ツン切れ彼女に愛♡してる!
領家るる
1 punch 寝癖が治らない
「いやよ、あたし、今日は部屋から出るのやめたの。デートしないから。」
朝の10時に待ち合わせして映画を観に行こうって言ってた。すっげぇ楽しみにしてて髪型も決めたし服も決めたしプランニングもばっちりだったのに、待ち合わせの1時間前に彼女から来たラインが「やっぱやだ」の5文字だもんで、あんまりにも驚愕して電話を掛けたら、こんなことを言われた。それから片っ端から泣きたいスタンプとか勧誘スタンプとかとにかく彼女の気を引きたいが為に束縛彼女並みの鬼ラインをかましているんだが、既読無視が横行している。扉の向こうでは俺がスタンプを送った分だけ、受信のバイブが鳴っているんだが(つまり俺は彼女の部屋の前で鬼の濁流の様なスタンプの嵐を送りつけている訳だが)彼女はうんともすんとも言わなくなってしまった。
なぜだ。
こんなに必死に頑張っているのになぜ報われないんだろう。努力とは報われるべきじゃないのか。清らかな思いは神様に届く筈じゃないのか。どうしても映画に行きたい訳じゃない。ただ、愛しい彼女とのデートがしたいだけなのに、こんなドタキャンなんて酷すぎるんじゃないのか?そもそも一方的に「やめたの」ってなんだ。俺に不満があるのか、やんごとなき理由が発生したのか、体調でも悪くなったのか、何なんだ。理由が欲しいし、叶うならば彼女に会うための口実を探して扉の向こうに乗り込みたい。そう、俺はただ彼女のそばにいたいだけの健全普通な男子高校生なのであるからして、囚人でも悪人でもないんだ。だからこんな極刑並みな悲しい出来事を今日、味わうべきじゃないんだ。だのに。
「いっちゃーーーーん!!ドアを開けてーーーー!!」
某映画の妹のごとく、俺は声をかけた。開けゴマで開かないのは知ってるんだ。それは一ヶ月前に試しているからな。
「ドアを開けて〜♪」
少し歌ってみた。やはり応答がない。
なぜだ…。
「いっちゃん…。本当にどうしたんだよ…。なんで今日、ダメになったの…?べ⚫️マックスじゃやなの?流行りもの好きだと思ったからチケット頑張って取ったんだよ…?やっぱりちょっと気にしてた気配は感じてた、走るメロスが良かった…?でもメロス走るだけだから楽しくないかなって…。勝手に決めちゃったからダメなの…?それとも一番前の席だからダメ?真ん中の指定席はやだっていうから思い切ってスクリーンの前にしたけど首が痛いかな…?それか今日のトランクスの写メ送ったのが気に入らなかった?ミッ⚫️ーのやつ新調したのに…。アマ⚫️ンで買わなかったから?メルカ⚫️でお古っぽい?でも未使用って書いてあって…」
俺はいっちゃんの声が聞きたいがためにとにかく自分が悪いと思うところを言いまくることにした。そしたら意外と多いことに気がついてちょっと凹んできた。いや、ここで負ける訳にはいかないんだ。行かないんだけど、…でもちょっと、流石に自分がダメ人間に思えてきたぞ。いや、…でも、…そんな俺でもいっちゃんは良いと言ってくれたんだから、胸を張るべきだよな…。うん。まだいっちゃんが怒った理由も分からないんだ。今は胸張ってこの扉を叩けばいいんだ!そうだ。メルカ⚫️のトランクスが本当に未使用なものかちょっと気になってきたが今の俺には全て信じるしかないのである。尻が痒いのは季節外れの蚊の所為だ。
「いっちゃん…」
ドンドンドン
「いっちゃぁん…」
どどどどど…
小刻みに叩いてもダメなのか…。何なら良いんだ…。それとも俺がダメなのか…。こんな駄目男じゃいっちゃんのそばにはいられないのかな…。本当に好きなだけなんだけどなぁ…。 俺は縋る思いで扉に耳を押し付けて澄ました。帰る前にせめていっちゃんの気配が感じ取れればいいなって思ったんだ。今日1日は右手のお世話になるかもしれないけど、いっちゃんの温もりを錯覚でも良いから扉越しに感じたかった。ところが、そう思った矢先、トントンと足音が聞こえてきた。
「ん…?」
気づくのと同時に扉が開いーーーーーーた、なんてことはなく、扉に備え付けのポストの扉がぺろりと開いた。そこには俺の彼女の可愛いいっちゃんの利かん気強そうなつり目が並んでいた。そんなところから覗くなんてもう、可愛いな!
「いっちゃーん!」
「敦人、本当うるさい。」
俺も扉の前にしゃがんでいっちゃんと視線を合わせる。ああ、いっちゃん…。睫毛が今日も綺麗なカールだね…。姉キャンギャルみたいで可愛いよ…。ナチュラルメイクだけど前髪がくるってしてて素敵だよ。髪を巻いてるってことは、ちょっと出かける気持ちがあったってことだよね?じゃぁどうしてこんなに酷い断り方をするんだい。ああでもそんなこともうどうでも良いくらいいっちゃん可愛い…。俺多分、すんごい嬉しそうな顔してると思う。
「うるさいし、顔、超キモいんだけど。」
ほらね
「だってポストの蓋のサイズに切り取られたみたいないっちゃんの目元可愛いもん。このまま唇出そうよ、キスしよー」
「キモい」
ああ…ツンデレなんだから…
「今日は止めたって言ったじゃん。」
言われましたとも。でも俺のこのマジらぶ3000%は止まらないんだよ。歌って踊っても治らないからここにいるんだよ。
「いきなりドタキャンされても寂しいよう。ねぇどうしたのさ?俺と会えない理由ってなに?」
ポストの蓋をぱちんって閉じられて、また引っ込まれるかとも思ったけれど、いっちゃんは黙ってじーっと俺の目を睨んでた。ああもうトカゲさんみたいに可愛い目つきだね…。付け爪もきっと今日は張り切って尖ってるんだろうね…猫ちゃんみたいに引っ掻いてくれるかな…なんて一瞬妄想に飛んだ俺の意識もすぐに引き戻された。いっちゃんが小さな小さな声で、ぼやいたのを俺は聞き逃さなかった。
「寝癖が、治ンないし。アンタの横なんて歩けない。やだ。」
その言葉を最後に、ポストの蓋が閉められた。ぱちんって金属の音がして、面会室の一時的な逢瀬みたいな俺たちの会話が途切れてしまった。でもいっちゃんは部屋の奥に戻った訳ではなくて、扉に背中を預けて丸まってるんじゃないかと踏んだ俺は、今度は自分からポストの蓋を持ち上げて覗いてみた。すると、思った通りいっちゃんはそこにいた。
「いっちゃん…じゃぁさ、部屋で一緒に映画見ようよ、TATUYA行って借りてくるよ。なにがいい?」
「………何でもいい。」
「じゃぁ俺が好きなやつ借りてくるね!」
いっちゃん…ああいっちゃん…寝癖が治らないくらいで部屋から出たくないなんて我儘言っちゃう俺の彼女いっちゃん…
もう大好きすぎて辛いんだよ。
寝癖なんてシャワー浴びればすぐに治るよ
でも、可愛いから教えてあげないからね。
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