熟女の恋

@yokomaru4780

第1話

友人と酒を飲む約束をしていたので、バス停に向かってオレは歩いていた。


が、生憎バスは、オレが道路を渡り終える前に走り去ってしまった。


次のバスまでは、30分ある・・・


仕方がないので、別系統のバスに乗ろうと違うバス停に向かって歩いていると、ジュースの自動販売機の横で、苦しそうにうずくまる、小柄な初老の女性がいた。


関わりたくないので通り過ぎたかったが、不幸にも彼女と視線が合ってしまい、声を掛けざるを得なかった。


「具合でも悪いんですか」、とオレが訊くと、

「すみません、ちょっと目眩がして・・・」と、心細そうな声でぬ彼女は答えた。


「救急車を呼びましょうか」と再び訊くと、「いえ、もう少し休んでいれば大丈夫だと思います」と彼女は言った。




そのまま行ってしまえばよかったのである・・・


そのまま行ってしまえば・・・




オレは、「大丈夫だ」という彼女を放置せず、腕を取りながら、すぐ近くにあるコンビニへ連れて行った。


そのコンビニの駐車場には、テラスを気取ったスペースがあり、そこには、客に飲食をさせるためのテーブルやベンチがあるので、彼女をそこに座らせようと思ったからである。


素直に従った彼女の腕を取り、ゆっくりと歩いた。


最初は少しふらついていたが、コンビニに到着するころには、足取りもしっかりしたような気がした。


奥の空いていたベンチに彼女を座らせ、

「ここで少し休んで、あまり良くならないようなら、救急車を呼んだ方がいいですよ」、そう彼女に言い、「携帯はありますよね!?」と訊くと、

「ないんです」と答えた。


仕方がないのでコンビニの店内に入り、店員にも事情を話し、その旨を伝えておいた。


ベンチに座る彼女に、

「じゃあ」と言って背を向けると、

「おのぉ・・・」という声が聞こえたが、それをオレはあえて無視した・・・


オレは、一刻も早く解放されたかったのである。


今夜飲む「友だち」とは、最近ネットで知り合ったばかりの女性、「I子」である。


「I子」は、いわゆるハンドルネーム。


SNSで、会うの会わないのと散々やり取りをした挙句、ついに約束を取り付けた女性である。


それでなくとも、今日は出掛けにスマホを忘れ、自宅に戻ったロスタイムもあり、オレは早く駅に行きたかったのである。



渋滞した道路の影響もあり、10分遅れで約束の駅に着いたオレは、目印の、「ピンクの紙袋」を持つ女性を探した。


夕方で客が多く混雑はしていたが、改札近くの壁際に、それらしき女性を発見した。


その女性が、スマホの画面に夢中になっているのをいいことに、オレは、何気ないような振りをして彼女の前を通り過ぎ、容姿を確認した。



「I子でありませんように・・・」

そうオレは願った。


その女性は、今まで交わしたメールからイメージした「I子」とは、隔世の感があった。


彼女から見えない場所に移り、ラインで、

「中央口の大時計の下にいるよ」、とメールを送ってみた。



ピンクの紙袋の女性は、大時計方向に移動していった。


これで彼女が、あの「I子」であることが決定し、今夜のツーショットでの飲み会が、暗く、面白みのないものになることも決定した。


大時計の下へ移動した彼女に背後から声をかけ、「オレ」であることを告げると、一瞬ニコリと微笑んだが、冷水を掛けたかのようにすぐに笑顔は消えた・・・


お互い、共通した思いだったのだろう・・・



手っ取り早くてわかりやすい!


こういう晩は、さっさと飲んで、早く帰るに限る・・・


適当に歩いて、一番安そうな居酒屋に入った。



いくら飲んで酔っても、相手の褒めるところが見つからない・・・


あっ、いや・・・

いくらでも入る、その獣のような胃袋でも褒めようか・・・


ほとんど会話が限界に来た頃を見計らって、「そろそろ行こうか!?」、とオレが言うと、


「行こうって、何処へ!?」と、彼女は、ちょっとムッとした表情になった。


彼女がムッとした意味がすぐに解ったオレは、わざと同じようにムッとして、


「はぁ!? 帰るんだけど・・・」と、わざと呆れたような言い方をした。


どれだけ相手が気に入らなかったか・・・


お互いが、それを競い合っているかのようだった。


それでも、成り行き上、オレが会計をした。


彼女からは、「ごちそうさま」の一言もなく、「じゃあ」で別れた・・・


これで相手への「嫌い度」は、オレが勝った・・・




あの女のせいで悪酔いをしたのだろうか・・・


翌朝は、頭をハンマーで殴られているかのような酷い頭痛がし、それは昼過ぎまで続いた。


夕方近くになりやっと治まってくると、食欲わいてきたので、車でコンビニへ買い物に行った。


駐車場に車を駐め、店内に入ろうとした時、背後から声を掛けられた・・・


「すみません。 きのうの方でしょうか・・・」


振り返っても、すぐには誰だかわからなかった。


が、「きのう」、という言葉で、ハッと気づいた。


具合が悪くて、オレがここに運んだ女性だった。


すぐに彼女と気が付かなかったのは、昨日とは違い、今日は小奇麗なワンピースを着て、薄い化粧さえしていたからで、「初老の女性」

だと思った昨日の印象はすっかり消えて、彼女は、オレの中で、

「小奇麗な熟女」に昇進した。


「昨日はとてもご親切にしていただき、本当にありがとうございました」と丁寧に挨拶をされたが、オレは、

「はい、どうも」しか言えなかった。


「実は、あれからコンビニの方にも声を掛けていただいて、タクシーを呼んでいただいたのです」




結構長い間ベンチに座っていたらしく、心配した店員が声を掛け、タクシーを呼んで帰宅させたらしい。


「それで今日は、お礼を言いに、この店に伺った次第で・・・」といきさつを話し、偶然オレにも会ったということらしい。


「ああ、そうですか、それで、もう具合はいいんですか!? 出歩いたりして、大丈夫なんですか!?」と訊くと、持病で、時折あのように貧血を起こすのだと言った。

薬さえちゃんと飲んでいれば大丈夫なのだとも・・・


「ではお大事に」と、オレは背を向け店内に入ろうとすると、彼女は、

「すみません」と言い、バッグから白い封筒を取り出し、「大変ぶしつけで失礼なのですが、ほんの気持ちです」と、オレに手渡そうとした。


「そんなもん、受け取れないよ!」と、わざと荒っぽい声を出して拒否したが、

「コンビニの方にもお渡しして、受け取って頂きましたので、是非」と言った。


「そうなんですか。 でも・・・」とオレがまだ躊躇していると、封筒をオレの上着のポケットにねじ込み、「ほんの些細なお礼でお恥ずかしいくらいなんですが・・・」と言い、道路の方に歩き出して消えた。


買い物を終え、車に戻ってから封筒を開けると、中には、三万円が入っていた・・・


「何考えてんだ、あのオバサン!」思わず、声に出してそう呟いてしまった。


頭にすぐ浮かんだのは、「痴呆・・・」


昨日よりは、かなり若くは見えたものの、病気が為すもので、このような大金を・・・・


そう思うと、なんだか気の毒な上に、オレがまるで犯罪を犯したような、嫌な気持ちも湧いてきた。


でも・・・


「くれるって物は、貰えばいっか・・・」そう言葉に出したら、急に気が楽になった上に、昨晩の、あの忌まわしい出費を取り戻せたと思い、ガッツポーズまで出た。



我ながら、嫌なヤツだな・・・





雨の月曜日は気が滅入る。


月曜病なんて言葉があるが、オレは、そういう意味では、オレは「雨天病」だ。


曜日ではなく、天気によって、大きく気持ちが変わってしまう。


重い身体を無理に動かし、いい加減に洗顔をしてから家を出る。


調子がいいのは、車だけである・・・


国道246号線を、いつものように突っ切り、一つ目の交差点を左折すると、あのコンビニがある。


今朝は、昨日買ったバナナを朝食とするので、コンビニには寄らない。


が、コンビニを通り過ぎようとした時、オレは、急ブレーキを踏みそうになるほど驚いた・・・


なんと、コンビニのテラス席に、あの彼女が座っていたからである。





つづく

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