08/03/10:00――海辺の戯れ

 どういうわけか、今日きょう海辺うみべあそぶ、とのことだった。

「……どういうことだ?」

水着みずぎにまで着替きがえて、仮設かせつテントをてて、もの用意よういしておいてそれか?」

「そうだ」

威張いばるなよ」

正直しょうじき、ほとんどながしていたからな。おんなあつまってはなすとなれば、どうせ話題わだいあまいものか、陰湿いんしつ愚痴ぐちか、生理せいりないなやみくらいなものだろう? 真面目まじめいていては、からだがいくらあってもりん」

「ルイ、おんなてきまわすぞ、それは……」

 どうしてけいがそこで残念ざんねんそうなかおをするのだ。

あついし、ちょうどいだろ。ここはうみちかいし、りょうのメンバーでこうやってあそびにくるんだ。なつやすみに一回いっかいは、まあ、天来てんらいさんがすからな」

息抜いきぬきだ、とだけ理解りかいしておけばいいか」

「――ま、おまえ調子ちょうしもちょいとわるそうだったしな」

「ん? ああ、しばらくねむれてないだけだ。あさ睡眠すいみんかえすと、いわゆる一日いちにちの〝区切くぎり〟が曖昧あいまいになってな、どうもすっきりしない。おれにとってはれたものだが、そうか、調子ちょうしわるえるものなのか」

「おいおい……れてるのはいいけど、大丈夫だいじょうぶなのかよそれ」

「はは、おまえにしなくてもいい」

対策たいさくはねえのか? たとえばほら、さけ……じゃない、睡眠すいみん導入剤どうにゅうざいとか?」

さけはあまりかないし、むしろもっとテンションがちる。睡眠すいみん導入剤どうにゅうざいなんか最悪さいあくだ。悪夢あくむなかから〝られない〟なんてことを想像そうぞうしてみろ、きてからしこたまくぞ……」

「マジか……」

「……うん? なんでこんなはなしになったんだ?」

「だから、気分きぶん転換てんかんうみってことだよ。そういやルイはおよげるのか?」

海兵かいへいおよげない馬鹿ばかはいない。……あ、いたな、そういう馬鹿ばか。あれは仕方しかたない、からだ金属きんぞくでできていたからな。そう納得なっとくしてあきらめた。さんざんうみおとされてな。およげるようにならんと罰掃除ばつそうじやらなにやらで面倒めんどうなんだ」

「だったら問題もんだいはねえか。この近辺きんぺん砂浜すなはまはボードも使つかえるし、あとであそぼうぜ」

訓練くんれんてくださいとおねがいされれば、とりあえずかんがえてやろう」

「……、ちょっとかんがえとく」

かんがえるだけだからな、おれも」

「うっせ! んじゃ、おれさきうみくわ」

たんのか?」

「あとでいくらでもれるおんな水着みずぎってたって、仕方しかたないさ。怪我けがだらけのおまえからだ自分じぶんのをくらべると、筋肉量きんにくりょうみたくなるし!」

きたかたらんのだ! 貴様きさまはボードよりまえ基礎きそ体力たいりょくをつけろ! そんなんじゃベッドのうえ二回戦にかいせんたんぞ⁉」

「うるせえ馬鹿ばか野郎やろう! こんなところで訓練くんれんなんかしてたまるか!」

 ふん、軟弱なんじゃくものめ。

「おたせしましたー」

 バスケットを両手りょうてった天来てんらいがきた。

「いいパーカーだな。白色しろいろひかり反射はんしゃしそうで鬱陶うっとうしい」

「そこ! そこまずは水着みずぎめるところですから!」

「そうか! ならば水着みずぎめてやろう! いい水着みずぎだ! 速乾性そっかんせいがあり、みず抵抗ていこうすくなく、それでいて小奇麗こぎれいないい水着みずぎだ! 凹凸おうとつのない貴様きさまからだにはぴったりだな!」

「ちょっ、なんで大声おおごえうんですか! ほかのひともいるんですからね! あとわたしめてくださいよ!」

「よーしわかった。そこまでうのなら、その邪魔じゃまなパーカーと水着みずぎいでおれまえて!」

「なんで水着みずぎまでがなきゃいけないんですか! もうわけがわからないです!」

おれにはどうしてそんなにおこっているのか、さっぱりわからないんだが……?」

「あっ、ぐっ、このっ……!」

「……先輩せんぱい、こっちまでこえこえてたんだけど」

「おお津乗つのりこえていたのならはなしはやい。なんなんだこのおんなは。よくわからんがおこっている」

「ちゃんとめないからじゃん。ちなみにわたしはどう? どう?」

「……? 布面積ぬのめんせきちいさいが、貴様きさまもでこぼこがすくないから、なんというかその努力どりょくかんがえれば、きっと貴様きさま上官じょうかんなみだながして、もういいのだとゆるすことだろう。もっとむねがあればと、こぶしにぎくやしさをみしめるかもしれないな」

「あっはっは。――なぐっていい?」

わるいとはってないだろう。おい天来てんらい、あとで荷物番にもつばん交代こうたいしてやる」

「へ? ああー、いいですよ、大丈夫だいじょうぶです。たのしんできてください」

「あ、先輩せんぱい。あとですずっちも合流ごうりゅうするんで!」

「そうか。よし! 気合きあいだ! テンションをげてたのしもう!」

 そうって、おれはしす。

 ――うみ横目よこめに、砂浜すなはまはしりだした。

 よるにうなされてることなど、きているいまにしていない。それこそ毎度まいどのことである――が、まあ、この基本的きほんてき運動うんどうをしようかとおもいたったのだ。砂浜すなはまでの訓練くんれん海兵隊かいへいたい時代じだいおもす。そのとき一人ひとりじゃなく、まだ十数人じゅうすうにんはん行動こうどうしていた。

 素足すあしすなってすすむ。その感覚かんかくたのしいとおもえているうちがはなだ。

 はしって、はしって、あしる。うみはいい、どれだけあせながしてもうみめば全部ぜんぶながされる。途中とちゅう適当てきとうかえして往復おうふくしていると、幾人いくにんかがこえをかけてきた。余裕よゆうがあるうちには適当てきとう返事へんじをする。

 どれだけはしっただろうか。おおよそ一時間いちじかん目安めやすをつけたペースだったが、おれそらあおぐようにして、うえて、色合いろあいがにぶいのを自覚じかくすると、そのまま仰向あおむけにたおれた。呼吸こきゅうあらいが、肺活量はいかつりょうはあるほうだ、すぐにくだろう。

 ああ――はしったな。

 なつかしい疲労感ひろうかんだ。そして、最後さいご一本いっぽんだと、この状態じょうたいはしらされるのが訓練校くんれんこうである。

「……いつやすむかと、心配しんぱいした。もうわりか?」

「ああ、カゴメか……」

 ひらくとまぶしかったので、でひさしをつくると、くろ基調きちょうとした競泳用きょうえいよう水着みずぎのカゴメがいた。

みずだ」

くな、めずらしいこともあるものだ。おまえ水着みずぎには、抵抗ていこうらす以外いがいにも効能こうのうがあるらしい」

 上半身じょうはんしんこしたおれは、されたボトルをってみずむ。カゴメはどういうわけか、苦笑くしょうしていた。

「どうした?」

「いや、よくはしるものだとおもってな。まったく、うみにきておよがんヤツがいるとはな」

りくにいてあるかん馬鹿ばかがいないのとおなじだと、そういたいのか? 遠泳えんえい禁止きんしわれたから、はしっているだけだ」

「よくやる……」

たのしいからな。あなってめるよりも、はしっていたほうがいい」

わたし御免ごめんだ――が、どうも、中途ちゅうと半端はんぱさを痛感つうかんしているよ。おまえのようにりくはしるのでもなければ、うみはいるのにも、どうも躊躇ためらいがある。どっちつかずで、どちらともめられない」

自覚じかくしたのなら一歩いっぽ前進ぜんしんだ。これ以上いじょうおれをイラつかせるなよ」

「ふん。……おまえなんかきらいだ」

「そうかい」

「だが、ありがとうルイ。いろいろふくめ、感謝かんしゃしている」

 って、上半身じょうはんしんたおしてれいをした。まったく鬱陶うっとうしいおんなだ。

「なんだ、谷間たにまんでくれという催促さいそくか?」

ちがう!」

競泳用きょうえいよう水着みずぎだとむずかしいのを失念しつねんしているようだが、あたま大丈夫だいじょうぶか? 今日きょう天気てんきだ、熱中症ねっちゅうしょうでぶったおれたら、そのままめて写真しゃしんってわらってやる」

「うるさい! やっぱり貴様きさまなんて大嫌だいきらいだ!」

「そうか」

 おれはそれほど、きらっちゃいないんだがな。

 かたをいからせてるカゴメのうし姿すがた苦笑くしょうする。おれのように古傷ふるきずもない綺麗きれい背中せなかだ、それだけでまもってやりたいとおもえるのだから、おれ単純たんじゅんというか……。

 しばらくすわったままからだやすめたが、ボトルのみずしたおれは、さてとがる。おれたちの天幕てんまくはややとおそうだったが、目視もくし距離内きょりないだったので、のんびりとあるいた。シーズンだから、というわけでもないだろうに、そこそこにぎわっている。軽食系けいしょくけい露店ろてんているところをるに、いわゆる穴場あなばなのかもしれない。フライングボードがもうすこしメジャーになれば、もっとひとあつまるのだろうけれど、個人的こじんてきには閑散かんさんとしていたほう気楽きらくでいいのだが。

 ふいに視線しせんうごかすと、すずの姿すがたとらえた。デジタルのうで時計どけいはしらせれば、なるほど、あれからもう一時間半いちじかんはんくらい経過けいかしているのだし、そろそろ昼食ちゅうしょくになるのか。まあ、ほかのも合流ごうりゅうしていることだろう。

 すずはおれらんおとこ二人ふたりなにやらはなしており、おれ姿すがたとらえたのか、視線しせんった。

 まかせろ。

 アイコンタクトで以心いしん伝心でんしん戦場せんじょう必須ひっす技能ぎのうだ。わかっている、商売しょうばい邪魔じゃまはするな。いいからとっとと、どっかへけ。そうだな? ――よし、わかったとも。

 そのまま視線しせんらしておれらぬふりをしようとおもったのだが。

「ちょっ、おにいさん! こまってんだからたすけてくださいよ!」

「――む」

 どうやら、圧倒的あっとうてきいの時間じかんみじかいらしく、視線しせんだけでの意思いし疎通そつう不可能ふかのうだったらしい。

「なんだ? ――ああ、なんだ、おとこ二人ふたりでうじうじと、くべきかいなかをまよっていた野郎やろうじゃないか。根性こんじょうせてナンパをした結果けっかみとめてやるが、こんなちんちくりんが相手あいてではな。おい貴様きさまら、失敗しっぱいしたときのリカバリを前提ぜんてい行動こうどうするとはどういうことだ? おとこだというのなら、失敗しっぱいはせんと意気いきんでみせろ!」

「なんだこのにいちゃん、やぶからぼうに」

「あ、さっき砂浜すなはまはしってたにいちゃんだろ」

「そうだ、はしりながら貴様きさまらの行動こうどうていた。だいたい、ガキをターゲットにするなど、何事なにごと貴様きさまら! いいか、貴様きさまらの需要じゅようかなえるというのなら、あそこにいるおんなろ。天幕てんまくしたすわっているガキだが、あの容姿ようしで――うむ、二十歳はたちぎている。どうだ、精神的せいしんてきいた頃合ころあいで、外見がいけんだけは、可愛かわいらしいものではないか。どうだ貴様きさまら、根性こんじょうがあるというのなら、おれせてみろ!」

「くっ……むちゃくちゃってんのに、腹立はらたまえになんかくやしいな!」

「よし、おれってくる」

「マジかよ!」

「ああ。そうだ、おれおとこだ。失敗しっぱいしたときのことなんかかんがえない!」

 堂堂どうどうとした態度たいどでそいつはかってった。

「あのう、おにいさん」

「どうしたすず。安心あんしんしろ、おまえわるくない。いいだ」

「ぬう……」

 そして、盛大せいだいかたとして、とぼとぼともどってきた。

「……」

「お、おい、大丈夫だいじょうぶか?」

「にっこり、笑顔えがおでさ……〝ママのはらからやりなおせ、ロリコン野郎やろう〟ってわれたよ……ははは」

「……Mには、たまらんご褒美ほうびだな」

おれはMじゃねえから! くそう、わかったよもう、くそう! はしる!」

「よしでははしれ! 水分すいぶん補給ほきゅうだけはおこたるなよ!」

「おう!」

「あ、ちょっ、てって!」

 本当ほんとうはしした。

わかいな……だが、それでいい。どうだすず、トラブルなくおさめたぞ。感謝かんしゃしろ」

「あーはい、はい、どうもっス。どう対応たいおうすべきかこまってたのはたしかですけど、あたしはガキですかあ」

言葉ことばあやだ、にするな。おれにしてみれば連中れんちゅうだとてガキだ。ま、強引ごういん馬鹿ばかじゃなかっただけ、かっただろう?」

「そうっスね。あれがきゃくなら、もうちょい対応たいおうできるんですけど」

「そういうとききゃくにしてしまえばいい。というかそれ以前いぜんに、単独たんどく行動こうどうひかえろ。津乗つのりはいないのか?」

「あ、そうだ、沙樹さきちゃんさがしにきたんです。おひるになるよって」

「きっとうみほうだろう、くびなわをつけてれてい」

「いや普通ふつうれてくるっス」

おれさきもどっている。みずりなくてな」

諒解りょうかいです」

 いったんそこでわかれて天幕てんまくもどれば、金代かなしろ煙草たばこっていた。

「おまえたのか、金代かなしろ

「おう、めしいにな。おまえのシケたツラをながらか、ともおもったが、なんだ、多少たしょうはすっきりしているな。おんなでもいたか?」

いてれるようなららくなんだがな。なあに、ここのところ夢見ゆめみわるつづいていてな、それが原因げんいんだ。そのうちなおるだろう」

れる、の間違まちがいじゃないのか?」

「さあな。おまえ水着みずぎじゃなくて安心あんしんしてる。感想かんそうもとめられたので、ちゃんとこたえたらおこした天来てんらいのようになってもらってはこまるのでな」

きださないだけマシだろ」

「――そうわれればそうだ。ところで桜庭さくらばはどうした」

「そこらでてるんだろ。たぶん日陰ひかげで。あいつは日当ひあたりが場所ばしょこのむが、このあつさだとさすがにすずみたいだろうし……」

「アレが生徒会長せいとかいちょうとやらをしていることが、おれには納得なっとくがいかん」

「そうか? ちゃんとやってるぞ、あれで」

うらがありそうでさぐりたくなる。……ま、いたら、やるさ」

いたら、ねえ。はは、どうなんだルイ、二ヶ月にかげつぎた。おまえは、ちゃんとくことができたのか?」


 それは。

 どう――なのだろうか。


わるい、わすれてくれ。こういうのは仕事しごとはなすよ」

「ん、ああ……かんがえてはみるが、どうもわからない。正直しょうじきえば、あまりめたくはないな」

「どういう意味いみだ?」

いままで、ずっとおれめてきた。だからまあ……こんな呑気のんきなら、状況じょうきょうながされてもいいと、そうおもっている」

「カウンセリングをけるは?」

かたえてもう一度いちどい、とわれて以来いらいってない」

 えば、金代かなしろ両手りょうてげた。降参こうさんした、とのことらしいが、べつにうれしくはない。

「ま、いいさ。ちからになれるかどうかはべつにして、はなしくらいはいてやれる。いつでもい」

「それは――」

 ちらり、と周囲しゅういうかがって。

「――学校がっこうめる、というはなしでもか?」

 うた。

 返事へんじはないが、られる。

「すまん、わすれてくれ」

「ああ、そうしてやる」

 場所ばしょがここにはない――だなんて。

 だから、もうくなんてうのは、さすがに薄情はくじょうぎる。

桜庭さくらばたぞ、相手あいてをしてやれ」

おれがか?」

わたしにやらせるな」

「あー、ごはん、ごはんどこー?」

 水着みずぎではなく、白色しろいろのワンピース姿すがたで、桜庭さくらば天来てんらいかれてやってきた。

「おー、ルイー、ごはんはー?」

「おい桜庭さくらば、ぼけっとするな! くならぎゃくだろう? おまえ天来てんらいいてやらなくてどうする!」

ぎゃくじゃありません! これでいいんです!」

天来てんらい天来てんらいだ。なんださっきのナンパのことわかたは……あれはMにとってご褒美ほうびだぞ! もうすこことわ文句もんくかんがえろ!」

わたしさせておいてなんたるいぐさですか⁉」

「ナンパを経験けいけんさせてやったおれ感謝かんしゃしろ」

「うぐぐ……! 二代ふたよちゃん、このひとすごく理不尽りふじんです!」

今更いまさらだろ、あきらめろ」

「ルイー」

「こら桜庭さくらばかるな。貴様きさまむねおおきさだけでおもいんだ、おれ腰痛ようつうになったらどうしてくれる。古傷ふるきずうれしそうにでるな、貴様きさましいものはそこにない」

「んー」

「……桜庭さくらば

「あ、ごめん、はなれる。だいじょぶ、ごはんだから」

「いいだ。いつもそうしてくれ」

 天来てんらい弁当べんとうひろげていると、けいやカゴメ、津乗つのりやすずたちがあつまってくる。

 おれは。

 その中心ちゅうしんにいるのが、どうもかなくて、できるだけ俯瞰ふかんできる位置いち移動いどうしてしまう。


 ――まぶしさに、ほそめてしまうくらいに。


 きっと。

 おれほうが、くらゆがんでいるのだ。

 そんなことを、痛感つうかんさせられた。



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