第3話 負け

 翌日も、そのまた次の日も、女子は頭を下げてきた。俺が一人でいる時に。

俺は毎回断っている。

約一か月、そんな日々が続いた。

 ある放課後、部活があるという友人と教室で別れ、俺は一人昇降口へと向かった。俺はきょろきょろと辺りに視線を泳がせながら、廊下を歩き、階段を下りた。

 昇降口で素早く上履きから靴へと履き替え、昇降口に背を向けた。

「今日は大丈夫そうだな」

 今日はまだ女子に捕まっていない。このまま校門を抜ければ、今日一日平和に過ごせたというものだ。

 俺は校門を抜けて小声で「よし」と心の中でガッツポーズ。あとは帰宅するのみだ。

 しばらくなんのゲームで遊ぶか考えながら家路を目指していた。だから、後ろから迫ってくる人影に気が付かなかった。気が付いたのは、家まで数メートルという距離だった。

「お前......」

「どうも」

 女子は笑顔だった。

「つけてきたのか」

「ええ、まあ」

「ストーカー野郎」

「なんとでも言ってください。私は、あなたにコスプレしてほしいだけです。そのためなら、なんだってしますよ」

 末恐ろしい。

 俺は女子と向き合った。

「なんでそこまでする。別に俺じゃなくてもいいだろ」

 女子はこれまた素っ頓狂な表情を見せた。

「なんでって、あなたに似ているキャラがいるから、その恰好をさせたいだけよ。他に理由なんている?」

「別のやつに頼めばいい」

「私の秘密を知っているの、あなたしかいないのよ。私がウィッグを付けていることも、コスプレ好きで、コスプレイヤーだってことも、友達は知らないわ」

 だからお願い、コスプレをしてください、と女子は最後に付け加えた。

 何度見たかわからないヅラのつむじを俺は眺める。ここまで頭を下げてきたやつを、俺は知らないし、始めてだ。理由は似ているキャラがいるから、コスプレさせたい。そんな幼稚な理由で、俺は約一か月も頭を下げられた。正直、呆れを通り越して尊敬に値するね。ここまで一つのことに正直で、ひた向きな人に出会ったことがない。こういう人が、夢を叶えていくのかね。

「わかったよ、やるよ」

「え?」

 きょとんと女子の瞳が丸くなる。

「だから、やるって」

「ほ、本当? 本当に? いいの?」

「ああ、これ以上つきまとわれるのはごめんだ」

「あ、ありがとう。本当に、ありがとう」

 まるでねじでも巻いたかのように、女子は何度も頭を下げた。

 俺の負けだ。

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