2 punch あなたを思うから僕はこうするのです

「や、本当キモイから、無理」





 晴れやかな昼休みの午後。 俺の顔を見た瞬間に、いっちゃんはまるでゴキブリさんでも見た時みたいなすんごい顔で、俺に言い放った。





 なんでだ








 言っておくけど、俺はまだ何も言ってない。 いっちゃんのいる2年1組に走って行って、教室の扉を思いっきり開けて、窓際の端っこに座っているいっちゃんを見つけて、大きく手を振り――――掛けたところで開口一番に言われたのである。





 なんでなんだ








 言っておくけど、俺は、いっちゃんのことなら何だって知っているんだ。 演劇部の次の配役も魔女になっちゃったことも、後期期末テストの点数が下から数えた方が早いことも、今日はお弁当忘れてきちゃったことも知っているんだ。標準装備はラインの既読無視と俺の鬼電秒速断絶(何で電話に出てくれないのかは永遠の謎なんだけど)で、週に6回は俺を置いて勝手に下校する。それでもオヤスミのラインスタンプだけは3日に1回も返してくれる!超カワイイ俺のカノジョいっちゃんなんだけど! 本当に今、顔を見た瞬間にキモイと言われた理由が解らないのである。俺の顔に何か付いてたかな?鼻毛?鼻毛かな?いつ、いっちゃんの必殺鉤爪鼻フック(いっちゃんの最近のブームはくるっと爪先が巻いたネイルだからよく鼻孔に刺さるんだよ)をくらってもいいように毎日チェックしてるんだけど…。ひげ?俺はアイドル並に毛が薄いよ?一体なんだ…検討が付かない…





「ぽかんとしないでよ、何しに来たワケぇ?すっごいキモイ顔して走ってきたけど?」





 本当に解らないからぽかんとしてたら、いっちゃんが教えてくれた。優しいないっちゃん…。なんだ、俺の顔のことか…。びっくりしたよ、鼻毛じゃなくて本当に良かった。普通の年ごろの男子なら鼻毛出てた方がなんぼかマシだと思うのかもしれないが、俺はそんなことないぜ屈しないんだ。慣れっこだからな!





「なんだ~びっくりしたよ!キモイ顔ってどんな顔だった?俺?」「すんごい笑顔で走ってきた。まぢキモイ。」





 俺の笑顔がキモイなんて、いっちゃんなんて照れ屋さんなんだ。俺が笑顔で走ってくるのなんていつもの事じゃないか。てゆうか、いっちゃんのこと考えてたら真顔でいることの方が少ないよ。だって彼氏なんだよ?俺はいっちゃんの彼氏なんだよ?え、ちょっと待って彼氏だよね?彼氏…ダヨネ??








「てゆうか、本当なんでいつも笑顔なのかわかんないけど…。何の用?」








 あ、いっちゃんがこっち、向いてくれた。俺が何て答えるのか待っててくれているんだね、だからこっち向いてるんだね!解っているけど正面から見るいっちゃん今日もカワイイよ…。お目目がトカゲさんみたいだけどカワイイよ。でっかいピアスもカワイイよ、それギャルっぽくて良いね似合ってるよ…。 は!違う。見とれている場合じゃない。俺はいっちゃんの傍に駆け寄って、いっちゃんが肘を付いている机の傍にしゃがんだ。机に顎を載せる形で下からいっちゃんを見上げてみる。距離が近いって幸せだな…。いっちゃんたらそれはワんデーアキュブーのコンタクトだね、淵が黒いってことは大きく見せたかったんだね。いっちゃんちょっとトカゲさんみたいな目つきしてるもんね!俺みたいにくりくりした目してればもっと可愛…、違う、いっちゃんはこのままが一番かわいいんだ





「何の用?って聞いてんの!」「いたい!」





 俺は思いっきりいっちゃんの鉤爪の餌食になった。鼻をつまみあげられてとがった爪先が当たって超いたい。鼻ピアスでも開けたみたいに両端に小さな跡が出来たけど気にしない…。俺の鼻はいっちゃんのお仕置きをされる為にあるんだ。 とはいえそろそろ本題に入らないといけないんだ。昼休みも終わっちゃうし





「あのねいっちゃん。今日、お弁当忘れてきたでしょ?」「え?何でそんなこと知ってんのよ。」「バックが膨らんでないもん。ふふふ!凄いでしょこの推理力!」





 勉強なんてろくにしないいっちゃんのバックは小さいし薄い。そこに四角いふくらみがないってことは、いっちゃんはごはんを持ってないってことだよ!どうすか俺のこの観察眼!フリーザ様並の観察力でしょ!推理力はコナンくん並だよ!





「はぁ?そんなのヤムチャでも解るわよ。それで?」





 いっちゃんはちょっとあきれたっぽい表情で切り替えした。ちょっと待って聞き捨てならない俺のフリーザ様っぷりも周知の事実だっていうのにヤムチャとは。俺…こんなでも成績だって学年トップなんだよ?バレー部だけどなかなかのエースだよ?HQとか出たらそこそこ良い感じだと思うよ??せめてクリ●ンにしてよ!





「早くしてよ、アンタに構ってるとどんどん時間なくなるんだけど」「あ、ごめんね」





 暴走してしまった…。いやだって、いっちゃんに振り向いてほしいだけの一心で頑張ってきたことばかりだからぜひクリ●ン評価して欲しかったけど今は置いておこう。本題に戻るのだ。さっきも言ったなこんなこと





「あのねいっちゃん!」「あ、」 「え?」





 切り出そうとして口を開いたより先に、いっちゃんが何か閃いたみたいだ。何だろう。もしかして





「………家庭科の時間に作ったカップケーキ持ってきたとか?」「いっちゃん!!すごい!俺の行動を読んでくれるなんてすごい!ちょー感激!!」





 俺は嬉しさのあまり両手を広げていっちゃんに飛び付こうとした。そしたら容赦なく蹴りが飛んできて腹にくらった。だがしかし俺のバレー部で鍛えた腹筋はそんなバンビあんよの蹴りにはひるまないぜ!踏ん張る182cmの俺!ここで踏ん張っておかないといっちゃんの紐パンツが他の男に見られてしまうんだ。





「う、う、う…!嬉しいよう、いっちゃん…!そうなんだよカップケーキ作ってきたから、一緒に食べよ…」





 すんごい踏ん張りながら声震わせてる俺。いっちゃんはそんな俺をさげすんだ目で見ている。





「………アンタさ、黙ってればそこそこイケメンなんだから、もうちょっとその女々しさ直せばぁ?男のくせにケーキとか本当キモイから。」「酷いよいっちゃん…!もっこりみちだってご飯作るじゃん…。イケメンはごはんを作れることを求められてるんだよ…」「もっこりみちは別よ、男っぽいもん」「俺だって男だよ!筋肉あるよ!脱ごうか此処で!?」「キモイ」





 俺、思うんだ。いっちゃんの「キモイ」は英語圏でいうところの「Hi」とかに相当してるんじゃないかなって。すんごい気軽に出てくるんだよね、俺に対して…。酷いよ、いっちゃん…。もっこりみちはよくて俺がダメな理由が解らないよ。身長だって髪型だって変わらないんだ…。顔はそりゃぁ、向こうの方がイケメンだけど…。いやだからってここでめげる訳にはいかないぞ。いかないんだぞ…!俺の行動は全部いっちゃんを思うからこそでてくるものなんだから。いくらいっちゃんに足蹴にされても粗末に扱われてもここで引き返すワケにはいかないんだ!





「きもくてもいいよ!いいから一緒にごはん食べよ!俺のお弁当もちょっとあげるから!」「…………えー…」「なんで「えー」なの?!彼氏が作ってきたカップケーキだよ!いくらいっちゃんでもちょっとひどいよ!ケーキ作ってきたのに粗末にされるとか!おまけにまだいっちゃんの紐パンガードして蹴られてる体勢で踏ん張ってるのに!報われないなんて嫌だからね!」「………まぁ、いいけど別に…。不味かったら責任取ってよね」





 そう言うと、いっちゃんは足を下ろして立ち上がってくれた。俺のお腹には上履きの跡がくっきり残っていたけれど、そんなものは気にしない。俺はいっちゃんの傍に立つと、手を取って教室を出て行った。お昼休みはあと20分だけど、ちゃちゃっと屋上に行って食べてこよう。 責任取ってなんてカワイイなぁ。そうやってデレるのはお見通しなんだよ。味に自信なんてないから、放課後は一緒にパンケーキのお店に行こうよ。そしたらカワイイ笑顔で「美味しい」って言ってよね!

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