第七話 第三の襲撃 四

「幽霊退治、ですか?」

 静子は驚いて言った。

 旅館の客間。いるのは女将と大番頭、俊夫と榊原である。

「そうです」

 俊夫は短く明解に言った。

「あの、つかぬことを聞きますが、幽霊というのは退治できるものなのでしょうか」

「可能です」

 なおも俊夫は断言する。

「幽霊は一般的に実体のないものとして捉えられがちですが、武術でいうところの気ですから、その達人であれば察することが出来ます。そして、その気を断つことも可能なのです。なあ、榊原君」

 俊夫は、一たす一は二であると説明するように言った。

 榊原は、俊夫を横目で見ながら言う。

「はあ、そうです。それは可能です」

 こちらは棒読みに近い。

「しかし、そんな危険なことを――」

 大番頭がそう口を挟んだところで、

「大番頭さん。幽霊が危険だとどうして分るのですか? まさかお会いになったことがあるんですか?」

 と俊夫が被せる。大番頭は言葉に詰まってしまった。

「ともかく、幽霊というのは退治することが出来るものなのです。これから私と榊原君が、暫くの間は旅館の周囲を夜間警戒することにしました。見つけたところで有無を言わさず退治する所存です」

 俊夫が畳みかけるようにそう言ったので、誰も異論を挟み込むことが出来なくなってしまった。

「分かりました。お願いしましょう」

 静子がそう断言したので、俊夫はにっこりと笑う。

 しかし、その笑みは静子の次の言葉で凍りついた。

「でも、お二人だけにそんな苦労をさせる訳には参りません。私も手伝います。大番頭さんもお願いしますね」

「いや、女将さん、それは危険では――」

「あら、佐藤さん。危険だとどうして分るのですか? まさかお会いになったことがあるんですか?」

「……」


 *


「兄貴、だから俺は言ったんですよ。この作戦を姉さんに言うのはちょっとどうかな、と」

「君はちょっとどうかな、と言っただけじゃないですか。女将さんが食い付くんだったらそう言って下さいよ。そうすれば他に話のしようがあったのに」

「流石に俺も、姉さんがあんなことを言い出すとは思いもしませんでした」

「まったくもう、これでは女将さんの心配をしなければならなくなる」

 旅館の中庭で真剣な眼差しで物思いに耽り始めた俊夫を見つめながら、榊原は別なことを考えていた。


 榊原は俊夫の計画を聞いていた。

 犯人までは聞かされなかったが、旅館の中にいる裏切り者の行動を抑えるための夜回りである。俊夫だけが知っているその人物が不在の時には、幽霊が出るはずはなかった。

 そのため夜回りは形だけであり、最初から真面目にやるつもりはない。榊原を誘ったのは、旅館の従業員ではその計画が漏れる危険性があるからである。

 それに、裏切り者が別な強硬手段に出る可能性があったので、彼を選んだのだ。

 ところが、静子が手伝うと言い出した。これは俊夫にとっては誤算だろうが、榊原にとっては十分想定内のことである。先に俊夫に言わなかったのは、静子の覚悟が見たかったからだ。

 静子が手伝うと言い出したのは、俊夫と生活時間がずれてしまうのが嫌だったからに違いない。夜回りするとなれば、昼間の仕事は出来なくなるからだ。

 ――姉さんにも困ったものだ。

 生来の暴れん坊で親も手を焼くほどだった榊原を、常に温かく迎えてくれたのは静子だけである。厳しく意見してくれるのも静子だけである。

 後藤の御曹司の件も、静子には一切手を出さないという約束で引き受けた。それに、大切な静子の周りにうろちょろしている俊夫が目障りだったのも事実である。

 榊原自身が静子に惚れ込んでいた。ただ、自分では釣り合わないから身を引いていたに過ぎない。必要であれば静子のために身を差し出すことも厭わない。

 それで俊夫と相対した訳だが、拳を交えてすぐに、

「ああ、この人は全然器が違う」

 と感じた。彼は静子の楯になろうとは考えていない。あくまでも最期の一息になるまで、静子の敵を自分が殲滅しようと考えている男だった。

 そして、その実力もある。彼にかかれば並みのやくざ者は束になっても敵わない。自分に至っては洟垂れ小僧だ。器が違い過ぎる。

 ――兄貴にも困ったものだ。

 俊夫に弱点があるとすれば、女心が全く分かっていない点である。

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