08/20/22:00――歓談の時間

 北上きたかみからの連絡れんらくけたのがひるぎであり、おれはノートがた端末たんまつまえすわってもうながい。いくつかの事前じぜん準備じゅんびができていたとはいえ、プログラムをむのはとかく時間じかんがかかる。それがサーバの構築こうちく必要ひつようなものだから、仕方しかたないとあきらめて従事じゅうじするしかないのだが。

 かつて忠犬ちゅうけんとしてられてから構築こうちくしたおれのサーバは、組織そしきけた時点じてん物理的ぶつりてき消滅しょうめつさせてある。だから用意よういしていたプログラムなどは、それこそ新規しんきつくらなくてはならない。もちろんおれあたまには理論りろんはいっているので、かんがえることはそうおおくないのだけれど――ともあれ。

 業者ぎょうしゃ構築こうちくした物理的ぶつりてきな、ハードとしてのサーバにたいして、こちらは一般領海グローバルネットとおしてアクセスして作業さぎょうおこなうのだが、さきおれがやることはセキュリティをげることではなく、まっさらなサーバにだれかのはいっていないかどうかを確認かくにんしつつ、さら白紙はくしへとみがきをかけ、そこからようやくセキュリティの展開てんかいへとはいる。事前じぜんませておいたものを、展開中てんかいちゅうへのアタックをふせぎながら、強固きょうこなものにしておくのだ。

 この作業さぎょうがとにかく神経しんけい使つかう。それこそ、一秒いちびょうだって状況じょうきょうからはなせない。この時点じてん内部ないぶなにかしらの因子いんしふくまれていれば、それだけでサーバ自体じたい無意味むいみになってしまう。のぞ放題ほうだいぬす放題ほうだい、そんな状況じょうきょうができあがるわけだ。

 食事後しょくじごつづけてようやく一息ひといき手元てもとのおちゃすでになくなっていることに気付きづいたおれがると、ノックとともけいかおせた。

「おーう」

けい、なんだこんな時間じかんに。おれはまだ一時間いちじかんくらいはきているしかまわないから、すこて。作業さぎょう一段落いちだんらくしておちゃみたい」

「あ、おれのもくれ。ちょっとはなしでもしようかと――うおっ! なんで桜庭さくらば先輩せんぱいがいるんだ?」

「ん? ……ああ」

 ちらりと背後はいごのベッドを一瞥いちべつしたおれは、隣室りんしつはいってポットのお残量ざんりょう確認かくにんし、あたらしい茶葉ちゃば急須きゅうすへとれる。

二時間にじかんまえくらいからいたようながするな……相手あいてにするのも面倒めんどうだったので放置ほうちしておいたが、きているのか、そのおんなは」

一応いちおうきてるみたいだぜ」

「おちゃはいるのか?」

「いるー」

要求ようきゅうするだけのクソおんなだな貴様きさまは! 一人分ひとりぶんえるくらい、どうということはないが、そもそもなにをしにきたんだ?」

「んー」

 相変あいかわらず返事へんじになっていない。

 おちゃにしてもどり、二人ふたりわたしてからおれ椅子いすすわる。ベッドのうえ正座せいざをした桜庭さくらばたいして、けいはいつものよう、ベッドをもたれにするよう、ゆかすわった。

「で、どうかしたのか?」

「いや、時間じかんつぶしのはなしだよ。旅行りょこうはどうだったんだ、ルイ」

「ああ……温泉おんせんというのは、なかなか温度おんどたかいんだな、あれは。れるのには時間じかんようするが、まあ、天来てんらいにとっては準備じゅんびもなく食事しょくじてきたのだ、かったんだろう」

なにもなかったのか?」

「そうだな――いや、あった」

「え⁉」

何故なぜそこで桜庭さくらばおどろく? まあいいが……猫様ねこさまにおいしたぞ」

「……なんでうやまってんだ?」

けい貴様きさまらないかもしれないが、猫様ねこさま素晴すばらしいものなんだ。おれまれてはじめて、猫様ねこさまひざうえにおむかえしたのだ……! 一時間いちじかんうごかなかったが、素晴すばらしい時間じかんだったとも」

本気ほんきってんのか? ってんだよなあ……なんだろ、あれだな、ルイってそういうところ、みょうにあれだよな」

「あれとはなんだ、あれとは。あこがれだったんだぞ、まぐれな猫様ねこさまさわることが。戦場せんじょうではかけんし、おれには縁遠えんどおいものだったからな」

「いや、そりゃかったんだろうし、とやかくはわないけど、そうじゃなくてだなあ」

「……? 天来てんらいとは布団ふとんならべてただけだ、してもいないしされてもいないが?」

「それもちょっとちがうな……いいんだけど。たのしかったのか?」

「ああ、たいした問題もんだいもなかったからな。いろいろと観光かんこうもしたが、あれは観光かんこうというよりも下見したみというか、なんだろうな?」

おれくなよ」

「それもそうか。それほど報告ほうこくすることも、土産話みやげばなしもなかったが、たのしんできたのはたしかだとおもっておいてくれ」

話題わだいにもなりゃしねえのかよ!」

ひとおお場所ばしょはそれなりにつかれるものだ」

「そりゃこっちとくらべればなー」

おもいのほか、おれもこの場所ばしょれてきているらしい。そろそろかえるかとおもったときに、すんなりとこちらへたからな」

「そりゃかった」

「……ルイはなにしてるの?」

「ん? ああ、サーバの構築こうちくすこしな」

「サーバって……なんだそりゃ?」

「ネットワークじょう自分じぶんのサーバを構築こうちくしているだけだ。一般的いっぱんてきには情報じょうほう端末たんまつとして利用りようする。いちいち目的もくてき情報じょうほうあつめるよりも、さきあつめておいて参照さんしょうするほうらくだろう?」

ってることは、わからんでもないけど」

「いつでも気象きしょう衛星えいせい間借まがりできる状況じょうきょうにしておけば、有利ゆうりだろう」

明日あした天気てんきよりすげーことがわかりそうだな! 天来てんらいさんがそういうの得意とくいだってのはいてるけど、おまえもかよ」

「あいつと比較ひかくしてもらってはこまるな……あいつは爵位しゃくいちだぞ。いまらんが」

「……なにそれ」

らんのか桜庭さくらば世界せかい共通きょうつう電子戦でんしせん爵位しゃくいだ。オープンだぞ、あれは。爵位しゃくいちのサーバをハックして、指定していワードを入手にゅうしゅすれば爵位しゃくいてる。最低さいてい男爵だんしゃくでも、たった一日いちにち所持しょじできていた事実じじつがあれば、一生いっしょううにこまらない仕事しごとむ」

最後さいご部分ぶぶんおれらなかったけど、そうなのか?」

情報戦じょうほうせん専門せんもん狩人ハンターみのレベルだぞ。開発かいはつからエンジニアまで、どこでもしがる」

穂乃花ほのかすごいんだ」

「そこまでじゃないってっても、ルイだってやるんだろ……」

「なんだけい、それをたしかめるために天来てんらいのサーバにハッキングを仕掛しかけろと、そううんだな?」

ってねえよ! おれのせいにすんな!」

安心あんしんしろ、まだ構築中こうちくちゅうだから、仕掛しかけようにも準備じゅんびがまだだ」

「おい……準備じゅんびができたら、やるみたいなことうなよ、なあ」

駄目だめか?」

「いやそれはおれじゃなくて天来てんらいさんにえってはなしでだな?」

おれかんにぶっていないかどうか、それでたしかめるのもアリだな……」

 当面とうめんはそこへけて、プログラムをんでおこう。いずれにせよ攻撃こうげき防御ぼうぎょけい一通ひととおそろえておくべきだ。

ぐんって、そんなことも必要ひつようなのか?」

「いや、おれほう特殊とくしゅなだけだ。たしかにぐんでは情報部じょうほうぶたよればはなしだが、一人ひとり人間にんげんとしてかんがえれば、たよらずに自分じぶんでできるのなら、それにしたことはないだろう?」

「そんだけのはなしなのか?」

「ああ、それだけのはなしだ。物事ものごとにおいては、なんでもそうだぞ。まあおれ上官じょうかんのように、他人たにんたよときは、自分じぶんができることしかたのまない、なんてひともいるが」

「そりゃ極論きょくろんだろ。んでも、やっぱいろいろできたほうが、いいのかなあ」

選択肢せんたくしはばひろげる意味合いみあいでは、いことだ。おれわせれば、なんでもやるまえに、習得しゅうとく方法ほうほうまなべと指示しじするがな」

勉強べんきょうをするための、方法ほうほうってことか?」

大勢おおぜいひとは、なにかをあたらしくはじめようとしたときなにをどうしたらいいのか、わからない。それは当然とうぜんのことだろうし、おれもまた同様どうようだろう。だが、習得しゅうとく方法ほうほうっているものは、おのれった物事ものごとつかかたをする。まずは核心かくしんれるものもいれば、核心かくしん遠目とおめながら周囲しゅういめるものもいる。この方法ほうほうっていると、学習がくしゅう効率こうりつ非常ひじょうたかくなるものだ。――記憶きおくにだけたよるような、日本にっぽん教育きょういくではおしえてはいないがな」

「まあたしかに、とにかくおぼえろってかんじだもんな」

記憶きおくするための基礎きそさえおしえないんだ、どうかしてるとおもったものだが……それを金代かなしろたったところで、意味いみはあるまい。教員きょういんだとてカリキュラムに沿っているだけだ」

 朝霧あさぎりさんが、そういうことはよくっていた。教育学きょういくがく専攻せんこうしていたのも、そういった理由りゆうからだろうと、おれ勝手かっておもっていたものだが。

「……? なんのはなしだった?」

「いや、なんだっていいんだけどな。んで、先輩せんぱいはなんでいるんだよ」

「んー……しばらくルイがいなくてさびしかったから?」

「だってさ」

おれたちがいないあいだ、どうやら桜庭さくらば料理りょうりそこねたらしいな。つぎ機会きかいがあったらつくってやれ」

「ちょっ、おいそれ駄目だめなやつだろ!」

「わかったー」

承諾しょうだくすんな! く、わないからな……⁉」

「だいじょぶ、なない」

にそうなおもいはするだろうがな」

「どっちも駄目だめだろ⁉」

「そこはかとなく期待きたいしておけ」

「ほんっとに、ルイはむちゃくちゃだな……!」

心外しんがいだな、そうでもないだろう。ところで、おれ天来てんらいがいないあいだとく問題もんだいはなかったんだな?」

「ん、ああ、めし事情じじょうわったけど、おおきな問題もんだいはなかったよ。ちいさいのもなかったけど。いや本当ほんとう天来てんらいさんがいないと、いろいろまわらないもんだなと痛感つうかんした」

「それだけあまえていた、ということだ。あらためろとはわんが、事実じじつ認識にんしき重要じゅうようになる。というかなんだ? おれ天来てんらい進展しんてんになるのか?」

になる!」

「……らしいぞ」

とくなにもなかったので、面白おもしろはなしもない。おれおれでいろいろと用事ようじがあったからな、その都合つごう天来てんらいさそっただけのことだ。面倒めんどうがない大人おとなおんなならば、がままもわん」

「そんだけかよ……」

「まあ、おなあなむじなだ。あのおんな経歴けいれきあらえば、ひととなりもわかる」

穂乃花ほのか過去かこ?」

「おまえたちはくわしくらんだろう? 桜庭さくらばはそれなりになかいようだが、さすがにはなしているとはおもえん」

「ルイがそうであるように、ってか?」

「そういうことだ。たとえそれが、かがやかしい過去かこであってもな」

「わかるもするけど、かがやかしくてもそうなのか」

自慢話じまんばなしをするやつは、そのかがやかしいものの裏側うらがわかさねられた、犠牲ぎせいという大勢おおぜいらん馬鹿ばかだけだ。もちろん、であればこそ、ほこらねばならんこともある。それは自慢じまんではなく、責任せきにんだ」

「またむずかしいはなしになってきたぜ……」

「そうか? ならめておこう、桜庭さくらばねむす」

「もう半分はんぶんてるみたいなかんじだけどな。……いや、いいのかこれ」

問題もんだいない。そろそろ保護者ほごしゃがくる」

「はあ?」

 時間的じかんてきにはそのくらいだと苦笑くしょうすれば、ノックがあってとびらひらいた。おれ室内しつないにいるときかぎはかけないし、きにはいっていとってある。着替きがちゅうであっても、悲鳴ひめいげないので問題もんだいないとつたえておいたのだ。

「こんばんはー……やっぱ瑞江みずえ先輩せんぱいここにいた!」

津乗つのりじゃねえか」

保護者ほごしゃだ」

「あれ、けい先輩せんぱいもいるじゃん。なに、エロいはなし?」

「なんでそうなるんだ……? おれとルイ、結構けっこうはなしてるけど、そういうたぐいはあんまりないぞ。ルイの趣味しゅみらんし」

「そういう趣味しゅみはあまりないな……ひととなりをないと、なんとも判断はんだんできん。いいか津乗つのりおんなとは如何いか努力どりょくするかだ。そして、おとこえらときは、その努力どりょくをちゃんと見抜みぬ相手あいてにしろ」

「なんのアドバイスなの、それ」

「つまり野郎やろうとしては、努力どりょくてやれってことかよ……」

「そういうことだ。まあそのためには? こうして風呂ふろあがりで就寝しゅうしん間際まぎわの、化粧けしょうもしていないおんなるのはいことだ」

「あー、ルイ先輩せんぱいにそれわれても、なにかんじなくなった。ほら瑞江みずえ先輩せんぱいちゃ駄目だめだよ。るなら自分じぶんのベッドまでってから!」

「んー」

「はあ……なんつーか、わかってんだけど、やっぱりょう連中れんちゅうじゃちかすぎて、そういうじゃれねえなあ」

贅沢ぜいたく! それ贅沢ぜいたくだからね先輩せんぱい!」

「うっせ」

一緒いっしょ風呂ふろでもはいって確認かくにんしてみたらどうなんだ?」

わたし御免ごめんこうむる!」

「そっちも結局けっきょく拒否きょひじゃねえか! だったら文句もんくうなよ!」

けい、わかったか。これが複雑ふくざつ女心おんなごころというやつだ。さて、さわがしくなったようだが、そろそろ時間じかんだろう。部屋へやもどってやすめ。夏休なつやすみの宿題しゅくだいがまだなら、とっととかたづけろ」

「はーい」

「おう。ルイはわらせてんのか?」

「とっくにな。でなければ、こんなことはせず、さきかたづける」

「そんなもんか……」

「はいはい、くよ瑞江みずえ先輩せんぱい。ほらって、ほらー」

「んー、んー」

 結局けっきょくきずるようにして津乗つのり桜庭さくらばれてき、ご馳走ちそうさんとからのカップをテーブルにいて、けいく。

 しずかになった部屋へや苦笑くしょうひとつ。さてと意識いしきえ――ああ、そういえば。

 うえかいで、どうやら天来てんらい金代かなしろ部屋へやたずねるようなおとがあったけれど、なにはなしていたのやら。多少たしょうにはなるが、内容ないようについて思考しこうめぐらすほどでもない。いくらおとひびくとはいえ、カゴメがたずねた可能性かのうせいも、あるにはある。

 ――天来てんらいかれている?

 それにかんしてはともかく、信用しんようしつつあるのは、みとめるべきだろう。だが、おれ一体いったいなにがしてやれるのだろうかとかんがえれば、そのすくなさにみたくもなる。

 いつからだろうか、他人たにん期待きたいしなくなったのは。

 たよれる上官じょうかんであっても、期待きたいだけはしなかった。純然じゅんぜんたる事実じじつせつけられれば、期待きたいするよりもまえに、結果けっか想像そうぞうできるから、まあ、あのひとたちはちょっとちがうかもしれないが――結局けっきょくおれひといというやつが、苦手にがてなんだろう。

 他人たにんにはのぞまない。

 のぞむなと、徹底てっていして、そういう態度たいどせられた。

 のぞみはおのれうちいだき、自分じぶんでどうにかしなくてはならない。

 それは。


 ――それは。

 ただ、うしなったとき喪失感そうしつかんが、こわいだけじゃないのか……?

 

 おれわるくせは。

 そういう部分ぶぶんを、そのとおりだと、納得なっとくしてしまうところなのかもしれない。


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