08/14/08:30――タクシーでの移動

 当日とうじつになったらはらわったのか、天来てんらいあらためて朝食ちょうしょくくちひらいた。

「というわけで、数日すうじつりょうけることになりました。基本的きほんてきには二代ふたよちゃんにまかせていますので、こまったらそちらにってください。あと、できればりょう台所だいどころは、えと、使つかわないように」

「うむ……まさか、台所だいどころおとこおんなもいないりょうだとはな。これはおれ想像力そうぞうりょく不足ぶそくか……」

「いやルイ、料理りょうりとかやるか、この年齢ねんれいで」

「そういうことをっているのではない。あのなけい、レシピというものがなか存在そんざいしているというのに、そのとおりにつくれるひとがいないことを、おれ疑問視ぎもんししているのだ。いいか、津乗つのりもよくいておけ。いくらはらっても――桜庭さくらば料理りょうりだけは、べるな。つくらせるな」

「え、なんで。というか瑞江みずえ先輩せんぱいつくれたっけ……?」

つくれるだろう。そして、あじわるいわけでもない。べたそのみょう調子ちょうしくて、自己じこ記録きろくびるかもしれないが、翌日よくじつにぶりかえしたなにかでうごけなくなっても、おれ保証ほしょうしないからな」

「それマジでやばいやつじゃねえか!」

実験じっけんする、としたらまよわずげろ。……れればいがな」

冗談じょうだんだよね、ね? 先輩せんぱい!」

「ははははは」

わらってごまかすな! ちょっ、穂乃花ほのかさん――なんでらすの⁉」

「いえあの、本当ほんとうに、けてくださいね……?」

「うお……天来てんらいさんがいなくなるっていう状況じょうきょう危機感ききかんを、ようやく実感じっかんはじめたぜ……!」

「まあ上手うまくやれ。おれ天来てんらい上手うまくやろう」

「あのう、そうわれると、なんかこう、そこはかとない不安ふあんがですね……?」

「なんだ貴様きさまおれわせてスーツ姿すがたとはおそるが、まさかこの土壇場どたんばにて、やっぱりやめるとかすヘタレではないだろうな?」

いません。わたし、そこまでじゃないですよ」

「ふん、どうだかな。というかカゴメはどうした?」

「んあ? あさから学校がっこうったみたいだぜ」

「……そうか。よし、そろそろいいか? 天来てんらいくぞ」

「あ、はーい。じゃあお二人ふたりとも、なにかあったら連絡れんらくくださいね」

「おう」

「はーい。穂乃花ほのかさんも、たまには息抜いきぬきしてき……できるかなあ」

「あはは」

 つまりおれがいるから息抜いきぬきにもならんと? ……否定ひていはせんが。

 ちいさなかばんかたからひもげた天来てんらいりょうる。最後さいご一度いちどだけ、ちらりと天来てんらいかえっていた。

心配しんぱいか?」

「もちろんです。なんだかんだで、二年にねんくらいいますからねー、わたしいえみたいなものですし。二代ふたよちゃんにまかせたので、大丈夫だいじょうぶだとはおもいますが」

「そうか」

「あの、ところで、どっちにくんですか?」

「ん? ああ、学校がっこうにタクシーがあるから、そちらまで徒歩とほだ。なあに、時間じかんはまだある、のんびりでいい。こちらにんでもかったのだが、目印めじるしとしては学校がっこうほうがわかりやすいからな」

「なるほど、そうでしたか」

 ここらあたり、納得なっとくしてしまうのがあまいな、このおんなは。

 まちけて学校がっこう到着とうちゃくしたあたりで、はてと疑問ぎもんかべた天来てんらいくびかしげたが、おれ無視むしして迂回うかい経路けいろをたどって校庭こうていへ。

 そこに。

「って、これタクシーじゃないです!」

役目やくめとしてはたようなものだ」

 輸送ゆそうヘリ――いわゆるチョッパーが、エンジンをめてそこに鎮座ちんざしていた。

「ん? おお、たかルイ! いてくれ、交渉こうしょうすえふく操縦席そうじゅうせきへの着席ちゃくせき許可きょかりたのだ! いフライトになるぞ!」

予想よそうしていたから、とく反応はんのうはない。事故じこったらこう一年いちねん、おまえ雑用係ざつようがかりになるだけだ。下手へたつなよ」

「もちろんだとも! 出発しゅっぱつか? さあれ、れ!」

「うるさいな……」

 れ、なんていながらさきんでしまったカゴメの姿すがたえる。

天来てんらい、もちろん大丈夫だいじょうぶだろうな?」

「ええ、経験けいけんはありますから」

 ならいいと、おれさきみ、して天来てんらい補助ほじょをしてやる。さすがに四十名よんじゅうめいかるせられる機体きたいであるため、なかはがらんとしていたが、操縦室そうじゅうしつほうからおとこ片手かたてげながらかおせた。

「シィー、掃除屋そうじやつぎ輸送業ゆそうぎょう転職てんしょくか?」

「ようネイ、またったな。。CHの57だ、そこそこあたらしいチョッパーだぜ。びっくりするぐらいなかしずかだ、ひゃくキロノットでの快適かいてきたびさ。すわってくれ、もうる」

 出入でいようとびらめたので、おれ天来てんらいならんでこしければ、わずかな振動音しんどうおんともにエンジンにはいり、やがてした。

しずかなものじゃないか。いまどきのへい随分ずいぶん快適かいてきそうだな?」

おれはもう引退いんたいしてるよ。煙草たばこもいいぜ、えよ。で、おまえ一緒いっしょくのは、このちっこいのか?」

「こうえて、結構けっこう年齢ねんれいかさねている……」

「ちょっと不知火しらぬいくん、そんなにわりませんからね?」

おれより年上としうえだろう、なにっている天来てんらい

「それでも、です!」

「――、天来てんらい殿どの?」

「え? あ、はい、そうですよ」

失礼しつれいしました! 自分じぶんはシャルネリア・ハゴットであります! 三年前さんねんまえ当時とうじ階級かいきゅう軍曹ぐんそうでありました。現地げんちへの作戦さくせん指示しじ、および情報じょうほう提供ていきょうをされた、天来てんらい殿どのですね? そのせつはありがとうございます!」

「あー、はい、そういうこともありましたね。一人ひとりでもおおのこってくれれば、との判断はんだんでした」

「はい。自分じぶん小隊しょうたいはあの作戦さくせんたすかりました。――おいルイ、こういうことはさきってくれ。失礼しつれいはたらいたじゃねえか」

「ふん、そんなことはらん。というか貴様きさま最終さいしゅう階級かいきゅうは?」

退役たいえき曹長そうちょうだ。いまはただの一般人いっぱんじん。まあいい、おれ操縦室そうじゅうしつにいるから、なにかあったらこえをかけてくれ。天来殿てんらいどのも、フライトをおたのしみください」

「ありがとうございます」

「では失礼しつれいします」

 かかとそろえ、直立ちょくりつをしてから、前方ぜんぽうにある操縦室そうじゅうしつかうシィーをうのも面倒めんどうだったので、おれはシートしたにある物置ボックスなかから、灰皿はいざらした。

「そんな仕事しごともしていたのか」

情報じょうほうあつめるだけじゃなく、作戦さくせん立案りつあんくらいは必要ひつようですからね。うちはぐんいろつよかったですし、よく要請ようせいされました」

おれ介入かいにゅうした現場げんばには、そういうこともなかったが?」

「あのですね……いぬわたしたちがあつめた情報じょうほうを、すでって現場げんばりするんです。作戦さくせん立案りつあんをしても、すでにそれは実行中じっこうちゅうか、それ以上いじょう結果けっかているんです。……これは退役たいえきしてから、調しらべたんですけどね」

「……つまりおまえ役立やくたたずだった、ということか?」

「そうですね! まったくもう、本当ほんとう忠犬ちゅうけんこわいからきらいです」

おれたちとしては、当然とうぜんのことをやっているだけなんだが……うか?」

「あ、はい。いただきます。寮生りょうせいもいませんしね」

「なんだ」

 うのか。まあ軍人ぐんじんというやつは、さけ煙草たばこ珈琲コーヒーと、この三点さんてんがつきものだからな。

実際じっさいに、いぬにだって錬度れんどのばらつきはある。ただ、朝霧あさぎりさん直下ちょっか配属はいぞくになるおれたちは、どうしたって、こうなっちまう」

朝霧あさぎりさんの要求ようきゅうレベルがたかいんですか?」

「あのひと自身じしんのレベルがたかいんだ。……あこがれをち、いつきたいとねがい、すこしでもささえたいといのりにもおもいをいだけば、一歩いっぽずつまえすすむしかない。おれたちはそうやってきてきた。同時どうじに――その期待きたい裏切うらぎれないと、そんな気持きもちも背負せおってな」

道理どうりで、錬度れんどたかいわけです。……あれ? その同僚どうりょういに、くんですよね?」

「そうだが」

「……なんか余計よけいこわくなったんですけど」

安心あんしんしろ。朝霧あさぎりさんよりこわひとはいない。一応いちおう予定よていいておくか?」

「はい、では一通ひととおり」

目的もくてきはいくつかあって、そのうちのひとつは〝かっこう〟と接触せっしょくすることだ。おそらくナナネを調査ちょうさしたのは、連中れんちゅうだろうからな」

三○サンマルのかっこう……潜入せんにゅう調査ちょうさ特化とっかがたですよね?」

「まあな。わるさをしていたわけじゃないから、それこそかかわらないんでもいいのだろうが、いくつか確認かくにんはしておきたい。それから同僚どうりょうって、おれ使つかうサーバの構築こうちく手配てはいだな……こしけられそうだということだ、よろこべ」

「そうわれましても……外部がいぶサーバをつくるんですか?」

いまのままでは、ネットじょう情報じょうほうあつめることも、ままならんからな。たし天来てんらいは、学内がくないサーバの構築こうちく一役ひとやくっているんだろう?」

「えっと……そのとおりですけど、だれからいたんですか」

さっしただけだ。りょうにはそのような気配けはいもなかったからな。とりあえず、おおきな目的もくてきとしてはこのふたつだけだ。野雨のざめにはどのようなあそがあるのかも、おれはよくらん。いてえばそうだな、普段ふだんから料理りょうり用意よういしている天来てんらいに、なにもせずとも食事しょくじてくる環境かんきょうつくってやるくらいか……」

「あ、それはたすかります。でも、それだけなんですか?」

息抜いきぬきの旅行りょこうにしては、おおすぎるくらいだとおもうが?」

「それはそうかもしれませんけど……わたしとしては、とくにこれといって要求ようきゅうはないです。温泉おんせんたのしみですけどね」

「なんなら、軍曹殿ぐんそうどのでもそうか?」

「いえいえー、兎仔とこちゃんはいそがしそうですし、そういうのはいいですよ」

 あはは、なんてわらいながらも、煙草たばこ天来てんらいはそれなりにリラックスしているようだった。

「……そういえば、おまえ経歴けいれきらないんだが、どうだ。調しらべてもかまわないか?」

「うーん、かくしている部分ぶぶんもありますし、どこまで調しらべられるかはさだかじゃないですけど、どうでしょう?」

してないのか?」

面倒めんどう過去かこですからねー、できるかぎりはしてますよ」

おれならば辿たどられたところでこまらんだろう? いやだというならひかえるが」

「まあ……いいですよ、調しらべても」

 ちいさく、苦笑くしょうするようなかおをされたので、ではふく調しらべてやる、なんて、いつものような軽口かるくちめておいた。

「あまりたのしい情報じょうほうじゃないですけどね?」

「おまえのことをりたいとおもっただけだ」

「――」

「……? どうした?」

「あ、いえ」

 なんだ? おどろいたようにもえたが……おれへんなことをっただろうか。

「ヘリはれているのか?」

現地げんち投入とうにゅうは、あんまりなかったですけどね」

情報部じょうほうぶあつかいだから、そんなものか」

不知火しらぬいくんは、やっぱりおおかったんですか?」

いぬになってからは、りくあるくことのほうおおかった。海兵かいへい時代じだいとく後半こうはん狙撃そげき仕事しごとで、他部隊たぶたいざることが――……そうか、あいつだったか」

「うん?」

まらん昔話むかしばなしだ。三年さんねんくらいまえになるか……他部隊たぶたい増援ぞうえんされたおれは、いつもの所属しょぞく部隊ぶたいからはなれて、狙撃兵スナイパーとして一人ひとり、ヘリにんだ。疎外感そがいかんはあったが、仕事しごとにそんなことは不満ふまんにもならない。からまれるのも面倒めんどうだとおもって、狙撃銃ライフルかかえてつむっていたら、黒人こくじんおとここえをかけてきてな。ガタイの野郎やろうだ、名前なまえはシュア。おれ名前なまえつづりをむと最後さいご部分ぶぶんはネイン、つまり否定ひてい言葉ことばだ。そいつはシュア、肯定こうてい言葉ことば。だからまらんかおをしてんじゃねえって、煙草たばこげられたんだよ。しばらくはなして、それっきりだったが――ヘリにって、煙草たばこってからようやくおもした。それだけだ」

いがおおいというのも、いことばかりじゃありませんね」

「そうだな。しかし、後悔こうかいをしているわけじゃない……おれ一人ひとりになったらまずいと、そんなことは天来てんらいならっているだろう?」

「そうですね。いま印象いんしょうは、――あやうくかんじます」

もろいと、そうってくれてもかまわない」

一人ひとりではいられません。でも、それはきていれば、だれだってそうです。でも不知火しらぬいくん、ひとついいですか?」

さきこたえをってやろうか。――無理むりだよ、天来てんらいおれえられない」

 そうだ。

 きているかぎり、いはかならずある。きっとおれ組織そしきなかで、いぬとしてうごいている時期じきというのは、一番いちばん安心あんしんできていた時間じかんだっただろう。けれど、そんな時間じかんながくはつづかなかった。

 いがある以上いじょうだれかにれることもあるし、れられることもある。距離きょりちかづくことも、とおくなることもあって――最初さいしょからとおざけておく、なんて選択肢せんたくしは、除外じょがいされるものだ。何故なぜなら、現実的げんじつてきにそれは不可能ふかのうだから。

 現実げんじつとして、おれ寮生りょうせい一人ひとりとしてらしている。

 そのうえで、であればこそ、天来てんらいはこういたかったのだろう。

 ――おれいのある連中てんちゅうの、だれかがぬことを許容きょようできるのかと。

「だからおれは、そうならないよう尽力じんりょくするだろうな……」

 尽力じんりょくしたうえで、それでも……もしも、だれかがんだのなら、おれはもう、おれとしてきられない。ぽっきりとれる。禁忌きんきとされている自殺じさつすら、まえにぽつんとちた正解せいかいのよう、ひろってしまうかもしれない。

 おれもろい。

 限界げんかいだとは、くちけてもわないけれど、たぶん、それにちかい。

 つぎに。

 もしも、だれかをうしなったとき――える自信じしんが、なかった。

「だからですよね、不知火しらぬいくんがだれかにちかづこうとしないのは」

「ん?」

瑞江みずえちゃんなんかは、顕著けんちょじゃないですか? ちがう〝興味きょうみ〟もってますけど、好意こういせてます。それをみとめながらも、でも、不知火しらぬいくんからちかづかないのは――そういうことですよね?」

「……ああ」

 しかり、しかりとうなずくしかない。

おれのようになっては、こまるからな」

 いをくすつらさを、体験たいけんしてしいとはおもわない。そして、たぶんきっと、なくなるのはおれ一番いちばんはやいはずだ。

 地獄じごく予定帳よていちょうには、きっとおれ名前なまえがあるくらいだと、そうおもっている。

 一緒いっしょきよう、だなんてことはえない。――ってはならんのだ。それは相手あいてに、おれみとめろとっているようなものだから。

不知火しらぬいくんは、教師きょうしとかいてそうなんですけどね」

「そうか? 訓練くんれん教官きょうかんとしての評判ひょうばんは、たしかそうわるいものじゃなかったが、それなりにしりたたいたものだぞ」

「あはは……後進こうしん育成いくせいができれば、そうやって〝現在いま〟を誤魔化ごまかすことも、すくなくなるんじゃないかなと、勝手かっておもったのですよ」

 誤魔化ごまかす――か。

 そうだな。どうにかきてはいるが、たしかにおれは、過去かこにずっととらわれている。もちろん、クソッタレなそれを、二度にどこしたくはないと、いまきているのも事実じじつだけれど――それしかないと、おもんでいるだけだ。

 ……いかんな。

「おそらく、自己じこ分析ぶんせきふくめて、そういうことを〝自覚じかく〟しているのも、ひとつの問題もんだいなんだろう」

おもみかもしれませんよ?」

「そうかもしれん。だが、そうであったらい、とはおもえない」

 おもみだったとしても、それがくつがえるわけではないのだから。

くらはなしになっちゃいましたね」

「ん――そうか? まあ、そうかもしれんな」

 そうでもないとおもうが、そうかんじるほうがおかしいのか。

遊覧ゆうらん飛行ひこう、というわけにもいかんか……」

結構けっこう速度そくどてますよね。ちゃんと許可きょかってるんでしょうか」

「さあな。そのあたりは、手配てはいした軍曹殿ぐんそうどのいてくれ」

 いそたびではないにせよ、そうとおくない距離きょりだ。カゴメがちょっとたのしんで迂回うかいしたところで、そのうちに到着とうちゃくするだろう。

 天来てんらいならば、そう気遣きづかわなくてもいい相手あいてだ。おれ多少たしょうは、たのしいたびだったと、そうおもえるといいんだが……さて、どうだかな。


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