08/15/11:30――かっこう

 サン数字すうじられた、敵地てきち潜入せんにゅう専門家スペシャリストであるところの〝かっこう〟は、そもそも特有とくゆう生態せいたいとでもうべきか、托卵たくらんをする様子ようすなぞらえてそのがつけられている。

 うちの組織そしきなかではとがった連中れんちゅうあつめられているが、表舞台おもてぶたいには〝個人こじん〟としてしかあらわれない、イチ数字すうじおもつ〝やり〟はスペシャルだとしても、サンのかっこうとロク忠犬ちゅうけんは、そのなかでもやや特殊とくしゅである。

 ある程度ていど規模きぼ組織そしきになると、現地げんち情報じょうほうというのをれるため、工作員こうさくいん潜入せんにゅうさせることがある。かれらの仕事しごととは、対象たいしょう地域ちいきんで生活せいかつをすることだ。それと同時どうじ情報じょうほうあつめる――が、基本的きほんてきには現地げんち投入とうにゅうされて成果せいかるまでに三年さんねんわれている。

 周囲しゅうい馴染なじみ、警戒心けいかいしんをなくし、それこそ地域ちいき一員いちいんとして生活せいかつできるようになってからが本番ほんばんだ。場合ばあいによっては、命令めいれいひとつで地域ちいき全土ぜんどこわ引き金トリガーとしてうごくこともある。

 かっこうは。

 三年さんねんかかるその仕事しごとを、それこそ五日いつかなどという短時間たんじかんでこなす。そういう人材じんざいだ。

 三○四サンマルヨン気配けはいえ、周囲しゅうい誤魔化ごまかし、だます。

 三○三サンマルサンおのれだまし、えんじることでむ。

 三○二サンマルニ雑踏ざっとうこそ本領ほんりょうとし、周囲しゅういまぎれる。

 そして三○一ファーストは――姿すがたえる。

 かっこうに四桁よんけたはいない。たった四人よにんだけで、フルメンバーだ。おれだとて、かおまでっているのは三○四サンマルヨン三○二サンマルニだけだし、それにしたって僥倖ぎょうこうともえるべき状況じょうきょう運良うんよ把握はあくできただけだった。

 指定していされた野雨のざめにあるレストランにあしはこび、案内あんないされた個室こしつっていたのは、妙齢みょうれいのご婦人ふじんである。ややおどろいたようなかおから、微笑ほほえみへとわり、おれせきにつくまえ一度いちどあしめた。

「あらあら、あのはどうしたの?」

別行動べつこうどうだ。――当時とうじのあんたのかおっている。いないほうがいい」

気遣きづかいだねえ。すわったらどうだい」

「そうさせてもらおうか」

 ゆっくりとこしろすが、テーブルにならべられている料理りょうりばそうとはおもえなかった。

当時とうじかおではないんだな?」

「そうねえ、あれはもうないもの……ふふ、あなたはわたしうたがわないのね」

っている意味いみがよくわからんな」

わたし本物ほんものかどうかよ?」

「そんなものをうたがってもられるものはない。つなぎをたのんだ三○四サンマルヨンがどうであれ、おれはあんたをうたがっていない。それで十分じゅうぶんだ」

いぬねえ」

「まあな。実際じっさいに、あんたたちのしりっていたのを、そっちはっているものだとばかり、おもっていたが?」

「あはは、そうでもないのよ。いぬというのは、わたしたちにとっては厄介やっかい手合てあいだもの。かかわらずにむなら、そちらのほうがいいわね。れでありながら、むれしていないだなんて、冗談じょうだんにしてはわらえないわ」

「あんたたちの評価ひょうかにも、あまり興味きょうみはない。――ナナネのことだ」

「そうね。べてもいいのよ?」

「あんたがべれば、それでいい」

「あらやだ、警戒心けいかいしんつよいのね」

食事しょくじをしてなごむ、なんてのは、ゆるせる同僚どうりょう相手あいて場合ばあいだけだ」

「そう。じゃあ遠慮えんりょなく。……正直しょうじきって、ナナネについてはたのしいおもしかないわよ? きたいのは、こちらのほうおおいくらい」

「すずは上手うまくやっている」

「そう? あの、ああえてさびしがりやだから、ちょっとはにかけてやってちょうだいね」

「あんたのことは?」

しさわりがない程度ていどならばかまわないわよ」

「そうか」

「それで? ナナネについて、なにりたいの?」

直截ちょくさいすれば、どこまで対応たいおう可能かのうか、だ」

「それはどこであったところで、おな条件じょうけんよ。突発的とっぱつてき事案じあんへの対応たいおう困難こんなんでしょう。けれど、そういった危険性きけんせいをだいぶ排除はいじょしてあるのは評価ひょうかしていたし――ぎゃくに、排除はいじょしきれない部分ぶぶんを、あつめているというのもまた、同時どうじかんじていたところね」

前崎まえざきにおまえ存在そんざいせた理由りゆうは?」

「あなたとは、理由りゆうちがう、という返答へんとうでは駄目だめかしら」

「おまえ仕事しごと自体じたい問題もんだいはなかったんだろうな」

「ええそうね。わたしたのしんで生活せいかつをして、卒業そつぎょう同時どうじただけよ。そのとき状況じょうきょうくらいは報告ほうこくしたけれど、それだけね」

前崎まえざき領域りょういきらすつもりはない。だが――」

「そんなに、自分じぶん存在そんざいいているようにおもう?」

「そこまで自意識じいしき過剰かじょうじゃない」

 ないが、それでもおもうことはある。

 あのおれ一人ひとりまもれるなんてことをかんがえたこともないし、おれ一人ひとりこわせるとはおもわないけれど。

 元軍人もとぐんじん

 その肩書かたがきだけで、おれという存在そんざいかたれないのは、忠犬ちゅうけんっていればだれだとて理解りかいできるはずだ。

事実じじつおれ原因げんいんではないにせよ、トラブルをんだ」

「けれど事前じぜん情報じょうほうがあったわよ? であればこそ、前崎まえざきはそれをっていたし、朝霧あさぎり忠言ちゅうげんをそのままれた」

「であればこその、突発的とっぱつてき事態じたいか……」

「だから天来てんらいのいるりょう配属はいぞくされたのではなくて?」

 場所的ばしょてきにはナナネのはずれに位置いちして、もと二○一フタマル天来てんらいがいるりょう

「トラブルが発生はっせいしそうな人種じんしゅめたと?」

「それだけとはかぎらないけれど、すくなくとも程度ていどはあれど〝問題もんだい〟をかかえたたちがおおいのはたしかよね? そうでないも、緩衝材かんしょうざいとしてはいっているとはおもうけれど」

頻繁ひんぱんあしはこんでいるすずも?」

「あらやだ、一応いちおうってあるのよ? それでもとえらんだのがあのなら、わたしからとやかく立場たちばにはないわよね」

 問題もんだい、か。

 おれふくめて、そういう連中れんちゅうばかりだ。天来てんらい金代かなしろだとて、保護者ほごしゃ位置いちちかいけれど、あしあらったはずの〝過去かこ〟という問題もんだいかかえている。

 天来てんらいれてこなかった理由ワケはここにあった。

 あくまでも――。

「1%でもこりうる可能性かのうせいへの対処たいしょよね? 忠犬ちゅうけんらしいってことかしら」

 ――可能性かのうせいの、いわゆるあらさがしにちかいような、問題もんだいなのだ。

安全あんぜんはどこにもちていない。かねはらってでもつくりだすものだと、おれおそわっている」

「きっと前崎まえざきいたら、しぶかおをするのでしょうね」

 っている当人とうにんは、素知そしらぬかお料理りょうりばす。フレンチのみせなのに、どういうわけかはし器用きよう使つかっていた。

「あのたぬきがか?」

「だって! かねはらってでもつくした安全あんぜん場所ばしょなかで、あなたは、そんなことをっているのよ?」

 つくしたのは前崎まえざきだ。そこに安堵あんどできないおれほうが、きっとひねくれているのだろう。

「それと」

「なんだ?」

だれかのトラブルがんだとき、あなたが対応たいおうできないかもしれない可能性かのうせいには、気付きづいているわよね?」

全員ぜんいんをかけてやれるほど、おれ熟練じゅくれんしていない……」

「けれど、うしないたくはないから、こうしてわたしにまではなしをしにたのよね。でも、やっぱりその可能性かのうせいはあるの」

「それがおれ影響えいきょうである場合ばあい――」

「それなら、対応たいおうできる。断言だんげんできるくらいには、わたし忠犬ちゅうけんこわさをってるわ。でもそうじゃなかったら? ――むずかしいわねえ、これは」

こりうるか」

可能性かのうせいはなしよ。けれど、わたしはいってみたかぎり、大規模だいきぼなにかが発生はっせいする事態じたいは、まったく想定そうていせずともかまわない」

「つまり、トータルで、比較的ひかくてき安全あんぜんであると?」

おおきくまとめればそうなるわね。もちろん、三○一サンマルとしてのこたえよ」

「……」

「ほかの懸念けねん材料ざいりょうは?」

おれふくめて、うちの組織そしき人物じんぶつ配置はいちされたことにかんして、なにかしらの見解けんかいはあるか?」

一定いってい戦力せんりょくかためたかった、という思惑おもわくはなし? 否定ひていはしないけれど――野雨のざめほどじゃないものね。ただ、やっぱりナナネりょうかんしてはべつ

「……だろうな」

づくわよね、いぬなら」

 なにしろはなく――と、われてわるがしないあたり、おれ馴染なじんでいるというか、なんというか……誤魔化ごまかしに、みずのグラスをった。

軍人ぐんじん魔術師まじゅつし血混ちまじりの異種族いしゅぞく……だな」

「そう、まるで〝出入でいぐち〟をかためるような戦力せんりょくねえ」

 だとすれば、それは。

 裏口うらぐちからどうぞと、看板かんばんかかげているようなものだ。

 意図いとがあった。おれがナナネに配属はいぞくされた理由ワケもあった。だがそれは――どうやら、複雑ふくざつ利権りけんじみたなにかが水面下すいめんか存在そんざいしつつも、おれでなくてはならなかったと、そんな理由りゆうではなかったようで、すこ安堵あんどする。

なにもなければ、それにしたことはないんだがな……」

「まったくね。それよりも、天来てんらいほうっておいて、わたしとなんかとっていていの?」

「さあな。いずれにせよ、納得なっとくはしていたし、げんにこうして別行動べつこうどうをしている。文句もんくがあるようならあとけばいい。……そうか、去年きょねんまではナナネにいたんだったな」

天来てんらい寮母りょうぼはじめたころはなしとかきたいかしら?」

いまのあいつが上手うまくやっているのをっているから、べつにいい」

けるわねえ……」

前崎まえざきについての情報じょうほうは?」

てのとおりの〝たぬき〟よ。あれのふところさぐろうとするのなら、朝霧あさぎり内側うちがわむくらいの気迫きはく必要ひつようでしょうね」

「なるほど」

 そうか――。

 いずれにせよ、明確めいかくな〝てき〟はいないと、そういうことか。

 ――そのほうが、よっぽどこわい。

 いつるのかもわからない襲撃しゅうげき時間じかんほど、いやなものはないのだと、おれ経験けいけんからよく、みてっている。

「〝協力きょうりょく〟しろと……そういうことなんだろうな」

「どうかしら。〝問題もんだい〟を解決かいけつしたほういかもしれないわよ?」

「そうかもしれないが、それをおまえわれたくはない。まったく……おそらく、かっこうといぬとの共通点きょうつうてんは、そこにあるんだろうな」

「あらやだ、一緒いっしょにされたくはないけれど、どこが?」

「どうであれ」

 ぐんけ、組織そしき解体かいたいされていても。

「――よう生活せいかつ直結ちょっけつしている。いぬもかっこうも、かたであり、きざまだ」

 所属しょぞくなど関係かんけいなしに。

 そういうかたしか、できない。

「まだわかいのに、難儀なんぎよねえ」

おれには最初さいしょから、こんなかたしかできなかった。いぬになったことには、感謝かんしゃしかない。だからだろう、ナナネでの生活せいかつ馴染なじみきれていないのは」

天来てんらい興味きょうみったのなら、余計よけいにそうでしょうね。ちがうけれど、――同類どうるいちかしいもの」

「ふん」

 興味きょうみ、ねえ。

 だったら、ほかの連中れんちゅうに、おれ興味きょうみくことも、あったのだろうか。

天来てんらいはどう?」

おなあなむじなだということは、われるまでもなく理解りかいしている。だからといって、きずめあうのは遠慮えんりょしたい」

めるならべつのところがいいものね」

「まったくだ。ところで――どうして、招致しょうちおうじたんだ?」

ったでしょう? ナナネでごした時間じかんたのしかったもの。つぎがないわたしとしては、こうした以外いがいでははなしもできないわ。けれど、あなたは?」

「あんたたちは、偽名ぎめい使つかわない。ボードの配備はいび時期じきを〝先読さきよみ〟できていて、そのうえ商売しょうばいはじめた〝キサラギ〟が、三○一ファーストである可能性かのうせい推測すいそくするにたって、おれなかには情報じょうほうそろっていた。らんとわれたのならばそれでもかったからな」

いぬねえ……本当ほんとう厄介やっかい

「こちらにわせれば、かっこうのほう厄介やっかいだ。おな現場げんばにいても、そうだと見抜みぬけるのは、うちの上官じょうかんくらいなものだろう」

見抜みぬかれては仕事しごとにならないのよ?」

「ぬかせ。それすらも利用りようするくせに……」

「そうだけれど、ね。いずれにせよ――状況じょうきょうわっても、連絡れんらくするのはわたしじゃないでしょうし、これ以上いじょうはないわよ?」

充分じゅうぶんだ、たすかった。たとえそれが、問題もんだいやすものだとしてもな」

べていかないの?」

天来てんらいをあまりたせたくはない。――おれ迷子まいごになったらどうしてくれる」

「あらやだ」

請求書せいきゅうしょまわすつもりなら、おれてでしてみろ。無事ぶじおれのところへとどいたら、支払しはらってやる」

四桁よんけたにそんなことはたのまないわよ」

 それもそうかと、おれうなずいてがる。いずれにせよ、うちの組織そしきが〝作戦ミッション〟としてナナネを使つかっていなかった事実じじつがあれば、それでかった。

 さあて、はらった。

 天来てんらいつかまえるまえに、かるなにべておこう。

 〝偽物フェイク〟のツラをながらの食事しょくじより、一人ひとりべたほうがよっぽどマシだ。


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