08/03/22:30――これからへの分岐

 おさけみにきましょう、なんて天来てんらいしたものだから、こいつは熱中症ねっちゅうしょうにでもなっていながら、それに無自覚むじかくなのかとうたがったものだが、いいからいいから、なんて背中せなかされ、おれ天来てんらい一緒いっしょまち酒場さかばあしはこんだ。

 金代かなしろにはこえをかけないのかとったら、給料日きゅうりょうび月末げつまつだったから駄目だめだとう。どうも、ぎてかね使つかうため、かねのないときじゃないとさそわないらしい。

「……いがながいのか?」

二代ふたよちゃんとは、士官しかん学校がっこう時代じだいから一緒いっしょでしたよー。おんなすくなかったので、そこからのえんですね。ああえて二代ふたよちゃんは、かしこいんです」

くちわるいがな。で? 実際じっさいには何年なんねんなんだ? 年齢ねんれい逆算ぎゃくさんして、ここで大声おおごえおどろいてやるからってみろ」

絶対ぜったいいません! もう……あ、ここです」

「このまちには二件にけんしかないからっている」

「というか、まれたのはわたしなんですけどねー」

 その言葉ことば意味いみは、あしれた瞬間しゅんかんの〝気配けはい〟でわかった。おれにとっては朝霧あさぎりさんよりもこわひとが、そこにいたからだ。

 は、それこそ天来てんらいよりちいさいのではないかという、小柄こがら少女しょうじょだ。年齢ねんれいもまた、おれとそうわらない――が。

 六○○九ロクマルマルキュウ

 部隊ぶたい上官じょうかん朝霧あさぎりさんなら、おれ直属ちょくぞく上官じょうかんが、彼女かのじょである。は、トコ……たしか、兎仔とこだ。

「よー、ルイ」

「――、ああ、失礼しつれいした。どう対応すればよいものか、まよったので。ひさしぶりです、軍曹ぐんそうど……失礼しつれい兎仔とこさん」

「おう。らくにしてはなせよ、朝霧あさぎりさんにした対応たいおうであたしもいいぞ。穂乃花ほのかきゅう連絡れんらくしてわるかったな」

「いえいえー」

「……? 兎仔とこさんと天来てんらいは、以前いぜんに?」

「こいつをがしたのが、あたしなんだよ。いぬまわってきた仕事しごとだったしな。こいつがいぬきらいだしたのも、そこらへんだ」

兎仔とこちゃん、ひどいんですよー。わたしすわってあつめた情報じょうほうあるきながら三分さんぷんあつめるんですもん。はんきでしたよー……」

 天来てんらいすわったので、おれづいて、兎仔とこさんの対面といめん椅子いすって、すわる。

「それより、どう……」

「ああ、いい、いい、むかしみたいなはなかたでもにしねーよ」

「ありがとうございます。どうなされたのですか?」

朝霧あさぎりさんには、事前じぜんってあったんだよ。どうであれ、おまえ使つか状況下じょうきょうかになったら、あたしをとおしてくれってな。だから許可きょかしたのも、あたしだ。あの程度ていど仕事しごとだとしても、一応いちおうな」

「そうだったのですか、初耳はつみみであります」

安堂あんどうとおまえは、あたしがてやったから、当然とうぜんだ」

自分じぶんおぼえているのは、問題もんだいがあったら軍曹殿ぐんそうどのえと、それだけであります」

「おまえはちゃんとおぼえてたみてーだな。安堂あんどう野郎やろうは、わすれてやがったが」

 安堂あんどうというおとこは、一年間いちねんかんだけ軍属ぐんぞくしていたおとこだ。軍属ぐんぞくというより、その特異性とくいせいからすぐいぬったので、まあ半年はんとしくらいは一緒いっしょ行動こうどうしていた。兎仔とこさんに直接ちょくせつおそわったのは、だから、おれ安堂あんどうだけだ。ちなみに、安堂あんどうをアンドゥとんだヤツがいて、そこから派生はせいしてアンドゥ、つまりトゥエルブとばれるようになった。

「あいつは元気げんきにやっていますか」

「おまえより、よっぽど人生じんせい謳歌おうかしてるぞ」

「そうですか……」

「まったく、穂乃花ほのかにもこいつにはこまっただろ。ここはあたしのおごりだから、きなだけめ」

「ありがとうございます、兎仔とこちゃん。じゃあ焼酎しょうちゅうにしましょう。不知火しらぬいくんはどうします?」

「いや、おれは――」

「あたしがたのんださけを、半分はんぶんむ。そのあいだにあたしはつぎさけたのしめる。それでいいな?」

「はい、ありがとうございます」

相変あいかわらずさけ苦手にがてか、ルイ。めるし、翌日よくじつすわけでもなし、――ただあじえないんだよな?」

「ええまあ」

なにかあったんですか」

「ん、……むかし戦友せんゆうかくってたさけをくれてな。当時とうじ状況じょうきょうでは、それこそ一日いちにち三食さんしょく満足まんぞくえなかったってのに――そいつが、おごりだってって、わらいながらにやがった。それをんで以来いらい、アルコールをぐだけで、そのさけあじ口元くちもとひろがる」

「そうなんですか……」

「こいつは戦友せんゆううしなったかずおおい。そのうえ、まだガキだ。分別ふんべつもつかないガキならまだしも、訓練校くんれんこうじゃ大人おとなにならなきゃやってられねー。こいつはな穂乃花ほのか、もうにたいとずっとこころ奥底おくそこねがいながらも、くなった戦友せんゆうたちの言葉ことばと、あたしや朝霧あさぎりさんの言葉ことばでそれにふたをしてる。本当ほんとうはあたしのとど範囲はんいいておきたかったんだけどな……」

「いえ、それは」

「ばーか、だったらシャンとしろ。ま、安堂あんどうみたいに再訓練さいくんれんすほどじゃなかった。うでちてないようでなによりだ」

「ありがとうございます、軍曹殿ぐんそうどの

 本当ほんとうに――このひとには、あたまがらない。組織そしきひろわれてからはずっと、おそわっていたから、あたまげれば狙撃そげきかれる、みたいな感覚かんかくである。

「ああそうだ、メイリスもにしてたぞ」

「ぶほっ!」

「あのおんなが、でありますか?」

「おう。っていうか、なんで穂乃花ほのかはむせてるんだ?」

「あ、あのう……メイリスって、あの?」

らないのか? つーか、ってねーのか。ルイに狙撃スナイプおしえたの、メイリスだぞ」

「んげ……不知火しらぬいくんをがまたわりそうですよう」

「なんできそうになってんだ、おまえは。可愛かわいいヤツだなー」

 メイファル・イーク・リスコットン。校長こうちょう前崎まえざきつまらしいが、クソッタレなブロンドおんなだ。狙撃そげきうでは〝一流いちりゅう〟のてていない。名実めいじつともにみとめられた記録きろくは、いまだにのこっているらしい。といっても、メイリス自身じしんは、過酷かこく現場げんば投入とうにゅうされ、仲間なかま屍体したい一人ひとりでもらすために、準備じゅんびもほどほどに対物たいぶつねらったらしいが、結果けっか結果けっかである。

 簡単かんたんえば――有名ゆうめいな、狙撃手スナイパーだ。

 対物狙撃たいぶつそげき、アンチ・マテリアルライフルでのちょう長距離ちょうきょり狙撃そげき公式こうしき記録きろく三二○七さんぜんにひゃくななヤード装甲車そうこうしゃ撃破げきは、ワンヒットキル十一秒じゅういちびょう五連続ごれんぞく射撃しゃげき。つまりおれわせればとんだ馬鹿ばかだ。

めぐまれてるからこそ、――こうなっちまう。そのうえ、ガキだから、部隊ぶたい連中れんちゅうもこいつだけはかそうと、普段ふだんにくまれぐちしかたたかないのに、いざってときにはそういう行動こうどうになる。もちろん生還せいかんできる実力じつりょくゆうしてる。ぐんにとっちゃいいことだ。へいとして、一個人いちこじんとしては、おもうところもあるさ。あたしには、どうすることもできねー問題もんだいだ」

苦労くろうをおかけします、マァム」

感謝かんしゃすんなよ。馬鹿ばかだなー、おまえは」

 ほれ、と煙草たばこげられたので、おれはそのまま一本いっぽんくちにした。

「それはやるよ、たまにはってやれ」

「ありがとうございます」

「んで、こっちじゃ上手うまくやってんのか?」

自分じぶんでは、なんとかやっているとおもいますが……おい、どうなんだ天来てんらい

「そうですねえ。くちわるいのがなんとかなれば、もっといんじゃないかと」

「はあ? おいルイ、こいつら間抜まぬけのたぐいか? 普段ふだんのおまえ、そんなにくちわるくねーよな。よく朝霧あさぎりさんと適当てきとうはなしてるのかけるけど、りがってるし」

「そこが問題もんだいだとおもうんですけど?」

「そりゃ、多少たしょう皮肉屋ひにくやだが……おい、心配しんぱいになってきたぞ。大丈夫だいじょうぶかルイ、いじめとかないか?」

「さすがにそれは、ありませんよ……」

「あったら絶対ぜったいにトラブルをこすから、相手あいてへの慰謝料いしゃりょうかんがえなくちゃいけねーし、大変たいへんなんだよなあ」

なにをするですか。被害者ひがいしゃじゃないですよね、それ。っていうか、やっぱりいぬ物騒ぶっそうです……」

軍曹殿ぐんそうどの朝霧あさぎりさんは、なにっているんですか」

「あー……駄目だめだ、ってるがおしえられない。あのひと事情じじょうだ。まれたおまえでも、全体ぜんたいおしえることはできねーよ。穂乃花ほのかじゃ尻尾しっぽつかめない」

「うぐ……そっちのがこわいですよう」

「なんていた?」

「ブースターの情報じょうほうだと」

「ああ、今回こんかいはそっちのけんふくみでか。あー、どうすっかな、いや、やっぱわねーよ。あたし個人こじんとしちゃ、おまえみたくはない。ここでのんびりらしてろ」

 これだから、このひとは。

 おれにはこのひとおんかえすこともできない。それが痛烈つうれつなまでに、きていていつかかえせというメッセージのようで、おれには苦笑くしょうしかできないのだ。

 いや、正直しょうじきえば、おもい。

 ――くるしいほどに。くるおしいほどに。

「まあいいや、上手うまくやってんなら、安心あんしんした。ああそうだ、おまえ温泉おんせんはいったことあったっけか?」

「いえ、ありません」

日本にっぽんたら一度いちどはいっとけ。あー、野雨のざめにある旅館りょかん予約よやくれておいてやるから、い。あとで連絡れんらくしてやる」

「わかりました。ありがとうございます」

「ちなみに二人ふたりぶんでの予約よやくだから、だれれていよ。いいな?」

「はは……諒解りょうかいしました」

 最悪さいあくけいれてこう。あとでわらわれるのがわかるので、本当ほんとう最悪さいあくときだが。

支払しはらいはあたしがつ、ゆっくりしてけ」

「おいそがしいのでありますか?」

組織そしき仕事しごとをしてたときほうが、りょうすくなかったぞ。見送みおくりもいらねーよ、あたしがおまえのツラをたかっただけだ」

自分じぶんほうこそ、きました。ありがとうございます、軍曹殿ぐんそうどの

「……馬鹿ばかだな。いいか、なに問題もんだいきたらまずあたしに連絡れんらくしろ」

諒解りょうかいであります」

「ん。じゃあなルイ、穂乃花ほのか

「はい」

「はーい、またおいしましょう、兎仔とこちゃん」

 最後さいごまで、それでもとおれがったまま見送みおくってから、かるせる。

 ――まいった。

 このタイミングでかおせたのは、おれがここのところ安定あんていしていなかったのを、見越みこしていたんだろう。そういう好意こういがありがたい。もちろん、かおたかったのも事実じじつだろうけれど。

 かえさない。

 それをあらためてしめされたような気分きぶんになる。おれがまだ、あのひとあずけているものは、かえしてくれないのだ。

兎仔とこちゃんには従順じゅうじゅんなんですねー」

「なんだ」

 嫌味いやみたっぷりでわれたので、おれ対面といめんまわってからこしろすと、あたらしい煙草たばこばした。

不満ふまんげだが、あのひとがいなければたぶん、おれきていない。過去かこ現在げんざいつぶされて、とっくに役立やくたたずだ。いぬになってからはずっと世話せわになってる。いまも――もらったものを、かえせそうにない」

 まずは、そこなんだろう。もらったものをかえして、そこから――おれは、あずけたものを、かえしてもらえる。

「……そのわりに、あまりうれしそうにはなさないんですね」

おれなさけないことを証明しょうめいすることの、なにがうれしいんだ」

不知火しらぬいくんは、一人ひとりでいちゃダメなタイプですね」

「それは痛感つうかんしている。たぶん、ここへの配属はいぞくもそういう意味合いみあいがあったんだろう。ありがたい気遣きづかいだ」

 つまり、ここからる、というおれ選択肢せんたくし最初さいしょからうばっていたようなものだが。

こまったものだ……」

「こうってはなんですが、ひとっていうのはよくわかりません。いくら情報じょうほうあつめたって、理解りかいしたになっちゃうだけなんですよねえ」

「そんなものだ。おれだっておまえのことはよくわからん。わかっていたら、こんなにくるしまない」

「……弱音よわねかないんですね」

共感きょうかんしたやつは、なぐさめない。それとも、これからベッドのうえなぐさめてくれるとでも?」

「う……うーん、ちょっとそれもいいかなーと、おもってたんですけど、ね?」

さけぎたとおもっておいてやる」

「……うん、かなかったことにしてください」

おんな気分きぶんじゃないんだ。……そういうみせに、れてってくれる仲間なかまも、いなくなっちまった……ああ、わるい。ながしてくれていい」

「そのひとは、どんなひとだったんですか?」

「ふん。……ま、わるガキだよ。普段ふだん一人ひとりでなんでもやるくせに、どうしてかおれ非番ひばんだと、れまわすんだ。で、おこられるのも一緒いっしょ罰掃除ばつそうじ一緒いっしょ一人ひとりなら上手うまくやれるのにと愚痴ぐちりながら、やっぱりおれっていく。がおれなかったのがやまれる……」

れないのですか」

「こいつもいつかんでしまうってか? ――無理むりだ、そんなことをかんがえていたら、一人ひとりさきぬ。仲間なかままもりたいともおもえないなら、まもってもくれない。そもそも仲間なかまじゃなくなる。そうやってこころをどんどんすりらすから、兵隊へいたい退役たいえきはやい。もちろん、士官しかんになる連中れんちゅうだっているけどな」

「……やっぱり、ホテルきましょう?」

「はは」

 ま、そのながれにってもかまわないんだが――。

おんな勇気ゆうきしたらこたえるのがおとこだが、いまおれ過去かこなつかしんでいる。一緒いっしょても、おまえをきちんとられない」

「それでもいいですよ?」

「よせよせ、おたがいにきずふかくなるだけだ。気持きもちだけっておく。それと、きちんとおんなとしてているから、そこは安心あんしんしておけ」

「はあ……うん、まあ、残念ざんねんですけど、納得なっとくしておきます」

 きっとそのほうが、天来てんらいにとってもいだろう。

 だがな、おれはこういうおとこだ。過去かこおもいをせ、いまにもくずちそうな足場あしば直視ちょくしできず、誤魔化ごまかしながらきている。

 いや。

 ただ――かされている。

 おれはそれを、と、むのだ。


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