魔術師たちの昏き憧憬 #11


「最初から『屋敷の異変を詳しく調査し、残された手がかりを探してほしい』とでも言ってくだされば、こんなに確認に時間がかかることもなかったのですが」

「時間に余裕はないけれど、必要なコストよ。いくら【探偵卿】の紹介とはいえ、あなたが信用できる人間かどうか見極める必要がある。――少なくとも、【探偵卿】が推挙するに値するような人間かどうか。それくらいの権利はあると思わない? それでなくとも、この街には"探し屋"がたくさんいるでしょ?」

「ボクはテストに合格でしょうか」

「何度も言わせないで。……私の負け。気を悪くしたかしら?」

「とんでもありません。ボクは文句を言える立場ではないですよ。叔父のことだから、紹介料だとか相談料だとか言って、あなたからいくらかお金を取っていることでしょうしね」

「私がある程度の水準を満たしている人間だからふっかけたのだと思ったのだけど、あのひとはいつもそうなの?」

「お金に意地汚いのは生来の根性ですよ。叔父はタダでは絶対に動きません。――もっとも相手が変われば金額も変わるでしょうが」

「私が自由にできるお金なんてたかが知れてるんだから、もう少し加減してくれても良かったのに」

「自分で持ちだしておいて何ですが、今の話はなかったことに。――さて」

 この話題はこれ以上長引かせるべきじゃない。ほうと息を吐きだし、トキヤは崩れかけていた居住まいを正す。商談はまだ終わってはいない。

「座して聞ける話はこのくらいでしょうか。改めて今回の件、引き受けましょう」

「自分で仕掛けておいてなんだけど、今までのやり取りを経て少しも迷いもしないだなんて豪気ね」

「ここまで話を聞いておいて断るほど、小心者でも恥知らずでもないつもりですよ」

「偉大なる【探偵卿】は、『断られたなら全額返金する』と仰っていたけれど?」

「叔父はボクが断らないことを知っていたからお金を取ったんですよ。……まったくイヤな人だ」


 現状、トキヤは書斎の異変はタネなしの本物の怪異などではなく、何者かの行いがわずかな証拠となって残ってしまった結果、偶然それが認識されてしまったものだと考えている。異変そのものには、最初ほどの危惧を持っていない。


 しかし、無視できない要素がある。現在手元にある銀時計だ。


 どのような代物かははっきりとしないが、トキヤの持つ"血筋"が齎す鋭敏な感覚が、それが魔術に関する道具であると強く訴えかけてきている。


(この時計がレイカさんたちのお祖父様の持ち物であった以上、彼の人物が魔術となんらかの関わりを持っていた可能性は捨てきれない。だから叔父はレイカさんの依頼を直接受けることをしなかったんだな)


 スメラはトキヤほど魔術に造詣はない。ただ、それを強く嫌悪している。

 スメラ・カンザキという男は、じぶんの気に食わないものには手を触れない姿勢を徹底している。銀時計が魔術ゆかりの代物であると見切りをつけた時点で、今回の一件に魔術が関係していようがいまいが、トキヤに仕事を振ってしまうつもりであったに違いない。


 万が一にでも魔術関連でトラブルが発生した場合自分では対処できないから、という理由もあるのだろうが、今回はそれが単なる建前となる見込みが強い。

 しかし、当初トキヤがそう考えたように、その判断が百パーセント間違っているというわけではないのだから質が悪い。少なくともトキヤ・カンザキという男は、叔父が用意した建前を強く否定することができないでいた。


(本当にイヤな人だ。この件が片付いたら、じっくり"お礼"を述べに行くとしよう。気になることもできたことだし……)


 心内から湧き上がってくる嘆息をかみ殺し、手元の奇妙な銀時計に目を落とす。

 時刻は午後二時を十分ほど回ったところだった。


「まだ日暮れまで時間は有りますね。さっそく行動を開始するとしましょう」

「頼んだ立場で今更訊くのも何だけど、どこから手を付けるつもりなの?」

「今、あなたがたの口から聞きたいことはあらかた聞き終えましたし、時間の猶予もあまりないということですから、すぐにでも現場を見に行こうかと」

「現場…… 祖父の屋敷のことね? 今から向かうの?」

「ええ。幸い、この地図によれば屋敷は二十八番地区の奥にあるようですから、ここからなら市鉄を用いて一時間もあればたどり着けるでしょう。今からでは調査に充分な時間がとれるとはいえませんが、時限が来て入れなくなってしまったのでは元も子もないですからね」

「そう。それじゃ、この鍵はあなたに預け――」

「それについてですが、ボクからひとつお願いがあります」

「お願い?」


 トキヤは自分の目の前にあった奇妙な鍵を、指先で静かにレイカの目前へと押し返した。


「依頼人に面倒を掛けるのはこちらとしても本意ではないのですが、もしもお時間があるようでしたら、ボクに同行していただけませんか」


 レイカはトキヤの言葉に驚いたように目を剥いた。


「私に祖父の屋敷に同行しろというの?」

「ええ、そうです。レイカさんだけではなく、フウカさんも」

「わ、わたし……?」


 名を出されたフウカが、思わず顔を上げて目を白黒させる。

 他人と居ることが苦痛な彼女を引っ張り回すのには躊躇があったが、フウカは貴重な証人である。この場でフウカに訊けることは残っていないが、"現場"で訊くことはまだ残っている。


「ええ、ご迷惑でなければ。現場の状況を一番理解しているのはフウカさんだと思いますので――」

「あら、そういう理由なら私は必要ないんじゃないの?」


 レイカの悪質な冗談に狼狽するフウカを目端で捉え、トキヤは苦笑した。


「フウカさんとふたりきりにさせていただけるのですか?」

「……さすがに今日知り合った男にかわいい妹を任せるのはちょっとねえ? 仕方ない、私も同行するわ」

「ありがとうございます。お手数をおかけして申し訳ありません」

「まさか一緒に来てくれと言われるとは思わなかったけど、必要なことなら構わないわ。面倒ひとつで悩みが解決するというのなら、どこへだって行くわよ」

「助かります。さきほどの連中のこともありますし、夜の鐘がなる頃には切り上げて、近くまでお送りしますよ。なるべく安全な経路で」

「――そうね、お願いするわ。あんなことはもうたくさんだもの」


 おくびにも出さなかったものの、レイカもさきほどの影たちの襲撃には参っていたようだ。眉を下げてため息などをついている。


「あの連中も、祖父の件に関係しているのかしら」

「今の段階ではなんとも。……ですが、ひとつ断言できることがあります」

「何かしら」

「行動が迂闊だった、ということです。あなたの縁者が事件に巻き込まれた可能性がある。ご自分でもそう思っていらっしゃるのなら、もう少し身辺に注意を払うべきでした」

「……ごめんなさい。【探偵卿】が示してくれた経路の意味に気づくのが遅れてしまって」


 トキヤは姉妹がここにやってくるために用いた地図を先ほど見せてもらっていた。スメラが姉妹に持たせた地図は事務所周辺の路地が簡素ながら的確に描写されており、一見遠回りに見える経路は、比較的人通りの多い路地を経由したものになっている。世間知らずでトラブルに巻き込まれやすい姉妹を慮って記されたものであるらしいが、肝心の説明を抜かしているあたり、スメラのいい加減さがにじみ出ている。


 トキヤは誰に対してというでもなく嘆息すると、


「今回のことばかりではありませんよ。今まで何もなかったから良いものの、お二人だけでお祖父様のお屋敷に向かうというのも危険です。状況を聞く限り、何が起こってもおかしくはなかった」

「そうね。――身に染みたわ。今度は護衛のひとりでもつけることにする。幸い、信用のおける人材がいることだしね」

「結構です。……それでは、今日のところはボクがエスコートしましょう。ご足労願えますか?」

「ええ、いいわ。行きましょう」

「フウカさんもよろしいですか? なるべく時間をかけないようにいたしますので」

「あ、はい。行く。……です」


 念の為にフウカにも声をかけるが、彼女に選択権はあってないようなものだ。あるいはフウカが「行かない」と言えば姉もトキヤの提案を断ってくる可能性もあったが、そこまでの度胸が彼女にはない。それがわかっていてわざわざ訊ねるのは意地が悪いと思わなくもないが、ここで姉妹に同行してもらわなければ、余計な時間を掛けることになりかねない。最悪二度手間となる。


 トキヤとレイカが立ち上がると、フウカもまた慌てて立ち上がった。ふと視線を差し向けてみると、フウカはすぐさま明後日の方向へと視線を逸し姉の服の裾を離すまいと掴んだ。

 フウカにとって姉は安心剤であるらしい。情緒は常に不安定だが、姉に少しでも触れている間は、ほんの少しだけではあるものの、気持ちが落ち着くようだ。

 無論、レイカにも同行を頼んだのは、フウカの精神のためだけではない。その理由が零ではないということがなんとも言いがたくはあるのだが。


(……彼女にはまだ訊かなくちゃいけないことがたくさんあるんだがな。せめてもう少しボクに慣れてはくれないだろうか)


 まぁ、一言二言反応してくれるようになっただけマシか。

 レイカの言うとおり、トキヤは今初めて出会った人間だし、この件が無事片付けば疎遠になるような関係である。要点だけ聞き出せれば充分。幸い代弁してくれる姉もいることだし、なんとかなるだろう。


 ――少なくともこの時点のトキヤは、そう考えていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る