07/25/10:30――上官の到着

 狙撃銃ライフル回収かいしゅうして、りょうもどったおれおこなうのは、まずは使つかったじゅう整備せいびである。ながいのある相棒あいぼうであるし、つぎがあったとき使つかえないようでは意味いみがない。手抜てぬきをせずとも、まあれた作業さぎょうだ、すぐにませられる。それかられたナイフの手入ていれ。人間にんげんあぶらというのは、きちんととさないと、これもまた面倒めんどうになるので、こういう後始末あとしまつだけは徹底てっていしてやるようになった。

 それらの作業さぎょうえて、縦長たてながのケースをじれば、クローゼットのなかへ。そこでようやくおれ普段着ふだんぎになりつつあるスーツに着替きがえたころそとでエンジンがまるおとがしたので、階下かいかへ。状況じょうきょう終了しゅうりょうとのことで興味きょうみがあったのか、それともすずが心配しんぱいだったのか、津乗つのりけいているようだが、のこりはりょうにいるだろう。リビングにかおせば、相変あいかわらず桜庭さくらば間抜まぬがおせていたし、天来てんらい来客らいきゃくさっしてがろうとしていたが、おれめておく。

 玄関げんかんれば、赤色あかいろ基調きちょうとしたやや派手はでなスーツに、赤色あかいろ偏光へんこうはいったアイウェアをつけたみじかかみの、ややほそかおをしたおんなっていた。

「ご苦労くろうだったな、ルイ」

たいした仕事しごとじゃない。そっちこそ、単車たんしゃころがしたんならつかれただろう、朝霧あさぎりさん」

 六○一ファーストにしておれ上官じょうかんでもある、朝霧あさぎり芽衣めいどおり、年齢ねんれいおれ大差たいさがない。まったく――こんなもの一緒いっしょにいたなんて事実じじつは、わらばなしにもなりゃしない。

 なかまねけば、アイウェアをはずす。おれよりつきはわるいが、見慣みなれたかおだ。

「どうしたルイ、ほっとしたようなかおをして」

朝霧あさぎりさんのかおて、ひさしぶりだとかんじたおれは、それなりにここの生活せいかつ馴染なじんでいたんだと実感じっかんしたところだ」

「だったらわたし感謝かんしゃするといい。おっと、わすれていた、土産みやげがあるぞ」

「〝もと六三○七ロクサンマルナナおれ仕事しごとたのんでおいて、手土産てみやげがあればいだなんておもわれたくはないな」

「――ふむ」

「だからといって、いらないとはっていない」

まらんやつだ」

 にしていた紙袋かみぶくろれば、中身なかみ茶葉ちゃば二種類にしゅるいほどはいっていた。おれ趣味しゅみおぼえていたらしい。

「うちの部隊ぶたいに、あんたが〝ふむ〟とって、つづきをだまって馬鹿ばかはいない。いたとしたら新入しんいりだけだ」

「だからまらんと、そうっているではないか。おお、ひさしいな二○一フタマル……と、そういえば貴様きさま引退いんたいしてもう二年にねんか」

「……おひさしぶりです。いたくなかったです」

「なんだこのいやそうなかおは?」

にするな。今朝けさきたとき今日きょうこのときのために、わざわざマジックでかおいておいたんだ、さっしてやってくれ」

「それがおとこのすることか? だが、わたしおんなだぞ」

「もっといメイクの方法ほうほうおしえてやりゃいい」

「つまり、ルイはメイクでこのブスがおがどうにかなると、そうおもっているんだな?」

「ノーコメント」

「ちょっ、ちょっとってください! わたし、ほとんどくちひらいていないのに、どうしてどんどんはなしすすむんですか! っていうか、だからいやだったんです! 忠犬ちゅうけんこわいしかかわるとろくなことになりませんから!」

「ほう、なんだこのガキは、よくわかってるじゃないか。ロリコンしかあつまらんとなげくだけじゃないんだな?」

「いちいちおれくな」

「それもそうか。たし天来てんらいだったな、このクソおんなは。おいルイ、紹介しょうかいはまだか。そこの軍人ぐんじんくずれのあまちゃんが、もとハヤブサのガキで――ふむ、となるとわたしもガキになるわけだが、さておき、まあわかるのだが、そこの間抜まぬけツラのおく冷徹れいてつ刃物はもののようなものをったおんなは?」

かくしているんだから、あえてうなよ、朝霧あさぎりさん。今後こんごおれがフォローしなくちゃいけなくなる、面倒めんどうはなしだ。トラブル吸引機きゅういんきばれていたのをわすれたか?」

おぼえているとも! それはつまり、わたし解決かいけつしたということだ」

「あれを解決かいけつというのなら、宿題しゅくだいいぬわれたと小学生しょうがくせいだって正論せいろんとしてとおるだろう……すわったらどうなんだ?」

「おまえはどうなんだ」

「まあいい。そっちのエリートちゃんが、カゴメだ。間抜まぬがお桜庭さくらば

「そうか」

 、なんてうなず様子ようすに、おれかおきつらせるようにして苦笑くしょうする。おそらくその〝理解りかい〟ができたのは、あせおぼえた桜庭さくらばだけだろう。

「なあに、不満ふまんはないとも。――その程度ていどか、とおもいはするがな」

めずらしい部類ぶるいなんだ、おれ評価ひょうかもとめないでくれよ」

っていて素知そしらぬかおをするおまえとはちがって、わたし理解りかい信頼しんらいきずくタイプでな」

ってろ。――で?」

「ああ、よくやってくれた。情報じょうほうはこっちにたが、最初さいしょからこの結果けっかうたがってなどいない。指定してい口座こうざかねんでおいたから、確認かくにんしろ」

「あんたのかねか?」

「いや、上司じょうしからギンバイした。元元もともと、そういう仕事しごとだったのでな。幾人いくにんおよがせておくべきなんだろうが、それもまた面倒めんどうだ。くすり設計図せっけいずすでにコピーが出回でまわっているしな」

「それがえさになっているんだろう? いいか朝霧あさぎりさん、つぎ御免ごめんだ。おれはこの生活せいかつりつつある」

「だったらなおさら、ここがまれれば出陣るだろう?」

「だから、つぎ御免ごめんだとっているんだ。おれ一人ひとりで、ここにいる全員ぜんいん子守こもりなんてのはつかれるだけだ……」

「はは、すまなかったな。偶然ぐうぜんだとはくちけてもわんが、今回こんかい特例とくれいだろう。つぎはないとおもってたのしめ。……おまえくちから、そういう言葉ことばけて、わたし安心あんしんしたよ」

「うちの部隊ぶたい五十人ごじゅうにん全員ぜんいんのことをにしていたら禿げる。おすすめはしない」

「まさか、見知みしった東洋人とうようじんだけだとも。ついでにえば、った連中れんちゅうだけだ」

「あんたがおれたちをらない、なんてことはいたことはないが?」

「ははは! それにはさすがのわたし反論はんろんできんとも――おお、なんだ、くな天来てんらい珈琲コーヒーか。ちゃんと異物いぶつ混入こんにゅうさせただろうな?」

「してません! いやですけど、きゃく相手あいてにそんな失礼しつれいなことはしませんから!」

まらんやつだ。まあいい、この様子ようすならば、おまえのフォローをわたしがして、これからの生活せいかつ円滑えんかつすすむよう手配てはいせずともさそうだな?」

「どうだかな……」

「なんだ、戦闘せんとうせたわけでもないのだろう? 退くやつがいるか?」

距離きょりけるくらいのことはする。このまちには軍人ぐんじんくずれもおおいが、大半たいはん自衛官じえいかんくずれだ。カゴメだとて、おれたちほど戦場せんじょうのことなどらない」

使つかての海兵かいへいとはちがうのだろう? そんなことは今更いまさらだ。理解りかいもとめるな」

「そうおもってるのに、理解りかいもとめられる場合ばあい対処たいしょまでおそわったおぼえはない」

本当ほんとう貴様きさまおんなあまいな! あれこれくちして、わかりにくい助言じょげんをしているんだろう。わらんなあ」

余計よけいなお世話せわだ」

「ふむ。しかしまあ、おまえわたしたいしてぞんざいな言葉ことばづかいをするから、面倒めんどうがなくていなあ。いまだにわたし周囲しゅういにいる連中れんちゅうはどうも、堅苦かたぐるしくていかん」

「そうか?」

「そうだとも。ケイミィやハコもそうだが、シシリッテだとてそうだ」

連中れんちゅうがあんたのちかくにいるのか……そりゃご苦労くろうなことだ。いたはなしじゃ、トゥエルブもそっちなんだろ?」

「ん、ああ、そうなる。まあおたがいに退役たいえきしただ、仕事しごとでツラをわせることは、そうないだろう。今回こんかいのようなれいはあるがな」

つぎにあんたから連絡れんらくがあるとおもうと、ぞっとする。こっちから連絡れんらくするときのあんたはこんな気持きもちなのか?」

「いや? たよられるのかとおもえば高揚こうようするとも!」

「あんたはそうだったな……。どうした、カゴメ。さっきからなに複雑ふくざつかおをしている」

宴会芸えんかいげい練習れんしゅうではないのか?」

学芸会がくげいかいわないだけ、あんたの配慮はいりょみるね」

「いや……すまない。朝霧あさぎり殿どの、その」

「どうした、遠慮えんりょはいらんぞ」

違和いわがあったのは、たしかなのだ。ルイだけではわからなかったが、朝霧あさぎり殿どのてようやく、疑問ぎもんかたちになった……失礼しつれいながら、朝霧あさぎり殿どの本当ほんとうに〝軍人ぐんじん〟なのでありますか?」

みょうなところに着眼ちゃくもくするものだな。おいルイ」

おれ見解けんかいなんぞ、さんざんった。天来てんらい、おまえなら第三者だいさんしゃとしてえるだろう」

わたしですか。そうですねえ……たとえば、軍人ぐんじんとはこうあるべし、というマニュアルがあったとします。わたしもそうでしたが、きっと風祭かざまつりさんもそれをんで軍人ぐんじんになりました。そのとおりにしていれば、仕事しごととしてはそうむずかしくはなかったはずです」

「それは……そうかもしれないが、かれらはちがうと?」

んで軍人ぐんじんになったのはおなじです。けれどかれらの現場げんばは、――それがまったくやくたないことをるのが、最初さいしょだったのでしょう。こういう場合ばあいにはこうしろ、というマニュアルが通用つうようしないのが、現場げんばです。戦場せんじょうであり、めれば白兵戦はくへいせんなのかもしれませんね」

「ふむ。面白おもしろ表現ひょうげんだが、ややちがうな。たしかに兵科へいかごとにやりかたちがうし、このご時世じせいなのだ、海兵かいへい航空兵こうくうへい一緒いっしょにすることが間違まちがいのようなもするが。おいルイ、もし貴様きさま訓練くんれん教官きょうかんで、そんなマニュアルがあったとすれば、どう指示しじする?」

うしろからめ。内容ないようわらってから便所べんじょかみにしろ」

「そういうことだ。軍人ぐんじんであるか? すくなくとも忠犬ちゅうけんだった連中れんちゅうは、そうわれればそろってわらうことだろう。だがな、兵隊へいたいかとわれれば、そうだとうなずくはずだ。……ふむ、そうだな。わかりやすくしてやろう。カゴメ、こたえろ。ぐんもどりたいか?」

「……いや、もどりたいとはおもいません」

何故なぜだ?」

なさけないはなしですが、自分じぶんにはおもいからであります」

「そうか。天来てんらい貴様きさまはどうだ?」

もどりたくはありません。こうってはなんですが、みずいませんでした」

「なるほどな。ではルイ、どうだ」

あきれてモノもいたくなくなりつつあるが、まあそんなもんだといているところだ」

「そうではない、質問しつもんこたえろ。貴様きさまの〝本心ほんしん〟を、こうして直接ちょくせつくことも、いままでなかったからな。どうだ、ぐんもどりたいか?」

「……冗談じょうだんじゃない」

何故なぜだ? え」

「ちっ……」

 いたくはない。そんなことをくちにしたくはないが――それでもと、われれば。


「これ以上いじょう仲間なかまうしないたくないからだ」


 そうおれは、こたえるしかない。

「これがへいだ。貴様きさまらは実感じっかんしたこともないだろうが、めれば一言ひとこときる。――仲間なかまうしなわせない、それがすべての行動こうどう理由りゆうだ。そのくらいのことは理解りかいしてやれ。さて、わたしはそろそろこう。前崎まえざきたぬき野郎やろうと、現場げんば掃除班そうじはん指示しじしているラルに挨拶あいさつをせねばならん。ルイ、支給しきゅう弾薬だんやくはあとで手配てはいするからっておけ」

「わかった」

あらためて、ご苦労くろうだったな。――ああ、そうだ。にたくなったら、ちゃんとわたしえよ、おまえもな。それがせめて、いぬ上官じょうかんとしての、わたし役目やくめだ」

「……」

 おれはそのとき、どんなかおをしていただろうか。

以前いぜんに、っただろう……」


 はいから空気くうきしぼすように、おれは。


「だったらいますぐ、ころしてくれと」


「――そうだったな。ならばわたしもそのときに、おそらくおな返答へんとうをしたのだろう。きろルイ、ぬことはゆるさん」

「……」

返事へんじはどうした」

「イエス、マァム」

「それでいい。――ではな、邪魔じゃまをした」

 見送みおくりはいらん、とのことなので、おれはその待機たいきし、朝霧あさぎりさんがそとてから、おおきくいきとし、にぎっていたをゆっくりとひらいた。

「もうヤだあ……」

「ああ、すまんな桜庭さくらば。おまえにはすこつらかっただろう。だがそれも、おまえ未熟みじゅくまねいたたねだとおもえば、つぎからをつけるようになる。さきっておくが、おれんだら頭蓋ずがいをおまえにやろう」

「わーい、やったあ」

「――ルイ。いて気分きぶんがいしたら、こたえなくてもいい。おまえにたいのか?」

「ああ。おれまわりでは、にたくないとくちにするヤツはいない。にたいと馬鹿ばかおれくらいなものだ」

「なに?」


ねないんだよ、おれたちは。んではならんのだ。――いままで」


 


 



うしなってきた戦友せんゆうを、裏切うらぎるわけにはいかんのだ」



 おれがまだきている以上いじょう、あいつらがこっちにるなとっているのだ。


 そう、おもわなければ。


 おもまなければ。


 ――おれは、こうやってきていることすら、できない。



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