魔術師たちの昏き憧憬 #13
マミヤ邸。
周囲に民家の少ない場所にぽつねんと立っていること以外は、敷地の外側から見渡すかぎり、特に特徴のない建物だ。
築二十年そこそこといったところだろうか。シュトが大きく発展しはじめた時期の建築物のようだが、それにしては妙な立地だと言わざるをえない。
周囲の再開発に合わせ、住宅地区は中心部から外側へ徐々に侵食していくように発展してきた。見た目の経年からして、この屋敷はまだ【環状鉄道】も整備されていないころ、孤立した場所をわざわざ選んで建てられたかのような風情がある。
(時期的にマミヤ氏が建てたモノというわけでもなさそうだな。買い取って暮らしていたのだとして、なぜわざわざこの屋敷を選んだのだろう)
先程記した通り、外観自体は何の変哲もない―― といえば一部語弊に繋がる部分はあるが、よく見られる二階建ての洋風建築である。
際立って巨大というわけではないが、独りで住むにはいささか広いのではないかとも思う。
「お祖父様は、ここで一人暮らしをなさっていたのでしょうか」
「それはわからないわ。私たちは誰も見てないけど、同居人が居なかった確証はない。そうでしょ?」
「……ふむ。とにかく中を調べてみるしかなさそうですね」
ショウダイ・マミヤが故人である以上、自分で探って見るほかはない。トキヤたちは連れ立って敷地内へと足を踏み入れた。
門戸は鍵付きのものではなかった。
小さな庭を抜けてエントランスに向かう。すると、小綺麗なイメージのする外観の建物にはそぐわない灰色の無骨な鉄製扉が目の前に現れた。明らかに後付のものである。元々の扉が外され、重い扉を固定するための金具が無理やり取り付けられた痕跡が認められた。
「これが例の金属製の扉、というわけですか」
独り言のようにつぶやくと、トキヤは姉妹の反応を待たずに扉へと近づいた。
触れてみる。冷ややかな感触は確かに金属のもので、押しても引いてもそのままではビクともしなかった。
(……随分頑丈な作りだ。一体どんな職人を雇って、どのくらいの資金を用いて設置したんだろう)
ノックしてみる。音が響かない。
扉はしっかりと固定されており、厚さも充分のようである。まるで扉ではなく"壁"のようだ。
唯一これが扉だという判断の材料になりそうなものは、トキヤの膝上程度の高さに空いている鍵穴くらいなものだろう。もっとも、これも姉妹から事前情報を受け取っていなければ、鍵穴だとは思いもしなかった恐れがある。
屈みこんで鍵穴の中を覗き込んでみるが、扉の向こう側の様子は見えない。まったくの暗闇だ。どういう作りになっているのか、見た目ではさっぱりわからない。
「気が済んだ?」
ため息を吐いて立ち上がったトキヤの背中に、レイカが苦笑交じりに言葉を投げかける。
「ええ、まぁ。よくわからないということがよくわかりました」
「それって収穫になるのかしら?」
「わからないということがわかったというのは大切なことですよ。少なくとも、素人にはこの扉の構造が理解できない。"ただの"鍵開け師でも同様でしょう。この扉をもし真っ当な手段以外で開こうとするなら、この扉を作った技術者と同等かそれ以上の技術者の協力が不可欠だ」
「見た目はとってもシンプルなのにね」
「華美な装飾は機能性を失わせるというのは、知り合いの職人の口癖でしてね。シンプルなものほど、中身は凝った造りになっているとか。……鍵をお貸し願えますか。どのような挙動を取るのか、興味が湧いてきました」
レイカから鍵を受け取り、それを鍵穴へと差し込む。
「開け方にクセがあるわ。まずは先端を奥まで押し込んで、抵抗があったら――」
一気に最奥へと押しこむ。わずかな抵抗があり、先端が何かの機構に嵌り込んだ感触がした。
「時計回りに鍵を回しながら、さらにぐっと押し込む」
レイカの言うとおりに指で鍵をねじりながらさらに押し込む―― と、グ、ググと複数の歯車(ギヤ)の回る音と感触が手を伝う。思わず驚きに手を止めてしまいそうになるが、
「まだ。最後まで回しきって。これ以上回らないというところまでいったら、鍵を引き抜いてから扉を押してみてちょうだい」
強い抵抗に合わせて鍵を引きぬき、これで本当に扉が開いたのかと半信半疑のまま、トキヤは扉を軽く押してみる。
金属製だけあって、扉は重い。しかしさきほどの感触とは違い、扉は素直に屋敷の内側へとトキヤを導くようにして開いた。
「……なるほど」
大げさな作りだが、挙動は見た目同様実にシンプルだ。もう少しダイナミックな動きを想像していたこともあり、トキヤは間の抜けた台詞を口にし、しばし呆然と開いた扉を見つめていた。
「ガッカリした? もっと、こう、ガッシャーンと派手に開くと思ったでしょ?」
「え、ええ。しかしよく観察してみれば、それほど大掛かりな仕掛けを潜ませておくようなスペースもないですしね。……しかし、レイカさんはこの扉のことをよくご存知ですね」
「試行錯誤よ」
大げさに肩を竦め、レイカはかぶりを振った。
「苦労したわ。最初にこの扉を開けるのにね。こそ泥みたいに、一時間もエントランスの前でウロウロしてなくちゃならなかった」
「おねえちゃん、最初に扉が開いた時、勢い余って転んでた。……です」
「……フウカ。そういうことは言わないでいいの」
どうやら先程、過去の一部を暴露されたことを根に持っていたらしい。フウカの思わぬ告げ口に、おどけていたレイカは決まりの悪そうな表情で咳払いをした。
「ともかく、扉は開いたんだから、中を調べましょう。あまり時間はないのだし」
「……そうですね、そうしましょうか」
茶々を入れるようなタイミングでもないので、姉妹のやりとりに対しては苦笑だけで応えておく。
フウカの表情が少し緩んだように見えるのは、トキヤの気のせいなどではないだろう。やはり姉妹。根っこの部分では似たような箇所があるのかもしれない。
フウカの意外な一面を面白く思いつつ、促されるまま屋敷の中へと身を潜りこませる。
まだ日中だが、やはり室内は薄暗い。トキヤの事務所とは違い、大きな窓がいくつも設けられている―― いずれもはめごろしで開けることは出来なさそうだが―― ため、足元がおぼつかないほど暗くはないのが救いだ。
正面には二階へと上るための階段があり、エントランスから見てちょうどT字になるように、東西に廊下が伸びている。掃除は長い間まともに行われていなさそうだ。埃独特の鼻を刺すにおいがかすかに漂っている。
「それで、まずはどこから調べる?」
ざっと周囲を見渡すトキヤに、後から入ってきたレイカが声をかける。
最後に室内へと踏み込んだフウカが鉄の扉を閉めると、重々しい音と共に、カチリと何かが嵌り込むような音が聞こえてきた。どうやら一度閉めてしまうと、鍵を用いるまでもなく再び施錠が為されてしまう仕組みになっているらしい。鍵はあくまでも「扉を開くための機構を動かす」ためのものであり、施錠の役割は担っていないようだ。
「例の書斎はどこに?」
「一階の東側よ。さっそく見てみる?」
「いえ、まずは屋敷全体を見て回ってみましょう。見取り図のたぐいは―― ありませんよね」
「当然そんなものはないけど、私達が案内することはできるわ。一応、満遍なく調べたつもりだしね」
姉妹に案内を頼み、トキヤは屋敷内を一通り見て回ることにした。
往く先々、トキヤは姉妹から見て「妙な行動」をとった。机の表面をなぞってみたり、やたらに鼻を鳴らしてみたり、棚の皿をじっくりと眺めてみたり――。
当然ながら、トキヤの「探索」と姉妹の「探索」とでは意味合いが違う。姉妹が怪しい場所に怪しい"何か"が隠されていないかを探っていたのとは違い、トキヤはショウダイ・マミヤという人間がこの屋敷で"どういう生活を送っていたか"を探っていたのだ。
書斎を除くすべての部屋を回り終えてエントランスに戻ると、終始閉ざしていた口を開き、トキヤは次のようなことを言った。
「――マミヤ氏はここで独り暮らしをしていたようですね。同居人のたぐいはいなかったものと思います」
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