馬子にも衣装

「クナ……スクナ。起きろ、スクナ」

「ん……んー、もう少しだけ」

「噛むぞ、スクナ」

「起きてます!」


 低い耳障りの良い声に耳元で囁かれ、がばっとスクナはベッドからはね起きた。ばくばくと高鳴る胸と真っ青な顔。胸を押さえながらそろそろと振り向いたスクナが見たのは。にやあっと邪悪な嘲笑を浮かべるユティーだった。

 じりっと怯えた子うさぎが及び腰になるように間隔を開けようとしたスクナの手を、ユティーが掴む。


「ユ、ユティー」

「顔を洗ってからスーツに着替えろ。待ち合わせまであと30分だ」

「へ……あ!」

「起こしてやったというのに感謝はないのか」

「ユティーありがと! 助かった!」

「ふん」


 にっこりと笑顔で返せば、当然のように鼻を鳴らされた。他者が見たら眉をひそめるかもしれないが、これがユティーの常だと知っているスクナは特に思うこともなく。もう一度ありがとうねと言ってからごそごそ靴を履き、洗面所を探して彫り物のされた木の扉、数えれば3つあるそれを1つ1つ開いていった。


 最初はトイレ、次に浴室、最後が洗面所だった。


 大理石でできているそれに気後れしながらも顔を水で洗い、備え付けのタオルで顔を拭く。ひんやりとした水が気持ちよくて目が覚める思いだった。ふわふわといい香りのするタオルに包まれ幸せ感に浸っていると、宝石で縁取られた鏡に呆れ顔のユティーが映る。


「す、すぐいく!」

「……早くしろ」

「ごめんね!」


 さっとタオルを戻して、スクナは洗面所を飛び出した。




「ど、どうかな?」

「馬子にも衣裳という言葉がこんなに似合うとはな」

「それ、褒めてないよね?」


 そんなやりとりをしながら、スーツケースに入っていたスーツに着替えたスクナは一緒に持ってきていた革靴に履き替える。


「ユティー、お願い」

「やってやると言ったからな。スクナ、持っていろ」

「はーい」


 ネクタイまできちっとユティーに締めてもらえば完成だった。ちらっと宝石で飾られた溶けに目をやれば16時45分。待ち合わせにもちょうどいい時間だろうとスクナはサイドテーブルからローブを持って、部屋を出ようと振り返る。


「ユティー、ありがとって……もういないか」


 ユティーはまた、姿を消していた。

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