第七話 第三の襲撃 七

 光は俊夫の肉体から分れる。

 そして、身長二メートル近い輝く巨人が姿を現した。

「俊夫さんの――幽霊――」

 静子が魂の欠けた声で呟く。光は答えた。

「我はクレアモンにあらず。我が名はアブサンドラ」

 アブサンドラは周囲を見回した。

「主たるクレアモンを守護する者。そして問う。我が主に敵対する者はありやなしや」

 目出し帽の男達が特殊警棒を構えた。

「ほう、委細承知した。それでは主の命により貴殿らを殲滅する。貴殿らの魂に安らぎあれ」

 そう語ると、輝く巨人は静かに前に進み出た。


 目出し帽の男達が巨人に殺到する。

 躊躇いは一切見られない。

 修羅場を知り尽くした動き。

 同時に間合いを切り、警棒を巨人の身体へと叩き込む。

 骨をへし折るほどの勢いが、その身体に到達し――

 そして接着されたかのように動きを止めた。

 特殊警棒は最初からその一部であったかのように動かない。

「ひっ!」

 目出し帽の一人が初めて声を上げる。

 その男の手は燃え上がっていた。

 それに続くかのように、男達の手が燃え上がる。

 手だけでなく、特殊警棒自体も赤く色づき始めた。

 溶けているのだ。

「笑止。それでは攻撃にならぬ。更に問う。我が主に敵対する者はありやなしや」

 目出し帽の男達は、現れた時と同じように、速やかに表門から姿を消した。


 静子はあまりの出来事に声も出ない。


 流石に場馴れした榊原が巨人に訊ねる。

「おい、あんた」

「アブサンドラである」

「分った。アブサンドラ。で、お前はいったい何だ?」

「我は主を守る守護者である」

「そいつは分った。それで、アブサンドラは一体なんだと聞いている」

「我は主を守る守護者である」

「それは分ったって。つまりだな――」


「貴方は俊夫さんの守護神なの?」


 静子は震える声で訊ねた。

「守るということは、彼は死なないのね」

「我は主を守る守護者である。命を司る者に非ず」

「ならば命を司るのは誰?」

「我に非ず。それより御身を守りたまえ」

「それはどういう意味ですか?」

「更に守護は続くと言う意味である。急ぎ逃げよ。御身は主を庇いたる者。ゆえに警告する。逃げよ」

「駄目です。俊夫さんを置いては逃げられない」

「逃げよ。三チームの彼方まで逃げよ」

「分からないよ。そんなことを言われても全然分からないよ」

「三チームは、御身の言葉で言うところの百キロである」

 巨人の淡々とした言葉に、静子は驚愕した。

「俊夫さんは――それなら俊夫さんはどうなるの?」

「我が主クレアモンは契約者故、例外となる。御身は契約者に非ず。故に逃げよ」

「クレアモンなんて知らない。これは俊夫さんなの! 彼を置いて逃げるのは嫌」

「御身の意志は承った。既に逃げることも叶わぬ。そこでしかと最後まで見届けよ」

 目出し帽の男達が得物を持って戻ってくる。

 鈍い輝きを放つ鋼鉄の形をした狂気。

 拳銃。小銃。機関銃。

 日本にあってはならぬ物。

「我は主を守る守護者。その敵は数万倍の力により、これを排除する」

 榊原が静子に駆け寄った。

「姉さん、やべえよ。こいつ、頭が堅い!」


 周囲がにわかに明るくなる。


「始まっちまったよ。もう駄目だよ。せめて姉さんと兄貴ぐらいは守りたいけど、俺でいけるかどうか分からねえよ」

 そう盛大に泣き言を言いながら榊原は静子と俊夫に覆い被さる。

 堅い金属の音。弾丸を弾倉に送り込む音。

「ああもう、幽霊どころのさわぎじゃねえよ」

 榊原が叫ぶ。


「あ、幽霊が――」


 静子の穏やかな声が榊原の耳に届いた。

 榊原はぎょっとして静子を見る。

 彼女は戦場とは逆の方向を見つめていた。

 そして、その方向を振り返った榊原も見た。

 旅館の中庭、冬枯れた木立の中から二人の男性が姿を現すのを。


「いやあ悪い。遅れた、遅れた。これじゃあ後でマモの姉御にどやされるぞ。神様が道を間違えるから悪いんだぜ」

 見事な甲冑を着込んだ金髪の若い男が、軽い声で言う。

「うるさい、オルフェ。久し振りだから勘違いしただけだ。それからアブサンドラ。迷惑だから群馬県吹き飛ばすのはよせ」

 昔の不良が着るような長ラン、ボンタン姿の若い男が言う。

 途端にアブサンドラの姿は呆気なく消えた。

「なんだか取り込み中のようだが、クレアモンの旦那はどこにいるんだい?」

 金髪の男性が、銃の射程内にもかかわらずのんびりとした声で榊原に訊ねた。その視線が下に向く。

「あらまあ、珍しく俺以外が相手なのにぼこぼこじゃないの。これじゃあ大魔王の名が泣くぜ」

「なんだ、あのまがい物の銃は。安物の輸入品を大量購入したみたいだな」

 学ランの男が呆れた声で言った。

 途端に銃声が響き渡る。静子と榊原は身を縮めた。


 しかし、特に何も起こらない。


 それどころか目出し帽の男達は姿を消していた。

「お前、あいつらをどこに送り込んだんだよ」

「いやなに、俺のハーレムに」

「うわ、えげつないなあ。亀さん達のところだろ。普通の人間じゃあ精気を全部吸い取られるぞ」

「いいじゃないか」

 学ランの男はにやりと笑う。

「しばらく静かになる。大助かりだ」

「お前、神様になってから容赦ねえなあ。しかもエノキヅの旦那がいなくなってから、やりたい放題じゃないか。だから学ラン着る羽目になるんだよ」

「ほっとけ」


「あの――神様、ですか?」


 静子がおずおずとした声で訊ねる。

「だったら、俊夫さんを助けて下さい。できるんですよね。お願いします。彼がいないと私、私――」

 そう言って泣き出した静子を見て、オルフェと神様は顔を見合わせた。

 神様は穏やかな顔で言った。

「すみませんが、それは出来ません。私はあちらの世界の人間には介入したくないので」

「何言ってんだよ。力の源泉に影響するからクレアモンの旦那に加勢したくないだけだろ」

「うるさいなあ、オルフェは黙ってろよ。それに御嬢さん。普通に病院に連れて行っても大丈夫ですから」

「えっ」

「彼はそのぐらいでは死にませんよ。それに、しばらくベッドに横にしておいた方が、貴方にも都合が良いのではありませんか」

「あの、それはどういう意味でしょうか」

 神様は真面目な顔で言った。

「怪我が治ったら、我々は彼をあちらの世界に連れて行かなければいけませんから」

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