絵本と神話
そんなこんなで本を返し続けて十数回、チナミはふと目に入った絵本に手を止めた。
ちょうど本を返し終えて戻ってきていたスクナが、チナミの手元のそれを背後からのぞき込む。
「あ、これって……」
「懐かしいな」
「チナミ班長も読んだことあるんですか?」
「そりゃあ君。読まない方が珍しいんじゃないかね?」
『世界の成り立ち』と丸い文字で表紙に書かれたそれ。絵本のため子ども向けに書かれたためか表現はだいぶマイルドになっていたが、内容というかシナリオはほぼ同じだ。
世界は戦争によって荒れ果て、それを見かねた創造主によって巻き戻された。現在自分たちがいる世界は創造主によって巻き戻された世界で、二度と戦争はしないようにしようという中身の本。
「まあ、戦争なんて起こせようもないんだがね」
「え……?」
「おや、知らなかったかい? 戦争のためにと兵器を作るたび、完成もしないうちにそれらは全て柊の木に変わるのさ」
「柊の木……ですか?」
「そうだ。故に柊は平和の象徴とも言われている」
兵器がなければ戦争なんてできないからね。
柊の木が書かれている裏表紙を向け、それを軽く細い指先がなぞる。
チナミが言うにはこの現象について解明はされていないが、これも創造主の力によるものなのではないかというのが諸説の中では最も有力らしい。
チナミからすれば説明のつかないこと、理由の分からないものをすべて創造主のせいにするのはいかがなものか、らしいが。
懐かしそうにぺらぺらと片手に持ち、もう片方の手でページを軽くめくっているチナミ。目を細めたのは懐かしさ故だろうか。その感情はスクナには読めなかった。
「創造主様のおかげで、今この世界に戦争はないんですね」
「まあな。凄まじいありさまだったらしいぞ。黒煙が空を覆い、大地という大地に数多の血が染みこまないところはなかったというからな」
「……悲惨、ですね」
「ああ。まあ、その代わり巻き戻された世界には遊子や我々魔法師といった存在が現れたがね」
「確か、遊子が先でしたよね。遊子の悲鳴に気付いた初代魔法師様が、遊子を元の世界に返すために問詩や魔法師っていう職を作ったって」
「よく勉強しているな」
「教科書、毎日ちょっとずつ読んでます!」
どこか沈痛な面持ちで語るチナミに、そんな雰囲気を吹き飛ばすかのように顔を崩し、ふにゃりと幼い顔を見せるスクナ。
それに対して、まだ沈痛な色は消えないが微笑み返すとチナミは手に持っていた絵本、開きっぱなしだったページをぱたんと閉じた。
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