?」

「う、お、ぐ……!」

「なんだけい、どうした? やれやれ、そんな言葉ことば満足まんぞくはなせない状態じょうたいなにいたいのかおれさっせと? そんな無茶むちゃ野郎やろうだとはまったくこれっぽっちもおもっていなかった。それともなにか、根性こんじょうりんのか? うん?」

「このっ……! おまえ、の、せい、だろ……!」

おれなにもしていない。いましがた天来てんらいもどっただけだぞ? そんなおれになんの責任せきにんがあるというんだ」

 もちろん、おれがそれとなく桜庭さくらばあおったのはおぼえているとも。

「しかしまあ、無事ぶじだと連絡れんらくれたのは随分ずいぶんまえだし、退院たいいんいわいをしよう、なんて心意気こころいきってやるが……なんというか貴様きさまら、いつもどおりだな。とくにそこでかくれようとしつつも身動みうごきができないカゴメ! 貴様きさま本当ほんとうにヘタレだな! どうした、がってみろ! おれ文句もんくえないのか? ははは! よーし、おまえうごくなよ! 写真しゃしんがいいか動画どうががいいか、どちらかはえらばせてやる!」

「……いつもどおりですねー」

「て、天来てんらい、どの……め、て、くれ……!」

「あははは」

 まあたしかに。

 いつもどおりの光景こうけいだ。


 ――それでいいと、おもう。

 写真しゃしんるが。


 天来てんらい椅子いすすわらせ、おれはまずおちゃれる。しばらくは桜庭さくらばとのんびりはなしをしていたが、やがてのっそりと、みなきだした。

「とりあえず、べたらどうだ天来てんらい。あそこの病院食びょういんしょくはそれほど不味まずくなかったが、それでも普通ふつう料理りょうりこいしくなるだろう? おれもこうして、おちゃめて随分ずいぶんらくになるものだと痛感つうかんしている」

不知火しらぬいくん……ちょいちょい病院びょういんからって、かえってきては、喫茶店きっさてんについてすごくかたってましたよね……?」

「さて、どうだったかな」

「どうだったかな、じゃないですよー。食事しょくじ制限せいげんはそれほどありませんでしたけど」

「っ……あー、あー、マジで、あーなんだこれ……」

二個目にこめべてもおな状況じょうきょうにはならんから、問題もんだいないぞ、けい。そのうちに体調たいちょうみょうくなるから、今日きょううごけ。うごかなくても、どうせ明日あすにはぶりかえしで大変たいへんなことになる」

いやなことうなよ! ったく……それで、もう大丈夫だいじょうぶなのか、天来てんらいさん」

「あ、はい」

いたみはほとんどないそうだし、便所べんじょにも一人ひとりける。ただし、台所だいどころ仕事しごとはじめるのはもうすこ様子見ようすみをしてからだ。最低さいていでも七日なのかくらいだな。風呂ふろはい許可きょかはあるが、かならだれってやれ。いやだというのなら、おれ一緒いっしょはいってやるが」

わたしいやなので、不知火しらぬいくんと一緒いっしょはいりたいっていうのはどうですかー?」

完治かんちしてもいないけがにん趣味しゅみはないが?」

「あー……ごほん。ともかくみなさん、ご迷惑めいわくをおかけしました。もうつぎはないので安心あんしんしてください」

「まったくだ。いいか穂乃花ほのかわたし教員きょういんなんだ。寮母りょうぼ仕事しごとなんぞまかせるなよ」

「あはは、二代ふたよちゃんも大変たいへんだったでしょうけれど、ありがとうございます」

「ルイ!」

「どうしたカゴメ、写真しゃしん拡散かくさんさせてもいいという許可きょかか?」

「そうではない! いいからとっととせ!」

仕方しかたないな……」

 サーバにじか保存ほぞんされている写真しゃしんを、とりあえず津乗つのりとすずにおくってやった。

「これで問題もんだいない」

「そうか」

「――あ、メールきた。カゴメ先輩せんぱいのだ」

「おいルイ!」

「おにいさん、わたしおくられてもちょっと……どうすればいいんですか。ってもおかねにならないですよ」

「ちょっとてすず。……おまえ何気なにげわたしへのあつかいがわっていないか?」

「そんなことないっスよ!」

 いやわっているだろう、傾向けいこうだ。

「よし、では慈悲じひをやろう、カゴメ。あとで写真しゃしん保存ほぞんされているおれのサーバのアドレスをおしえてやるから、アタックを仕掛しかけて写真しゃしんせ」

わたし電子戦でんしせんをやれと⁉」

「ほう? つまり、できませんごめんなさぁいと、いてここであやまるわけだな?」

「くっ……! 貴様きさまは、本当ほんとうわらんな!」

「で、どうなんだ」

「やるとも! やればいいんだろう!」

さけぶな、本当ほんとうにおまえわらずやかましいな……」

「うるさい貴様きさまなんかだいきらいだ!」

 テンプレだな、カゴメ。

「ああ、そうだ天来てんらい両手りょうてうごくだろう?」

「え? あ、はい」

「それにあたまうごく」

「そりゃまあそうですけど」

「つまりおまえのサーバにアタックを仕掛しかけるが了承りょうしょうられたと、そうってかまわないな?」

「……ちょっとってください」

「いやてとわれても、はて、おれなかではもう決定けってい事項じこうなのだが、なにてと?」

「え⁉ 全力ぜんりょくでアタックですか?」

「もちろんそうだ」

 術式じゅつしきみで使つかえば、これは電子戦でんしせんでも有効ゆうこう活用かつようできるからな。それをうのならば、ほぼタイムラグなしで対応たいおう可能かのう天来てんらい術式じゅつしきまえに、なにをどうしろと、そういうはなしなのだが。

「す――」

 うん?

「――っっごくいやらしいかたをするとおもうので遠慮えんりょしたいですっ!」

 めだったのか、ながいな。

「ところで津乗つのり

「え、なんでわたしにそこでる? えーっと、なに先輩せんぱい

「そういえば暇潰ひまつぶしにおまえりょうときうれずかしい記録きろく天来てんらいからいたのだが――」

「やっちゃっておっけ! 天来てんらいさんなんてらない! やっちゃえ先輩せんぱい!」

「えええ⁉」

気持きもちはわかるけど、あんまり興奮こうふんしないようにね、沙樹さきちゃん」

「そうだすず、先代せんだいのキサラギにべったりあまえていたころ写真しゃしんがあると天来てんらいが――」

してください! おにいさんやっちゃって確実かくじつ消去しょうきょを!」

「ちょっとってください! 不知火しらぬいくんタイムです!」

「どうした天来てんらい、おかしなことをまたいだしたな。きず具合ぐあいでもわるいのか? ああ、とうとするな、面倒めんどうになる。おも松葉杖まつばづえ用意よういするおれがだ。それにおれはただ、津乗つのりとすずという、後輩こうはい二人ふたりと、こうしてたのしく事実じじつはなっているだけだが?」

「もう二次にじ被害ひがいやさないでください、わかりました、わかりましたから……!」

「なんだろうな……天来てんらいこまったかおをするのはこう、なかなかいものだな?」

「で、なんでそこでおれるんだ、おまえは」

「おまえおとこだからだ」

「だったらどうこたえても怪我けがしそうな疑問ぎもんおれわたすな」

無茶むちゃおとこだな……」

「おまえほうがよっぽど無茶むちゃってんだけどな⁉」

 ははは、まあ数日すうじつ留守るすにしていたくらいで、わりはしないか。


 ――ああ。

 ――そうか。

 そういうことだったんだな。


 ホーナー、ようやくおまえが、田舎いなか呑気のんきらしたいとっていた気持きもちがわかったよ。たしかにこうやって、のんびりごしたいといまおれおもっている。


 すまない。

 いままでおれは、そんなことも理解りかいしてやれていなかったんだな……。


 ははは。


 そういや、部隊ぶたいでバーにったとき、トラブルがあったよな。おれからんできた馬鹿ばかがいたから、ほうっておけってったんだ。おれれてたし、ほう面倒めんどうなのはよくってた。

 けどその野郎やろうがったホーナーがすわろうとしたとき、おまえ馬鹿ばかにしたんだ。いたおれまよわずなぐって、おれ仲間なかま馬鹿ばかにしてんじゃねえってったら、大騒おおさわぎになっちまって――部隊長ぶたいちょうのケイナがめたんだっけ。

 そのあとわらいながらんだよな。おれはやいって、みんなしていやがって。仲間なかま馬鹿ばかにされてだまってるおとこなんかいねえ――そう、わらったな。


 ――でもな、ホーナー。


 こいつはおもだ。


 おれいま、ここにいる。戦場せんじょうとおいところで、呑気のんきごしてる。

 それでも、やっぱりおれは、わかんねえよ。


 なあ。



 おれは――本当ほんとうに、これで、いいのか……?



不知火しらぬいくん?」

「ん、ああ……すまん、どうかしたか?」

しずかにしてたので」

すこかんがごとをな」


 いいもわるいも。

 それでもおれは、ここでいまを、つづけていく。


「よし貴様きさまら! 退院たいいんしたが料理りょうりつくれない天来てんらいのために、夕食ゆうしょくにわでバーベキューだ! そこにいる金代かなしろ得意とくいだから指示しじあおぎ、それぞれ準備じゅんびますように!」


 かつてとちがって。

 おれ一人ひとりではなく、ここにいる連中れんちゅうと、天来てんらいと、つづけてける。


「あ、そうだ。報告ほうこくがあります! わたし不知火しらぬいくんのこときになっちゃいましたので、よろしくでーす」


 さてと。

 みょうさわがしくなったが、まあなんだ、とりあえずつぎの〝問題もんだい〟が発生はっせいしないよう、うごいておくか。


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