第六話 第二の襲撃 五
「それで、どうして佐藤さんが襲撃されなくちゃいけないんですか。あの人の何が悪いって言うんですか。あの人はここで静かに記憶が戻るのを待っていただけです。それなのにどうして追い出そうとしたんですか!」
最後のほうは思わず叫び声になってしまった。
「ああ、そのことなんだがね」
佐々木が穏やかに言った。
「それがまた茶番なんだよ。後藤のところの坊主が、お前さんに惚れちまってさ。それで今回の騒ぎになったってことだ」
「え――」
静子は絶句した。
そうなると、今回の出来事は俊夫の問題ではなく、むしろ静子の問題だということになる。
単に俊夫はその横恋慕の被害者だ。
「それで、ここに来る前に佐藤さんのところに寄ってきた」
佐々木はあくまでも淡々とそのことを告げた。
「佐藤さんは無事なんですか!」
静子は思わず佐々木に詰め寄る。
佐々木は静子を右手で制すると、やはり静かな口調で言った。
「ああ、あいつの身体なら大丈夫だよ。馬鹿みたいに頑丈にできているからな。医者が驚いていたぐらいだ。しかしなあ、あれは心のほうがだいぶんと痛んでるわなあ。お前さんに怪我をさせたものだから、それはもう落ち込んでいたよ。まるで身投げしかねないほどだったね」
佐々木の言葉に、静子は居ても立ってもいられなくなった。
「私、行きます!」
そう言い残すや、旅館の浴衣のままで彼女は走り出した。
廊下の向こう側で、
「女将さん、どうしたんですか。まだ動いちゃ……」
という声が遠ざかってゆく。
榊原が佐々木に言った。
「佐々木さん、今のはちょいと言い過ぎじゃないですかね?」
「馬鹿言え、俺がそう思ったってぇことを素直に口にしただけだって」
「姉さん、飛んでいったじゃないですか」
「だからよ――」
佐々木はゆっくりと立ち上がりながら言った。
「こういうのはタイミングが重要なんだよ。怪我の治療は早いのが一番だ」
*
旅館から俊夫のアパートまでは車で五分とかからない。そこを静子は三分で駆け抜けた。
アパート前の路上に車を止めると、浴衣の裾がめくれるのを気にする余裕もなく、二階にある佐藤の部屋の前まで階段を駆け上がる。静子は物凄い勢いで俊夫の部屋のドアを叩いた。
「佐藤さん、佐藤さん、居ますか! 私です、静子です」
部屋の中で大きな音がした。慌ててドアに駆け寄る音の後、ドアが開く。
「女将さん、どうしてここへ――」
静子の前にはいつもの俊夫がいた。
温かくて、穏やかで、思慮深くて、真面目で、大きくて、柔らかくて……
しかも、今まで落ち込んでいたのが明らかな、愛おしくて仕方のない生き物。
静子の瞳から安堵の涙が溢れた。
「佐藤さん、本当にもう、すごく心配したんですから。貴方が私の知らないうちに、どこかにいってしまうかもしれないって、それはもう、すごく、すごく……」
最後のほうは声にならない。
俊夫は穏やかな声で言った。
「俺が女将さんに一言も言わずにどこかに行く訳ないじゃないですか。それよりも――」
俊夫は静子の顔を持ち上げると、辛そうな顔をして言った。
「女将さんに怪我をさせてしまった。それがもう許せなくてね。朝からどうやって謝ろうかと、ずっとそればっかり考えていました」
「……馬鹿」
「は?」
「どうして自分のことは後回しにするの? どうして先に私のことを考えるの? 佐々木さんに聞いたんじゃないんですか? 昨日のことは私が原因で――」
俊夫が右手を上げる。そして、言った。
「いえね。昨日は騎士の予定でしたからね。女将さんの問題かどうかは関係がなくて、それは俺の役割と言いますか。それに言ったじゃないですか――」
俊夫は少しだけ笑って言った。
「――重荷は半分ずつ持った方が軽いんですよ」
静子は俊夫の顔を見上げた。いつも通りの顔がそこにある。笑っている。
彼女はその瞬間、自分の全存在を彼の胸に預ける。そして言った。
「約束して下さい」
「はい、何でしょう?」
「いつか、佐藤さんが重荷を背負うことになったら、その半分は私にちゃんと預けて下さい」
「分かりました。約束します」
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