魔術師たちの昏き憧憬 #17
「……一応、理由を聞いても?」
訊ねるレイカの表情は冷淡なものだった。聞くまでもなく言葉の意味を理解しているようだったが、トキヤは構わずその理由を口にした。
「危害を受けないようにするためです。あなたがたが今の今までなんの危険にも晒されなかったのには理由があります。ですが、先程も言ったとおり状況が変われば話は別です。何が起こるかわからない」
ありのままを伝えた上で釘を刺す。
レイカという人間にはこれが最も有効な手であろうと、トキヤは考えたのだ。どうも、レイカは白黒をはっきりと付けたがる質のようだし、好奇心も強い。他人すべての判断を委ねてしまえるような性格ではないので、事の次第を曖昧に濁したまま頭を押さえつけておくことは、不用意な行動を起こさせる原因になりかねない。
「――わかったわ。あなたがもし失敗したと感じた時は、おとなしく引き際をわきまえることにします。私たちが個人的に動いて解決できることでもなさそうだしね。……フウカもそれで良い?」
姉の問いかけに、フウカはこくこくと頷いてみせた。もとより、彼女は積極的にこの件に関わりたいとは思っていないようである。ただ、彼女の決定権のほとんどが姉に委ねられているがために、関わりを持たざるをえない立場にあるのだ。レイカさえ納得させてしまえば、フウカが不用意な行動に移ることはまずありえない。
トキヤは姉妹の関係性をあまり健全なものだとは思えなかったが、口にだすことは憚られた。それは探偵の仕事ではないし、今は時間が惜しい。
「確かに約束しましたよ」
「二言はないわ。……でもね、探偵さん。私、あなたの叔父様に払ったお金をムダなものだったとは思いたくないのよ」
「無論、全力を尽くしますよ。むやみに断言してしまうのが、性癖上難しいだけのことです」
「そう。改めて依頼料についてお話ができることを祈っているわ」
そういえば、依頼料の話がすっかり頭から抜け落ちていた。
まったく自分は商売ごとに向いていないと自身に呆れつつ、トキヤは部屋の探索へと意識を戻した。
ヒントはほぼゼロである。
わかっているのは、ただひたすら表面的に探したところで何も見つからないであろうということだけだ。もしも常套な手段を用いていたなら、姉妹か謎の侵入者がすでに何らかの発見をしているはずである。ショウダイ・マミヤは、普通では思いつかないような手段で、死してなお秘密を守っているのである。
もはや猶予は二時間もない。それほど広い部屋ではないとはいえ、集中的にすべてを調べ歩く時間は残されていない。観察力と冷静な判断力、この好機であり窮地でもある状況に気圧されぬだけの精神が必要だ。
(急いては事を仕損じる――)
叔父から吹きこまれた極東の格言を胸に、トキヤは再三見わたしたはずの部屋に視線を巡らせていく。
(何かあるはずだ。マミヤ氏はレイカさんたちに「あとは頼む」と走り書きを残している。彼女たちに何かを託した。あるいはこの部屋に眠る秘密を―― だとしたら、何かヒントが残されているはず)
今まで姉妹から聞き出した話の中に、何かヒントになるようなことが隠されていただろうか。
ショウダイと姉妹には家族という繋がりがある。彼女たちにあって、他の人間にはないもの―― 関わりのない人間には理解できないような何か。汁物が見ればそれがヒントであると理解できるような物がないか。そんな視点を持って部屋を一周してみるが、興味を惹かれるようなものは見つからなかった。
(……多少話を聞いたくらいではわからないか? もっと別の何か……)
侵入者側に有利な要素があるように、こちらにも有利な要素がある。
トキヤは姉妹を振り返ると、口を開いた。
「突然このような話をするのは不躾かと思いますが、マミヤ氏について、何か印象に残っていることなどはありませんか?」
「祖父について? 話せることはあると思うけど、どんなことを話せばいいのかしら」
「そうですね…… 例えば、あなたのお祖父様を象徴するようなエピソード―― それも、あなたがたしか知らないようなことです。何かありませんか?」
「私たちしか知らないこと、ね…… 正直そこまで強く記憶に残っていることは多くはないのよね。何分祖父が家に居たのは十年も前のことだし」
目を閉じ、首をひねるレイカ。昔のことを思い出しているのだろう。
「変な話はいっぱい聞かせてもらったけど、本に書いてあることばっかりだったし、他には――」
「太陽と、月の話……」
「え?」
不意打ちのようにフウカが呟く。レイカは目を丸くして妹を見つめた。
思わず漏れでた声から、どうやらレイカの記憶にはないことのようだ。片方の記憶だけではいまいち判断の材料にしてよいか迷うところだが、記憶力に優れたフウカが「印象的である」と言うのだ。情報の純度は高い。
「お祖父ちゃん、太陽と月の話、よくしてた。……です」
「具体的にどのようなことを話していたか、憶えていらっしゃいますか?」
トキヤの追求にフウカは目を泳がせながら、
「ええと、月は太陽がなくては輝けないんだって。月が夜の空で輝いていられるのは、太陽の光があるからで――」
「ああ、その話だったら少しだけ覚えているわ」
フウカの話を黙って聞いていたレイカが、手を打った。
「月は太陽なくして輝けない。けれど月がなければ、ヒトは太陽の光をこれほどありがたいものだとは思わなかったことだろう。……祖父はたしかそんなふうに言ってたわ。未だによくわからない話だけど」
「わたしたちの関係が、月と太陽みたいだとも、言って…… ました」
「そんなことまで言ってたっけ? ……でもまぁ、祖父がそんな話をしていたのはたしかよ。思い起こしてみれば、それなりに印象的だったかもね」
(……なるほど、姉妹の関係性について、ね)
トキヤは姉妹に礼を言い、「月と太陽」という言葉を脳裏に貼り付けたまま、探索を再開した。
ショウダイ本人と姉妹の両方に関わるエピソードとしては、今のレイカとフウカの話は申し分がないように思えた。ヒントとしてはあまりに手探り感が否めないが、闇雲に探して回るよりは意味があるだろう。
情報を得て焦点の定まったトキヤの瞳に、部屋の中心に置かれているローテーブルの彫り込みが映しだされる。それまで意識していなかったが、それもまた見事な意匠が施されており、金のかかった代物である事がわかる。
(これは…… 透かし彫り細工だな。表面を覆うようにして彫られたものは初めて見た)
あまり実用的ではないように見えるそのテーブルの表面には、珍しい透かし彫り細工が施されている。
特に中心部分と縁を飾るその意匠は、月を象徴しているものに見えなくもない。
(中心の半月状のものと円状のものを組み合わせた細工。縁の線上の細工―― 見ようによっては波間に浮かぶ月を表現しているようにも見えなくはない、が……)
さきほどの話を意識しすぎただろうか。特に怪しい部分があるわけではないというのに、どうにも気にかかる。視界に収まる程度ではなんとも思わないが、意匠をじっくりと観察していると、胸の奥底が苛だち、違和感が燻り煙を上げる。その不快感に思わず目を逸らしたくなるが、逸らせない。
意匠は中心の象徴を除き、上下左右が対象となっている。見つめているうちにそれが"意味"のあるモノのように思えてきて、トキヤの肌はザワリと粟立った。
(まさか、な)
その胃がじっくりと時間をかけて押し潰されていくかのような不安感を、トキヤは何度か味わった経験がある。
ここに至って見えてきた小さな片鱗に、蓋をしていたはずの記憶が刺激された。常人には決して備わっていない"感覚"を持っているからこそ、出くわしたくはなかった"それ"の気配。
――これは本当に、アタリかもしれない。
漠然とした予感が電流となり、緊張に強張った体を突き動かした。
(月、太陽…… 他に何かあるはずだ。"これだけ"じゃない。あともうひとつ……!)
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