08/30/10:00――二つの選択肢

 そのめずらしく、カゴメと一緒いっしょにすずのみせていた。

 いやてと、おれ沽券こけんかかわるようなのでさきっておくが、けっして同伴どうはんしたわけではない。おれがすずと軽快けいかいはなしを――ややしもネタだったが――していたら、カゴメがボードを片手かたて来店らいてんしたのである。つまり、偶然ぐうぜんとはわないにせよ、先客せんきゃくおれで、最近さいきんはもうきゃくとしてすらあつかわれなくなったかんはあるものの、どうであれ、あとできたのだから、結果的けっかてき一緒いっしょになったとうべきなんだろう。

「なるほど。随分ずいぶんとピーキーな設定せっていにしてあるんだな」

「ボードの性能差せいのうさつづけているんだと、そう納得なっとくできなくて不満ふまんそうだが純然じゅんぜんたる事実じじつだ」

「そんなことはおもっていない!」

 おれのボード特性とくせいをすずからいて、あれこれとかんがえていたようだが、それだけボードをこのんでいる、ということだろう。カゴメの動向どうこうなんぞ、たいしてにはしないが。

「あはは、おにいさんとおねえさんのいも随分ずいぶんれたっスよ」

れるほど口論こうろんはしていない。だいたいろんじてもいないからな」

「それにかんしてはまこと遺憾いかんながら、わたしほうから訂正ていせいさせていただきたいんだが?」

「なるほど? つまり、れるほどおれをイラつかせて口論こうろんしつつけていると、そう弱者じゃくしゃよそおいたいわけだな?」

「くっ……! おいすず! このおとこ、どうにかならんか!」

「あたしには無理むりですって」

おれをどうにかするより、まずは自分じぶんをどうにかしたらどうなんだ」

「うるさい!」

「ふん。ああ、そうだすず」

「ん、なんすか?」

 ディスプレイようのボードにみがきをれているすずは作業着さぎょうぎで、しゃがんだままおれ見上みあげてくる。こうしてはたら姿すがたれば、多少たしょう敬意けいいくというのに、まったくカゴメは、どうしようもないな。

「キサラギにってきた」

「……はい?」

「だから、ここの前任者ぜんにんしゃってきた。おまえ様子ようすつたえたところ、うれしそうにしていたぞ」

「えっと、そうっスか……え⁉ っていうか、そんな簡単かんたんえるもんなんですかそれ!」

簡単かんたんではなかったが、まあおれのやることだ、そういうものだとでもおもっておけ」

「そうわれると納得なっとくするしかないんですけど、そうですか……」

「なんだルイ、ツテでもあったのか?」

「おまえっているものよりも、しつりょうもあるが、さすがにねらっていたわけではない。ったのもおれ理由りゆうでしかないからな、いわばついでだ」

「どっちかっていうと、ついででえるほうへんかんじっスね」

 さすがに、くわしい事情じじょうまでははなせないから、そうかんじても仕方しかたない。

「それとは別件べっけんで、ヒトシともかおわせた。おれのボードをつくとき副産物ふくさんぶつがあるとかっていたから、あとでひま連絡れんらくしてみろ」

「あ、そうなんですか、諒解りょうかいしました。お元気げんきそうでしたか?」

相変あいかわらずの技術屋ぎじゅつやだったのはたしかだ。一応いちおうおれからは、図面ずめんせてやれとっておいた。理解りかいできるかどうかは、すず次第しだいだ」

「ありがとうございます!」

「なんだルイ、くな」

おれはいつだってそうだ。もっとも? かせたはずのものに気付きづかない間抜まぬけが一人ひとりおれまえにいるわけだが、そこのところはどうなんだ」

貴様きさま本当ほんとう一言ひとことおおいな!」

 そんなのは今更いまさらだろうに。

「あはは、それでもおねえさんが会話かいわしてるのがすごいですよ」

「こんなおとこけたとあってはしゃくだからな」

けにこだわってる時点じてんで、けたことを他人たにんっているようなものだが?」

「くっ……!」

「……おまえくやしそうなかお見飽みあきたな」

「なんだと⁉ 貴様きさま……!」

「あーはいはい、喧嘩けんかそとでやってくださいね。うちだって閑古鳥かんこどりいてるわけじゃないんで」

「む……すまん」

一方的いっぽうてきっかかってくるおんなをどうにかすればいいんだがな」

「というか、貴様きさまはどうしてここにいたんだ?」

「サーバの構築こうちくがようやくわってな……携帯けいたい端末たんまつからの操作そうさなど、こまかい確認かくにんをしつつ、すずの様子見ようすみだな。こいつ、ほうっておくとまくらかかえてめそめそとす」

「いやきませんから……」

「そうか? まあ冗談じょうだんたぐいだ。外出がいしゅつ口実こうじつとしては、散歩さんぽよりも信憑性しんぴょうせいたかいだろう? そして現状げんじょうはアリバイづくりと、そんなかんじだ」

「あたしも迷惑めいわくはしてないんで、いいですけどね」

「まあ夏休なつやすみも――」


 ――なんだ?


「ルイ?」

て」

 せいしながら、一度いちどそとおれは、まゆせるようにしてそら見上みあげた。


 ――におう。


 わずかにはだ表面ひょうめんでた〝熱意ねつい〟に気付きづいたおれは、すぐに店内てんないへともどって自分じぶんのボードをった。

「すまない、すず。はなしはまだ今度こんどだ。カゴメ、りょうもどる。せ」

「――、わかった」

 おれ緊張きんちょう気付きづいたのか、余計よけいなことをわずにカゴメは言葉ことばしたがい、すずもまたうなずきのみにとどめた。

 そとて、ボードにったおれは、カゴメに背後はいごへとはいるように指示しじして速度そくどげる。

「ルイ」

確証かくしょうはない。ないが、戦場せんじょうかんじた〝空気くうき〟がした」

「――わかった」

 どちらかといえば、戦場せんじょうなかにある自分じぶんたちのベースにいたときかんじにちかい。すぐそこに、地続じつづきで銃弾じゅうだん戦場せんじょうがあり、そこでだれかがたたかっているのをりながらも、自分じぶんたちの部隊ぶたいはそれを意識いしき片隅かたすみいて、やすんでいるとき空気くうきとおくで銃声じゅうせいのようななにかがこえるような、しないような――そういう、確証かくしょうはないけれど事実じじつとしてそこにるような、複雑ふくざつ雰囲気ふんいきだ。

 移動中いどうちゅう着信ちゃくしんおれはインカムをみみにかける。

おれだ」

『ルイ――』

なにがあった?」

 混乱こんらんしている様子ようすこえっていたので、けいにはおれからさきうてやる。


『――天来てんらいさんがたれた』


 それがみみんできた瞬間しゅんかん視界しかい一気いっきにブラックアウトし、おれ奥歯おくばいたくなるほどみしめて、おそってくる脱力感だつりょくかんる。


 

 ――まだ、わってなど、いない!


「ほかは無事ぶじか?」

『あ、ああ……』

「もうえた、一旦いったんるぞ」

 きりきりといた意識いしきからはずし、りょうまえまで加速かそくしたおれは、もどかしいとおもいながらボードをりる。高級車こうきゅうしゃにはえないが、乗用車じょうようしゃ一台いちだいまっており、なかひとはいない。だからそのまま、ひらいている玄関げんかんよこ背中せなかて、ちらりとなかのぞんだ。

 いきむ、なんて真似まねはしない。そんな些細ささい警戒けいかいすら、戦場せんじょうでは伝播でんぱするからだが――そもそも、必要ひつようがなかった。


 もう。

 このは、わっている。


 屍体したいみっつ、くびうえ綺麗きれいえていた。リビングのなか仰向あおむけにたおれている天来てんらいて、つよこぶしにぎったままカゴメをぶと、ちかづく。

「あ……ルイ」

 天来てんらいとなりひざをつき、見下みおろしていた桜庭さくらば生気せいきのないかおげて、おれる。


「どうしよう、ごめん、わたし――」


 なんてかおをしているんだ、桜庭さくらばきたいのをおさむだけのなにかが、おまえにもあるのか――。

「いやいい、よくやった。けい!」

 あえて、こえげる。それはきっと、おれ自身じしん奮起ふんきするために必要ひつようだったから。

「お、おう!」

金代かなしろ連絡れんらくして、状況じょうきょう簡潔かんけつつたえたあとまち医者いしゃ手配てはいしろとつたえろ!」

「わかった!」

「カゴメ! おまえ桜庭さくらば津乗つのりれてうえっていろ……ここはおれあずかる」

「わかった、まかせる。必要ひつようなことがあればってくれ」

「せ、先輩せんぱい……あの!」

「ああ、まかせろ津乗つのり

 指示しじしながら、おれ天来てんらいそばにしゃがみみ、右手みぎて天来てんらい左肩ひだりかたてた。

「うっ、ぐ……! い、……いたいです、よう、……不知火しらぬい、くん」

 ぼんやりとした状態じょうたいで、右目みぎめだけをうっすらとひらいての文句もんくに、おれ平静へいせいよそおいながらも視線しせんかえす。

きている証拠しょうこだ。いいか天来てんらいおれかなしませたくないのなら、いたみにすがってでも意識いしきとすな。いいな?」

「あは……は、キスでも、して、くれれば……我慢がまん、しますよ……?」

状況じょうきょうわっていたら、いくらでもしてやる。だからえろ」

 カゴメが二人ふたりれてうえったのをてから、おれ携帯端末けいたいたんまつ操作そうさして連絡れんらくれる。さすがに――おれだけでは、すくなすぎる。

「ルイ、つたえた」

「そうか。つらいようならおまえうえけ。見届みとどけるなら、そこにいろ」

「わかった」

 照準器スコープのぞ感覚かんかくめば、周囲しゅうい情報じょうほうあつまる。本来ほんらいそれは射線しゃせんとして完成かんせいするものだが、完成かんせいさせなければ分析アナライズ術式じゅつしきにもなることを、おれはよくっていた。

 左肩ひだりかたけているが、みぎふともも付近ふきんきゅうミリがのこっている。摘出てきしゅつ必要ひつようになるが――。

『おー』

 電話でんわが、つながった。

軍曹殿ぐんそうどの問題もんだい発生はっせい――天来てんらいたれました」

状況報告レポート

三名さんめい襲撃しゅうげき死亡しぼう確認かくにんかたふとももの二ヶ所にかしょ弾丸だんがんきゅうミリ。ふとももは摘出てきしゅつ手術しゅじゅつ必要ひつようになります。うすいですが意識いしきあり――いままち医者いしゃました。失礼しつれい

 さすがにはやすぎる来訪らいほうだ。これはESPエスパー瞬間移動テレポートたのかもしれない。前崎まえざき判断はんだんか。

天来てんらいか?」

「そうだ」

最速さいそく輸送ゆそう手配てはいした。ぐん病院びょういんきを確保かくほ

「すぐにアンビュランスがて、病院びょういん輸送ゆそうされる。左肩ひだりかたけてるが、ふとももはきゅうミリがのこっていることを念頭ねんとうにしてくれ」

「そっちの手配てはいまかせる。おれおれのできることをやるだけだ」

たのんだ。――けい椅子いすすわっていろ」

「ああ……そうだな、そうするよ」

 こんな状況じょうきょうでは、なにかをやっていたほうまぎれるが、できることはない。そして、できることのない事実じじつが、くるしめるのだ。

 大丈夫だいじょうぶだと、かせる。

 たった二発にはつ。しかも医者いしゃもいる――天来てんらいは、きる。


 なせて、たまるか。


失礼しつれいしました」

十五分じゅうごふんくらいだ、穂乃花ほのかたすける』

「はい」

 おれつぎに、たおれた三名さんめいそばにより、ポケットやらなにやらをさぐった。

状況じょうきょう終了しゅうりょう自分じぶん到着とうちゃくしました。襲撃者しゅうげきしゃ記章きしょうなし、拳銃けんじゅうはマカロフ、P229を確認かくにん。……あたまばしたのは術式じゅつしきです。りょうにいる桜庭さくらばでしょう」

 即死そくしのはずだ、まったくうんい。いまおれまえきてあらわれていたら、こんなものじゃまさなかった。

 ――が、ふつふつとがるいかりは強引ごういんむ。かりにも軍曹殿ぐんそうどの会話中かいわちゅうなのだ、つよ感情かんじょうおもてすべきではない。

装備そうびととのってはない、か……突発的とっぱつてき襲撃しゅうげき間違まちがいないだろう。一応いちおう、こっちは穂乃花ほのかわれて、事情じじょうさぐってはいねーからな』

 あのクソおんな

 問題もんだいかかえているのならば、最初さいしょからえ。そうすればしてやることもできただろうに――が、あとまつりだ。

手術後しゅじゅつご無事ぶじだったら自分じぶんから文句もんくっておきます」

『はは、そうしてやれ』

 くるまのキーを発見はっけんしたので、おれはそのまま一度いちどそとき、兎仔とこ軍曹殿ぐんそうどのには極力きょくりょく気付きづかれないよう深呼吸しんこきゅうひとつ。後部座席こうぶざせきひらくが、なかには目立めだったものはない。

移動いどう手段しゅだん乗用車じょうようしゃ一台いちだいのみ。空気くうきかないでおきます」

穂乃花ほのか確保かくほ目的もくてきだとおもうか?』

かたあし一発いっぱつずつ。適切てきせつ処理しょりおこなえば、そう簡単かんたんにはにませんし、出血死しゅっけつしをするにも時間じかんがあります。なにかしらの情報じょうほうきたかったのではないかと」

『まーそうだろーなあ……』

「トランクに武装ぶそう確認かくにん。AKが二丁にちょうのみ……個人的こじんてき怨恨えんこんします」

『そのしのぎの装備そうび、バックアップもなし。人数分にんずうぶんそろえてねえ――相当そうとう馬鹿ばかか、気取けどられるのをかなりきらったのか、どちらかだな。おー、掃除屋そうじや手配てはいした』

「ありがとうございます」

『――で、どうする?』

「は……どう、でありますか?」

選択肢せんたくしふたつだ。んだ三人さんにんうしろを処理しょりするか、それとも穂乃花ほのかそばにいるかだ』


 それ――は……。


えらばせてやる。どっちがいいんだ、おまえは』

自分じぶんは」


 おれだって、おれができることをすべきだ。

 この状況下じょうきょうかで、おれができること。

 ほぼ無意識むいしきに、こぶしにぎりながら、ほかになにかないかを視線しせんさぐりつつ、おれは。


自分じぶんは――」


 とおく、医療用いりょうようヘリのおとみみにして。

 おれは、ひとつだけを、えらった。


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