第七話 第三の襲撃 三
「いつも私の重荷ばかりで申し訳ございません」
そう言って頭を下げる静子に、
「いえ、俺にはそれくらいのことしか出来ませんから。お客さんとお金に関しては、俺ではなんとも出来ませんからね。知り合いが大勢いるか、あるいはどこかのお金持ちだったらよかったのですが」
と、俊夫は気持ちが良いほどの笑顔で答える。後日、彼はこの時の言葉を思い出して苦笑いすることになるが、この時点では事実だった。
*
その数日後のことである。
俊夫はその時、裏口の人目につかないところでゴミの分別をしていた。
他の従業員達からは、
「佐藤さんがそんなことしなくていいですよ」
と始終言われていたが、俊夫はこの作業が嫌いではない。むしろ、
「捨てられたものからさまざまなことが見えてくるので、割と面白いんですよ」
と、積極的にこの仕事を買って出ていた。他の従業員達は彼特有の謙虚さだと考えて、溜息をつきつつ好きにさせていたが、事実は異なる。
ここしばらく、俊夫はゴミの山の中から何かを探し続けていた。
知恵のまわる悪党ならば決してやらないことがある。自分の身近なところに決定的な証拠を残すことだ。
プロならば犯行の証拠となりそうなものを決して現場には残さない。必ず遠くまで持ち去ってから処分する。
今回はどう考えてもプロではない。それにしてはやり方がのんびりしすぎている。であれば、いつかはヘマをするはずだ。
そう考えた俊夫は、ありがちな遺留品の捜索を始めていたのだが、それは意外な方向に実を結ぶことになった。
奥の方から微かな足音が近づいてくる。それは、いかにも気づかれることを恐れる忍び足の音だった。
俊夫は手を止めると、あえて旅館から外に出た。周囲を囲む生垣の角まで移動すると、その隙間から裏口のほうを覗いた。
誰かが表に出てくる。
外の小道で左右を何度か確認すると、彼は俊夫がいる角とは逆方向に背中を曲げながら歩き始めた。
分かりやすい怪しさに、俊夫は苦笑する。
「それじゃあ『犯人は私です』という名札を下げているようなものだ」
彼は後をつけることにした。
男は折れ曲がった小さな路地を歩いてゆく。そのことがいかにも素人の犯行であることを匂わせていた。
玄人ならば最初のうち、堂々と大通りを進む。そして、次第に人通りの少ない方へと足を向けてゆくものだ。そのほうが尾行者を発見しやすい。
最初から見通しの効かない裏道を行くというのは、逆に尾行者に姿を消す機会を与える様なものである。犯人の後ろめたい気持ちを表したものに過ぎない。
おどおどした足取りで男は先を急ぐ。時折、後ろを振り返っては追っ手の姿を確認する。それでも足は止めない。
本当に確認したいのならば、角を曲がった瞬間に路地に姿を隠して、しばらくそこでじっとしているほうがよいのだが、そんな気は回らないらしい。
尾行者を先導するように、男は目的地へと向かう。
民家の塀がきれ、穏やかな坂道に入ると、俊夫はもう尾行する必要を感じなくなった。
ここから先には目的物になりそうなものは一つしかない。何故なら、坂道は上り詰めた先で、その目標物の裏口に直結するからだ。
――俺なら表門から堂々と入るのだがな。
そう考えながら俊夫は踵を返す。
背中の先、坂道の上には巨大なリゾートホテルが屹立していた。
*
いつものようにホテルの一室に通された男は、落ち着かない様子で本革製のソファの上に腰を降ろした。呼び出しを受けるのは久しぶりである。前回「方法は一任する」と言われてから半年近くが経っていた。
成果は着実に上がってきているから、報告事項には事欠かなかったものの、どうにも尻が座らない。両手を頻りに組み合わせたり解いたりしていると、しばらくして呼びだした張本人が姿を現した。
「それでは報告を聞こうじゃないか」
そう言って、ホテルの主である
男はつまりながらも、「幽霊騒動で旅館の経営は風前の灯となっている」ことを伝える。その間、泉川の視線は動くことなく男をその場に貼り付けていた。
話が終わると、泉川はぽつりと言った。
「時間が経営資産であることは教わらなかったのかね」
「は?」
「機会損失、遺失利益、そんな言葉があるではないか。君の対応は機会損失を拡大しているようにしか見えないのだがね」
「しかし、出来る限り穏便に買収を成し遂げるためには――」
「私は、方法は一任すると言ったはずだが」
泉川が切り捨てるようにそう言うと、男の身体がびくりと震えた。
「穏便に、などという非効率な言葉は使った覚えがない。脳内変換するのはよしたまえ。旅館が手に入ってから、出世することが出来なくなる」
「……」
「いい加減、私は飽きてきたのだよ。時には確実さよりも速さを優先したくなることがある。今がその時だと思うが、君はどうかね」
「あの、それはどういう意味でしょうか?」
全身を震わせ、汗を垂らしながらそう言った男を、憐れむような目で見つめながら、泉川は言った。
「それは君。当然、実力行使に決まっているではないか」
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