05/18/10:00――フライングボード

 学校がっこうかようようになって、三日目みっかめになった。

 実際じっさい学校がっこうおこなわれる授業じゅぎょうというのにたいし、文句もんくやまほどあったし、不満ふまんもあるのだが、そのあたりは割愛かつあいしておこう。いてうのなら、テキストとたような板書ばんしょしかしない相手あいて教師きょうし名乗なのっているだなんて、それほど馬鹿馬鹿ばかばかしいこともない、とだけ。

 ちなみに、教室きょうしつないでよくはな相手あいてはカゴメとけいくらいなものだ。ほかの生徒せいとたちとは、挨拶あいさつ程度ていどである。まあおれ性格せいかく問題もんだいもあって、相手あいてがしにくいのだということくらいはわかるし、のんびりごすおれ態度たいども、とっつきにくい理由りゆうひとつなのだろう。

「おうルイ、つぎ体育たいいくそとでボードだってさ」

「そうなのか? おれはまだってないが」

「ボードは、まああそびみたいなもんだし、参加さんか自由じゆうだぜ。どうだろ、教室きょうしつごすやつらも二割にわりくらいはいるだろ。どうする? 見学けんがくしとくか?」

「……まあ、そうだな。見学けんがくくらいはしておくか」

「おう。っと、ちなみに男女だんじょ合同ごうどうだ」

合同ごうどうか。ちなみに、普段ふだんはどうなっている?」

「あ、そっか、らねえよな。えっとだな、体育たいいく男女だんじょべつおこなわれるから、基本的きほんてきにはとなりのクラスと一緒いっしょになる。ボードの授業じゅぎょうは、男女だんじょ合同ごうどうで、たし津乗つのりのクラスもおな時間じかん体育たいいくだったようながするから、そっちとも一緒いっしょだな。いいぜ、グラウンド全部ぜんぶ使つかえるし」

全部ぜんぶか」

 ここのグラウンドはひろい。なにしろ、二百にひゃくメートルトラックが、ふたならんであるくらいだ。それをりであそべるとなれば、さぞたのしいことだろう。もっとも、クラスすうすくないこの学校がっこうにはぎただともおもうが。

 ちらりとすわったままよこれば、男子だんしたちが着替きがえをはじめていた。学校がっこう指定してい運動着うんどうぎであるところのジャージだ。おれはこのままでるつもりだが。

「おまえたちの活動かつどうとやらは、どうなんだ?」

不定期ふていきっつーか、授業じゅぎょうじゃないけど、放課後ほうかごにグランドを使用しようしてない土屋つちや確保かくほしといて、その時間じかんにやるってかんじ。やっぱりひろ範囲はんいぶのが面白おもしろいからな」

 実際じっさいんではいるが、低空ていくう飛行ひこうなのだし、どちらかといえば移動いどうする、というかんじになっているのだろう。それでも距離きょりがなければたのしみもる。

 ボードをりに連中れんちゅうとはわかれ、さきにグランドへかうと、仮設かせつテントのような場所ばしょしたにいるすずを発見はっけんした。テーブルとパイプ椅子いす用意よういしてある。

「すず」

「――あ、おにいさんじゃないですか。どもっス」

おれ見学けんがくだが、おまえ参加さんかするようだな」

「そりゃ、商売しょうばい道具どうぐあつかえないんじゃはなしにならないですよ。どうですおにいさん、この機会きかいにおひとつ」

「おまえ商魂しょうこんたくましいな……まだかんがちゅうだ。そう、かんがちゅうといえば、このペットボトルの緑茶りょくちゃだが、案外あんがいあじわるくない。ごろでいな」

「はあ、そうっスか」

「なんだ、反応はんのうにぶいな。これを国外こくがいれば取引とりひきができそうなものだが、まあ人間にんげんすくないかもしれん。おれよろこぶ」

緑茶りょくちゃきなんすか?」

日本茶にほんちゃ全般ぜんぱんきだ」

「――おう、土屋つちやか」

金代かなしろ先生せんせい、どうもです」

「なんだ、着替きがえていないのか、不知火しらぬい

ってのとおり、おれはボードを所持しょじしていないから、見学けんがくだ。それとも、ここであしんで見学けんがくしていると、金代かなしろ威厳いげん影響えいきょうがあるとでも?」

「そんなことはにしたこともない。それに今日きょう授業じゅぎょう合同ごうどう土屋つちやがいる。専門家せんもんかまかせて、わたし煙草たばこでもってりゃそれでいい」

先生せんせい生徒せいとげるのはどうかとおもいますし、校内こうない禁煙きんえんっスよ」

だまってりゃいい。職員しょくいん会議かいぎおこられるのはわたしだけだ」

「わかりましたよう……とりあえず前半ぜんはん基礎きそ中心ちゅうしん遊泳ゆうえいして、後半こうはんからはレースにでもするんで、いいっスか?」

「おう、適度てきど休憩きゅうけいをはさんで、怪我けがのないようにな」

「はあいっス」

 そうはうものの、土屋つちやにとってはれているのだろうし、使つかれている連中れんちゅうばかりなのだ、熱心ねっしん指導しどうなど必要ひつようないのかもしれない。

 ばらばらとあつまってきた生徒せいとたちは、談笑だんしょうをしつつ準備じゅんび運動うんどうはじめる。これもまた、安全あんぜん運動うんどうのために必要ひつようなものだ。といっても、本当ほんとうかるいものでしかなさそうだが。

今日きょうで、三日目みっかめか」

「ん、ああ」

 灰皿はいざらをごとんとパイプテーブルのうえいて、本当ほんとう煙草たばこいだした。おれれているのでにはしないのだが、体面たいめんというのはどうでもいいのか、このおんなは。

日本にっぽんでの生活せいかつ自体じたいはじめてなんだろ。どうなんだ?」

「それもまた曖昧あいまい質問しつもんだな。日常にちじょう生活せいかつにはさして問題もんだいかんじてはいない。どんな場所ばしょにも最低限さいていげんのルールはあるが、それをることさえわすれなければなんとかなる」

「じゃ、学校がっこうはどうだ」

「そのけんかんしてはノーコメントだ。文句もんくしたらまりそうにない」

「はは、べつにめやしないからってみろ。こうえてわたし寛大かんだいだし? おこることとしかることの区別くべつくらい、できているつもりだよ」

「だったら直截ちょくさいするが、クソのやくにもたない座学ざがく強要きょうようする馬鹿ばかどもが教壇きょうだんって、やることといえばテキストとおな内容ないよう九割きゅうわりだ。それをやるほうもやるほうだが、クソ真面目まじめけるほうけるほうだな」

やくたないと、そうおもうか?」

「もちろんだ。何故なぜなら、貴様きさまらがおしえることのなかに、やくたせろ、としめすものがなにひとつとしてないからだ。やくたせるのもたせないのも、おまえ次第しだい? わらわせるな、だったらしんせまった内容ないようにしろ」

「……ってくれるじゃないか」

貴様きさま教員きょういんにだけっているわけじゃない。すでったテキストにはとおしたが、そういう生徒せいと何人なんにんいる? これで東洋人とうようじん優秀ゆうしゅうだとわれるんだから、あきれるものだ」

 もちろん、おしえをうことができるのは、基礎きそができてからだというのは理解りかいしている。だがどうだろう、一年いちねんごし、二年目にねんめになったとき教官きょうかんっていた小言こごとじみた説教せっきょう意味いみ理解りかいできるようになるのを、成長せいちょうぶのだが、こいつらはどうだ?

 平和へいわボケ、なんて意味合いみあいをふかかんがえたくもなる。

「だがまあ、こうはったが、それでまわっているのだから、それでいいのだろう。――おれ御免ごめんだが」

「おまえ教育きょういくなにっている? ああめてるわけじゃない。ただ、らなければえない発言はつげんもある」

おれ自身じしんは、教育きょういくなんてことはくちけてもえないし、できていたともおもえない。ただおれいが、そっち方面ほうめんつよくてな。おれ世話せわになったひとだ、多少たしょう影響えいきょうけている」

 であればこそ、一抹いちまつ不安ふあんはある。ただまあ、適当てきとうにやりごそうとはおもっているが。

風祭かざまつりはどうだ?」

てのとおり、クソ真面目まじめなエリートさまだ」

「おまえね……やっぱりあれだろ、風祭かざまつりにはたりがつよいんじゃないか?」

「これでもおさえてはいるんだ。ああいうのをてると、イライラする」

上手うまくはやっていけないか」

「そうでもない。ないが、いくつかのハードルが存在そんざいするのも事実じじつだ。おれ自身じしんきらっているわけじゃない――ああ、あの感覚かんかくだ。たとえば、むかし自分じぶんがそこにいたとして、おなみちあるこうとしているときめたくなるのがひとだろう? そんなもどかしさにたものだ。とはいえ、むかしおれいまのあいつはまったくちがうが」

ちがうのかよ、おもわず納得なっとくするところだった。まあ、あれこれかんがえずにたってみろともうけれどね」

かんがえずにたった結果けっかが、おまえたりがつよい、という現状げんじょうになっているんだろう。最近さいきんではけいも、もう仕方しかたないとばかりに苦笑くしょうしているから問題もんだいない」

問題もんだいは、ないね」

「なんだ? まわりくどくわずに、直截ちょくさいしたらどうなんだ。本題ほんだいはどこにある?」

はなし半分はんぶんいてくれ」

「だったら最初ハナから半分はんぶんだけはなしてくれ」

職員室しょくいんしつ小耳こみみはさんだ。――不知火しらぬいにはけろ。あいつは人殺ひとごろしだ」

「そうか。それで?」

「こういううわさばなしってのは、生徒せいとあいだではやるものだ」

「そしてうわさとは、本人ほんにんまえうものじゃない」

「それはそうだが、いやなに、どうして職員しょくいんあいだでと、そうかんがえてみちゃいたが、どうもな」

 まあ――そうだろうな。もないうわさであっても、生徒せいとかんならばともかく、職員しょくいんあいだともなれば、なにかしらの意図いと存在そんざいする。たぶん、外部がいぶかられられた補給ほきゅう物資ぶっしのように、ぽつんとかれたものだろう。

うわさばなしはなかせるほど、わか連中れんちゅうばかりじゃないんだろう?」

「それはそうだが……」

わるくしないから、きに対応たいおうしていい。あんたにはっておくが、それは事実じじつだ。もっとも、あんたがかんがえたような〝人殺ひとごろし〟が、あてはまるかどうかはべつ問題もんだいだけどな」

 それに。

おれはそういうことをわすれて、のんびり生活せいかつしたいとおもってここへた。余計よけい波風なみかぜてたくはないな」

「そういうことにしておいてやる。わたし自身じしんにしちゃいない。――面倒めんどう野郎やろうだとはおもっているからな?」

ねんししなくても、あんたには同情どうじょうしている。しているだけだが……おい、余計よけいなことをうけどな、ぎるな、金代かなしろ

ひまなんだよ」

 各人かくじんがばらばらになってあそんでいるグラウンドにける。集団しゅうだん行動こうどうには、あまりかないおもちゃであることはたしかか。

 しばらくはなしをしていると、けいがこちらへた。

「よっ。先生せんせい一緒いっしょだといきまらないか?」

「どちらかとえば、のどけむりまらせる金代かなしろほう大変たいへんだろうな」

まりはしないよ」

「で、どうした」

「いや、退屈たいくつしてんなら、ためしにってみちゃどうだと、そうおもってさ」

「いいかけい、そのさそいはうれしいがとき場合ばあいかんがえてくれ」

「あ? なんでだ?」

 ふん、とはなひとわらえば、こちらにんでくるみみざといおんな一人ひとり

「ほらみろ、商売人しょうばいにんにおいをぎつけやがった」

「あー……」

「およ? どうしました、明石あかしさん。へんかおになってますね。どうですおにいさん、ちょっとあそんでみませんか? いやあ、やっぱり一度いちどためしてもらったほういですからね、ええ」

毎回まいかいさそ文句もんくをよくかんがえるものだな、おまえは……」

「つーか、なんだ? 勝負事しょうぶごときらいってわけでもなさそうだし、あれか、まさかぶざまにすっころぶのがみっともないとか、そういう理由りゆうかよルイ」

「そうだ――と、肯定こうていしてもいいんだがな。いた挑発ちょうはつだ。ふむ……まあしかし、あそびのさいに、保護者ほごしゃ気取きどって空気くうきまんヤツにえなくもないか」

えなくもないというより、そのままだよ、不知火しらぬい

金代かなしろわれたくはないな。……年齢ねんれいのことだ、という副音声ふくおんせいこえているようならなによりだが?」

「ふん」

「それで、どうなんだ?」

「――いいだろう。ただし条件じょうけんがある」

「なんだ条件じょうけんって」

「おまえたちの口車くちぐるまるというのがしゃくだからな、おれからも要求ようきゅうしたっていいだろう。りこなしてせるから、レース形式けいしきでやろうか。相手あいてはもちろんけいだ。おまえけたときはんベソになってもわらってやる」

「おまえなあ……」

「どういうレース形式けいしきにするか、かんがえてくれ」

「シンプルでいいんじゃね? スタートは直線ちょくせんで、おくのトラックの外周がいしゅうをくるっとまわって、また直線ちょくせんでゴール。さすがに今日きょうはじめてるやつに、障害物走しょうがいぶつそうをやろうとはわねえよ」

「フェアの精神せいしんでもあるのか? いいかけい勝負事しょうぶごとはいかにおのれ有利ゆうりにするか、そこにきる。反則はんそくなんてバレなければいいのだ」

「んなことしねえよ!」

冗談じょうだんだ。さて」

「あたしのボード、使つかうっスか?」

「いや――おまえはジャッジをたのむ。っていたほうがいざというときに、対応たいおうしやすいだろう?」

「そりゃそうですけど」

「だから、――津乗つのり!」

 ちかくにいた津乗つのりんで、おれかる事情じじょう説明せつめいした。

「ああうん、いいよ。でも調整ちょうせいはいってるよ? ルイ先輩せんぱいだいじょうぶ?」

問題もんだいない。どうしたすず、事情じじょう説明せつめいしにけ。どうせ後半こうはんからはレース形式けいしきにするとっていただろう? トップバッターをおれけいにするだけの、簡単かんたん仕事しごとだ」

「ああ、はいはい」

「おいルイ、かるってからのがいだろ」

「そこで無様ぶざまころんで、できませんとくのがおれ仕事しごとか? 冗談じょうだんじゃないな」

「いやそういうことってんじゃねえけどな……」

 ふところからアイウェアをしてかけたおれは、ボードをって。

「――ああ、金代かなしろめないんだな?」

「ガキのあそびによこから文句もんく大人おとなには、なりたくないもんだな」

「それはそれで、相手あいてをしているおれまらんということをおぼえておいてくれ」

「だったら、おまえったらわたし煙草たばこ一本いっぽんやるよ」

いたかけい一箱ひとはこではなく一本いっぽんだ。チップをケチるといことがないってことをらないらしい」

「なんでそこでおれむんだ! あー……それだけ大事だいじなものなんじゃね? っていうフォローはどうですか、金代かなしろ先生せんせい

けいてよてめえ」

「あれ⁉ おれフォローしたはずなんだけど⁉」

 おれけい手前てまえのトラックの外周がいしゅうつ。おれ内側うちがわなのは、けい配慮はいりょなのだろう。ボードのスイッチはふたつ、まずはバランサーをれて、始動しどうスイッチをれる。りるときぎゃく手順てじゅんだ。

「よし、たおれないな」

「おまえおれをどこまで平衡感覚へいこうかんかくのない野郎やろうだとおもっているのか、そっちを疑問視ぎもんししたくなるんだが……?」

一応いちおう心配しんぱいしてんだから、れよ」

「だったら勝負しょうぶわってからのおまえ心配しんぱいを、おれはしてやる。うれしいだろう、先行せんこう予約よやくだぞ」

わってからにしてくれよそれは!」

 ならんで停止ていしすれば、うしろから津乗つのりがそれぞれのボードをつかんだ。すこはなれた位置いちで、すずがこちらをる。ちなみにほかの生徒せいとたちは、トラックのなかからこちらをていた。

準備じゅんびいいですか、お二人ふたりさん」

「おう!」

「いつでも」

 すずが、深呼吸しんこきゅうひとつ。

「ゲットレディ」

 かるく、けいまえのめりに。

「――GO!」

 はなされ、けい先行せんこうするように加速かそくした――それをおれは、る。

 て、二秒にびょう

「すず!」

「トラブルっスか⁉」

「――つむっておいてくれ」

「はい⁉」

 おれはそのまましゃがみんで。

「あまりめられたやりかたじゃない」

 バランサーだけって、一気いっき加速かそくした。

 ボードの表面ひょうめん両手りょうてれるほどの低姿勢ていしせい瞬間しゅんかんてき加速かそく六十ろくじゅうキロをえ、けい背後はいごいついたころ、おそらく安全あんぜん装置そうち上限じょうげん設定せっていしている五十ごじゅうキロにまでちていたが、四十よんじゅうキロ未満みまんであるけいいつくのは容易たやすい。

はやいじゃねえか!」

「おまえおそいだけだ」

 ひとのトラックをえ、ふたはいる。ボードがくれる浮遊ふゆうかんと、疾走しっそうかんむかしおもし、苦笑くしょうかんだ。

 コーナー手前てまえ、インがわだと面倒めんどうだとおもい、一度いちどボードをトラックの内側うちがわげるよう、遠心力えんしんりょく使つかってけい上空じょうくうを、回転かいてんしながらえ、アウトがわへ。この方法ほうほう一番いちばん失速しっそくしないでむことを、おれっている。

「なに⁉」

「コーナーにはいるぞ! おどろいているひまがあるのか!」

 はいった。

 おれ外側そとがわへボードをげ、まるでそこにかべがあるかのようにすべる。そのさいしずめていたからだ次第しだいこすようにしながらコーナーをけ、最後さいご直線ちょくせんはいった。

 先行せんこうしているおれは、けいがりに加速かそくれるタイミングを見計みはからって、減速げんそく。おそらくけい視界しかいからはおれえたようにえただろう。そのまま、三度さんどほど五芒星ごぼうせいえがくようにしてけい周囲しゅうい移動いどうして、そのまま先行せんこうする。

 そして、幾度いくどけいまえおおきく曲線きょくせんえがくよう左右さゆうれてから。

「――なつかしいな」

 そうつぶやき、最後さいご加速かそくをして設定せっていされたゴールラインをえ、一度いちどしゃがむようにしてからだしずめたおれは、後方こうほう宙返ちゅうがえりをしながらボードごとからだ回転かいてんさせつつ、最短さいたん時間じかんでの減速げんそくおこない、ぴたりと停止ていしちいさくかたすくめてから、スイッチをった。

「やはり芹沢せりざわったな……おい津乗つのりりてわるかったな。たすかった」

「あ、うん……」

 さて。

 とりあえず戦利品せんりひんりにこうと、仮設かせつテントにもどれば、みょうしぶかおをしながら金代かなしろ一本いっぽん煙草たばこをこちらに寄越よこしていた。おれはそのままくわえて、ける。基本的きほんてきしがるわけではないが――たまに、もういない友人ゆうじんのために、ってやることがあるのだ。

経験者けいけんしゃだろう、おまえ

「そのはなしすこってくれ、いたけいがこっちにるはずだ。だがまあ、フィーリングがわっていなくてなによりだった。無様ぶざまけていたらわらぐさだったしな」

「こっちはそれを期待きたいしてたんだけどなあ」

性格せいかくわるいぞ金代かなしろ

「おまえにだきゃわれたくないね――っと、ああ、おまえ真似まねしようとして、すっころぶ連中れんちゅうはじめた。どうするんだ」

ったことじゃないな。それに、打撲だぼく程度ていどならばともかくも、安全装置あんぜんそうちはたらいている以上いじょう大事だいじにはいたらんだろう」

 お、けいた。すずも一緒いっしょだ。

「くそう……!」

「おつかれのようだな、けいすこやすめ。椅子いすあまっているしな。おいすず、つむっただろうな?」

ぇかっぽじっててましたよ。なんなんすかあれ、おもいつきもしませんでした。というかおにいさん、バランサーってたっスね」

「はあ⁉ ってあんだけのパフォーマンスしたのかよ!」

「バランサーは調整ちょうせいかなめなんだろう? さすがに津乗つのり調整ちょうせいおれうともおもわなかったからな」

「おにいさん、はじめてじゃないっスよね」

「フライングボードは、はじめてだ。まあこれはグレーな物言ものいいになる。いいだろう、ネタバレだ。おまえたちが使つかっているボードのバランサーを開発かいはつするにたって、もう五年ごねんくらいまえになるのか……おれはそのテスターの一人ひとりだ。つまりそのころは、バランサーなし、安全装置あんぜんそうちのみという試作品しさくひんあそんでいた」

「グレーっていうかそれ、ほぼだましじゃねえか……」

おれ強気つよき発言はつげん理由りゆうがわかってなによりじゃないか。っておくが、バランサーがわるいとはっていない。ただ、おれ自身じしんが、バランサーの使つかかたらないだけだ。ぎゃくえば、バランサーがあるんだから、あのくらいの芸当げいとうはできて当然とうぜんだともおもえるが……そこらは、すずのほうかんがえられるだろう」

「バランサーらなくても、あの速度そくどせるってか……?」

「おそらく、な。べることがたりまえだから、理屈りくつについての勉強べんきょううすいんだ。いいか、前進ぜんしんするのは重心じゅうしん移動いどうだ。これを簡単かんたんってしまえば、まえおもくすればいと、そうなる」

「ああ、そりゃおれもわかってる」

「そこにとしあながある。いいか、速度そくど維持いじすることと、加速かそく別物べつものだ。おれさきほどったかんじ、初速しょそく限界げんかい六十ろくじゅうキロになっていた。これをすためには、ロスのない体重たいじゅう移動いどう、つまりゼロからひゃく一気いっきせるような感覚かんかく必要ひつようになる――が、それはすぐに制限せいげん五十ごじゅうキロで停止ていしする。ここからは速度そくど維持いじはいるわけだ。どうだすず」

「まあ……理屈りくつとしては、というか、スペックとしてはそうです」

「だからって、インからアウトへ、おれあたま回転かいてんすか……?」

「ああ、スクリューな。〝たまれ〟には必須ひっす技能ぎのうだ」

 文字もじどおり、ねじのようなうごきで障害物しょうがいぶつえるわざだ。

たまれって、なんすか?」

日本にっぽんの、なんだ、運動うんどう科目かもくであるだろう? あれとたようなものだ。バスケットボールしかなかったから、ボールはそれを使つかって、適当てきとう場所ばしょてていた、メートルくらいのたかさにあるかごへ、それをれる。ボールにれられる時間じかん三秒さんびょうだ。つまり、って、りかぶって、げる――という動作どうさわる。必然ひつぜんてきにゴールをめるなら、ボールを上空じょうくうげて、それをひろってうえからとすのが確実かくじつだろう?」

「だろうって……簡単かんたんってくれるぜ。んじゃあのコーナーリングは?」

「あれはバンクとばれるものだ。速度そくどとさず反転はんてんするのも、たまれには必要ひつようだろう? なにしろフィールドは区切くぎられる。いかに素早すばや反転はんてんするかはかんがえたものだ」

たしかに、あっさりかれたけどな……」

視界しかいひろいのも利点りてんだ。あの状態じょうたいでも、したはしるおまえうごきはよくえた」

「そのあとの直線ちょくせん、あれは? おれ完全かんぜん見失みうしなったんだけど」

「ヘキサという技術ぎじゅつでな、〝おにごっこ〟をやるなら、これも必須ひっす技能ぎのうだ。加速かそく減速げんそく使つかけて、相手あいて周囲しゅうい移動いどうすることで、つかまえやすくなる」

おにごっこってのは?」

「そのままだ、間違まちがっていない。ただし、背中せなかしかれられないルールだ。まあおれ場合ばあい全員ぜんいんでの勝負しょうぶだったから、おにごっこというのは語弊ごへいがあるかもしれないが」

 あれはおにいじめだ。

「あと、おれまえをふらふらうごいてたのも、なんか関係かんけいしてんのか?」

「シザースは、〝かけっこ〟――いわゆるスピード勝負しょうぶきで使つかわざだ。左右さゆうおおきくれれば、直線ちょくせんよりもおそくなるが、うしろからはきにくい。ぎゃくに、かれたさい背中せなかにぴたりとくことも、やりやすいんだ。基本きほん、スピード勝負しょうぶうしろについたほう有利ゆうりだからな、おな速度そくどでもスリップにはいったほうらくになる」

「そんなもんか……? いまいち実感じっかんがわかないのは、たぶんおれがそういうゲームをしたことがねえから、だとおもうけど」

最後さいご大回転だいかいてんはなんすか?」

「あれはいだろう? 停止ていし減速げんそく時間じかん使つかった大技おおわざだ。一応いちおう、あれができるということが、特定とくていのレベルにたっしている証明しょうめいでもあるが、まあ重視じゅうしのもので、それだけだ。緊急きんきゅう停止ていしして、ふうとためいきとすより、恰好かっこうい」

「そんだけかよ! ああくそっ、おれちょっと練習れんしゅうしてくる!」

「あたしもくっスよ、明石あかしさん。みんな無茶むちゃしなきゃいいけど……」

「……どうだ金代かなしろ勤勉きんべんなものじゃないか」

「おまえ嫌味いやみみみいたいねえ」

 そういうつもりではなかったんだが。

「――おいルイ! ルイ!」

「うるさいのがたな。なんだ? おれ戦利品せんりひん一服中いっぷくちゅうだ、言葉ことばえらべカゴメ」

「なんだ貴様きさまうのか」

てのとおりだ。それでなんだ?」

「くっ……しゃくだが、どうやればあんな運動うんどう可能かのうになる⁉」

素直すなおおしえてくれといにたところは評価ひょうかしてやる。だがなカゴメ、おまえくびうえについているのは、かがみまえ化粧けしょうをしておとこいところをせるだけの外側そとがわだけか?」

「なんだと!」

「ちったあてめえのあたまかんがえてからにしろと、ったほうがおまえにはわかりやすいか? いいかカゴメ、どうしてボードはいている? どうして加速かそくする? 側転そくてんをするさいに、どうしてころぶ? ころばないためには、どういう運動うんどうエネルギーが必要ひつようになる? そして、――どうやればそれは成功せいこうする? テキストをんでも、現場げんばじゃ通用つうようしない。だが、現場げんば通用つうようする連中れんちゅうは、かならずテキストもんでる。間抜まぬけとわれるのがおまえ趣味しゅみならとやかくはわないがな」

「――、やっぱりおまえなんかだいきらいだ!」

「そうかい、ってるよ」

 かたをいからせてるくらいなら、おれなんかたよらなければいいのにな。

「やっぱりたりがつよいだろ、おまえ

ったことじゃない。――さて、追及ついきゅうされるのは面倒めんどうだ。金代かなしろおれかえる」

はやいじゃないか」

「これがわればどうせひるだ、まち適当てきとうってからもどればいい。じゃあな。つぎはこできちんと用意よういしておいれくれ」

「うっせ。おまえにゃもうやんねえよ」

生徒せいと口調くちょうじゃないな」

 生徒せいととしてあつかわれるつもりは、それほどないので問題もんだいもないが。


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