ナコト
ぼんやりとその光景を見ながら、スクナは胸が締め付けられる感覚に陥って、ぎゅっとその胸元を握った。
帰りたいのだ。彼女は、遊子は。愛しいものがいるところに。ただそれだけなのに。それなのにこんなにもままならないことに、遊子は絶望しているのだ。その絶望が、遊子を蝕んで疑心暗鬼に陥らせてしまうのだろう。
遊子の気持ちを想うと、胸が痛くてたまらなかった。
「前例がない以上、それは無意味です」
「そ、そんなこと言ったら! 何もできなくなっちゃいますよ!」
必ず帰れる確証。それは確かにない。問詩に彼女が応えてくれたとしても、魔法師、スクナ達がその謎を答えられなければ意味がないからだ。答えられなければこの世界とのしがらみをさらに強くさせ、それが続けば帰れなくなる。それは確かに必ず帰れる確証にはならない。だが、それを遊子に言ったところでなおの事拒絶されるだけだろう。
話がまっすぐ通じなさそうな遊子に、チナミが歯噛みする。
そこへ、誰もいないはずのスクナの背後から声がかかった。
「お呼びですか? スクナお兄さん」
「え?」
空中を漂う光に慣れすぎていて、ローブの上。スクナの首紐が光っていたことには誰も気が付かなかった。もちろん、当事者であるスクナでさえも。
思わず振り返ったスクナの鼻に、伽羅の香りがかすめる。
妖しいまでの金色をその身に宿した少年が立っていた。問いかけるように小首を傾げながら、声変わりの始まっていない高い声でスクナへと尋ねた。さらさらと動くたびに流れる金髪は腰に届くほど長く、図書館内に漂う光にきらきらと輝いていた。わずかな光で天使の輪を作る頭のてっぺんにある2つの狐耳は、スクナの小さな声も聞き逃さないようにとぴょこぴょこ動いていた。
山吹色の着流しに新緑の羽織、臀部からのぞく9本の尾はそれぞれゆらゆらと揺れている。
「……ナコト?」
「はい、スクナ。ナコトです」
「『そんなこと』……じゃないか?」
「あ……」
まさか名前を呼んでいないのに出てきてしまったのかと焦ったが、チナミが先ほどの言葉を持ってきてはっとした。会話から拾っただけ、ほぼこじつけと言ってもいい呼ばれ方に若干呆れを含んだ眼でチナミはナコトを見ていたが。だが、そんなチナミには目もくれずナコトはただ命令を待つようにじっとスクナを見つめていた。
人知れず、いきなり現れた少年に遊子が緩慢に首を傾げる。
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