魔術師たちの昏き憧憬 #18
ついに"恐れ"に行き当たったトキヤは、他にそれらしいものがないか探し始めた。
月、太陽。殊更わかりやすい状態にはないだろうが、必ず象徴しているものの要素が含まれているはずだった。そうでなければ誰にも伝わらない。
(マミヤ氏は自分の秘密を誰かが受け継ぐべきだと考えていたはずだ。公の力などではなく、信頼できる個人に――)
そのためには、「理解される」秘密である必要がある。誰にでもわかるようでは意味が無いが、逆に誰にも伝わらなければ、忘れ去られたり、誰かに強引に暴かれることを待つ他はなくなってしまう。
(意匠に紛れ込ませてカムフラージュされていたが、アレはおそらく意味のある図形だ。あれが機構なら、どこかに起動させる鍵があるはずだ)
トキヤが嗅ぎとったのは魔術のにおいであった。
こうなってくると他人事ではない。形見の銀時計のこともある。ショウダイ・マミヤと魔術の関連は暴いておきたいところだ。最悪、ショウダイの秘密とやらも魔術に関連するものであるかもしれない。そうなると姉妹への説明が悩ましいところだが、今は自分で自分をお詰めてしまったかたちだ。それについてあたまを悩ませているヒマはない。
目につくところを探し終えたトキヤは、満を持した気分で大量の書物を湛えた書架に向かい合った。フウカによれば書架には目立った変化は見られなかったらしいが、他の場所と違い、整頓され尽くした書架を状態を乱さずに調べるのはさほど難しいことではない。
(とはいえ、この量だ。並びを全く乱さずに調べるにはまるごとひっくり返すわけにはいかないし、かといって一冊ずつ調べるような余裕もなかったはずだ)
姉妹の行動と照らし合わせて考えれば、おのずと侵入者が行動を起こしているのであろう時間帯は絞られてくる。この屋敷から一切の人目がなくなるのは、日没後から翌十四時から十五時程度の範囲。人目を忍ぶという性質上、侵入者は日没後から日の入前までに行動を起こし、また終えているはずだ。
この辺りは閑散としており人通りは少ないが、身を隠す場所が少なく見通しは良い。人通りがないからといって昼間に堂々と歩いていたのでは、誰かに見咎められる危険性がある。
シュト市は業務などで特別な許可が降りているケースを除き、夜間の外出に関して否定的だ。夜回りの警邏に見つかれば大人であろうが子供であろうが拘束をされるし、ひどい時には罰金などの損害を被る。
善良な市民はそのような不利益を被らないために、またあるいは防犯意識の高さ故、多くは夜間を自宅に籠もって過ごす。その例に違わず、このあたりは夜ともなれば人通りなど皆無に等しい。
また、灯りをぶら下げて歩いていても、巡回の警邏くらいにしか思われないことであろう。外套に見を包んでしまえば、警邏であろうがやましい心を持った人間であろうが、見た目は等しい。
そのあたりの事情を考慮した場合、侵入者が自由に探索に当てることが出来た時間は、姉妹とそう変わらない程度であったと考えられる。それどころか、自由に振る舞うことが許されている姉妹のほうが、探索の進捗に関して優位であった可能性もある。少なくとも、本を一冊一冊丹念に調べている余裕はなかったはずである。
トキヤは腕組みをして書架の前に立ち、月や太陽を含むタイトルの書物を探した。
大方の印象に違わず、書架の内容は極めて明朗だった。ジャンルごとにきちんと整頓が為されており、タイトルも降順に並んでいる。どうやらショウダイという男は筋金入りの研究者体質であったようだ。屋敷内をみる限り几帳面であるような内容な曖昧な印象しか感じなかったが、殊この書斎に関しては別だ。書物に対する情熱のようなものを感じる。
(ものすごい量だが、これなら特定のタイトルを探すのに苦労はしなさそうだ)
端から順繰りにタイトルを眺めていく。中にはタイトルの刻印が為されていないものがあり、トキヤはそれをいちいち手にとって確かめた。幸い、タイトルのない本は少なかった。そうして書架のほんのタイトルすべてを確認し終えた結果、月および太陽を含むタイトルの書物は、書架の中にたった一冊だけしか存在しないことがわかった。
些か緊張を感じながら、トキヤはその書物――『月の律動と魔術の関係性についての考察』と銘打たれた―― を手にとった。
奇しくもそれは、この部屋に訪れてまもなくトキヤが目に止めた魔術に関する書物のうちのひとつだった。改めて頁をめくってみると、最初に流し読みした時とは違った感触があった。
(――よく見たら、古来の形式をそのまま用いているわけじゃないのか。微妙にアレンジが加えられている……? 結局前提が間違っているから的外れな内容だが、ずいぶん実験的な内容だな)
どうやらこの書物の著者は、古来の
ただし、成果はあまり見られなかったようだ。その書物自体は単に月の満ち欠けと魔術の発現に関連性があるかどうかを試した、という実験の記録のようなもので、結果は『なんの関連もなし』となっている。
著者の考え方や実験自体はごく理性的で彼自身の論理は明白であったが、いかんせん本物の神秘であり理不尽の象徴たる魔術について、"大いなる前提"を間違えているため、あくまでも彼は「魔術に憧れる一般人」の域を出なかったようである。
(そのほうが幸いだ。魔術で得られるのは万能のチカラでも、何者にも阻害されることのない自由でもないのだから)
エドガー・ジョン・フレミング。
書物の最後には著者のサインがある。独特なクセのあるそのサインの下の余白に―― 明らかにそこには"相応しくない"文言が踊っていた。
――月は強き光を受けてこそ輝く。忘れるな。
それは書物に使われたものとは別のインクで、ごく丁重な調子で書かれていた。
たったその一言。膨大な書物のうちに隠れた小さな証拠を見つけ、トキヤは思わず微笑んでいた。
(ついに見つけたぞ。これだ、間違いない。この本が鍵だ)
残すところは、この"謎かけ"を解くだけとなった。すでにヒントは出揃っている。そう難しくはないはずだ。
(この言葉、マミヤ氏がレイカさんたちに言っていたという言葉に似ている。――強い光。太陽光か? ……いや、本当にそうだろうか。あえて"強き光"と書いてあることが気になるな。ここにある『月』が何を示しているのかも、判断に困るところだ)
本を閉じ、あらゆる角度から眺めてみる。見た目の上では皮で装丁された普通の本であるが、なぞってみたところ、革の独特の感触の他に、指先に僅かな違和感が残った。
(
山羊革と言えば、装丁に使われる皮の中でも高級品である。
(言っては悪いが、内容に相応しい装丁とはいえないな。謂わばこの本は、著者の覚書のようなものだ)
大変興味深いが、完成度が高いとは決して言えない内容である。施された装丁の仰々しさとは裏腹とさえ言える。
――なぜわざわざこのような扱いをしているのか。それについて考えた時、トキヤは普段使わないでおいてある記憶の抽斗の中から、とある知識を引っ張りだしていた。
曰く、『山羊革は、動物の皮を加工したもののなかでも、魔術の根源たる呪力を帯びやすい性質を持っている』。
(なるほど。これは考えるよりも試してみたほうが早そうだ)
書物の正体を見た気がしたトキヤは、せわしなく動きまわるトキヤをただ見守っていた姉妹に対し、次のようなことを言ったのだった。
「これから少し、妙なことが起こるかもしれません。ですが、決して大きな声を上げたりはしないでくださいね。ここで何があっても、お二人の身が安全であることはボクが保証します」
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