　昼食（ちゅうしょく）を適当（てきとう）に食（た）べてから、町（まち）を回（まわ）って茶葉（ちゃば）の店（みせ）を発見（はっけん）した俺（おれ）が寮（りょう）にまで戻（もど）ったのは、十四時（じゅうよじ）を過（す）ぎるくらいだった。玄関（げんかん）からリビングに顔（かお）を出（だ）さないと二階（にかい）には行（い）けないので、必然的（ひつぜんてき）にそこにいる天来（てんらい）と顔（かお）を合（あ）わせることになる。

「おかえりなさい」

「ああ……」

　天来（てんらい）はリビングの、普段（ふだん）は食事（しょくじ）をするためのテーブルにノート型（がた）端末（たんまつ）を開（ひら）いて、のんびりとしているところだった。

「雑務（ざつむ）を終（お）えての休憩中（きゅうけいちゅう）か。確（たし）かに夕食（ゆうしょく）までは時間（じかん）があるし、そういう〝余裕（よゆう）〟を作（つく）って活用（かつよう）するのも、寮母（りょうぼ）としての仕事（しごと）か……」

「そんなに大（おお）げさなものじゃないですよう。やることをやって、手（て）を抜（ぬ）くところは抜（ぬ）く、それだけです」

「俺（おれ）は褒（ほ）めたつもりはないんだが？」

「あはは、そうでしたか」

「――ああ、そうだ、思（おも）い出（だ）した。どうやら学校（がっこう）の職員室（しょくいんしつ）では、俺（おれ）が人殺（ひとごろ）しだとかいう噂（うわさ）が立（た）っているらしい。反応（はんのう）はいらない、クソ女狐（めぎつね）。いいかよく聞（き）け、――警告（けいこく）しておく」

　距離（きょり）は離（はな）れている。そのにやけツラを見（み）ながら、俺（おれ）は語気（ごき）を荒（あら）くするのでもなく、いつも通（どお）り、言（い）うべきことを伝（つた）えるつもりで口（くち）を開（ひら）く。

「俺（おれ）の主（あるじ）はかつても今（いま）も、国（くに）でもなければ組織（そしき）でもない。――忠犬（ちゅうけん）は」

「――」

　天来（てんらい）の表情（ひょうじょう）が凍（こお）る。ぎくりと、跳（は）ね上（あ）がった鼓動（こどう）を強引（ごういん）に抑（おさ）えるのが、手（て）に取（と）るようにわかった。どうやら、俺（おれ）の所属（しょぞく）――元（もと）所属（しょぞく）までは知（し）らなかったらしい。

「――主（あるじ）以外（いがい）には、遠慮（えんりょ）なく噛（か）みつく。それが誰（だれ）であっても同（おな）じだ。覚（おぼ）えておけ、二度（にど）はない。大（たい）した損害（そんがい）のない事実（じじつ）だったとしても、あまりくだらんことはしない方（ほう）が身（み）のためだ」

　以上（いじょう）だと、俺（おれ）は階段（かいだん）を上（のぼ）る。まあいつか警告（けいこく）はしようと思（おも）っていたので、丁度（ちょうど）良（い）い。どうせ、俺（おれ）の情報（じょうほう）が少（すく）ないから、ちょっと誘（さそ）いをしてやろう、なんて考（かんが）えていたのだろう。それに俺（おれ）は乗（の）ったかたちにはなるが、これで次（つぎ）がなければそれでいい。

　身（み）を引（ひ）いたとはいえ、俺（おれ）はずっと犬（いぬ）のままだ。

　二階（にかい）に行（い）って、ぴたりと足（あし）を止（と）める。窓際（まどぎわ）のスペースで、女（おんな）が寝転（ねころ）んでいたのだ。いや女（おんな）というか、間違（まちが）いなく桜庭（さくらば）なんだが、ワンピースでごろ寝（ね）とは、なんというかこいつ――ほう、なんだ黒（くろ）か。

　足音（あしおと）を立（た）てずに近（ちか）づき、覗（のぞ）き込（こ）んだ俺（おれ）は納得（なっとく）の頷（うなず）きを一（ひと）つして、静（しず）かに扉（とびら）を開（ひら）いて自室（じしつ）に入（はい）り、買（か）い物（もの）袋（ぶくろ）をベッドへ放（ほう）り投（な）げておく。茶葉（ちゃば）というのは、開（あ）ければ飲（の）まなくてはならない。まだ残（のこ）りがあるなら、そちらを先（さき）に片（かた）づけなくては。

　上着（うわぎ）を脱（ぬ）ぎ、ネクタイを外（はず）し、さてとお茶（ちゃ）を淹（い）れた俺（おれ）は、椅子（いす）を引（ひ）っ張（ぱ）り出（だ）して入（い）り口（ぐち）を開（ひら）き、足（あし）を組（く）んで座（すわ）りながら、のんびりとお茶（ちゃ）を楽（たの）しむ。陽（ひ）が傾（かたむ）いていくに従（したが）って位置（いち）を変（か）える日当（ひあ）たりを、上手（うま）い具合（ぐあい）に受（う）けるよう、寝返（ねがえ）りを打（う）つ桜庭（さくらば）は見事（みごと）だ。見事（みごと）というか、陽（ひ）だまりの猫（ねこ）か何（なに）かか、こいつは。

　一（いち）時間（じかん）ほど、そうしていただろうか。二（に）杯目（はいめ）を飲（の）み干（ほ）した頃（ころ）、のそりと起（お）き上（あ）がった桜庭（さくらば）は、可愛（かわい）らしい無防備（むぼうび）な間抜（まぬ）け顔（がお）で俺（おれ）を見上（みあ）げた。

「あー……」

「よだれを拭（ふ）け」

「……うん」

　袖（そで）で拭（ぬぐ）った桜庭（さくらば）は、左右（さゆう）を見（み）てから、大（おお）きく伸（の）びを一（ひと）つして、仰向（あおむ）けに倒（たお）れた。

「おはよー、ルイ」

「よく寝（ね）ていたようだな。言（い）っておくがここは二階（にかい）だ、つまり野郎（やろう）のスペースだ。危機（きき）管理（かんり）が……いや、まあいい。少（すこ）し待（ま）っていろ、お茶（ちゃ）を持（も）ってきてやる」

「あったかいのー」

「そもそも、温（あたた）かいものしかない」

　俺（おれ）の三杯目（さんばいめ）と一緒（いっしょ）に持（も）っていけば、躰（からだ）を起（お）こして胡坐（あぐら）で腰（こし）を落（お）ち着（つ）けていた。まだ眠（ねむ）そうな顔（かお）をしているが、これは普段（ふだん）見（み）る桜庭（さくらば）の顔（かお）である。

「ふわ……ん、あんがと」

「昼寝（ひるね）か」

「うん。ちょっと汗（あせ）かいた……」

「この時期（じき）、日（ひ）なたにあれだけの時間（じかん）いれば、そうなる」

「……脱（ぬ）いでいい？」

「この場（ば）を発見（はっけん）した第三者（だいさんしゃ）が、俺（おれ）が悪（わる）いと言（い）い出（だ）すからやめてくれ。個人的（こじんてき）には大歓迎（だいかんげい）だ」

「よくわからないけど、じゃあやめとく」

　損（そん）をしたのかよかったのか、俺（おれ）もわからん。

「ルイって」

「なんだ？」

「軍人（ぐんじん）さん？」

「どうしてそう思（おも）う」

「穂乃花（ほのか）が言（い）ってたから」

「あの女狐（めぎつね）は口（くち）が軽（かる）いな……カゴメは自分（じぶん）から言（い）っていただろう？」

「うん、元（もと）軍人（ぐんじん）さんとか言（い）ってたね。でも、ルイはカゴメと違（ちが）う感（かん）じするし、どうなのかなーって」

「最初（さいしょ）に言（い）っておくが、俺（おれ）はそういう面倒（めんどう）が嫌（いや）で、のんびり過（す）ごしたくてここにいるんだ」

「ふうん……あ、言（い）わない方（ほう）がいいのか」

「俺（おれ）が黙（だま）っている以上（いじょう）は、黙（だま）っていればいい。だがまあ、否定（ひてい）するほど馬鹿（ばか）じゃない。それもまた事実（じじつ）だ――が、俺（おれ）も同様（どうよう）に元軍人（もとぐんじん）だ」

「若（わか）い……んだよね？」

「ちなみに、経歴（けいれき）そのものは、カゴメと大（おお）きく違（ちが）う。あいつはどうせエリート街道（かいどう）だろう、俺（おれ）の場合（ばあい）はクズの生（い）き方（かた）だ」

　そうだ。

　元軍人（もとぐんじん）だ、なんて平然（へいぜん）と言（い）えるような生活（せいかつ）はしていなかった。

「なんだ、俺（おれ）の過去（かこ）に興味（きょうみ）があるのか？」

「知（し）りたいって、思（おも）うよ？」

「そうか……聞（き）き耳（みみ）を立（た）ててる馬鹿（ばか）もいないし、話（はな）してやってもいいが、だったら部屋（へや）の中（なか）に入（はい）れ。そろそろお茶（ちゃ）請（う）けがあった方（ほう）がいいだろ」

「カロリー高（たか）い？」

「ナッツくらいなら、問題（もんだい）ないだろう」

　立（た）ち上（あ）がれば、なんの躊躇（ちゅうちょ）もなく部屋（へや）の中（なか）に入（はい）ってくる。この女（おんな）、大丈夫（だいじょうぶ）か？　野郎（やろう）の部屋（へや）に入（はい）るって意味合（いみあ）いを、きちんとわかっているか？

「椅子（いす）に座（すわ）ってろ。俺（おれ）はベッドでいい」

「私（わたし）もそっちー」

「やめろ。どうせお前（まえ）は、話（はなし）の途中（とちゅう）で俺（おれ）のベッドで眠（ねむ）り出（だ）す。そうした時（とき）、あとが大変（たいへん）だ」

「むう……」

　とりあえずテーブルにお茶（ちゃ）請（う）けを出（だ）してやれば、そちらに椅子（いす）ごと移動（いどう）した。

「さて、どこから聞（き）きたい？」

「んー、ルイは大人（おとな）びてる。軍（ぐん）って、アメリカの？」

「ああ……といっても、カゴメは航空（こうくう）兵科（へいか）だろう。俺（おれ）の場合（ばあい）は海兵隊（かいへいたい）だ。日本（にっぽん）じゃ少年院（しょうねんいん）に送（おく）られるような馬鹿（ばか）どもが、あっちにはよく集（あつ）まった。十歳（じゅっさい）くらいの頃（ころ）、まあ理由（りゆう）はいくつかあるんだが、俺（おれ）は訓練校（くんれんこう）に入（はい）ってな」

「早（はや）い？」

「もちろんだ。向（む）こうじゃ若（わか）いと言（い）っても、せいぜい十六（じゅうろく）くらいなものだからな。俺（おれ）みたいな例外（れいがい）がいないわけじゃない……が、さすがに若（わか）すぎるから、三年（さんねん）くらいは訓練校（くんれんこう）にいた。走（はし）り込（こ）みくらいはやったが、あとはほとんど雑用（ざつよう）だ。銃（じゅう）を持（も）ったのも遅（おそ）いし、正式（せいしき）訓練（くんれん）も後（あと）になってからだったな」

　まあ、だからこそ、芹沢（せりざわ）のテスターなんていう変（へん）な仕事（しごと）を回（まわ）されることになったのだが。

「海兵隊（かいへいたい）訓練校（くんれんこう）では、一年（いちねん）でもう戦場（せんじょう）に出（で）る。経験（けいけん）を現場（げんば）で積（つ）んで、帰（かえ）ってきたら階級（かいきゅう）も上（あ）がって、仕事（しごと）も増（ふ）える寸法（すんぽう）だ。十四（じゅうよん）くらいまでは、各地（かくち）を転転（てんてん）としながら生活（せいかつ）をした」

「えっと……階級（かいきゅう）は？」

「十四（じゅうよん）の時（とき）には伍長（ごちょう）だ。訓練校（くんれんこう）の面倒（めんどう）も見（み）たし、主（おも）に狙撃（そげき）の仕事（しごと）を回（まわ）された。もちろん現場（げんば）にもよく出（で）た」

「あのさ、実感（じっかん）はぜんぜんないけど、現場（げんば）って、戦争（せんそう）の？」

「まあ――そうだな、似（に）たようなものだ。このところ、戦争（せんそう）なんてものはあまり聞（き）かないが、前線（ぜんせん）支援（しえん）なんてのは大抵（たいてい）がそうだ。命（いのち）の奪（うば）い合（あ）いだよ。お陰（かげ）で俺（おれ）も、戦友（せんゆう）をそれなりに亡（な）くした」

「……うん」

「わからんだろう？　ははは、同情（どうじょう）はいらん。それに俺（おれ）は、今（いま）でも軍（ぐん）が悪（わる）い場所（ばしょ）だったとは思（おも）っていない。多（おお）くのことを教（おそ）わって、――失（な）くしてもきた。だが忘（わす）れたことはない」

「じゃ、どうしてやめたの？」

「そこは、やや複雑（ふくざつ）な事情（じじょう）がある。どう言（い）えばいいのか……そう、引（ひ）き抜（ぬ）きにあったんだ。二年前（にねんまえ）になるのか、俺（おれ）は軍（ぐん）に近（ちか）い〝組織（そしき）〟に拾（ひろ）われて、そこで仕事（しごと）をした。まあなんだ、仕事（しごと）自体（じたい）は似（に）たようなものだったが……ともかく、組織（そしき）は軍（ぐん）ではなかったと、そういうことだ」

「先生（せんせい）が違（ちが）う学校（がっこう）に赴任（ふにん）する感（かん）じ？」

「ああ、それは近（ちか）いものがあるかもしれない。だが、その学校（がっこう）が廃校（はいこう）になってしまってな……軍（ぐん）なら、次（つぎ）の職場（しょくば）の推薦状（すいせんじょう）が出（だ）されるんだが、うちの組織（そしき）はそういうこともなく、まあしばらく休（やす）めと言（い）われた。そこで俺（おれ）は、亡（な）くなった戦友（せんゆう）が冗談（じょうだん）交（ま）じりに言（い）っていた、田舎（いなか）で呑気（のんき）に暮（く）らしたいと、そんな言葉（ことば）を思（おも）い出（だ）して、ここに来（き）たんだ」

「ここは、どう？」

「その性質（せいしつ）ゆえだろう、外部（がいぶ）の人間（にんげｎ）に対（たい）しての懐（ふところ）が広（ひろ）い。そもそも、ガキの八割（はちわり）は〝孤児（こじ）〟だ――必然的（ひつぜんてき）にそうなるだろ」

　このナナネと呼（よ）ばれる一帯（いったい）は、そういう場所（ばしょ）なのである。もちろん、そうした者（もの）だけで構成（こうせい）されているわけではないが、いわば避難所（ひなんじょ）であり、全員（ぜんいん）が平等（びょうどう）なのだ。

「ルイも？」

「ん、ああ、軍（ぐん）の仕事（しごと）で両親（りょうしん）を殺（ころ）した。まあ、軍（ぐん）というかマフィアというか、そういう親（おや）だったからな。そういう意味（いみ）では、俺（おれ）は親（おや）から逃（に）げたのかもしれん」

「あ、変（へん）なこと聞（き）いた。ごめん」

「構（かま）わないが？」

「だって私（わたし）、聞（き）かれたら面倒（めんどう）だもん」

「……それもそうか。いや、良（い）いことだろう、そういう判断（はんだん）ができる上（うえ）、謝罪（しゃざい）もする。どっかのエリートとは大違（おおちが）いだ」

「カゴメのこと嫌（きら）いなの？」

「嫌（きら）いではないが、イラつく相手（あいて）だ。あんなのと現場（げんば）で一緒（いっしょ）になったら、手（て）がかかって仕方（しかた）ない」

「そっかな？　カゴメはしっかりしてると思（おも）うけど」

「お前（まえ）と比（くら）べれば大抵（たいてい）のやつはしっかりしてる」

「えへへ、そっかなあ……」

「おい照（て）れるな、褒（ほ）め言葉（ことば）じゃない」

「む。でも私（わたし）、学校（がっこう）じゃしっかりしてる！」

「俺（おれ）が見（み）ていないことを、胸（むね）を張（は）って言（い）うな馬鹿（ばか）。お前（まえ）がしっかりしているのは、せいぜい下着（したぎ）の色（いろ）を何（なに）にするか決（き）める時（とき）くらいだろう？」

「……黒（くろ）はだめ？」

「特定（とくてい）のこだわりはないが――なんだ、見（み）られていたのに恥（は）じらいの一（ひと）つもなしか」

「寝（ね）てた間（あいだ）はしりませーん」

　それはどうなんだ？

「ほかの質問（しつもん）は？」

「……後悔（こうかい）してる？」

「いや、していない。ああ……そうだな、悔（く）いがあるのは確（たし）かだ。今（いま）はいない戦友（せんゆう）の存在（そんざい）が、ずっと教（おし）えてくれている。だが、それを含（ふく）めて俺（おれ）だ。俺（おれ）は俺（おれ）を否定（ひてい）しない。――してはならんのだ」

「……」

「どうした、間抜（まぬ）けなツラ――は、変（か）わってないが」

「すごい。ルイ、強（つよ）い」

「――、そうか。そう見（み）えるか」

「ちがう？」

「さあな、よくわからん」

　誰（だれ）だとて似（に）たようなものじゃ、ないのだろうか。誰（だれ）だって、何（なに）かを背負（せお）って、何（なに）かに恥（は）じない生（い）き方（かた）をしようと、願（ねが）うものじゃないのか。

「強（つよ）いと思（おも）う」

「はは、素直（すなお）に受（う）け取（と）っておく。だがサーヴィスはしない、夕食（ゆうしょく）まで我慢（がまん）しろ」

「だいじょぶ。間食（かんしょく）太（ふと）るし……」

「運動（うんどう）すればいいだろう」

「ボードくらいしかやんない」

「あれも運動（うんどう）にはなるか。休息日（きゅうそくび）を使（つか）って、ぶっ倒（たお）れるまでやって、上官（じょうかん）に怒（おこ）られたのも懐（なつ）かしい想（おも）い出（で）だ」

「……？　いつ？」

「連中（れんちゅう）には軽（かる）く話（はな）したが、テスターをやっていたんだ。この際（さい）だから言（い）うが、俺（おれ）がまだ訓練校（くんれんこう）に所属（しょぞく）している頃（ころ）にな。一応（いちおう）、組織（そしき）に引（ひ）き抜（ぬ）かれてからも、遊（あそ）び道具（どうぐ）として使（つか）っていた。使（つか）っていたというより、テスターをしていた過去（かこ）を上官（じょうかん）が知（し）って、いいから遊（あそ）ぶぞと、六台（ろくだい）くらい揃（そろ）えてな……」

　あの人（ひと）は、あの頃（ころ）から無茶（むちゃ）な人（ひと）だった。

「いや、余計（よけい）なことだ。黙（だま）っておいてくれ」

「……隠（かく）してた？　どして？」

「過去（かこ）をぺらぺらと語（かた）るような男（おとこ）は、嫌（きら）われるものだ」

「そんなもんかあ」

「俺（おれ）の話（はなし）はこれくらいでいいだろう。お前（まえ）は今日（きょう）、朝（あさ）からあの調子（ちょうし）か？」

「んーん、昼前（ひるまえ）まで学校（がっこう）にいた。生徒会長（せいとかいちょう）の引（ひ）き継（つ）ぎ作業（さぎょう）とかあったし、まだ引（ひ）き継（つ）ぎは先（さき）だけど」

「なんだ、思（おも）いのほか、きちんとやっているんだな」

「うん、いちおう」

「それで帰宅（きたく）して惰眠（だみん）をむさぼる意味合（いみあ）いはよくわからんが」

「え、眠（ねむ）たかったし」

「食（く）いたいだけ食（く）って、寝（ね）たいだけ眠（ねむ）れば、程（ほど）よく肥（こ）えた豚（ぶた）ができるとは言（い）うが、そういう作（つく）りの豚（ぶた）が美味（うま）いかと問（と）われれば、そうでもない」

「……意地悪（いじわる）」

「そうふくれるな、悪（わる）いとは言（い）っていない。こうして俺（おれ）の話（はなし）にも付（つ）き合（あ）ってくれているしな」

「うん。面白（おもしろ）いよ、ルイの話（はなし）」

「褒（ほ）めても何（なに）も出（で）ない」

　言（い）いながら、お代（か）わりの茶（ちゃ）くらいは淹（い）れてやる。

　しばらく、ほぼ無言（むごん）のままの時間（じかん）が過（す）ぎた。お互（たが）いに話題（わだい）を探（さが）すような真似（まね）はしないし、かといって考（かんが）え込（こ）むようなこともない。ただ、過（す）ぎる時間（じかん）を無為（むい）に費（つい）やし――のんびりとする。まるで縁側（えんがわ）の老人（ろうじん）だ。